日本製鋼所技報 第65号(2014年)

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高効率火力発電技術を支える高中圧蒸気タービンロータの開発Development of High- and Intermediate-Pressure Steam Turbine Rotors

for Efficient Fossil Power Generation Technology

博士(工学) 高澤 孝一 三木 一宏Dr. Koichi Takasawa Kazuhiro Miki

室蘭研究所 Muroran Research Laboratory

解 説

(1)

高効率火力発電技術を支える高中圧蒸気タービンロータの開発

This article summarizes the history of the development of large turbine rotors for fossil power generation in the world, including recent topics of research and development at JSW. The first half of the article describes the engineering current of thermal condition of the fossil power plant and the progress of high chromium ferritic heat resistant steels for ultra super critical (USC) power generation. The second half introduces the world's present status of the development of turbine rotors for advanced-ultra super critical (A-USC) power generation, followed by our recent manufacturing experience, in which we successfully manufactured 10-ton class A-USC turbine rotors of a Ni-Fe base superalloy with a fine grain structure and sufficient permeability of ultrasonic waves. These superalloy rotors are expected to contribute to further developments of fossil power generation as the high chromium steel rotors have greatly helped fossil power plants become more and more efficient and reduce the emission of greenhouse effect gases.

Synopsis

日本製鋼所における最近の研究開発成果を含め、世界における火力発電用大型タービンロータ開発の流れを概観した。本稿の前半では火力発電所における蒸気条件の変遷と超々臨界圧(USC)火力発電技術の確立に向けた高Crフェライト系耐熱鋼開発の経緯をまとめた。後半では先進超々臨界圧(A-USC)火力発電用Ni 基超合金大型タービンロータ開発の現状と、当社における最近の研究開発成果として、細粒組織を有し、優れた超音波透過性を備えたNi-Fe 基超合金製 10トン級 A-USCタービンロータの製造に成功した例を紹介した。高Crフェライト系耐熱鋼ロータ軸が火力発電プラントの高効率化と温室効果ガス排出量削減に大きく寄与してきたように、開発中の超合金ロータ軸材も高効率火力発電プラントの更なる進歩に資するものと考える。

要   旨

1. 緒  言

国際エネルギー機関(World Energy Agency)によると、世界のエネルギー需要は 2011 年から 2035 年にかけて約 30% 増大し(1)、電力需要は約 70% 増加すると予測されている(2)。また世界の CO2 排出量は 2011 年の300 億トンから 2035 年には 357 億トンへ約 20% 増加すると予測されており、中国やインドなどでの増加が著しい(1)。国内では 2011 年 3月の福島第一原子力発電所事故の影響によってすべての原子力発電所が停止したため、化石燃料による発電に依存せざるを得ず、2012 年度の

発電による CO2 排出量が 1.12 億トン増加した(1)。温室効果ガスの大幅な排出量削減が急務であるが、再生可能エネルギーでは電力需要を賄えず、世界的にも当面は化石燃料による発電が主流である。中でも埋蔵量が多く安価な石炭の消費が今後も長期間続くと考えられる。しかしながら、石炭火力発電における CO2 排出量原単位は化石燃料(LNG、石油、石炭)の中で最も大きいため、石炭火力発電プラントの高効率化が求められる。発電効率は蒸気タービン入口の蒸気温度と蒸気圧力の上昇によって向上できるため、それを実現するための耐熱材料開発が長年にわたって進められてきた。現在の最高蒸

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図1 国内における火力発電用蒸気タービン入口の蒸気条件の変遷

(2)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

高効率火力発電技術を支える高中圧蒸気タービンロータの開発

3. USC発電用ロータ材の開発

蒸気条件向上を実現するには高温高圧下で使用可能な耐熱材料が必要である。そのためタービンロータ軸、タービンブレード、ケーシング、ボイラの配管やバルブ等に用いる多くの耐熱材料が開発されてきた。ここではUSC発電プラントの重要部品である高中圧タービンロータ軸に用いられる高Crフェライト系耐熱鋼を中心に材料開発の歴史をレビューする。高温で使用される金属材料では、降伏応力未満の応力負荷においても時間とともに変形するクリープ現象を考慮する必要がある。鋼の場合は約500℃以上でクリープ変形が顕著となるため、プラントの高温化には高クリープ強度材の開発が不可欠である。高中圧ロータ軸には使用温度における10万時間クリープ破断強度として100MPaが要求される。各材料の10万時間クリープ破断強度を図 2(22)に示す。数鋼種が存在する改良 12Cr 鋼と新12Cr 鋼のクリープ強度は図中にバンドで示されている。566℃以下では1Cr-1Mo-0.25V鋼(以下 1CrMoVと称す)が広く使用されてきた。1CrMoV鋼よりクリープ強度が高い従来12Cr 鋼として、米国で開発された10CrMoVNbN鋼と日本で開発された10CrMoVTaN鋼(23)が 566℃の中圧ロータなどで使用されていた。しかし10万時間クリープ破断強度 100MPaを満たす温度は約 570℃のため、593℃に対応可能なUSC用高強度フェライト系耐熱鋼を新たに開発する必要があった。USC 技術開発の動向を図 3に示す。国内では 1980 ~2001年に電源開発(株)と重電メーカーによりUSC火力発電の技術開発が行われた。従来蒸気条件である24.1MPa、538/566℃に対して、1980 ~1994 年のPhaseⅠでは従来技術の延長(フェライト鋼)で可能な31.4MPa、593/593/593℃(Step-1)と、新しい材料と技術(オーステナイト鋼)が必要な34.3MPa、649/593/593℃(Step-2)が目標とされ、1994~2001年のPhaseⅡではフェライト鋼による30.0MPa、630/630℃が目標とされた。1000MW機の発電端効率は従

気温度は 620℃に達しており、高温部分には 9 ~ 12%Crを含有するフェライト系耐熱鋼が使用されている。さらなる高効率化に向けて 700℃以上での運転を可能とするNi基超合金の開発が国内外で進行中である。当社は発電用材料として高圧または中圧タービンロータ軸(3-5)、低圧タービンロータ軸(6-7)、高低圧一体型ロータ軸(8-11)をはじめ、発電機用ロータ、リテイニングリング(12-13)、タービンケーシング(14-16)、ボイラ用配管(17-18)、ガスタービンディスク(19-20)などを製造しているが、本報では高・中圧ロータ用材料に焦点を当てて火力発電所における蒸気温度高温化にともなう技術動向を概説する。

2. 火力発電所における蒸気条件の推移

国内における火力発電用蒸気タービン入口の蒸気条件の変遷を図 1に示す。蒸気条件は水の臨界点(374℃、22.1MPa)以下の亜臨界圧から超臨界圧(圧力≧22.1MPa、温度≦ 566℃)を経て、超々臨界圧(USC ; Ultra Super Critical、圧力≧ 22.1MPa、温度≧ 593℃)へと推移してきた。まず 1950 年には 4.1MPa、 450℃であった圧力と温度が 1959 年には 16.6MPa、566℃まで引上げられ、1967 年には姉ヶ崎 1号(出力 600MW)で初めて超臨界圧の 24.1MPa、主蒸気 538℃ / 再熱蒸気 566℃が採用された。その後はプラントの大容量化が図られ、1974 年には鹿島 5号機で単機容量が 1000MWに達したが、30 年以上にわたって高温化されることはなかった。1960 年代には石油専焼火力プラントが相次いで建設されたが、1970 年代の石油危機後、省資源化およびエネルギー安全保障や経済性の観点から石炭火力発電所が導入されるとともに、高効率化が図られてきた。その結果、1993年には碧南 3 号(700MW)で再熱蒸気 593℃のUSC発電が初めて採用され、1998 年に三隅 1号と原町 2 号(ともに 1000MW)で 600℃ /600℃、2000 年に橘湾 1・2号(1050MW)で 600/610℃と高温化が進められた。現在の最高蒸気温度は、2009 年に運転開始した磯子新 2 号(600MW)の 600/620℃に達している。一方、米国では 1957 年に最初のUSCプラントとして

Philo 6 号(125MW)で 31MPa、621℃の蒸気条件が採用され、1960 年には Eddystone 1 号(325MW)で34.5MPa、649℃の世界最高蒸気条件が採用された。しかしEddystone 1号では、高温化対応に使用されたオーステナイト鋼および Ni 基合金による高コストやボイラの損傷等が問題となったため、それ以降のプラントでは 27MPa、538℃の蒸気条件のプラントが主流となった(21)。

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図 2 タービンロータ用材料の10万時間クリープ破断強度(22)

図 3 USC/A-USC 技術開発プロジェクト

図 4 A286ロータの外観(胴径 892mm、全長 6,044mm、7.54t)

     表 1 USC発電ロータ用高Crフェライト鋼の組成

(3)

来条件の42.1%に対して、それぞれ 44.2%、44.9%、44.16%と見積もられた(24)。9 ~12Cr 鋼に関する藤田らの精力的な研究を基に、1980

年代に開発された 600℃級改良 12Cr 鋼にはTOS107(25)、HR1100(26)、TMK1(27)、TMK2(28)がある。表 1に組成を示すように、どの鋼種も[mass%Mo]+0.5[mass%W]で表されるMo当量を約1.5(29)としてMo/Wバランスが異なることが特徴であり、従来12Cr 鋼に比べてCの低減とNiの増量により靭性と組織安定性の向上が図られている。1000MW機の中圧ロータを想定した、改良 12Cr 鋼ロータの試作により製造性や内部性状の健全性、物理的・機械的特性が検証された(30)。また前述のStep-1において改良 12Cr 鋼ロータによる593℃での回転試験、および若松石炭利用技術試験所での50MW実証試験が行われた後(31)、次 と々600℃級の実プラントに適用されてきた。649℃ではフェライト鋼の強度が不足するため、オー

ステナイト系鉄基超合金のA286 合金(Fe-15Cr-26Ni-1.5MoVAlTiB)が候補材となった。粗大炭化物の生成抑制のためにC量が低減され、クリープ強度や切欠き感受性、延靭性を損なうことなく、偏析を改善するためにTi量低減などの成分調整が行われ、大型鍛造品用に改良された(32)。米国のEddystoneではベースロード運転を前提として約1.6トンのDiscaloy(Fe-13Cr-25Ni-3MoAlTi)製ロータが使用されたが、Step-2 では約12.5トンのA286ロータを用いて、発電所における毎日起動停止(DSS;Daily Start and Stop)を想定した151回の発停を伴う約5000 時間の回転試験が 649℃で行われた(24)。オーステナイト鋼は熱伝導率が小さく熱膨張係数が大きいため熱疲労が起こりやすく、運用上の制限や材料コスト高に起因する経済性の観点における課題が明らかにされた。当社で製造したA286ロータを図 4に示す。このロータは最大胴径 892mm、重量 7.54トンであり、20トンESR鋼塊から製造された。

高効率火力発電技術を支える高中圧蒸気タービンロータの開発

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図 5 HR1200 試作ロータの外観(胴径 1,215mm、胴長 3,366mm、全長 8,064mm)

図 6 TOS110 試作ロータの外観(胴径 1,296mm、胴長 3,040mm、全長7,734mm、47.1t)

図 7 COST Eロータ初号機の外観 (胴径 1,210mm、胴長 3,895mm、全長 6,242mm、37.9t)

図 8 COST FB2ロータの外観(胴径 1,365mm、胴長 3,981mm、全長 9,301mm、45.95t)

表 2 12Crロータの出荷本数

(4)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

高効率火力発電技術を支える高中圧蒸気タービンロータの開発

PhaseⅡでは、オーステナイト鋼を使用した PhaseⅠのStep-2 に比較して経済性や運用性を重視し、高強度フェライト鋼を用いた 30MPa、630℃のUSCプラントの早期導入を目的とした研究が行われた。630℃対応の新12Cr 鋼としてTOS110(33)、HR1200(34)、MTR10A(35)がある。TOS110とHR1200 は当社で製造性を検証するとともに、PhaseⅡにおいて650℃で約 500 時間の回転試験で実用化に向けた検証が行われた。これらの組成の特徴はδフェライト生成を抑制するためのCoと、クリープ強度を向上させるためのBを含有することであり、改良 12Cr 鋼に比べてWが多く、NiやMnが低減されている。約 80トンのESR 鋼塊から試作したHR1200ロータの外観を図 5に、ジャーナル部に肉盛溶接が施されたTOS110 試作ロータの外観を図 6に示す。高Cr 鋼ロータのジャーナル部には、軸受けとの焼き付き防止のために低合金鋼のオーバーレイ溶接が必要であり、溶接性が悪いB含有鋼においても欠陥が発生しないよう溶接を行なっている(33)。欧州では 29.4MPa、600℃/620℃を目標として、1986 ~

1997 年に COST501プログラム(COST;Co-operation in the field of Science and Technology)が行われ、600℃級鋼として1%Moと1%Wを含有するrotor E(36)、1.5%Moを含有するrotor F(36)が開発された。これらの組成はTOS107および TMK1と同等である。また 620℃対応としてCoとBを含有するFB2(37)が開発された。1998 ~ 2003 年のCOST522 では 29.4MPa、620℃/650℃を目標とし、2004~ 2009 年のCOST536では 29.4MPa、630 ~ 650℃を目標とする材料開発と長時間クリープ試験が行われた。これらの結果、欧州プラントの蒸気温度域を530 ~ 565℃から580~ 620℃へ上昇させることが可能となった(38)。さらなる耐用温度向上を目指し、高Cr 鋼の開発が国内外で継続されている(39)。VCD製 COST E中圧ロータ(φ1,210 mm)およびESR 製 COST FB2中圧ロータ(φ1,365 mm)の外観を図7および図 8に示す。両者とも当社の初号機であり、前者は113トンVCD鋼塊から、後者は102トンESR鋼塊から製造された。大胴径品のために不可避的に熱処理時の加熱時間が長い上、焼入れ温度が 1090 ~1100℃と高いため、結晶粒が粗大化しやすい条件であるが、製造時の結晶粒制御により両ロータとも良好な超音波透過性を示している。当社が出荷した12Crロータの本数を表 2に示す。従来

12Cr 鋼、改良 12Cr 鋼、新12Cr 鋼の各ロータはそれぞれ1971年、1989 年、1998 年に初めて出荷しており、2014 年 7月末までの出荷数は計 204 本に達した。なお、この中に試作は含まれておらず、すべて実プラント向けである。

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図 9 FENIX-700 φ1,050mmESRインゴット(寸法 :φ1,050mm×2,750mm, 重量 : 19.0t)

表 3 欧米、中国、インドにおけるA-USC技術開発

(5)

4. A-USC発電用タービンロータ開発の動向

4.1 各国・地域におけるA-USC発電用タービンロータ開発表 3にヨーロッパ、アメリカ、中国、インドにおける

A-USC技術開発の展望についてまとめた。ヨーロッパとアメリカでは既に750 ℃を超える蒸気条件を見据えたA-USC火力発電の要素技術開発に着手しており、技術開発の方向性はやはり更なる高温化対応になるといえる。ヨーロッパ、アメリカともにそれぞれNextGen Power、COMTEST1400と 2020 年頃を目途としたプロジェクトを推進している(40,41)。750 ℃超級A-USC対応ロータ材に着目すれば、ヨーロッパでは英 Rolls-Royce 社開発のNi 基超合金であるNimonic 263、アメリカでは米Haynes 社開発のNi 基超合金であるHaynes 282を候補材として挙げている。Nimonic 263もHaynes 282もNi-Cr-Co系のγ́ 相強化型Ni 基超合金であり、マクロ偏析が起こりにくく、高Crフェライト系耐熱鋼との溶接性が良好であるなどの観点から候補材とされている。ロータサイズについては不明な部分があるが、10トン級が一つの目安になると思われる。また、アメリカではHaynes 282のインゴットをVIM(Vacuum Induction Melting:真空誘導溶解)ー ESR(Electroslag Remelting:エレクトロスラグ再溶解)ー VAR(Vacuum Arc Remelting:真空アーク再溶解)のトリプルメルトで試作している。現状ではトリプルメルトは航空機用部材製造などで要求されているが、今後、A-USC用ロータ製造においてのトリプルメルトによるインゴットメイキングが広まる可能性がある。中国は2010 年より国家能源局主導の技術開発プロジェク

トがスタートし、国を挙げて欧米や日本を追うものとみられる(42)。中国の蒸気温度は今のところ日本と同様の700℃級を目指しているが、将来的には当然 750℃級のプラント開発も視野に入ってくると思われる。またロータ材料としてはAlloy617が候補材と言われているが、他にもいくつかの材料を検討しているものも思われる。インドにおいても2013年より国家プロジェクトがスタートし(43)、700℃級を目標とした技術開発に乗り出すと言われている。中国、インド共にロータ材の選定やロータサイズなどは未だ流動的であるが、先進各国からの情報収集活動を積極的に進めており、また両国内の電力事情などを鑑みれば今後開発が加速される可能性もある。一方、我が国においては、2008 年に経済産業省が策定

したエネルギー政策「Cool Earth- エネルギー革新技術計画」(44)において、資源エネルギー庁補助事業「先進超々臨界圧火力発電実用化要素技術開発」プロジェクトが推進されており、国内の重電メーカーが中心となってNi 基超合金大型タービンロータの開発が進められている(45~ 47)。このプロジェクトはphaseⅠとphaseⅡの 2期 9 年間で計画されており、phaseⅠでは材料及び製造技術開発、phaseⅡでは回転試験による評価を主な実施項目としている(48, 49)。2014 年現在、

A-USC用Ni基超合金タービンロータの要素技術開発は終了しており、2016 年末までに予定されている回転試験に使用するロータの製造段階に入っている。

4.2 JSWにおけるA-USC用タービンロータ開発   -FENIX-700 製ロータの試作-当社では 700℃級 A-USC火力発電プラント対応のNi 基あるいはNi-Fe 基超合金タービンロータの開発を推進しており、ここではその一例を紹介する。FENIX-700 は、析出強化型Ni-Fe 基超合金であるAlloy 706 のNb添加量を減らし、かつAl添加量を増やすことによって組織安定性と大型部材としての製造性を高めたA-USCタービンロータ用超合金である(50)。FENIX-700 はこれまで、直径 1,050 mmの大型 ESRインゴットを無偏析で製造可能であることが実証されており、さらに熱間加工性や結晶粒成長挙動などタービンロータの製造に関わる種々の詳細な調査により、A-USCタービンロータ材として優れた特性を有することを明らかにされている(51)。例えば、FENIX-700 は欧州における700 ℃級A-USCタービンロータ候補材であるAlloy 617と比較すると、より低温で熱間鍛造加工が可能であり、且つ変形抵抗が小さいなど鍛造する上で有利な条件を備えている。本試作では、インゴットはVIMで製造した電極をESRで二次溶解するダブルメルト法で製造した。図 9にFENIX-700 のESRインゴットの外観を示す。重量19トンの大型インゴットであるが、肌の粗さも小さく状態は良好であった。インゴットの鋳造組織を破壊し適正な内部組織を造り込むため、プレス容量が 14,000トンの自由鍛造プレスで鍛造した。鍛造後、980 ℃で溶体化処理、および 840 ℃と730 ℃で二段時効処理を施し、機械加工、非破壊検査を経て完成とした。

高効率火力発電技術を支える高中圧蒸気タービンロータの開発

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図10 FENIX-700 1次試作タービンロータの外観写真

図11 FENIX-700 試作ロータの結晶粒度番号分布

(6)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

高効率火力発電技術を支える高中圧蒸気タービンロータの開発

FENIX-700のロータ試作はこれまで2回実施した。1次試作と2次試作のインゴット寸法はそれぞれ直径1,050 mm、長さ2,750 mm、重量19トンおよび直径1,050 mm、長さ2,380 mm、重量17トンであり、いずれも溶解は正常に完了した。鍛造工程においては、鍛造条件の違いが組織や機械的特性に及ぼす影響を調べるため、2次試作のロータは1次試作に比べて鍛造仕上げ温度を下げ、また仕上げ鍛造時の鍛造比を増やした。さらに、ロータ軸心部の鍛造比も1次試作より増やした。図10に1次試作のロータの外観写真を示す。外径877 mm、長さ2,154 mm、重量は10.5トンであり、目標とした10トン級ロータの試作に成功した。

図11に両ロータの結晶粒度番号の分布を示す。なお、1次試作と2次試作でロータの長さが異なるため、横軸は各ロータのBottom端面から試料採取位置までの距離をロータの長さで規格化した長さXnで表示している。Bottom、Middle、Top部のいずれも1次試作と2次試作でほぼ同じXnであるため、各ロータにおける試料採取位置は相対的には同じと考えてよい。図11から2次試作のほうが全体的に細粒であることが判るが、軸心よりも外周のほうが細粒化の程度が比較的顕著である。

上述のように2次試作では1次試作より鍛造仕上げ温度を下げ、仕上げ工程における鍛造比を増やしている。特に軸心の鍛造比を1次試作より増加させている。Ni 基あるいはNi-Fe基のタービンロータ製造過程において、結晶粒径は鍛造後の溶体化熱処理にて決まる。即ち、鍛造終了時の結晶粒径を初期粒径とし、鍛造仕上げ時に付与されたひずみエネルギーが駆動力となって溶体化熱処理中に再結晶および結晶粒成長が起こるため、鍛造終了時の結晶粒径とひずみが最終的な結晶粒度の制御には極めて重要である。2次試作のロータにおいては、鍛造比を増やすことでひずみ量を増やすとともに、鍛造仕上げ温度を下げることで鍛造中の結晶粒の成長を出来るだけ抑制している。このため、2次試作では全体的に細粒化されたと考えられる。軸心よりも外周で細粒化が顕著なのは、外周の方がひずみが付与されやすいためである。また、Middle部の軸心で最も細粒化の程度が大きかったのは、この部分の鍛造比を意図的に高めた効果である。細粒化の効果は超音波探傷試験における欠陥検出能の違いにおいても認められた。1次試作では超音波探傷試験における最小検出欠陥寸法(MDFS)が 3.7~ 4.8 mmであったのに対し、2本目では1.6~1.9 mmと小さくなり、欠陥検出能が大幅に改善された。2次試作では結晶粒径が小さくなったため、超音波の減衰が小さくなり、欠陥検出能が改善されたことを示している。この他、細粒化によって靭性や延性が改善することを確認しており、かつ細粒化しても700 ℃において100 MPa以上の10万時間クリープ破断強度を確保できる見通しを得ている(52)。当社ではこれらの知見や製造経験を基に更なる大型ロータの製造技術開発などに取り組んでおり、将来におけるA-USC発電の実用化を見据えた技術基盤構築を進めている。

5. 結  言

当社は材料開発や製造技術開発、試験ロータ製造などを通して新材料の実用化に携わってきた。その結果、1971年に初めて高Cr鋼ロータを出荷して以来、200本を超える実プラントへの納入実績を有している。またJSWでは 700 ℃級A-USC対応Ni-Fe基超合金FENIX-700タービンロータの開発に成功した経験も得た。高Crフェライト系耐熱鋼ロータ軸が火力発電プラントの高効率化と温室効果ガス排出量削減に大きく寄与してきたように、開発中の超合金ロータ軸材も高効率火力発電プラントの更なる進歩に資するものと考える。

謝辞本研究の一部は、資源エネルギー庁補助事業「先進超々臨界圧火力発電実用化要素技術開発」の一環として実施されました。関係各位に深謝します。

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参 考 文 献

(1)http://www.enecho.meti.go.jp/about/whitepaper/2014pdf/ whitepaper2014pdf_1_1.pdf

(2)http://www.jaif.or.jp/ja/joho/2014/02post-fukushima_world-nuclear-trend140116.pdf

(3)田中泰彦, 八重樫範明, 尾崎信彦, 中島敏史, 池田 保美 : 日本製鋼所技報, 51 (1995), p.8.

(4)東司, 三木一宏, 田中泰彦, 石黒徹 : 日本製鋼所技報,  55 (2004), p.1.

(5)塚田尚史, 島崎正英, 竹之内朋夫, 石坂淳二 : 日本製 鋼所技報, 43 (1988), p.101.

(6)柳本龍三, 神建夫, 池田保美, 大橋建夫, 管野勛崇 :  日本製鋼所技報, 42 (1986), p.111.

(7)田中泰彦, 東司, 石黒徹, 池田保美, 吉田一, 舟崎光則, 土屋勝弘, 村井悦夫, 塚田尚史: 日本製鋼所技報, 45

  (1991), p.1.(8)田中泰彦, 東司, 池田保美, 吉田一 : 日本製鋼所技報,

47 (1992), p.13.(9)東司, 田中泰彦, 石黒徹, 池田保美, 吉田一, 舟崎光則,   村井悦夫, 尾崎信彦 : 日本製鋼所技報, 51 (1995), p.14.(10)東司 , 田中泰彦 , 山田人久 , 石黒徹 , 池田保美 , 吉田一 ,

 村井悦夫 , 尾崎信彦 , 中島敏史 : 日本製鋼所技報 , 53 (1997), p.1.

(11) 木村公俊, 梶川耕司, 工藤秀尚, 中村毅, 田中泰彦, S. Ganesh, F. Gatazka, R. Schwant and L. Yang : 火力原子力発電 , 58 (2007), p.1130.

(12)池田保美 , 岩田功 , 波多野隆司 , 石坂淳二 : 日本製鋼所技報 , 46 (1992), p.67.

(13)石坂淳二 , 寺尾勝広 , 波多野隆司 , 池田保美 , 岩田功  : 日本製鋼所技報 , 47 (1992), p.20.

(14)岩淵義孝 , 村田政司 , 土原峰雄 : 日本製鋼所技報 , 43 (1988), p.115.

(15)福田隆 , 沖野美佐雄 , 福本勝 , 津村治 , 山畔茂 : 日本製鋼所技報 , 47 (1992), p.54.

(16)沖野美佐雄 , 田中泰彦 , 宮本剛汎 , 福田隆 , 山畔茂 , 津村治 : 日本製鋼所技報 , 54 (1998), p.54.

(17)“製品・技術紹介,ボイラ配管用スーパー 9Cr 鋼管の製造”, 日本製鋼所技報 , 54 (1998), p.176.

(18)“製品・技術紹介,ボイラー配管用スーパー9Cr 鋼製鍛鋼部材の製造”, 日本製鋼所技報 , 63 (2012), p.112.

(19)平順一 , 折田勝利 , 竹之内朋夫 , 石坂淳二 : 日本製鋼所技報 , 47 (1992), p.26.

(20) 東司 , 田中泰彦, 折田勝利 , 平順一 : 日本製鋼所技報 , 50 (1994), p.22.

(21)B. B. Seth : Proc. of Conference on Advanced Heat Resistant Steels for Power Generation, ed. by R.

高効率火力発電技術を支える高中圧蒸気タービンロータの開発

Viswanathan and J. Nutting, (1998), p.519.(22)K.-H. Mayer, F. Masuyama : Creep-Resistant Steels, ed.

by F Abe et al, Woodhead Publishing, (2008), p.15.(23) M. Kawai, K. Kawaguchi, H. Yoshida, E. Kanazawa and

S. Mito : 鉄と鋼 , 64 (1978), p.128.(24)K. Muramatsu : Proc. of Conference on Advanced

Heat Resistant Steels for Power Generation, ed. by R. Viswanathan and J. Nutting, (1998), p.543.

(25)山田政之 , 渡辺修 , 吉岡洋明 , 宮崎松生 : 鉄と鋼 , 76 (1990), p.1084.

(26)志賀正男, 福井寛 , 桐原誠信 , 金子了一 , 伊藤文夫 , 菅井茂勝 : 鉄と鋼 76 (1990), p.1092.

(27)竹田頼正 , 高野勇作 , 横田宏 , 肥爪彰男, 土山友博 , 高野正義 , 木下修司 , 鈴木章 : 鉄と鋼 , 76 (1990), p.1100.

(28)鎌田政智, 藤田明次 , 松尾朝春 , 横田宏 , 辻一郎 , 藤田利夫 : 三菱重工技報 , 33 (1996), p.38.

(29)藤田利夫 : 鉄と鋼 , 76(1990), p.1053.(30)伊東正通 , 河村祐士 , 桑原和男, 宮崎松生 , 福井寛 , 竹

田頼正 , 羽田久夫 , 石本礼二 , 田村広治 : 火力原子力発電 , 37 (1986), p.727.

(31)鴻上享一 , 伊坂弘 : 鉄と鋼 , 76(1990), p.1043.(32)A. Fujita, Y. Takeda, T. Fujikawa, H. Yokota,

A. Hizume, T. Honjo and M. Okamura : Proc. of Conference on Materials for Advanced Power Engineering 1994, ed. by D. Coutsouradis et al, Liège, Belgium, (1994), p.515 .

(33)T. Tsuda, M. Yamada, R. Ishii and O. Watanabe : Proc. of the 4th International Charles Parsons Turbine Conference, Newcastle, UK, (1997), p.283.

(34)M. Arai, H. Doi, Y. Fukui, R. Kaneko, T. Azuma and T. Fujita : Proc. of the 3rd Conference on Advances in Material Technology for Fossil Power Plants, Wales, U.S., (2001), p.415.

(35)Y. Kagawa, F. Tamura, O. Ishiyama, O. Matsumoto, T. Honjo, T. Tsuchiyama, Y. manabe, Y. Kadoya, R. Magoshi and H. Kawai : Proc. of 14th Interenational Forgemasters Meeting, Wiesbarden, Germany, (2000), p.301.

(36)K. H. Mayer, T. U. Kern, K. -H. Schonfeld, M. Staubli and E. tolksdorf : Proc. of 14th Interenational Forgemasters Meeting, Wiesbarden, Germany, (2000), p.277.

(37)T. -U. Kern, B. Scarlin, B. Donth, G. Zeiler and A. Di Gianfrancesco : Proc. of 17th Interenational Forgemasters Meeting, Santander, Spain, (2008), p.316.

(38)T. -U. Kern, K.H. Mayer, B. Donth, G. Zeiler and A.

Page 12: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

(8)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

高効率火力発電技術を支える高中圧蒸気タービンロータの開発

Di Gianfrancesco : Proc. of 9th Liege Conference on Materials for Advanced Power Engineering 2010, ed. by J. Lecomte-Beckers et al, (2010), p.29.

(39)K. Miki, T. Azuma, T. Ishiguro, O. Tamura, R. Hashizume, Y. Murata and M. Morinaga : Proc. of 18th Interenational Forgemasters Meeting, Pittsburgh, USA, (2011), p.206.

(40)A. Di Gianfrancesco, A. Tizzanini, M. Jedamzik and C. Stolzenberger : Proc. of EPRI 2013 7th International Conference on Advances in Materials Technology for Fossil Power Plant, (2013), p. 1-02.

(41) J. Shingledecker, R. Purgert and P. Raws : Proc. of EPRI 2013 7th International Conference on Advances in Materials Technology for Fossil Power Plant, (2013), p. 1-04.

(42) Y. Tao : Proc. of EPRI 2013 7th International Conference on Advances in Materials Technology for Fossil Power Plant , (2013), p. 1-01.

(43)A. Mathur : Proc. of EPRI 2013 7th International Conference on Advances in Materials Technology for Fossil Power Plant, (2013), p. 1-05.

(44)http://www.enecho.meti.go.jp/category/others/for_energy_technology/001.html

(45)S. Imano, J. Sato, H. Kamoshida, E. Saito, K. Kajikawa, S. Ohsaki and T. Takahashi : Proc. of EPRI 2010 6th International Conference on Advances in Materials Technology for Fossil Power Plant, (2010), p. 423.

(46)R. Yamamoto, Y. Kadoya, T. Nakano and S. Kurata : Proc. of EPRI 2007 5th International Conference on Advances in Materials Technology for Fossil Power Plant, (2007), p. 3B-4.

(47)S. Miyashita, Y. Yoshioka and T. Kubo : Proc. of EPRI 2013 7th International Conference on Advances in Materials Technology for Fossil Power Plant, (2013), p. 4B-1.

(48)M. Fukuda, E. Saito, Y. Tanaka, T. Takahashi, S. Nakamura, J. Iwasaki, S. Takano and S. Izumi : Proc. of EPRI 2010 6th International Conference on Advances in Materials Technology for Fossil Power Plant, (2010), p. 325.

(49)M. Fukuda : Proc. of 9th Liege Conference on Materials for Advanced Power Engineering 2010, (2010), p.3.

(50)S. Imano, H. Doi, T. Takahashi and K. Kajikawa : Proc. of Superalloys 718, 625, 706 and Derivatives, ed. by E. A. Loria, (The Minerals, Metals & Materials Society, 2005), p. 77.

(51)髙橋達也 , 大崎智, 梶川耕司 , 呉晃宇, 今野晋也 ,

佐藤順 , 齊藤英治 , 土井裕之 : 日本製鋼所技報 , Vol. 61 (2010), p.7.

(52)髙澤孝一 , 髙橋達也 , 田中遼司 , 呉晃宇, 今野晋也 , 齊藤英治 : 日本製鋼所技報 , Vol. 64 (2013), p.1.

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天然ガス輸送用クラッド鋼管の最近の技術開発と製造実績Recent Technology Development and Manufacturing Experiences of Clad Steel

Pipes for Natural Gas Transportation.

相澤 大器* 瀧本 森** 川上 渉**西本 健太* Taiki Aizawa Shin Takimoto Wataru KawakamiKenta Nishimoto

*:室蘭研究所   Muroran Research Laboratory

**:室蘭製作所  Muroran Plant

(9)

解 説 天然ガス輸送用クラッド鋼管の最近の技術開発と製造実績

JSW started supplying clad steel pipes for the transportation of sour natural gas to a major oil and gas producer in 1987. In order to respond to the demand for high strength and high toughness, JSW has developed the clad steel pipe base materials such as JSW-65R steel and X70 Grade steel. Toughness controlling factors of the base material are being clarified by detailed analyses of the microstructure and the fracture surface. Recently, the development has been extended to technologies of press forming, overlay welding and postweld straightening in order to improve productivity and to increase the lineup of clad steel pipes to thick-walled pipes with smaller diameters. This paper reports the recent developments and manufacturing experiences of clad steel pipes.

当社では 1987 年に初めてサワーガスの輸送用として大手石油会社にクラッド鋼管の納入を開始した。これまでに強度を確保しつつ、高靭性化の要求に対応するために、鋼管用母材として JSW-65R 鋼や X70 Grade 鋼の開発を進めてきた。クラッド鋼管母材の靭性支配因子は破面およびミクロ組織の詳細解析などの調査研究により明らかにされつつあり、上述の製品開発へ反映されている。また、最近では生産性向上および厚肉小径というクラッド鋼管の多様なラインナップへ対応するため、プレス成形、溶接、矯正技術などの開発についても取り組みつつある。本報では、最近のクラッド鋼管の技術開発動向および製造実績について紹介する。

要   旨

1. 緒  言

天然ガスは他の化石燃料と比較して燃焼時に排出される二酸化炭素や硫黄酸化物が少ないという特徴に加え、世界各地に広く分散し、かつ埋蔵量も豊富であることから今後も需要拡大が見込まれている。ガス田から採取される天然ガスは、主成分であるメタンに加え、水分、硫黄化合物、塩素化合物、二酸化炭素等の不純物を含んだ腐食性の高いガス(サワーガス)であり、ガス前処理装置に送って不純物の除去が必要となる。そのため、井戸元からガス前処理装置までの輸送に使用されるラインパイプには高度な耐食性が要求される。クラッド鋼は強度を確保する炭素鋼母材と耐食性を有する高合金合せ材を組み合わせた複合材料であり、溶接により製造されるクラッド鋼板はサワーガス環境

における耐食性と高価な耐食材料の使用量を削減できる経済性が評価されており、当社も多数の納入実績がある。近年はラインパイプの安全性向上の観点からクラッド鋼管母材のシャルピー衝撃試験の要求試験温度が低温化する傾向にある。また、薄肉化によるプロジェクト全体の低コスト化を図るために、クラッド鋼管の高強度化が求められると予想される。これらの状況を踏まえ、これまでに -40℃までの低温靭性要求に対応するX65 Grade 鋼(JSW-65R鋼)やX70 Grade 鋼の開発を進めてきた。また、生産性向上および鋼管サイズの多様化に対応し、厚肉小径クラッド鋼管ラインナップ拡充を図るために設備導入や溶接技術の開発にも取り組んできた。本報では、当社におけるこれまでのクラッド鋼板の技術変遷に加え、最近の技術開発動向や製造実績について紹介する。

Synopsis

Page 14: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図1 クラッド鋼板の製造方法

図 2 クラッド鋼管の製造方法

(10)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

2. クラッド鋼管の製造方法

2.1 クラッド鋼板の製造方法クラッド鋼板の製造方法としては爆着法、熱間圧延法と

種 あ々るが、薄板・大面積が要求されるパイプ用鋼板の場合、熱間圧延法が最も経済的で量産に適した製造方法であり、当社ではこの方法を採用している。熱間圧延法の製造プロセスを図1に示す。まず、母材となる炭素鋼と合せ材となる耐食合金(Corrosion Resistance Alloy, 以下CRA)の接合面を平滑、清浄に保ち、周囲の組合せ溶接を施した後に、1000℃以上に加熱し、高圧下力で熱間圧延することによって母材と合せ材を接合させる。熱間圧延法は母材と合せ材が拡散接合により接合され、高い接着強度を有していることが特徴である。また、界面の密着性の向上を目的として予め合せ材の接合面にニッケルメッキを施している。熱間圧延により接合されたクラッド鋼板は母材の機械的特性及び合せ材の耐食性確保のため焼入れ(固溶化)、焼戻し熱処理が施される。その後、

天然ガス輸送用クラッド鋼管の最近の技術開発と製造実績

切断、精整を経て、非破壊検査及び各種機械試験などにより品質が確認されたものが、クラッド鋼管の製造に使用される。

2.2 クラッド鋼管の製造方法当社では溶接型クラッド鋼管の製造を行っており、肉厚や径の変化に対応が可能なプレスベンディングを採用している。最小直径は8”(約 200mm)、最大直径は36”(約 910mm)のクラッド鋼管が製造可能である。図2にクラッド鋼管の製造方法を示す。図1に示した熱間圧延法で製造されたクラッド鋼板に長手開先加工を施した後、12mプレスで冷間加工して管状に成形される。長手溶接の内面側は、合せ材と同等またはそれ以上の耐食性を有したステンレス鋼または高合金の溶接材料を用い、パス数の少ない高能率溶接が適用される。溶接後は全ての鋼管が水圧試験、非破壊検査により評価され、製品として出荷される。なお、強度部材である母材C-Mn鋼の溶接部においては母材と同等の機械的性質及び良好な溶接性が要求される。

Page 15: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 3 JSW-65R 鋼管溶接部の衝撃特性

表 1 当社のクラッド鋼管用母材および要求仕様の変遷

(11)

天然ガス輸送用クラッド鋼管の最近の技術開発と製造実績

3. 当社におけるクラッド鋼板の技術の変遷

表 1に当社におけるクラッド鋼管の技術の変遷を示す。クラッド鋼では合せ材にとっての溶体化熱処理が母材にとっての焼入れ熱処理を兼ねる。オーステナイト系ステンレス鋼やNi 基合金などの高耐食性合金を合せ材とするクラッド鋼板は合せ材に耐食性を付与するために比較的高い温度からの溶体化熱処理が必要となる。この合せ材の溶体化熱処理に適した温度への加熱は、一方のクラッド鋼板母材の炭素鋼にとっては結晶粒成長を助長し靭性の低下を招く。そこで、高温の溶体化熱処理でも強度、靭性を確保できるクラッド鋼板の母材として、API 5L-X52、X60クラスを対象としてC-Mn 鋼にNb-Vや Ti-Bを添加した鋼種を開発、製造してきた(1)。その後、クラッド鋼板母材に要求される低温靭性の要求

が厳しくなり、さらに溶接HAZにおいてもシャルピー衝撃試験の吸収エネルギーとして-40℃での仕様が要求されている。また、実パイプ肉厚での破壊安全性を評価する落重引裂試験(Drop Weight Tear Test、以下 DWTT)においても、母材延性破面率 100%を満足する温度が低温化している。そこで、API 5L-X65 Grade 鋼の合金元素の改良、熱処理条件の最適化を検討し、高靭性クラッド鋼板母材JSW-65R 鋼を開発した(2)。JSW-65R 鋼では従来の C-Mn鋼に対してC量を低めに調整し、炭素当量 Ceq.(mass%)= C+Mn/6+(Ni+Cu)/15+(Cr+Mo+V)/5も 0.37mass%程度の低い値に設定するとともに、Al、Nb、Ti 等の炭窒化物の微細析出物を結晶粒成長抑制に利用している。これら元素以外にC、Si、Cr、Mo、Cu等は Ceq. あるいは溶接低温割れ感受性指数 PCM(mass%)= C+Si/30+Mn/20+Cu/20+Ni/60+Cr20+Mo/15+V/10+5B を増大させ溶接割れ感受性を高めるため、PCMを予熱無しでの溶接が可能と判断される0.2mass% 以下の低い値に設定した。溶接 HAZの特性においては、Ti/Nを適正バランスに制御することで溶接HAZの粒成長を抑制し、靭性を確保することを狙いとした。それによってHAZ 粗粒域におけるオーステナイト結晶粒度(A.G.S.No.)が 5 ~ 6と比較的細粒に

なり、図 3で示すようにボンドだけでなく、ボンド+2mm、ボンド+5mmのHAZにおいてもシャルピー衝撃試験の吸収エネルギーvE-40℃が 100J 以上とvE-40℃≧ 35Jを十分満足することができた。近年ではより高い強度と良好な靭性を兼ね備えたクラッド鋼管の開発に着手しAPI 5L-X70 Grade の強度を有するクラッド鋼管母材の開発に成功した(3)。JSW-65R 鋼と同様に従来のC-Mn 鋼に対してC量を低下させており、強度を補うためにCuやMo 添加量を高めて炭素当量を 0.37~0.39mass%に設定して高強度化を図った。また、Al、Ti、Nbなどの炭窒化物を利用し、結晶粒粗大化の抑制を狙っている。JSW-65Rと同様にTi/N比も適正バランスに調整している。本材の焼入れ焼戻し後の特性を調査した結果、溶体化温度 950℃以下で試験温度 -40℃における吸収エネルギーが 300JとvE-40℃≧ 35Jを十分満足し、DWTTも -20℃で 100% の延性破面率が得られた。図 4に溶接HAZのシャルピー衝撃試験結果を示すが、試験温度 -40℃における吸収エネルギーは採取位置によらず 100J以上であり、優れた溶接部靭性が得られている。

Page 16: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 4 X70 Grade 鋼溶接部の衝撃特性

図 5 JSW-65R 鋼の光学顕微鏡によるミクロ組織

図 6 EBSD IPF マップ(結晶方位差 15°以上を粒界と定義)

(12)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

4. 最近の技術開発動向

4.1 クラッド鋼母材の技術開発4.1.1 JSW-65R 鋼の靭性支配因子鋼の靭性の正確な評価と改良を行うためには冶金的に靭性

支配因子を把握することが重要である。そこでJSW-65Rを用いてシャルピー衝撃試験片の破面観察、ミクロ組織の詳細解析を通じて靭性支配因子の検討を行った(4)。なお、ここで言う靭性はシャルピー衝撃試験における延性脆性遷移温度(DBTT)を対象とする。DBTTに影響を与える因子としては、降伏応力以外に結晶粒径やミクロ組織、化学成分などが挙げられる。結晶粒径の影響については、古くからフェライト―パーライト鋼において、式(1)あるいは式(2)の関係が成り立つことが知られてきた(5)。

DBTT ∝ -d-1/2           …(1)DBTT ∝ -ln d-1/2          …(2)

マルテンサイト鋼においては、靭性の評価には劈開破面の最小単位である有効結晶粒径(dEFF)の考え方を用いることにより、dEFF が旧オーステナイト(γ)粒あるいはパケットの大きさに対応し、DBTTに対して式(1)あるいは式(2)が成り立つことが報告されている(6)(7)(8)。DBTTのdEFF 依存性は、フェライト―パーライト鋼とマルテンサイト鋼では異なり、DBTTはミクロ組織の影響を受ける。しかし本鋼種のような中間段階変態組織(Zw)については依然として不明な点が多い。JSW-65R鋼は図5に示すようにZwに属する複雑な組織で

あり、荒木らの分類(9)(10)に従えば、この組織はグラニュラーベイニティックフェライト(αB)と擬ポリゴナルフェライト(αp)

天然ガス輸送用クラッド鋼管の最近の技術開発と製造実績

の混合組織であるとみなせる。ミクロ組織の詳細解析は電子線後方散乱回折法(Electron Backscatter Diffraction, 以下EBSD)を用いて行っている。図 6にシャルピー衝撃試験片の破面に平行な面におけるEBSD IPFマップ(結晶方位マップ)の一例を示す。結晶方位はランダムな方向を向いており、特定の方向に配向している傾向は認められなかった。図7に示すような粒内劈開破壊したシャルピー衝撃試験片の劈開破面の大きさから求めたdEFF の分布とEBSDから得た結晶方位差15°以上の大角粒界に囲まれた結晶粒径分布を比較した結果を図 8に示す。両者の分布はよく一致しており、α Bとα p の両方を含めたベイニティックフェライトの大きさがdEFFとみなせることがわかる。このことからZwの組織を有するJSW-65R 鋼においては結晶方位差15°以上の大角粒界がDBTTの評価に有効であることを示している。

Page 17: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 7 -196℃にて破断させたシャルピー衝撃試験片の破面のSEM 像

図 8 有効結晶粒径及び EBSD から得たベイニティックフェライト粒径

(結晶方位差 15°以上を粒界と定義)の分布

図 9 衝撃特性に及ぼすAl の影響

(13)

天然ガス輸送用クラッド鋼管の最近の技術開発と製造実績

4.1.2 靱性におよぼす化学成分の影響X65 鋼の低温靭性向上のために、機械的性質に及ぼ

す化学成分の影響について検討した。これまでの開発で Ti については Nとの比、Ti/N 比を適正に調整することで溶接 HAZ の粒成長を抑制し、優れた溶接部靭性が得られることがわかっている(2)(3)。Al は添加量の増加に伴い、強度が上昇する。靭性については図 9 に示すように 0.030mass% 以下の添加では DBTT が低下し、それよりも添加量が多くなると遷移曲線を高温側にシフトさせて DBTT を高める効果を持つ。Nb は添加量の増減が強度に影響しないが、過剰な添加は DBTTを高温側にシフトさせる。Al および Nb の過剰な添加はベイニティックフェライトの粗粒化・混粒化による dEFFの増加につながり、DBTT の上昇を招くと推察される。S については 0.0040mass% 以下の微量の添加であれば強度及び靭性にはほとんど影響を与えない。DBTTの低温化を図るためには、製造時のAlと Nb の添加量の調整が重要となる。以上の知見を踏まえて熱処理条

件を含めた最適化を行い、低温靭性に優れたクラッド鋼管用母材 JSW-65R 鋼の製造技術を確立した。

4.2 リーリング敷設に対応したクラッド鋼管天然ガス輸送用パイプラインを海底に敷設する場合、海上のバージ船上で周溶接、検査、コーティング等を実施しながら鋼管を繋ぎ合わせて断続的に海中へ投入していく方法が一般的である。近年、敷設費用低減のために、リーリング法と呼ばれる敷設方法の適用が増えてきている。リーリング法とは、あらかじめ鋼管の周溶接、検査、コーティング等を実施して製作した連結管を陸上で大型のドラムに巻き取り、そのドラムを洋上に運搬した後、ドラムに巻かれている連結管を引き出しながら連続的に海底に敷設する方法である。この敷設方法は溶接等の作業を陸上で実施できるため品質が安定しており、更に洋上での作業期間を大幅に短縮できることから、他の敷設方法と比較して安価であることが大きな利点である。一方、鋼管はドラムへの巻取り時及び引出し時に冷間加工が加わるため、耐座屈性及び加工性が要求される。リーリング方式は従来、長手溶接継手がないシームレス鋼管の敷設に適用されていたが、敷設期間に制限がある北海向けプロジェクトに納入した当社製クラッド鋼管が、2006 年に世界で初めてリーリングにより敷設された。クラッド鋼管の周溶接では鋼管内面の耐食性を考慮して高合金系の溶接材料が用いられるが、通常の炭素鋼管と比較して高度な溶接技術と多くの作業時間が必要となり敷設に関わる費用も割高とな

Page 18: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

写真1 12,000トン成形プレス

図10 母材鋼種別のクラッド鋼管累計納入重量実績

図11 クラッド鋼管納入実績(重量)における各種合せ材鋼種の適用割合

(14)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

るため、リーリング方式適用のメリットは大きいと考えられる。2006 年の初適用以降、当社では現在までに12のプロジェクト向けに合計約240kmのラインパイプをリーリング法適用クラッド鋼管として供給しており、本敷設方式が適用されるプロジェクトは今後とも増加してゆくことが予想される。

4.3 厚肉小径クラッド鋼管の製造技術開発当社でのパイプ製造を開始した当初は12m長さのパイプを

成形できるプレスを保有しておらず、6m長さのパイプに周溶接を実施して12mとしたパイプを納入していた。2004 年には12m長さのパイプを成形可能な12,000トンプ

レス(写真1)を導入したが、導入当初は16”(約400mm)以上のパイプを対象としており、それ以下のサイズについては従来通り6m長さのパイプを2本周溶接して12m長さとすることを前提としていた。しかし、既存のプラットフォームやFPSO(Floating Production,

Storage & Offloading system)を活用した周辺ガス田の開発が、特に北海で活発となると、井戸元からの生産量に見合った比較的小径なパイプの需要が見込まれた。更に、当社製クラッド鋼管のリーリング法による敷設が成功すると、その経済性から同方法が採用されるプロジェクトが増加したが、リーリング法ではパイプ巻き取り時の座屈防止などの観点から通常より板厚が厚く、またパイプ径は16”以下に制限される。このような背景から、当社は12m長さの厚肉小径パイプ製造技術の開発を進めてきた。厚肉小径パイプの製造における課題として、①12,000ト

ンプレスによる成形方法の確立、②内面オーバーレイ装置の小型化、③長手溶接後のパイプの曲り矯正対応などが挙げられたが、これらの課題をクリアし、2008 年には10”(約250mm)パイプ、2013 年には 8”(約 200mm)パイプの製造技術の確立に成功した。これにより、それまで必要であった周溶接が省略可能となり、製造期間及び製造コストの大幅な削減を達成し、顧客からも大きな評価を得てきている。

天然ガス輸送用クラッド鋼管の最近の技術開発と製造実績

5. クラッド鋼管の製造実績

図 10 に当社クラッド鋼管の母材鋼種別の市場への累計納入重量の推移を示す。当社製クラッド鋼管の市場への供給開始は 1979 年まで遡るが、市場への供給量が増加したのは 1990 年前後の大手石油会社によるクラッド鋼管採用以降である。その後、上述のような技術開発や設備導入を進めたことにより生産量は順調に増加を続け、現在までにおよそ 20万 6 千トンのクラッド鋼管を納入している。また、2002 年より市場への供給を開始した母材鋼種 JSW-65Rについては、導入以降その適用頻度は増加し続け、現在では総納入重量の約 75%を占めている。

次に図11に当社クラッド鋼管の全納入実績における各種合せ材鋼種の適用割合を納入重量ベースで示すが、合せ材鋼種としてはTP.316Lが 63%と最も多く適用されていることが分かる。また、図12には当社クラッド鋼管の鋼管サイズ、母材板厚と納入距離の関係を示す。当社クラッド鋼管では外径 24”(約 610mm)以下、母材板厚20mm前後が多く、25”(約640mm)以上の大径管は全納入量の約9%にとどまっている。2006 年に初めてリーリング方式による敷設が適用されて以降、リーリング適用対象となる小径(16”(約410mm)以下)のクラッド鋼管需要が増加傾向にあり、現在では総供給量の約45%を小径のクラッド鋼管が占めている。

Page 19: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図12 クラッド鋼管納入実績(距離)における鋼管外径と母材板厚の分布

(15)

天然ガス輸送用クラッド鋼管の最近の技術開発と製造実績

6. 今後の展望

今後も世界的なエネルギー需要が増加していく中で、環境負荷が比較的低い天然ガスは、原子力発電の代替としても、益々重要なエネルギー資源となっていく。その中で、比較的開発が容易で安価に生産できる天然ガス田は徐々に減少してきているものの、近年のガス価格の上昇、及び開発技術の目覚ましい進歩により、これまでは採算が合わなかった開発及び使用環境の厳しいガス田の開発が進んでいる。近年、特に大水深において新規大型ガス田が発見されているのは、探鉱技術の進歩に寄るものが大きい。シェールガスの台頭があるものの、こういった高腐食環境、あるいは大水深における在来型ガス田の開発は今後も増えていくと言われており、使用環境が厳しく高い安全性が求められる天然ガス輸送用ラインパイプ市場において、耐食性、耐海水性を有しているクラッド鋼管は、選択肢の一つとしてその地位を確立してきており、今後益々の伸張が期待される。

7. 結  言

(1) クラッド鋼管の最近の厳しい低温靭性の要求に対応するために、Al、Nb、Ti等の炭窒化物による結晶粒粗大化抑制を狙い、母材および溶接HAZの靭性を確保したJSW-65R鋼やX70 Grade鋼を開発した。

(2) 中間段階変態組織を有するJSW-65R鋼においては結晶方位差15°以上の大角粒界が延性脆性遷移温度の支配因子であることを見出し、靭性を向上させるにはTi/N比を適正に調整することに加えて、AlとNbの添加量の調整が必要であることが明らかとなった。

(3) 厚肉小径のクラッド鋼板を製造するために成形方法の確立、内面オーバーレイ装置の小型化、長手溶接後のパイプの曲り矯正対応などを行うことで8”パイプの製造技術を確立した。またクラッド鋼管のリーリング敷設への対応も進めてきた。

(4) 1987年に納入を開始して以来、これまでにおよそ20万6千トンのクラッド鋼管を納入してきた。近年はリーリング適用対象の小径クラッド鋼管の需要が増加する傾向であり、総供給量の約45%を占めており、今後も大水深の大型ガス田開発プロジェクトへの適用が期待される。

本報ではJSW-65R 鋼やX70 Grade 鋼などの母材開発や靭性支配因子調査、厚肉小径のクラッド鋼管製造のための製造技術開発とこれまでの製造実績について紹介した。今後も日々変化していく顧客の要求を満足できるように更なる高品質化、生産性向上に向けた取り組みを進めていく。

参 考 文 献

(1)福田、深見、関村、中田、斉藤:日本製鋼所技報、No.47 (1988) p.47-53

(2)新田、茅野、五味、櫻庭:日本製鋼所技報、No.55 (2004) p.79-87

(3)佐藤、茅野、新田、五味、櫻庭、川上、丸家:日本製鋼所技報、No.60 (2009) p.41-47

(4)泉山、茅野:日本製鋼所技報、No.64 (2013) p.15-21(5)N. J. Petch: Philos. Mag., Vol. 3 (1958), p.1089(6)T. Inoue, S. Matsuda, Y. Okamura and K. Aoki: Trans.

JIM, Vol. 11 (1970), p.36(7)F. Terasaki and H. Ohtani: Trans. Iron Steel Inst. Jpn.,

Vol. 12 (1972), p.45(8)大谷、寺崎、邦武 : 鐵と鋼、Vol. 58 (1972), p.434(9)荒木、榎本、柴田 : 鐵と鋼 , Vol. 77 (1991), p.6(10)日本鉄鋼協会・基礎研究会 ベイナイト調査研究部会 :

鋼のベイナイト写真集-1 ―低炭素鋼の連続冷却(中間段階)変態組織―, 日本鉄鋼協会 , (1992), p.1

Page 20: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

真空鋳込み中での溶鋼の脱水素機構の解明Reaction of Hydrogen Desorption in the Mold Stream Degassing Process

田中 勝** 博士(工学) 梶川 耕司**山本 卓* Masaru Tanaka Dr. Koji KajikawaSuguru Yamamoto

**:室蘭研究所   Muroran Research Laboratory

*:室蘭製作所  Muroran Plant

(16)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

技 術 論 文 真空鋳込み中での溶鋼の脱水素機構の解明

The rate of hydrogen desorption in the mold stream degassing process was measured to investigate the effect of hydrogen partial pressure. Experiments were conducted on 10.5mass%Cr steels, cast into ingots weighing approximately 100tons under various pressure. The hydrogen desorption reaction was likely to be controlled by metal side mass transfer at the gas/metal interface in this experimental condition. And the value of the volumetric mass transfer coefficient was estimated to be 5.34s-1. As is the case with the hydrogen desorption reaction, the rate of nitrogen desorption was measured, and the nitrogen desorption reaction was also likely to be controlled by metal side mass transfer. Mass transfer models such as the film theory, the penetration theory and the surface renewal theory were examined to explain the present results. The mass transfer mechanism of hydrogen and nitrogen desorption in this process is explained by the penetration theory or the surface renewal theory.

Synopsis

流滴脱ガス法を用いて 100トンクラスの 10.5mass%Cr 大型鋼塊を様々な雰囲気圧力で鋳込み、流滴脱ガスプロセス中の脱水素機構について検討を行った。本試験条件での脱水素反応は、メタル側の物質移動が律速過程になっている可能性が高いと判断され、物質移動容量係数 k’metalは 5.34s -1 と見積られた。脱窒素に関しても脱水素反応と同様に律速過程の検討を行い、流滴脱ガス法における脱窒素反応は、メタル側の物質移動律速になっている可能性が高いと考えられた。流滴内の流動状態を踏まえて、界面を介した物質移動現象を検討した。流滴脱ガス法における脱水素反応、脱窒素反応は、浸透説または表面更新説によって説明できると考えられる。

要   旨

1. 緒  言

鋼中のガス成分は鋼材の性質を劣化させる場合が多く、窒素のように合金元素として用いる場合以外は、その含有量をできるだけ少なくすることが望ましい。特に水素は、鋼の水素脆化や遅れ破壊を引き起こす有害元素であることが知られている。これらガス成分を低減するために、これまでにDH法やRH法など様 な々脱ガスプロセスが実用化されてきた。その中でも流滴脱ガス法は最も初期に工業化に成功したプロセスであり、1950 年台前半にドイツのBochumer-Verein 社が 150tonを超える鋼塊の製造に成功したのがその始まりである(1)。流滴脱ガス法は、他の脱ガス法に比較して高い脱ガス効率を有していることから(2)、信頼性が求められる大型鍛造用鋼塊の製造に適用されている。近年、

CO2 削減及び環境保護意識の高まりを背景に高効率の大型発電所が世界中で建設されており、それに伴い鍛鋼品も年々大型化してきている。鋼塊の大型化によって水素感受性が顕著になることから、鋼中の水素量の更なる低減が求められている。いっそうの脱ガス効率向上のためには、プロセスの脱ガス機構を明らかにする必要がある。脱水素挙動に関する研究は多数報告されているが、溶鉄浴自由表面を対象にした研究が主であり(3-5)、流滴脱ガス法のような反応界面積が他の脱ガス法に比較して著しく大きい反応における脱水素挙動に関する研究は殆ど報告されていない。そこで本研究では、流滴脱ガス法を用いて 100トンクラスの大型鋼塊を様々な雰囲気圧力で鋳込み、流滴脱ガスプロセス中の脱水素機構について検討を行った。

Page 21: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図1 流滴脱ガス法の模式図(6)

図 2 試験装置の概略図(流滴脱ガス造塊法)

a)流滴取鍋脱ガス法 b)流滴脱ガス造塊法

表 1 供試材の化学組成(mass%)

表 2 試験条件

Run No.Ingotweight(t)

Castingtemperature(℃)

Total pressurein vacuumtank(Pa)

Hydrogen partialpressure invacuum tank(Pa)

H contentbefore degassing(ppm)

1 113.5 1550~1600 1.6×102 1.5×101 3.05

2 104.3 ↓ 1.8×102 4.6×100 3.00

3 117.3 ↓ 2.7×103 1.0×102 3.60

4 113.1 ↓ 5.4×103 4.3×102 6.02

5 119.5 ↓ 7.3×103 3.0×102 2.85

6 115.8 ↓ 1.0×104 5.9×102 3.46

(17)

2. 流滴脱ガス法の概要

流滴脱ガス法は図 1に示すように、流滴取鍋脱ガス(Ladle to ladle degassing)法と流滴脱ガス造塊(Ladle to mold degassing:mold stream degassing)法とに大別され(6)、真空タンク内に予め取鍋、あるいは鋳型をセットして、スチームエゼクターなどの真空排気装置を用いてタンク内を真空状態とした後に、溶鋼を注入する脱ガス手法である。溶鋼が真空タンク内に入ると、溶鋼内に溶存している水素、窒素は気体となって放出される。また酸素はCOガスとして放出される。これにより溶鋼が微細な液滴となって飛散し、これらガス成分の脱ガスが促進されるプロセスである。流滴脱ガス造塊法では、脱ガスされた溶鋼が耐火物に接触することなく凝固可能であるため、高清浄度の鋼塊を得ることが出来るなどの特徴を有している。当室蘭製作所ではこの流滴脱ガス造塊法により最大670トンの単一鋼塊を製造している。

3. 実験方法

表 1に供試材の化学組成を、図 2に試験装置の概略図を示す。試験は100トンクラスの10.5mass%Cr 鋼を流滴脱ガス造塊法により溶製して行なった。初めに電気炉にて原料を溶解して、取鍋精錬炉で目的の組成になるように成分調整を行なった。組成、温度を調整した取鍋内の溶鋼を、流滴脱ガス造塊法にて、中間鍋を介して真空タンク内にセットした鋳型に鋳込んだ。脱水素速度に対する脱ガス雰囲気の圧力の影響を調査するために、鋳込み中の真空タンク内の圧力を、スチームエゼクターの排気速度を調整して102 ~104Paの範囲で変化させた。鋳込み中に四重極質量分析計を用いて、真空タンク内雰囲気のガス組成を測定した。鋳込み開始前の中間鍋内の溶鋼から石英サンプラーにて

水素分析用試料を採取した。また流滴脱ガス造塊法にて溶製した凝固後の鋼塊の本体と押湯の境界の軸芯または1/2R位置から分析試料を採取した。採取した試料は、水素が抜けないようにドライアイスで冷却しながら試料調整を行なった。水素量の測定には LECO 社のRH-402 型水素分析装置を使用し、不活性ガス気流融解熱伝導度法により鋼中の水素量を求めた。表 2に試験条件をまとめて示した。

真空鋳込み中での溶鋼の脱水素機構の解明

4. 実験結果

図3に一例として、試験条件No.2における真空タンク内での流滴の飛散状況を示す。観察は図2に示した真空タンク上部の覗き窓から行なった。真空タンク内では、溶鋼が微細な流滴となって飛散し、落下している状況が確認された。脱ガス中の流滴径を正確に測定することは難しいので実寸法は不明だが、目視による流滴径のオーダーは10-2m程度であった。図 4に脱ガス雰囲気の水素分圧と脱ガス前後の鋼中の水素濃度との関係を示す。脱ガス前、及び脱ガス後の水素濃度は、それぞれ中間鍋内の溶鋼、凝固後の鋼塊での値である。破線は、学振推奨値(7)より計算した本鋼における脱ガス温度での平衡水素溶解度を示している。脱ガス前の鋼中の水素濃度は 3~ 6ppmである。脱ガス後の鋼中水素濃度は、脱ガス雰囲気の水素分圧と相関があり、水素分圧の減少に伴い鋼中の水素濃度は低下した。また脱ガス後の鋼中水素濃度は水素分圧の増加にともない平衡値に近づき、水素分圧6×102Pa前後で平衡値とほぼ一致していた。

Page 22: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図3 真空タンク内での流滴の飛散状況(試験条件No.2)

図 4 脱ガス雰囲気の水素分圧と脱ガス前後の鋼中の水素濃度との関係

…(1)

…(2)

…(3)

…(4)

…(5)

…(6)

…(7)

…(8)

: メタル中のガス濃度

: ガス-メタル界面でのガス濃度

: 脱ガス雰囲気の各分圧で平衡するガス濃度

: 脱ガス前のメタル中のガス濃度

: 脱ガス時間

: 溶鋼の表面積

: 溶鋼の体積

: メタル側の物質移動係数

: メタル側の物質移動容量係数

: ガス相での分圧

: ガス-メタル界面での分圧

: ガス側の物質移動係数

: 見かけの物質移動容量係数

: 気体定数

: 温度

: ガス原子のモル重量

: 溶鋼の密度

: X2=2 [X] 反応の平衡定数

(濃度を質量%で表した平衡定数)

(18)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

真空鋳込み中での溶鋼の脱水素機構の解明

5. 考  察

5.1 脱水素反応律速過程の検討ガス -メタル間の反応は、メタル側の物質移動、ガス -

メタル間の界面化学反応、ガス側の物質移動の内で最も遅い過程が律速となる。脱水素反応の律速過程については多数の報告がある。例えば、萬谷ら(3)は高周波溶解炉にてキャリアガス流量が高い条件で試験を行ない、メタル側の物質移動が律速過程であると報告している。一方、段ら(4)は、萬谷らと同様の手法で試験を行ない、メタル側の物質移動、ガス側の物質移動の混合律速であると報告している。さらに務川ら(5)は高周波溶解炉にて真空から大気圧までの圧力範囲で試験を行ない、高真空領域ではメタル側の物質移動が律速過程であり、大気圧に近づくにつれてガス側の物質移動に律速過程が移行すると結論付けた。これらの既往の報告より、脱水素反応において

はガス -メタル間の界面化学反応が律速過程となっている可能性は低いと考えられる。そこでここではメタル側の物質移動、ガス側の物質移動について律速過程を検討した。メタル側の物質移動、ガス側の物質移動が律速過程である場合の脱ガス速度は、それぞれ(1)式、(4)式で与えられる。これらの式を積分形に直すと(2)式、(5)式となる(8)。

メタル側の物質移動律速の場合

ガス側の物質移動律速の場合

Page 23: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図5 脱ガス雰囲気の水素分圧と脱ガス前後の鋼中の水素濃度との関係(ガス側の物質移動律速)

図 6 脱ガス雰囲気の水素分圧と脱ガス前後の鋼中の水素濃度との関係(メタル側の物質移動律速)

…(9)

…(10)

:中間鍋ノズル出口での流滴速度

: 大気圧と真空タンク内圧の差

: 溶鋼密度

: 重力加速度

: 中間鍋内の溶鋼高さ

: 流滴の落下距離

(19)

次に実験条件での流滴の脱ガス時間を見積った。中間鍋ノズル出口での流滴の速度 は(9)式で表される。中間鍋ノズル出口から流滴が自由落下するとした場合、脱ガス時間 t は(10)式で表される。

流滴の落下距離 hは、鋳込みの進行に伴い鋳型内の湯面高さが上昇するため、時間の経過により減少する。それぞれの湯面高さでの流滴の落下距離から落下時間を計算して、その積算値より脱ガス時間を求めた。本試験条件での脱ガス時間は0.35sと見積られる。ガス側の物質移動が律速過程である場合には、先に示し

たように、脱ガス速度式を積分形で表すと(5)式となる。脱ガス中の流滴サイズを正確に測定することは難しく、(5)式中のA/Vを見積ることはできない。そこで、A/Vと k2 の積で表される見かけの物質移動容量係数 k’2を用いた(6)式で検討した。脱ガス時間を0.35s、脱ガス前の鋼中の水素濃度を3~ 6ppmとし、脱ガス前後の鋼中の水素濃度の実績値に合うように k’2をパラメーターとしてフィッティングした結果を図5に示す。予測式と実績値に大きな解離が見られている。このことから、脱水素反応は、ガス側の物質移動が律速過程になっている可能性は低いと考えられる。メタル側の物質移動が律速である場合には、A/Vと物質移動係数 kmetalの積で表される物質移動容量係数 k’metalを用いて速度式を積分形で表すと(3)式となる。上記と同様に、脱ガス前後の鋼中の水素濃度の実績値に合うように k’metalをパラメーターとしてフィッティングした結果を図 6に示す。予測式と実績値は良く一致している。以上のことから、本試験条件での脱水素反応は、メタル側の物質移動が律速過程になっている可能性が高いと判断される。なお物質移動容量係数 k’metalは5.34s-1 と見積られた。本実験条件では、脱ガス反応は落下中の流滴からの他に、鋳型内の溶鋼浴自由表面からも生じている。浴自由表面からの脱水素反応の物質移動係数k’metal-surfaceは、萬谷ら(3)によって3.16×10-4m/s、段ら(4)によって1.36×10-5m/sと報告されており、実験条件により差異は見られるがオーダーとしては 10 -4 ~ 10 -5m/s である。

真空鋳込み中での溶鋼の脱水素機構の解明

これらの値から本実験での浴自由表面からの物質動容量係数 k’metal-surfaceを見積ると10-4 ~10-5s-1となり、実験で得られた k’metalよりはるかに小さな値となる。つまり本実験では流滴からの脱水素反応が支配的であり、得られた k’metal

は落下中の流滴の値と見なすことができる。本実験では脱窒素速度についても併せて調査を行っており、脱ガス雰囲気の窒素分圧と脱ガス後の鋼中の窒素濃度との間には、脱水素反応と同様の相関が見られている。脱窒素反応の律速過程についても多数の報告がある。メタル側の物質移動律速、界面化学反応律速、これらの混合律速など実験条件や溶湯成分により様 な々律速過程が報告されている(8-15)。これら既往の報告を踏まえて、本実験での脱窒素反応の律速過程を検討した結果、脱水素反応と同様にメタル側の物質移動が律速過程となっている可能性が高いと考えられる。

Page 24: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図7 流滴径と流滴内の平均水素濃度との関係

図 8 界面を介した物質移動モデル(19)

…(11)

…(14)

…(15)

…(16)

境膜説

浸透説

表面更新説

δ : 境膜厚さτ : 表面更新時間S : 表面更新速度

初期条件 : t ≦ 0, 0 ≦ r ≦ R で C=C0境界条件 : t > 0, r=R で C=Ce

…(12)

…(13)

: 流滴内の位置 rでのガス濃度

: 流滴内のガス平均濃度

: 流滴生成時のガス濃度

: 脱ガス雰囲気の各分圧で平衡するガス濃度

: 拡散係数

: 脱ガス時間

: 流滴中心からの距離

: 流滴の半径

(20)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

真空鋳込み中での溶鋼の脱水素機構の解明

5.2 流滴サイズの検討流滴脱ガス法の脱ガス挙動について理論的検討を行な

った報告は殆ど無いが、A.T.Sheridan が脱ガス速度と流滴径との関係を報告している(16)。流滴内に溶鋼の対流が無く拡散のみとした場合、流滴内の成分の拡散速度は(11)式で表される。

以下の初期条件、及び境界条件で(11)式を解くと、流滴内部の各位置での濃度Cr、及び流滴内部の平均濃度Cは、それぞれ(12)式、(13)式で表される。

試験条件No.2 において、(13)式より計算した流滴径と流滴内の平均水素濃度との関係を図 7に示す。水素の拡散係数 DH は 1600℃での溶鉄中の値 14.3×10-8m2/s(17)

を用いた。流滴径が 10-2m 以上では、水素は殆ど除去されない。流滴径が 10-2m 以下になると脱ガスの進行により水素濃度が減少して、10-4mではほぼ平衡値に達する。本計算条件での脱ガス後の鋼中水素濃度の実績値は 1.3~ 1.6ppmであり、流滴径は 10-2mのオーダーである。計算では 10-3 ~ 10-4mといった流滴径でなければ、1.3 ~1.6ppmの水素濃度を得ることは出来ず、実績の流滴径と大きく解離している。これは大井(18)も指摘しているように、流滴脱ガス法の脱ガス挙動は、流滴内の成分拡散だけでは説明することが出来ず、流滴内の溶鋼の対流を考慮する必要があることを意味していると考えられる。

5.3 物質移動モデルに関する検討溶鋼の流動状態を踏まえて、界面を介した物質移動現

象を検討した様々なモデルが提案されている。代表的なモデルとしては、境膜説、浸透説、表面更新説がある。各モデルの模式図を図 8に示す(19)。境膜説では境膜外側の流体の流動状態は乱流をなしており、浸透説では界面外側の流動状態は層流、乱流表面更新説では乱流をなしている。物質移動係数 kと拡散係数 Dとの間にはモデルにより次式が提出されている。

上記の物質移動モデルが成り立つ場合、脱水素反応の物質移動係数 kHと脱窒素反応の物質移動係数 kN の比は、上式より(17)、(18)式で表される。

Page 25: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図9 流滴径と流滴内の熱対流速度、及びレイノルズ数との関係

…(17)

…(18)

…(19)

…(20)

…(21)

境膜説

浸透説、表面更新説

境膜説

浸透説、表面更新説

: 熱拡散率

: 代表長さ

: レイリー数

: プラントル数

: 代表速度

: 重力加速度

: 体積膨張率

: 温度差

: 代表長さ

(21)

同一実験においては、脱水素反応と脱窒素反応のA/Vは等しいとすることが出来るので、両反応の物質移動容量係数比 k’H/k’N は、以下のように表される。

1600℃での溶鉄の水素、窒素の拡散係数は、それぞれDH=14.3×10-8m2/s(17)、DN=(0.92± 0.1)×10-8m2/s(20)と報告されている。これらの値を(19)、(20)式に代入して境膜説、および浸透説、表面更新説における物質移動容量係数比を求めると、境膜説では k’H/k’N=15.5、浸透説、表面更新説では k’H/k’N=3.9と見積られる。本実験において見積もった脱水素反応と脱窒素反応の k’H、k’N から、物質移動容量係数比を求めると k’H/k’N =1.75となり、浸透説・表面更新説とした場合の容量係数比に近い値となる。このことから、流滴脱ガス法における脱水素反応、脱窒素反応は、浸透説または表面更新説によって説明できると考えられる。次に流滴内の溶鋼の対流状態について検討する。溶鉄

のような低プラントル数流体における熱対流速度は(21)式(21)

によって見積もられる。

流滴を球体として、(21)式より見積った流滴内の熱対流速度U、及びレイノルズ数 Reを図 9 に示す。βは G. Kaptay が報告している溶鉄での値 1.3×10-4 K-1 (22)を用いた。本実験における鋳込み温度と本鋼の液相線温度、お

真空鋳込み中での溶鋼の脱水素機構の解明

よび脱ガス中の流滴が常に液相状態であることから、流滴の内外に生じている温度差  は最大 100℃前後であり、実際にはそれより小さいと推測される。実績の流滴径10-2mでの熱対流速度とReは、図 9よりそれぞれ10-2m/s、102 と見積もられることから、流滴内の溶鋼の流動状態は層流をなしていると考えられる。このことから、流滴内の溶鋼流動が熱対流のみである場合には、脱水素反応、脱窒素反応は浸透説で説明できると推察される。ただし流滴表面の表面張力に不均一が生じマランゴニ対流が生じる場合など、熱対流以外の対流も流滴内の溶鋼流動に寄与している場合には、Reは上記で見積った値より大きくなる可能性がある。この場合には、両反応は表面更新説で説明できるとも考えられる。

6. 結  言

流滴脱ガス法における脱水素挙動を明らかにするために、100トンクラスの10.5mass%Cr 鋼を種々の雰囲気圧力で鋳込み調査を行い、以下の結論を得た。(1)流滴脱ガス法における脱水素反応は、ガス -メタル界

面のメタル側の物質移動が律速過程であると推定した。本実験条件における物質移動容量係数は 5.34s-1

と見積られた。(2)流滴脱ガス法の脱ガス挙動は、流滴内の成分拡散だ

けでは説明することが出来ず、流滴内の溶鋼の対流を考慮する必要がある。

(3)流滴脱ガス法における脱水素反応、脱窒素反応は、浸透説、または表面更新説によって説明できると考えられる。流滴内の溶鋼対流が熱対流のみである場合には、浸透説によって説明できると推察される。

Page 26: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

(22)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

参 考 文 献

(1) A.Tix : Journal of the iron and steel institute, (1959), p.260

(2) 鋼の真空溶解および真空脱ガス法の進歩 , 日本鉄鋼協会編 , 特別報告書No.8, (1969), p.66

(3) 萬谷志郎 , 森健造 , 田辺幸男 : 鉄と鋼 , vol.66(1980), p.1494

(4) 段衛道 , 深津英明 , 中務孝広 , 平沢政広 , 佐野正道 : 鉄と鋼 , vol.82(1996), p.905

(5) 務川進 , 水上義正 : 鉄と鋼 , vol.88(2002), p.243 (6) 日本金属学会 講座・現在の金属学 精錬編 1 鉄鋼精

錬 , 日本鉄鋼協会編 , (1979), p.341 (7) 製鋼反応の推奨平衡値(改定増補), 日本学術振興会 ,

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真空鋳込み中での溶鋼の脱水素機構の解明

Page 27: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

電気炉CaO添加量適正化によるスラグ低減Reduction of the Usage of Electric Furnace Slag by the Optimization

of the amount of CaO addition

草間 和久** 鈴木 忠**深谷 宏* 上田 奏**Kazuhisa Kusama Tadashi SuzukiHiroshi Fukaya Sou Ueda

*:室蘭研究所   Muroran Research Laboratory

**:室蘭製作所  Muroran Plant

(23)

技 術 論 文 電気炉CaO添加量適正化によるスラグ低減

The reduction of slag usage in the steel making process with an electric furnace is strongly demanded from the viewpoint of volumetric and monetary reduction of industrial waste. The main component of electric furnace slag is CaO that is added for dephosphorization, therefore, reduction of the slag usage should be conducted in consideration of the effect of dephosphorization. Especially with the large steel forgings produced in Muroran, for which high reliability is required, the phosphorus content level must be kept very low. To achieve the slag usage reduction while meeting the demand for the ultra-low phosphorus content, a dephosphorization model in the electric furnace has been constructed, which predicts the phosphorus content in molten steel at tapping from the amount of CaO addition. The amount of CaO addition in actual operations has been optimized using this dephosphorization model. As a result, the substantial reduction of slag usage has been achieved as expected. Furthermore, the prediction accuracy of this model has been remarkably improved based on an experience in the actual operation. This paper describes the attempt to reduce slag usage and its results.

Synopsis

電気炉工程においてスラグ材料使用量低減は製造コスト削減、産業廃棄物処理費用の削減、および廃棄物排出量の低減から強く求められている。しかしながら、電気炉スラグは脱リンを目的として添加される CaO を主成分としているため、スラグ材料使用量低減は脱リンとのバランスを考慮しなければならない。特に室蘭製作所で製造される大型鍛鋼品は高い信頼性が要求されているため、目標リン濃度の逸脱は避けなければならない。目標リン濃度を逸脱することなくスラグ材料使用量の低減を達成するため、CaO 添加量に対して出鋼時のリン濃度を予測する電気炉脱リンモデルを作成し、実機での CaO 添加量適正化を実施した。その結果、スラグ材料使用量の低減が実現され、実施結果を踏まえた脱リンモデルの改良により溶鋼中リン濃度の予測精度が飛躍的に向上した。本論文では電気炉でのスラグ材料使用量の低減に向けた取り組み、およびその成果について報告する。

要   旨

1. 緒  言

鋼に含まれるリンは鉄鋼製品の品質を悪化させる不純物元素であり、非常に高い信頼性が要求される発電用部材、圧力容器用部材に使用される低合金鋼においては数十 ppm以下までリン濃度を低下させる必要がある。電気炉では原料であるスクラップ溶解と、スクラップ中に含まれるリンの除去(脱リン)が主な役割となっている。ここで脱リン剤として用いられるのがCaO(石灰)であり、CaOは SiO2, FeO, MnO, Cr2O3, MgO 等と共に溶けてスラグを形成する。スラグは溶鋼中のリンを吸収する性質があり、このため、電気

炉工程においてスラグは必要不可欠な副産物である。一方、スラグ処理負担軽減および製造コスト削減の観点から、スラグ発生量および CaO 添加量の低減が強く求められており、脱リンとのバランスを考慮したスラグ低減が課題となっている。本研究では電気炉工程の脱リン反応を解明するために当社で製造しているCr含有量の少ない低合金鋼を対象に電気炉操業中のリン分配推移を調査し、CaO添加量の適正値を算出する電気炉脱リンモデルを構築し、実機に適用した。また、実機適用結果を踏まえて電気炉脱リンモデルの改良を行い、さらなるCaO低減の可能性についても検討した。

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図1 電気炉工程模式図

図2 Cr 含有量の少ない低合金鋼のリン濃度実績(平成 24 年度)

(24)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

2. 電気炉工程と脱リン反応

そもそも、脱リンは式(1)(1)で示されるように、溶鋼中のリンを酸素と反応させてスラグに吸収させることによって行われている。

                      (1)

脱リン反応を有利に進めるための条件としては、低温、高酸化性、高塩基性の 3 つであり、それぞれを製造プロセス上のキーワードに置き換えると、溶鋼温度、酸素吹込量、CaO 添加量となる。つまり、溶鋼温度が低いほど、酸素吹込量が多いほど、CaO 添加量が多いほど脱リンが有利に進行することを意味する。ここで電気炉工程の模式図を図 1に示す。スクラップと

ともにCaO や副原料であるコークス、Si-Mn 合金を炉内に装入して溶解を行い、溶解がある程度進行するごとに追装を行う。装入したスクラップが全て溶けて溶鋼となることを融落(MD)と呼び、MDまでを溶解期、MD以降を酸化期と呼ぶ。MD 時の溶鋼温度は 1550℃付近であり、通常 1600 ~ 1650℃を目安として溶鋼の成分分析を行う。スクラップの溶解潜熱に熱量を奪われる溶解期と異なり、酸化期の溶鋼温度は急激に上昇し、約 30 分で 1700℃に到達し、出鋼となる。

脱リンは低温で有利に進行するためMD 付近が最も溶鋼中リン濃度が低く、スラグ中リン濃度が高い。以降の酸化期では溶鋼温度の上昇とともにスラグから溶鋼へとリンが移動する「復リン」と呼ばれる現象が生じる。そのため、MD後はスラグフォーミングと炉体傾動によってスラグを除去(流滓)し、復リンを抑制している。しかしながら、過度の流滓はスラグだけでなく溶鋼を流出させるため、流滓によって完全にスラグを除去することはできない。そのためMD 後から出鋼後にかけて溶鋼中リン濃度は0.001mass% 程度上昇する。MD後の成分分析で脱リン不良が判明した場合はCaO

追装や酸素吹込みが行われる。しかし、溶鋼温度の高い酸化期では脱リンが非常に困難であり、溶鋼成分の再分析を含めて 20 ~ 30 分の操業遅延が発生する。また、電気炉の次工程である保持炉では還元精錬を行うため脱リンは不可能であり、さらに成分調整のために添加する合金鉄に

電気炉CaO添加量適正化によるスラグ低減

含まれるリンによって溶鋼リン濃度が増加するため、電気炉工程で十分な脱リンが行われなければならない。これらの理由から、電気炉工程では CaO 量は適正量に対してやや過剰に添加されるのが現状である。図 2に当社で製造しているCr 含有量の少ない低合金鋼における電気炉出鋼時とレードル分析時のリン濃度の実績を示す。本低合金鋼におけるリン濃度のレードル分析(以下レードル)におけるリン濃度の目標は≦ 0.008mass%であるのに対し、保持炉でのピックアップを考慮して電気炉出鋼時の狙いを≦ 0.004mass%と設定している。しかしながらレードル値の実績平均は 0.0053mass%であり、0.005mass%以下となったヒートは 64%を占めている。これは脱リン不良防止の理由から過剰な脱リンが行われることを示しており、過剰脱リンを抑制することで電気炉での CaO 添加量の削減が可能であると考えられる。一方、レードル目標に対して余裕の無いヒートも存在していることから、電気炉工程における脱リン反応を十分に調査する必要がある。

3. 電気炉操業中のリンの挙動の予備調査

電気炉操業中におけるリンの挙動を解明するため、本低合金鋼を調査対象として 9ヒートに対し電気炉操業中の溶鋼とスラグの採取および溶鋼温度の測定を行った。本鋼種を対象としたのは、スクラップ配合にばらつきが少なく、電気炉で Crを添加しない鋼種でありCaF2 の添加を行わないことから現象解明に適していると判断したためである。調査結果として、表1にMD 後と出鋼時のスラグ組成を示し、図 3 に電気炉操業中の溶鋼中リン濃度(PM, mass%)、スラグ中リン濃度(PS, mass%)、分配比Lp=PM/PS の推移を横軸に溶鋼温度をとって示す。ここで分配比 Lpは、値が大きいほど脱リンが進行していることを意味する。なお、図 3 左側の枠で囲ったプロットはスクラップが残存したMD前であり、溶鋼温度の測定が困

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図 3 電気炉操業中のリン濃度推移

図 4 電気炉脱リンモデル模式図

表 1 MD後と出鋼前の平均スラグ組成

(25)

電気炉CaO添加量適正化によるスラグ低減

難であった。そのため、唯一測定することのできた Heat 1と同じ温度である1380℃を採用して図示している。

溶鋼中リン濃度は 1550℃付近を極小値として温度の上昇と共に増加している。なお、スクラップ中リン濃度(約0.015mass%)に対してMD前の溶鋼リン濃度が 0.003~ 0.004mass%と低いことから、スクラップが完全に溶解する前の炉床湯溜りの段階で脱リンは進行していると考えられる。この段階における分配比 Lpが 20 前後で低いのは、MD前は酸素吹精が困難で十分な酸素供給ができていないためであると考えられる。スクラップが溶解すると酸素が供給されるようになり、分配比は 1550℃付近で極大となりLp=30 ~ 50、スラグ中リン濃度 PS =0.07 ~ 0.10mass%であった。MD 後は温度上昇と共にスラグ中リン濃度が低下し、出鋼温度である1700℃では分配比 Lp=10 ~ 20、スラグ中リン濃度 PS = 0.03 ~0.06mass%であった。

4. 電気炉脱リンモデル

予備調査におけるスラグおよび溶鋼の成分推移から、電気炉操業中の溶鋼とスラグのマスバランスとスラグ-メタル間のリン移動(脱リンおよび復リン)を統一的に表すことのできる脱リンモデルを提案した。図 4に、Step 1~ 5からなる本モデルの概略を示し、以下に各 Step について説明する。

Step 1 初期条件; 初期条件として、装入スクラップ、前ヒートからの残湯、CaOおよび前ヒートからの残スラグの 4つのオブジェクトを採用し、それぞれ重量とリン濃度を入力する(前ヒートからの残湯が無い場合、オブジェクトは装入スクラップとCaO の 2 つで良い)。スクラップおよび残湯重量は計画重量とし、リン濃度はそれぞれ実績から 0.015mass%、0.003mass%とした。CaOの重量は任意の値を入力し、残スラグは重量を直接測定することができないため、概算として 5.0ton、リン濃度は予備調査における出鋼時のスラグ中リン濃度から0.05mass%とした。Step 2 溶鋼酸化; 溶鋼の酸化による溶鋼とスラグの重量変化を取り扱う。溶鋼酸化量とスラグ重量は予備調査におけるスラグ組成と入力した CaO 添加量より計算する。ここでは溶鋼とスラグ間のリン分配は行わない。Step 3 脱リン; ここでは溶鋼とスラグ間のリン分配を取り扱う。Step 2 で求めた溶鋼とスラグ重量とStep 1で入力したリン濃度に対し、分配比 Lp=PS/PM で分配された値を計算する。予備調査結果から分配比 Lp=30とした。

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図 5 CaO適正化によるCaO原単位の変化

図 7 電気炉脱リンモデルのリン濃度予測精度

図 6 CaO適正化前後におけるレードルリン濃度の実績

(26)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

なお、本モデルで取り扱う分配比 Lpはいわゆる平衡分配比でなく、本モデルによって実際には溶鋼酸化、脱リンといった化学反応と流滓によるスラグ重量変化および温度上昇が同時に進行する電気炉操業を表すための便宜的な値である。Step 4 流滓; スラグフォーミングと炉体傾動よって流滓

されることによるスラグ重量変化を取り扱う。流滓によりスラグ重量が 5.0tonまで減少する。このスラグ量はStep 1における残湯上スラグ重量と等しい。また、ここでは溶鋼側の重量変化およびリン分配は行わない。Step 5 復リン; 温度上昇による復リンを取り扱う。計

算方法は Step 3と同様に分配比 Lpに対して、Step 2 で求めた溶鋼重量および Step 4 で求めたスラグ重量から計算する。予備調査より分配比 Lp=15とした(Step 3と同様に平衡分配比ではない)。ここで計算された溶鋼中リン濃度が本モデルによって予測される電気炉出鋼リン濃度である。この予測リン濃度が目標値となるように Step 1におけるCaO 量を変化させることよって適正な CaO 添加量を求めることができる。

5. CaO 添加量適正化の実機適用結果

本モデルによるCaO 添加量適正化を今回対象とした低合金鋼 31ヒートに適用した結果を適用前と比較して示す。図 5 に適用前後におけるCaO 原単位の変化を示す。

CaO原単位は適用前 45.4kg/ton から 39.1kg/tonに減少し、削減量は 13.9%であった。

図 6 は CaO 添加量適正化前後におけるレードルリン濃度の実績を示したものである。適用後はばらつきが減少し、ばらつきを示すσは適用前 0.00085mass% から0.00072mass%に減少した。これはCaO 量の適正化によって操業が安定したものを考えられる。また、レードル値は 0.005mass% のヒートが減少して 0.007mass% のヒートが増加しており、結果として≦ 0.005mass% のヒートが適用前 64%から適用後 52%に減少した。CaO 添加量の適正化によってレードル目標を逸脱することなくCaO 添加量の削減を達成することができた。

電気炉CaO添加量適正化によるスラグ低減

なお、適用後においても目標に対してレードルリン濃度に余裕があるが、今回はモデルの実機適用が初めてであったことから目標に対して若干の余裕を設けていたためであり、今後は目標値に対する余裕代を厳しく設定することによって更なる過剰脱リンの減少が可能であると考えられる。図 7に脱リンモデル実機適用における予測精度を示す。予測精度は予測リン濃度-実績リン濃度とし、0 に近いほど予測精度が高く、プラス側は予測より脱リンが進行し、マイナス側は予測より脱リンが進行しなかったことを意味している。

なお、図中灰色で示した範囲は予測精度±0.001mass%の範囲であり、今回の実機適用においては40%が予測と実績が一致し、83%が±0.001mass%の精度で予測することができた。

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図 8 Si-Mn原単位と予測精度の関係

表 2 CaO添加量適正化による効果

(27)

電気炉CaO添加量適正化によるスラグ低減

6. CaO 添加量適正化による効果

今回、脱リンモデル実機適用によるCaO 添加量適正化によってCaO原単位を13.9% 削減することができた。これによる効果について考察し、表2に示す。なお、表2中の年間効果は年間出鋼量 96,000ton(800ヒート)として計算した値である。

直接的な効果としてCaO原単位削減による材料費削減が挙げられる。本適正化によって45.4kg/ton から 6.3kg/ton(13.9%)削減し、39.1kg/tonまで改善された。また、スラグ中の CaO 濃度は表1より20 ~ 30%であり、CaO添加量の約 3 ~ 5 倍のスラグが発生することを示している。つまり、CaO原単位の削減はスラグ発生量の低減につながり、スラグ発生量をCaO 添加量の 4 倍とした場合、25.2kg/tonのスラグ発生量を削減できると考えられる。電気炉の炉床および炉壁耐火物の主成分はMgOであ

り、出鋼後に毎ヒート補修材を吹きつけて補修を行っている。平成 24 年度の補修材使用量は年間 872tonであった。これは平成 24 年度のスラグ発生量 16,412ton の5.3mass%に相当する。この値は表1で示した出鋼時のスラグ中MgO 濃度とほぼ同値であり、耐火物(補修材)がスラグ中に溶損していることの現れである。このことから、スラグ発生量を低減させることでMgO 溶損量を減らし、補修材使用量を低減することができると考えられる。電気炉操業では図 1で示したように、MD後に成分分析

を行って脱リン状況の確認を行っている。この時、脱リン不良が確認された場合、CaO 追装や酸素吹き込みを行い、再度分析している。CaO 添加量適正化前の追加分析回数は 0.27 回 /ヒートであったのに対し、適正化後は過剰脱リンだけでなく脱リン不良も防止することができたため、追加分析回数は 0.13 回 /ヒートに半減することができた。なお、追加分析回数が 0でないのは、リン以外の成分が異常値を示した場合にも追加分析が行われるためである。

また、CaO 添加量適正化によって脱リン不良を防止することにより、CaO 追装や再分析等による操業遅延を減らすことができた。平均溶解時間は適正化前 1.33min/tonから 6.5% 短縮し1.24min/tonとなった。これは 1ヒートあたりの溶解時間に換算すると出鋼量 100tonとした場合、平均で約 9minの短縮に相当する。

7. 電気炉脱リンモデルの改良

前節にてCaO 添加量適正化によってCaO原単位の削減することができ、連鎖的にスラグ処理、分析および炉補修材の削減にもつながるという効果を示した。しかしながら、図 7 で示したように予測値と実績値は完全には一致しておらず、さらなる予測精度向上のため、モデルの改良を試みた。以下に新しいモデル構築について説明する。電気炉出鋼リン濃度の予実差と操業条件を比較した結果、副原料として添加される Si-Mn 合金の添加量との相関が認められた。図 8に縦軸に Si-Mn 合金添加量(原単位)、横軸に脱リンモデルによる予測精度(予測値-実績値)をとって示す。Si-Mn 原単位と予実差には負相関が認められ、Si-Mn 原単位が約15kg/tonのときに予測精度が高くなっており、Si-Mn 原単位が増加あるいは低下すると予測精度が悪化する傾向が確認された。そもそも、Si-Mn 合金は溶鋼の過酸化防止およびエネルギー原単位向上を目的として添加されているが、添加量は現場作業者に委ねられており、Si-Mn 添加量の実績においては 7~ 24kg/tonと 3 倍以上のばらつきが存在していた。

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図 9 改良電気炉脱リンモデル模式図

図10 改良モデルによる電気炉出鋼時のリン濃度予測精度

表 3 Si-Mn合金の含有成分(mass%)

(28)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

表 3 に Si-Mn 合金の化学組成を示す。スクラップ中のリン濃度が約 0.015mass%であることを考慮すると、Si-Mn 合金中のリン濃度 0.140mass% は他の装入材料と比較して非常に高いことがわかる。また、従来モデルではスクラップ中のリン濃度を一律で 0.015mass%に設定していた。これは本低合金鋼の配合がほぼ一定で社内屑割合が 40 ~ 50%であったためであるが、今回予測と実績が乖離した中には社内屑割合が 23%と著しく低くいヒートが存在した。このヒートではスクラップ中のリン濃度は0.018mass%(Si-Mn 合金含まず)であり、社内屑割合が40 ~ 50%の場合と比較してリン濃度が高く、これによって予測と実績が乖離したと考えられる。このようにスクラップ配合の割合が大きく変更した場合にも対応できるようにすることと、モデルを他鋼種へと適用する場合のことも考慮すると、スクラップ中のリン濃度は配合に合わせて変更することが望ましい。

以上のことを踏まえ、新規モデルでは入力する装入材料に Si-Mn 合金を新たに追加し、スクラップ中のリン濃度を一律 0.015mass% から配合に合わせて変更できるようにした。改良モデルの模式図を図 9 に示す。従来のモデルとの変更点は Step 1における入力オブジェクトに Si-Mn合金が添加されたことと、スクラップ中のリン濃度を設定できるようにしたことであり、Step 2 以降に大きな変更は無い。ただし、Step 1の変更による影響を修正するため、他のパラメータ(脱リン分配比、復リン分配比など)をフィッティングした。この改良モデルを用いて、改めて算出した電気炉出鋼

時の溶鋼中リン濃度の予測精度を、従来モデルと比較して図 10 に示す。モデルの改良によって予測精度は大きく向上し、予測と実績の一致は従来 40%から 55%に増加した。また、±0.001mass% の予測精度を 83%から97%まで増加し、飛躍的に予測精度を高めることができた。

電気炉CaO添加量適正化によるスラグ低減

Page 33: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図11 改良脱リンモデルによる予測リン濃度とCaO原単位の関係

(29)

電気炉CaO添加量適正化によるスラグ低減

8. CaO 添加量低減の限界値

最後にレードル目標リン濃度≦0.008mass%の範囲でどこまで CaO 添加量を低減できるのか考察を行った。図11に改良モデルを用いて予測した電気炉出鋼時のリン濃度とCaO原単位の関係を示す。なお、保持炉でのピックアップは平均0.0021mass%であり、ばらつきを示すσは0.0006mass%であった。±1σおよび±2σの範囲と合わせて示す。

CaO 添加量適正化前の CaO原単位 45.4㎏/tonで平均レードルリン濃度は 0.0053mass%で、適正化後は原単位39.1㎏/tonで平均レードルリン濃度は 0.0055mass%であった。+2σを安全限界とした場合の限界 CaO 原単位は図より、28.0㎏/tonとなる。これは適正化前と比較すると17.4㎏/ton(38.3%)の削減に相当する削減が可能であることを示しており、さらなるCaO 削減の可能性を見出すことができた。

9. 結  言

今回、電気炉スラグの発生量低減を目的としてCaO添加量の適正化に取り組んだ。以下に本報告のまとめを行う。

・Cr 含有量の少ない低合金鋼について溶鋼 /スラグ間のリン分配挙動を調査し明らかにし、装入材料とCaO 添加量から電気炉出鋼時のリン濃度を予測する脱リンモデルを構築した。・脱リンモデルを用いた CaO 添加量の適正化をおこないCaO原単位を削減した。付随効果として、スラグ発生量、補修材使用量および分析回数の削減、溶解時間の短縮を達成した。

・CaO 添加量適正化実施結果から脱リンモデルの改良を行い、予測精度を飛躍的に向上させたとともに、限界CaO 低減量を算出し、さらなるCaO 低減の可能性を見出した。

参 考 文 献

(1)例えば 長林列 , 日野光兀 , 萬谷志郎 ; 鉄と鋼 , 74(1988), p.1770

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高鏡面・耐錆性プラスチック金型用P21改良鋼におけるNiAl の析出制御による高靱性化

Improvement in Toughness by Controlling Precipitation of NiAl in a P21 Modified Plastic Molding Die Steel with High Mirror Polishability and Rust Resistance

間島 哲司* 博士(工学) 橋 邦彦*博士(工学) 知念 響* 博士(工学) 髙橋 達也**Satoshi Majima Dr. Kunihiko HashiDr. Hibiki Chinen Dr. Tatsuya Takahashi

*:室蘭研究所   Muroran Research Laboratory

**:室蘭製作所  Muroran Plant

(30)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

技 術 論 文 高鏡面・耐錆性プラスチック金型用P21改良鋼におけるNiAl の析出制御による高靱性化

We improved toughness of a P21 modified plastic molding die steel "UPD2" by controlling microstructure. Improvement in toughness, which is shown by absorbed energy about three times greater than conventional UPD2 with maintaining hardness at 40 HRC, was realized by the optimization of the Al content for suppressing the precipitation of B2 type NiAl intermetallic compound. The improved steel showed good properties not only in the balance between hardness and toughness but also in the high mirror polishability and the rust resistance. The area and the number of inclusions decreased with decreasing the Al content. From these results, it is thought that the decrease in the Al content for improving the toughness is also effective for the mirror polishability.

Synopsis

プラスチック成型用金型鋼(P21 改良)である「UPD2」の微細組織を制御することにより、高靱性化させたUPD2 改良鋼を開発した。B2 型金属間化合物であるNiAl の析出抑制を目的として、Al 添加量を最適化することにより、40HRC程度の硬さを維持しながら、従来の約 3 倍の室温吸収エネルギーを示す高靱性化が可能となった。改良鋼は硬さ - 靱性バランスだけでなく、鏡面性及び耐錆性についても従来と同等以上の良好な特性を示した。Al 添加量の減少に伴って介在物の面積、個数は共に減少したことから、NiAl 析出の抑制を目的として行った Al 量の低減は、靱性だけでなく、鏡面性に対しても有利に働くものと考えられる。

要   旨

1. 緒  言

プラスチック成形において、金型の意匠面の性状は成形品の表面肌に強く影響するため、金型用鋼の鏡面磨き性は、高鏡面性が必要なプラスチック製品を成形する際の重要な特性の一つとされている。金型表面の硬さは鏡面性に対して強く影響することから(1, 2)、高鏡面性プラスチック金型用鋼の製造においては、一般に硬さ優先の合金設計が行われている。また、錆が発生すると金型の意匠面の性状が劣化することから、耐錆性も必要な特性である。さらにプラスチック製品の生産性向上のため、成形時の加熱冷却サイクルの短縮が図られるが、それに伴い熱応力や熱衝撃に起因した割れが発生しやすくなることから、硬さや耐錆性に加えて靱性も重要な特性である。

当社ではこれまでにプラスチック成形金型用鋼「UPD2」を開発しており、鏡面性、耐錆性に優れることを報告している(3)。UPD2 は AISI P21 改良鋼で CuとNiAl の析出強化を利用した金型用鋼であるが、通常プラスチック成型金型用鋼として要求される硬さ37~ 42HRCに対し47HRCという過剰な硬さを有することから、ピーク硬さを示す時効温度より高温で時効処理(過時効)することによって硬さを要求レベルに低下させて使用してきた。また、良好な鏡面性を有する意匠面が得られる一方で、析出硬化と同時に靱性が低下するという一面も有しており、成形サイクルの短縮化に十分に対応できない可能性がある。そこで我々は、UPD2 の過剰な硬さ特性と靱性を改善するため、組成を変更したいくつかの鋼種で Cu及び NiAl の析出量を制御することにより、硬さ - 靱性バランスの向上を図

Page 35: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図1 熱処理条件

表 1 供試材の化学組成

(31)

り、ピーク硬さを示す時効温度で要求硬さを十分に満足しつつ、UPD2より靱性を改善した改良鋼の開発を行った。本稿では、前半にUPD2 の組成の変化に伴う組織及び硬さ - 靱性バランスの変化について述べ、後半にUPD2 改良鋼の鏡面性及び耐錆性について紹介する。

2. NiAl の析出制御による高靱性化

2.1 実験方法2.1.1 供試材表 1に供試鋼の化学組成を示す。0.8Al 鋼は硬さに対す

るCuの影響を確認するためUPD2 組成からCuをフリーとしたもの、0.4 ~ 0Al 鋼は同じくAlの影響を確認するため 0.8Al 鋼組成からAl 量を低減したものである。ただし、目標硬さを満たす時効温度幅を広げる目的で、0.2Al 及び 0.4Al 鋼にはVを 0.04mass% 添加した。0Al、0.2Al、0.4Al 及び 0.8Al 鋼は、いずれも真空誘導溶解炉で溶製した 50kg の鋼塊である。UPD2 については、上述の 50kgの鋼塊を光学顕微鏡観察、ロックウェル硬さ試験及びシャルピー衝撃試験に、実機鋼塊から切出した試材を走査型透過電子顕微鏡(STEM)観察に用いた。

高鏡面・耐錆性プラスチック金型用P21改良鋼におけるNiAl の析出制御による高靱性化

2.1.2 熱処理条件図 1に熱処理条件を示す。実機鍛錬後の結晶粒度を模擬するため、1200℃で粗粒化処理を行った後、実機製造時の固溶化処理温度である950℃で保持し、その後、330mmの板厚中心部における油冷相当の冷却速度にて室温まで冷却した。固溶化処理後は、400 ~ 600℃の温度範囲で時効処理を行った。

2.1.3 ミクロ組織観察熱処理後の試験片を鏡面研磨した後、アルコール+15%塩酸+1%ピクリン酸の混合液で腐食し、光学顕微鏡によるミクロ組織観察を行った。また、これらの観察の後、STEMを用いてより微細な析出物の観察を行った。STEM試料は電解研磨により作製し、電解研磨液には 5%過塩素酸+95%ブトキシエタノールの混合液を用いた。

2.1.4 ロックウェル硬さ試験固溶化処理後、各温度にて時効処理した試料に対してロックウェル硬さ試験を行った。測定にはCスケールを用い、測定数は 7点で最高および最低値を除いた 5点の平均値を硬さとした。

2.1.5 シャルピー衝撃試験2mmUノッチ試験片を用いて室温でシャルピー衝撃試験を行い、各試験片の衝撃値および延性破面率を測定した。1条件で 3回試験を行い、その平均値を測定値とした。

Page 36: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 2 時効温度とロックウェル硬さの関係

図 3 STEM-EDSによるUPD2の元素マッピング像

図 4 UPD2及び 0.2Al 鋼のミクロ組織(a)UPD2 560℃時効後(b)0.2Al 鋼 500℃時効後

図 5 0.2Al 鋼の微細組織(450℃時効後)(a)明視野像 (b)暗視野像

(32)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

高鏡面・耐錆性プラスチック金型用P21改良鋼におけるNiAl の析出制御による高靱性化

2.2 結果と考察図 2にUPD2、0.8Al、0.2Al 及び 0Al 鋼の時効温度と

ロックウェル硬さの関係を示す。UPD2 の硬さは固溶化ままで 38HRC であるが、400℃以上の温度では時効硬化を示し、特に 450及び 500℃時効では P21 系鋼のようなプラスチック金型用鋼に要求される上限硬さを超える。図 3にUPD2を固溶化後に 560℃で時効した試料 (560℃時効材)と時効しない試料 (固溶化まま材)の走査型透過電子顕微鏡 (STEM)-EDSを用いた元素マッピング像を示す。560℃時効材にはCu、Ni 及びAl が濃化していることから、Cu及び NiAl が析出していると考えられ、両相の析出によって約 41HRC の硬さを得ているが、吸収エネルギーは 5.6Jと低い。一方、Cu 及び NiAl の析出しない固溶化まま材は約 38HRCと 560℃時効材より3 ポイント硬さが低いが要求硬さ範囲内であり、その吸収エネルギーは16Jと 560℃時効材より高い値を示した。この結果から、硬さに対してはCu 及び/ 又は NiAl による時効硬化はほとんど必要ないと考えられ、また Cu及び NiAl 析出量の抑制による高靱性化が期待される。0.8Al 鋼は Cuフリーとしたことにより、UPD2より硬さは低下するが、依然としてピーク硬さは要求硬さを上回っており、NiAl による時効硬化量はまだ過剰といえる。Cu及びAlをフリーとした0Al 鋼は 450及び 500℃の時効によって要求硬さを満たしてはいるものの、下限値に対し十分な余裕はない。0.2Al鋼は 0Al 組成に対し、Alを 0.2mass%、Vを 0.04mass%添加した鋼種であるが、同じ時効温度においても0Al 鋼の硬さと比べ 1.5 ポイント程度高く、またピーク硬さも要求硬さ以下であることから、0.2Al 鋼はピーク硬さで使用可能な組成であることがわかった。次に、0.2Al 鋼の時効時に生じた組織変化を把握する

ため、時効熱処理後の 0.2Al 鋼及び UPD2 のミクロ組織観察を行い、各試料の組織を比較した。ミクロ組織観察結果を図 4に示す。両鋼種とも焼戻しマルテンサイト組織であった。また、光学顕微鏡では、析出物等の第 2 相は観察されなかった。UPD2及び 0.2Al 鋼における旧オーステナイト粒の結晶粒度番号はそれぞれ 3.3及び 3.5 であり、結晶粒度についても両鋼種間に差異は認められなかった。次に、時効熱処理後の 0.2Al 鋼の微細組織を調査するため、450℃で時効した 0.2Al 鋼に対してTEMによる組織観察を行った。組織観察結果を図 5(a)及び(b)に示す。図5(a)の明視野像に見られるように、0.2Al 鋼のマルテンサイト中には長径 10 ~ 20nm 程度の析出相が観察された。0.2Al 鋼では、550℃での時効によってCr炭化物が析出する(4)が、図 5(a)の析出相はこれに類似した形態を示すことから、450℃で時効した場合においてもCr炭化物が析出していると推察される。また、450及び 550℃における構成相を熱力学計算ソフトのThermo-calc(データベー

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図 6 0.2Al 鋼及び UPD2の硬さ - 靭性バランス

(33)

高鏡面・耐錆性プラスチック金型用P21改良鋼におけるNiAl の析出制御による高靱性化

3. 鏡面磨き性及び耐錆性

前章において、0.2Al 鋼は極めて良好な硬さ-靱性バランスを示すとの知見が得られたことから、同鋼に対して、金型材料に要求される鏡面磨き性及び耐錆性の評価を行った。

3.1 実験方法3.1.1 供試材上述の 0Al、0.2Al、0.4Al、0.8Al 鋼及び UPD2を供試材に用いた。ただし、UPD2については、50kg の鋼塊を磨き試験に、実機鋼塊から切出した試材を耐錆試験に用いた。また、磨き試験及び耐錆試験を行う際の比較材として、市販されている高鏡面性・耐錆性 P21改良鋼のA鋼とP21 系従来鋼のB鋼を用いた。

3.1.2 磨き試験0.2Al 鋼、UPD2 及びA 鋼に対して機械磨き試験

(14000 番)を行い、磨き後の試料に対して、微分干渉像の観察を行い表面の凹凸を観察した。

3.1.3 組織観察および組成分析FE-SEMを用いて各鋼種における非金属介在物の観察を行った。観察の際は各鋼種につき10 ~ 25 個の非金属介在物を選択し、EDSを用いて組成分析を行った。組成分析結果から非金属介在物の種類を同定し、あわせて各介在物の析出形態を調査した。その後光学顕微鏡を用いて各鋼種を1000 倍の視野にて 30 視野観察し、FE-SEMによる観察結果を基に析出形態から非金属介在物の種類が判別可能な場合には、各介在物の割合を求めた。また、画像解析から非金属介在物の面積を計測し、各鋼種における非金属介在物面積の分布状況を求めた。ただし、計測の際は円相当径が 0.4μm以上の介在物粒子のみを計測の対象とした。

3.1.4 耐錆試験同形状に加工した 0.2Al 鋼、UPD2、A 鋼及び B鋼の試験片を室温の水道水中に一週間浸漬した後、錆を拭き取り、外観観察及び浸漬前後の質量変化を計測した。耐錆性は単位表面積、単位時間あたりの質量変化から算出した腐食損耗速度で評価した。

スは SSOL2)を用いて計算したところ、いずれの温度においてもCr-richのM23C6 が主な構成相となることが確認されたことから、図 5(a)の析出相はM23C6 型の炭化物であると考えられる。一方、図 5(b)の暗視野像からは、B2構造の微細な相が BCC 構造のマルテンサイト中に析出することが分かった。P21 系鋼を含むNi-Al-Cu 鋼中の微細析出相については、B2 構造のNiAl 相が析出すると数多く報告(5-8)されていることから、図 5(b)中のB2 相は NiAlであると考えられる。これらのことから、0.2Al 鋼の時効熱処理時には、M23C6 型炭化物及び NiAl の 2 相が生じていると考えられる。両相は、同鋼の硬さに対して寄与することが推察されるが、図 2において、0.2Al 鋼は NiAl析出量を極端に抑制した 0Al 鋼に近い時効硬化挙動を示したことから、0.2Al 鋼の 450℃付近における時効後の主な強化相はM23C6 型炭化物であると考えられる。一方、図 2に示すように 0.2Al 鋼は固溶化ままでも0Al 鋼より高い硬さを示しており、時効硬化する温度域においても、固溶化ままの場合と同程度の硬さの差を保っている。この硬さの差については、固溶化後冷却時のNiAl の析出や、Vの添加等が影響した可能性があるが、現時点では詳細を明らかにするには至っていない。また、550℃で時効した0.2Al 鋼と0Al 鋼の場合の硬さの差は、V炭化物による二次硬化に起因している可能性があるが、これについても詳細を明らかにするには至っていない。今後、これらの点を明らかにしていきたい。次に、UPD2及び 0.2Al 鋼に対してシャルピー衝撃試験

を行い、得られた硬さ-靱性バランスを図 6に示す。0.2Al鋼の硬さ - 靱性バランスは著しく向上しており、中でも450℃で時効した試料の特性は特に良好で、約 40HRC の硬さを有しながら、65JとUPD2 に比して約 3 倍の高い吸収エネルギーを示した。このように、Cu 及び NiAl の析出抑制を目的とした Cuフリー化とAl 量の低減によって、UPD2 の硬さ - 靱性バランスは大幅に向上した。

Page 38: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

表 2 磨き試験結果

図 7 Al2O3、AlN及び BN量とAl添加量の関係

図 8 非金属介在物の数、平均面積とAl添加量の関係

(34)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

高鏡面・耐錆性プラスチック金型用P21改良鋼におけるNiAl の析出制御による高靱性化

3.2 結果と考察表 2に14000 番仕上げの磨き試験結果を示す。0.2Al 鋼

はUPD2より面粗度(※注 1)が小さく、かつUPD2 で観察された目視可能なピンホールは 0.2Al 鋼で観察されなかった。また、鏡面磨きを行う際の介在物等の欠けにより生じる多数の凹みを、オレンジの皮肌に類似した形態からオレンジピールと呼ぶ(1)が、UPD2 ではこのオレンジピールが観察されたのに対し、0.2Al 鋼では観察されなかった。これらのことから、0.2Al 鋼はUPD2より良好な鏡面性を有すると判断される。また、0.2Al 鋼は高鏡面性を特徴とするA鋼と比較しても、面粗度は同等以下の値であり、また、ピンホールサイズも小さいことから、A鋼と同等以上の鏡面性を有すると判断できる。次に、鏡面性に影響する因子を調査するため、各鋼種

中の非金属介在物に関する調査を行った。図 7に 0Al 鋼、0.2Al 鋼、0.4Al 鋼及び 0.8Al 鋼の画像解析から得られたAl2O3、AlNおよび BN量とAl 添加量の関係を示す。ただし、0.2Al 鋼中のAl2O3、およびAlNに関しては画像解析による正確な値は得られていないものの、EDS分析時の割合がそれぞれ 80%、および 20%であったことから、参考値として図中に白抜きで示した。Al2O3 量は 0.2Al 鋼及び 0.4Al 鋼で高い値を示すが、0Al 鋼及び 0.8Al 鋼では極めて低い値を示した。一方で、AlN量は 0Al 鋼、0.2Al 鋼及び 0.4Al 鋼では低いが、0.8Al 鋼では高い値を示した。0Al 鋼中の非金属介在物は BNとAl2O3 であるが、0.2Al鋼、0.4Al 鋼、0.8Al 鋼では Al2O3 とAlN であることから、Al 添加量が極めて低く、BNが析出する組成域ではAl2O3、AlN量は共に低く、Al2O3 とAlNが析出する組成域ではAl 添加量の増加とともにAl2O3 量は減少、AlN量は増加すると考えられる。図 8に非金属介在物の数、平均面積とAl 添加量の関係を示す。介在物の平均面積には、各鋼種における介在物の総面積を介在物数で除した値を用いた。0Al 鋼では、介在物数は少ないものの、平均面積は3.14μm2 と高い値を示した。同鋼では総介在物数の 9 割以上が BNであることから、高い平均面積値は BNの析出に起因していると考えられる。次に、Al2O3 とAlNが析出する 0.2Al 鋼、0.4Al 鋼及び 0.8Al 鋼では、Al 添加量の増加とともに介在物数が増加した。平均面積に関しては、

Al添加量とともに単調に増加しているわけではないが、0.8 Al 鋼の値と比べて0.2 Al 鋼、0.4 Al 鋼での値はやや低く、また 0.2 Al 鋼と0.4 Al 鋼の値はほぼ同じであることから、0.2Al 鋼、0.4Al 鋼及び 0.8Al 鋼の 3 鋼種ではAl 添加量を低減するほど、平均面積も減少する傾向にあると言える。これらのことから、BNの析出しない組成域であれば、Al添加量の減少に伴って、介在物の面積、個数共に減少すると考えられる。超鏡面用途の金型用鋼では、非金属介在物の量及びサイズを極小にすることが必要であると報告されている(2)ことから、BNが析出しない組成範囲でのAl 量の低減は、靱性だけでなく、鏡面性に対しても有利に働くものと考えられる。

Page 39: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 9 水道水浸漬後の試料外観(a)0.2Al 鋼 (b)UPD2

(c)市販 A鋼 (d)市販 B鋼

図10 水道水浸漬試験結果

(35)

高鏡面・耐錆性プラスチック金型用P21改良鋼におけるNiAl の析出制御による高靱性化

4. 結  言

(1)Cu及び NiAlの析出抑制を目的として、Cuフリーとし、Al添加量を低減した0.2Al 鋼はUPD2と異なる時効硬化挙動を示した。同鋼の主な強化相はM23C6 型炭化物であると考えられる。

(2)0.2Al 鋼の 450℃時効材は約40HRCの硬さを有しながら室温で 65Jのシャルピー吸収エネルギーを示しており、Cuフリーとした上で適切にAl量を低減する、即ちCu及びNiAlの析出量を制御することによって、高靱性化が可能である。

(3)0.2Al鋼は硬さ-靱性バランスに優れるだけでなく鏡面性、耐錆性についても従来と同等以上の良好な特性を示した。

(4)非金属介在物の調査結果から、BNの析出しない組成域であればAl添加量の減少に伴って、介在物の面積、個数共に減少することが分かった。このことから、NiAl析出の抑制を目的として行ったAl量の最適化は、靱性だけでなく、鏡面性に対しても有利に働くものと考えられる。

参 考 文 献

(1)田部博輔 : 型技術 , vol.20, No.12 (2005) p93.(2)井坂剛 , 瓜田龍実 , 大藤孝 : 型技術 , vol.21, No.14 (2006)

p40.(3)佐 木々剛 , 土岐和紀 : 型技術 , vol.26, No.7 (2011) p.90. (4)知念響, 橋邦彦 , 高橋達也 : 型技術 , vol.27, No.12 (2012)

p.92.(5)渡辺敏幸, 浅田千秋 : 電気製鋼 , vol.40, No.1 (1969) p.6.(6)渡辺敏幸 : 鉄と鋼 , vol.61, No.10 (1975) p.138.(7)矢田浩 , 本田三津夫 : 鉄と鋼 , vol.63, No.12 (1977) p.86.(8)中津英司 , 田村庸 , 村川義行, 遠山文夫 , 福島捷昭 : 日立

金属技報 , vol.17 (2001) p.81.

図 9 に試料を水道水に一週間浸漬した後の 0.2Al 鋼、UPD2、A 鋼及び従来のP21 系鋼であるB鋼の試料外観を示す。B鋼では全面的に腐食が進行しているのに対し、0.2Al 鋼、UPD2、A 鋼では部分的に金属光沢が残存し、視認可能な腐食程度は同等であった。

図 10に 0.2Al 鋼、UPD2、A鋼及び B鋼の腐食損耗速度を示す。0.2Al 鋼の腐食損耗速度は、UPD2及びA 鋼のそれと同等レベルであり、B鋼の1/2 以下であった。このように、UPD2は、析出NiAl 量の制御によって、そ

の高い鏡面磨き性及び耐錆性を維持しながら高靱性化を実現することが可能であることが確認された。

(※注1)・Ra・・・算術平均粗さと呼ばれる。一つのきずが測定値に

及ぼす影響が小さく、磨き面の平均的な粗さを表す。・Ry・・・最大高さと呼ばれる。平均線から最も高い箇所ま

での高さと、最も深い箇所までの深さの和である。平均線から際立って高い箇所や深い箇所の影響を受けるため、粗い箇所が局所的に存在していたとしても高い値となる。

Page 40: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

技 術 論 文

水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価Development and Safety Evaluation of Storage Tanks for Hydrogen Filling Station

博士(工学) 和田 洋流 荒島 裕信Dr. Yoru Wada Hironobu Arashima

室蘭研究所 Muroran Research Laboratory

(36)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価

1. 緒  言

現在考えられている燃料電池自動車に搭載される水素容器の充填圧力は 70MPa 程度であり、水素を供給する側の設備は当面 90MPa 以上の設計圧力に耐える高圧設備とする必要がある。水素ステーションは蓄圧器、圧縮機、配管、ディスペンサー、バルブ、安全弁、シール材などで構成され、その多くに金属材料が使用される。したがって、

High strength low alloy (HSLA) steels such as JIS-SCM and -SNCM steels, which have been proposed as candidate materials for the storage tank for hydrogen filling stations, are known to show decreases in tensile ductility and notch strength in gaseous hydrogen due to hydrogen embrittlement. However, if a method to utilize these steels to the ultimate of the resistance to hydrogen embrittlement could exist, it could be an effective technique that satisfies both the safety and the economy requirements for hydrogen filling stations. Since the hydrogen storage tank would undergo hundreds of thousands of filling cycles if fuel cell vehicles would be widely driven, its safety in the high pressure hydrogen environment must be proven accordingly. In this study, the fundamental behavior of various HSLA steels in gaseous hydrogen was clarified by means of tensile, fatigue, fatigue crack propagation and other mechanical testing. Based on their results, a safety evaluation method of the hydrogen storage tanks has been proposed for safe and economical hydrogen filling stations.

水素ステーション用鋼製蓄圧器として候補に挙げられているCr-Mo 鋼などの高強度低合金鋼は、水素脆化の影響によって水素ガス中の引張延性や切欠強度が低下することなどが知られている。しかしながら、その耐性に応じて最大限使用する手法があれば、ステーションの安全性と低コストを同時に満足する有効な技術となる。一方、水素蓄圧器は、将来燃料電池自動車が普及した際には数十万回の繰り返し充てんに耐えねばならず、高圧水素雰囲気下における安全性の立証が必要である。そこで本報では、種々の JIS-SCM 鋼および JIS-SNCM 鋼について、引張試験、疲労試験、疲労き裂進展試験などを行い、その基本的挙動を明らかにした。これらの結果に基づき、経済性と安全性の両立を考慮した安全性評価方法を提案した。

要   旨

使用金属材料の耐久性、延いては機器装置の安全性確保の観点から、水素ガスに接する構造材料の環境脆化に関する挙動を確認することが重要である。しかしながら、現在、水素ステーションで使用可能な金属材料は SUS316L などの高度に対水素性能を有する高価格材に制限されており [1]、ステーションコストを押し上げる要因になっている。鋼製蓄圧器として候補に挙げられているCr-Mo 鋼などの高強度低合金鋼は、水素脆化の

Synopsis

Page 41: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 2 70MPa 充填対応鋼製蓄圧器(SA-723 鋼製)

図1 当社における鋼製蓄圧器安全性評価試験ならびに蓄圧器開発の取り組み

(a) 450L×2 基

(b) 300L×2 基

(37)

水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価

影響によって水素ガス中の引張延性や切欠強度が低下することなどが知られている [2][3] が、その耐性に応じて最大限使用する手法があれば、ステーションの安全性と低コストを同時に満足する有効な技術となる。また、水素ステーション用蓄圧器には繊維強化プラスチック(FRP)を用いた複合圧力容器も考えられているが、ライナー材として高強度鋼を使用することができれば、強い(荷重を分担する)ライナー構造により補強に必要な炭素繊維の低減化、低コスト化に寄与することが期待できる。図 1に水素ステーション用金属材料評価に関するこれま

での当社の取り組みを年譜で示したが、室蘭研究所では、平成 15 年より独立行政法人新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の 「水素安全利用等基盤技術開発」 事業 [4]

に参画し、水素ステーション構成金属材料の評価試験を進め、35MPa充填対応蓄圧器(ボンベ型)の解体調査などを実施した [5]。その結果、40MPa 圧縮水素ステーションの蓄圧器にはSCM435 鋼の使用をき裂の検査を行う条件付きで認めるという内容の例示基準が制定された [1]。さらに、平成 17年度からは 「水素社会構築共通基盤整備事業」 において 70MPa充填対応蓄圧器材料選定を行い、国内初となる 80MPa 級鋼製蓄圧器(SNCM439(強度低減材))を試作・製造した [6]。平成 20 年度からは、「水素製造・輸送・貯蔵システム等技術開発事業」において、市場立上げ(平成 27 年/ 2015 年頃を想定)に向け、低コストかつ耐久性に優れた蓄圧器の開発プロジェクトが 4 年間の計画で立ち上げられ、90MPa 級鋼製蓄圧器(SA723

鋼製)蓄圧器の開発に成功した(図 2)[7]。そして今日現在、NEDO の 「水素利用技術研究開発事業」 において、SNCM439 鋼など低合金鋼を中心とした水素ステーションの低コスト化に繋がる材料について、規制合理化を目指した材料使用条件の明確化、規格化(性能規定化を含む)のための評価研究を行っている [8]。本稿では、これら一連の材料開発、鋼製蓄圧器安全性評価試験を通して得られた知見を纏め、以下に報告する。

Page 42: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

表 1 内径 300mm水素蓄圧器肉厚のケース・スタディ

表 2 供試材化学成分と大気中引張特性

(38)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価

2. 水素蓄圧器のケース・スタディ

表 1には SUS316L, SCM435 および SNCM439 を使用した円筒形圧力容器の容器肉厚について、設計圧力を20,45,90MPaとした場合の特定設備検査規則に基づいた試算例を示している [9]。高圧化した容器の構造材料としては、設置条件を考慮して容器自体がコンパクトであること、製造コスト的に妥当なものであることなど諸条件を考慮しなければならないが、SUS316Lを使用する場合、90MPaでは 504mmもの肉厚が必要である。 SCM435 鋼においては高強度化が図られ、設計圧力が 45MPaでは肉厚33mmで製造可能である。しかし同鋼は容器に通常行われる焼入れ熱処理では 40mm程度の肉厚までは強度・靱性を確保できるが、それ以上の肉厚にするには焼入れ性が不十分であり、90MPa 級の圧力容器の脆性破壊を防ぐための粘り強さ(=靭性)と高圧力に耐えうる必要強度を兼ね備える事が困難である。より大きい肉厚であっても高強度化且つ、高い靭性を得るためには、Niを含み、焼

入れ性が良好な SNCM439 鋼等の適用を考える必要がある。水素ステーション用の蓄圧器においては、ぜい性破壊はあってはならず、最終破壊は LBB(Leak Before Break: 破裂前漏洩)[10] を満足することが必須となる。したがって材料スクリーニング段階の前提として、最低使用温度下(大気中)で LBB 条件を満足するための十分な破壊靱性(KIC)を有することが必要である。

3. 材料のスクリーニング試験

3.1 供試材上記の事前検討結果から、SCM435 鋼およびそれに類似する SCM440 鋼および SNCM439 鋼を鋼製蓄圧器の候補材として選択して、高圧水素雰囲気下での各種評価試験を実施した。尚、高圧水素ガス中での評価試験設備や試験方法の詳細については別途報告を参照されたい [11]。本報告の供試鋼の化学成分、大気中の引張性質を表 2

に示した。SCM440 鋼については、ヒート440-1 およびヒート(440-580,440-500,440-600,440-700)の 2ヒートであり、前者は厚さ28mmの圧延板を焼入(水冷)・焼戻し処理(焼戻し温度は 580℃)を施した。後者は厚さ16mmの圧延板であり、焼入れ(水冷)後、焼戻し条件を変えて引張強さを 759 ~ 1232MPaになるように調整した。記号の末尾数字は焼戻し温度を表わす。SCM435 鋼については、435-A、 435-B および 435-C の 3ヒートを供した。435-Aは、35mmの圧延板を焼入(油冷)・焼戻し(焼戻し温度は 530℃)した。435-B は、厚さ35.7mmの40MPa 級未使用水素ボンベの素材であり、熱処理は焼入(油冷)、焼戻し(焼戻し温度は 550℃)である。435-Cは圧延丸鋼(直径 140mm)であり、蓄圧器を模擬するため、内径 60mmの穴加工を行い円筒形状にしたうえで、

Page 43: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 4 SNCM439 鋼(439A)の切欠引張試験結果

図 3 水素中引張線図におよぼす鋼材強度の影響 [12]

(a) 500℃焼戻し(440-500)

(b) 600℃焼戻し(440-600)

(c) 700℃焼戻し(440-700)

(39)

水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価

焼入れ(水冷)、焼戻し(焼戻し温度は 560℃)熱処理を行った。SNCM439 鋼は、鍛造丸鋼(直径 430mm)の素材から供試材を切り出し,850℃で 2 時間加熱後に 30℃ /min で焼入れ、焼戻し条件を 570℃と610℃の 2 条件に変化させて引張強さを各々 992MPa(439-570)と960MPa(439-610)とした。439-Aは厚さ75mmの鍛造板材であり、これを厚さ30mmの板に加工して、850℃で2h 加熱後、60℃ /min の空冷にて焼入れ熱処理を行った。焼戻し条件を 550℃、600℃、640℃、655℃、670℃×4h(空冷)に変化させ、鋼材の大気中引張強さを 852~ 1224MPaに調整した。

3.2 平滑材の引張試験図 3には、強度を変動させたSCM440 鋼(440-500,440-

600,440-700)の引張試験線図を比較した。尚、引張試験方法は表面の加工層などを研磨により除去したφ8mm、平行部 40mmの丸棒試験片を用いた。またひずみ速度は1×10-5/sである。この図より、強度が高いものほど、水素中(図中の実線)の破断伸びが減少する傾向を示すことがわかる [12]。図 3(a)に示した最も強度の高い 500℃焼戻しの材料(440-500)では、大気中で得られる最高荷重点(=引張り強さ)に到達する前に破断している。本来、圧力容器の強度計算公式においては、破壊圧に対する安全率は、引張強さを基準にして規定されている(高圧ガス保安法では、安全率=4)[9]。したがって、図 3(a)に示したような引張強さを確保できない、脆化感受性の高い材料は水素ガス蓄圧器への適用を避けるべきである。同時に、最高荷重点に到達するまでの伸び(=一様伸び)についても、大気中と同等の変形量を確保しているかを確認することが重要である。

3.3 切欠引張試験SNCM439 鋼(439-A)の大気中、45MPa 水素中および 90MPa 水素中の切欠引張試験結果(応力集中係数Kt=3.3)を図 4に示す。大気中では引張り強さの上昇に伴い切欠引張り強さは上昇する。尚、大気中において、切欠がある場合の破壊応力(=切欠引張り強さ)が、切欠が無い場合の破壊応力(=平滑引張り強さ)と比べて大きいのは、切欠底において 3 軸拘束作用が存在することにより、単軸引張り応力下と比べて降伏応力が上昇するからである。45MPa,90MPa 水素中の切欠引張強さ(NTS)は、鋼材の大気中引張強さ(TS)が 1000MPa 付近を超えると急激に低下する傾向を示した。従ってSNCM439 鋼を水素容器として使用する場合は、TS=1000MPa 以上の強度での使用は避ける必要があると言える。

Page 44: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 5 疲労破壊におけるき裂の発生と伝播(左図)と水素中での評価試験(a)~(d)

図 6 水素中疲労試験結果 [14]注 1)歪み振幅を縦弾性係数で応力換算して表示

(40)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価

4. 水素ガス環境における材料の安全性検証試験

水素ステーションに用いられる蓄圧器は、燃料電池自動車への充てん時の減圧と蓄圧のための加圧が繰り返される。たとえば水素ステーションにおいて1時間に 5台の燃料電池自動車への差圧充てんが行われ、営業時間を1日13 時間と仮定すると、蓄圧器は 10 年間で 237,250 回もの繰り返し圧力変動を受けることになる。したがって、水素ガス雰囲気下での安全性を立証するためには、疲労破壊に対する水素の影響を把握することが重要である。図 5には疲労破壊におけるき裂の発生と伝播を模式的

に示したが、これらを材料試験によって求めるには以下の①~③の試験を高圧水素雰囲気下で行う必要がある。即ち、①き裂の発生~破壊に至るまでの全寿命を求めるために平滑試験片により疲労試験を行い、繰り返し応力、破断繰り返し数の関係(S-N 特性)を求める、②き裂の入ったブロック試験片を用いて疲労き裂伝播速度(da/dN)を求める、③疲労き裂が伝播し、やがて容器が破壊する限界荷重と限界き裂寸法を求めるために破壊靱性試験を行う。③の破壊限界を求める試験では、水素の影響を考慮して、一定荷重を負荷して静置しておく方法(遅れ割れ試験)と、一定速度で荷重を負荷していくライジングロード法の 2 通りの方法が水素中のき裂進展評価試験方法として提案されている [13]。以下にはこれらの試験結果の代表事例について示した。

4.1 水素ガス中の疲労試験図 6に疲労試験結果の一例(材料は440-1および 435-A)を示す。尚、疲労試験片の加工にあたっては、加工変質層の影響を避けるために、表面をエメリー研磨紙にて表面粗さRmax=3.6μmを狙い値として、研磨を行った。これらの疲労試験の結果、ひずみ振幅の大きい低サイクル疲労域においては水素による影響が現れているが、振幅が小さくなる高サイクル域では破断繰り返し数は大気中と変わりのない値を示している [14]。同様の結果は宮本らによっても報告されている [15]。しかしながら、どのような材料(たとえばこれらより強度レベルが高く、脆化感受性が著しい材料や、介在物や偏析が顕著な材料)でも高サイクル疲労域で水素の影響がないとは現段階で断定できず、今後の高サイクル疲労域での挙動解明のための更なるデータ蓄積が必要である。

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図7 45MPa水素ガス中高サイクル疲労寿命におよぼす機械加工の影響 [16]

図 8 SNCM439 鋼(439)のライジングロード試験法と遅れ割れ試験法によるKIHの比較 [20]

(41)

4.3 き裂進展試験水素ガス雰囲気中でき裂への荷重を増していくと水素脆性の影響を受けて大気中より低い荷重でき裂が進展を開始するが、この際の限界荷重(水素助長割れ下限界応力拡大係数 : KIH)を評価するために、ライジングロード法 [17]

と、遅れ割れ試験法 [18] [19] の 2 通りがある。ライジングロード法は、ブロックにき裂を入れた試験片に水素中で荷重を徐々に加えていく(漸増)試験方法である。一方、遅れ割れ試験法では、試験片にボルトで荷重を加えてき裂を一定量開口させ、長期間(本試験では 1000 時間)水素中に暴露する。この間にき裂が進展を開始した後、停止する際の限界荷重(これをKIH-H と呼ぶことにする)を評価する試験法である。図 8に強度の異なる2 つの SNCM439 鋼材(439-570,439-610)について、両者の荷重負荷方法による進展限界荷重の違いを調べて比較した。なお、遅れ割れ試験法では、初期に荷重負荷する際、き裂先端が酸化の影響をうけないよう不活性ガス中(グローブボックス中)で荷重を負荷し、その後空気に触れぬようにして水素中で1000h 暴露した。低強度の材料(439-610)では両試験法に差がでており、ライジングロード試験法で得られるKIH-Rは、遅れ割れ試験法によって得られるKIH-H より低い値を示す。図 8の高強度の材料(439-570)では、両試験法による差は見られなくなる傾向を示す [20]。これらの差は荷重負荷方法の違いによりき裂先端の塑性状態が異なるためと考えられている [21]。安全解析で用いるべきき裂進展限界は、両方の試験法を行ってKIH-HとKIH-R を比較し、いずれか低い値(これをKIHとする)を用いるべきであるが、これらの結果から判断すると、安全側の評価とするにはライジングロード試験のKIH-R を採用すべきと言える。

水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価

4.2 高サイクル疲労寿命におよぼす表面加工条件の影響試験片表面を注意深く研磨仕上げした疲労試験におい

ては、高サイクル域では疲労寿命におよぼす水素の影響で低下しないことが示されたが、実際上、機械加工を受けた接ガス表面においては、旋盤の切削加工跡などが残存している。そこで水素中高サイクル疲労域におよぼす表面加工の影響について調べた。図 6に示した材料(440-1)について、表面加工条件を切削と研磨として、表面粗さを変えた疲労試験片を準備し、繰り返し応力振幅 Sa=500MPa(Sa: 応力振幅、荷重制御)、完全両振り(R= -1)(R: 応力比)の条件で大気中と45MPa 水素中それぞれについて疲労試験を行った。これらの結果について破断寿命比(水素中/大気中)を図 7に示した [16]。研磨した表面ではいずれも水素の影響で寿命は低下しないが、切削加工ままの表面では、いずれの表面粗さであっても、大気中破断寿命に対する水素中破断寿命の比が大きく低下し、最小で 0.2まで低下することが示された。一方、加工後に真空焼鈍して疲労試験をおこなうと、破断寿命比が若干回復する傾向を示した。これらの結果より、引張試験では巨視的には水素の影響が現れない弾性域(Smax=500MPa, Smax : 繰り返し最大応力)においても、切削加工により加工変質層が残存していると、水素中の繰り返し応力(ひずみ)下で早期にき裂が発生し、破断に至ることが示された。したがって、熱処理が終了した後に機械加工を受ける部位については、研磨等により加工層、有害な残留ひずみを除去することが望ましい。

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図 9 水素ガス中における疲労き裂伝播挙動 [22] [23] [24]

Phase I : Kmax > Kmax0 疲労き裂の発生Phase II : Kmax < KmaxT 水素助長疲労き裂進展Phase III : Kmax > KmaxT 水素助長割れ/準安定破壊Phase IV : Kmax > KIC 脆性破壊 / 不安定破壊移行

(42)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

整理すると、水素中の疲労き裂進展は以下の 4つのPhaseによって特徴づけられる。

同様の整理はKesten[25] や Suresh[26] らの報告にみることができる。Phase I ~ IVの模式図を図 9(c)上図に示した。松本ら [27] によれば、水素助長疲労き裂進展は、繰り返しに伴うすべり変形が支配的であり、ある周波数以下(1Hz 以下)であれば、水素助長疲労き裂進展速度は上限値が存在することを報告している [15]。この結果はわれわれの図 9(c)に示すPhase II 領域の傾向と一致するが、この領域でなぜ繰り返し速度にあまり依存しないのか、その詳細なメカニズムは現時点では明らかになっていない。一方、Phase III では繰り返し荷重が増大し、Kmax がある臨界値(KmaxT= KIH) 付近に達すると、それ以上の荷重では、「水素助長割れ」が顕著となり、Phase II でのすべり破面(擬へき開破面)から粒界破面が多くみられるようになる。ここでのき裂進展は、繰り返し回数よりも時間に大きく依存しながら進展するため、図 9(a)に示したKmax -da/dN 線図上では、繰り返し周波数が小さいほど単位時間あたりのき裂進展量(da/dt)が大きくなり、1回あたり

水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価

4.4 疲労き裂伝播試験図 9(a)には、繰り返し速度を変化させたときの水素中

のき裂伝播速度(da/dN)をKmax-da/dN 線図(Kmax は繰り返し最大応力拡大係数)で示しているが、Kmax が小さいほど、水素中と大気中のda/dNが近づく傾向を示しており、Kmax0(疲労き裂発生下限界)は、大気中と水素中とでほぼ同じになることが確認されている。あるKmax 以上の領域で繰り返し速度が小さくなるほど加速する点(図中の↓)がみられるが、この点をKmaxTと呼ぶことにすると、Kmax < KmaxT

の区間では、どの周波数の条件でもほぼ同じき裂伝播速度を示し、繰り返し速度の影響が小さい傾向を示す [22]。Kmax > KmaxTでは繰り返し速度が小さくなるほどき裂進

展速度が増大する傾向を示す。詳細は省略するが、SCM鋼、SNCM 鋼についてこの加速点 KmaxT を調べた結果、KmaxT は前項に示したライジングロード試験によって得られる水素助長割れ下限界応力拡大係数 KIH-R とほぼ一致する傾向が確認されている [22]。さらに図 9(b)には、円筒試験片内表面に半楕円状の疲労き裂を入れておき、外部の水圧を変動させる内圧 /外圧疲労試験を行ったときの破面変化の様子を示した。KmaxTより小さい領域の破面は半楕円形状を保ちながら安定的に伝播していることが分かる。一方、KmaxT を越える加速域まで試験を行い、最終破壊させた円筒試験容器の破面では、半楕円形状がくずれて容器長手方向に大きく進展し、破壊に至っている [23] [24]。以上を

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① 疲労き裂発生防止基準による疲労設計② 疲労き裂伝播寿命基準による疲労設計

(43)

水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価

の進展量(da/dN)が大きくなるものと考えられる。図 9(a)ではその先のPhase IVまで試験を行っていないが、本材料は、疲労き裂伝播速度を行った室温下ではKIH < KIC であることはあらかじめ確認されており、このような場合は Kmax > KIC を超えると水素の有無に関係なく急速破壊を起こす [28]。また KIH > KIC であるような場合(材料のKIC がもともと低いか、低温の場合など)には、KmaxT

での疲労き裂加速現象は見られず水素助長疲労き裂進展から直接急速破壊に移行する。このように、疲労き裂の伝播がKIH を超えると加速する(き裂が回数に依存せず時間依存型で準安定的に進展)ことを考慮すると、疲労き裂伝播解析では、KIH または KIC のいずれか小さい方を解析の打ち切り点=容器の破壊限界点とみなす必要がある。

5. 水素の影響を考慮した疲労設計法の考え方

圧力容器における疲労設計の考え方は、次の2つに分類される。

図 6に示した様に、疲労き裂発生防止基準による場合は S-N 線図を用いるのだが、水素中の場合は、応力(ひずみ)振幅が大きいほど水素の影響で破断寿命が低下するので、水素の影響が現れない応力(ひずみ)振幅下において使用すればよいことになる。この際、小型試験片による試験結果から、寸法効果や破壊確率を十分に考慮した安全率のもとで繰り返し発生応力の条件、設計計画回数を設定する必要がある。また、疲労限が水素の影響で低下せず、疲労限度以下の設計条件で使用すれば、寿命を無制限と出来る可能性があるが、これについては先にも述べたとおり未だデータが不足しており、今後十分なる検証が必要である。一方、後者の疲労き裂伝播寿命基準による疲労設計で

は本来、定常的な検査周期においてぜい性破壊発生のための限界長さまでは、き裂の伝播を許容する疲労設計法である。しかし水素中の場合は、き裂伝播速度が大気中に比較して数十倍となり、定常的な検査周期に対してはき裂状欠陥の存在の有無に相当注意を払うべきであろう。また、使用前に検査で発見されたき裂があればそれらは当然ながら除去されるべきであるが、検査の精度によって検出可能なき裂寸法には限度がある。そこで検査で発見すべき限界き裂寸法のものを初期想定き裂(仮想き裂)として、そのき裂が伝播し破壊に至る回数を疲労き裂伝播解析によって予測する必要がある。“検出すべきき裂寸法”は、検査部位の形状が複雑であったり検査手法や検査工の熟練度によってき裂の検出精度がかわるから、特に口絞り構造を有

するような検査が難しい水素ボンベについては、別途検討が必要であろう。こうした水素蓄圧器の検査方法や検査周期の技術的検討については、目下、一般財団法人 石油エネルギー技術センター(JPEC)が所掌する“水素ステーション保安検査基準委員会”で行われている [29]。 疲労き裂が伝播し、やがて破壊する際の条件を評価する際には、本来ぜい性破壊(注)のための限界き裂長さを大気中破壊靱性試験 KIC によって見積もるのであるが、水素中の破壊については前項で述べた如く、疲労き裂の伝播がKIH を超えると加速する(き裂が回数に依存せず時間依存型で準安定的に進展)ため、KIH を疲労き裂伝播解析における打ち切り点=容器の破壊限界とみなす必要がある。一方、低合金鋼の場合は、低温になるほど大気中の破壊靱性が低下し、場合によってはKIC<KIHとなることがあるが [12]、そのようなケースでは、破壊限界はKIH ではなく小さいほうのKIC で評価すべきであり、KIC とKIH いずれか小さいほうを水素蓄圧器の破壊限界として疲労き裂伝播解析を行う。以上のような考え方はアメリカ機械学会で制定された高圧水素ガスの輸送と貯蔵用容器に対する特別な要求事項 :ASME KD10[19] にも採用されている。しかし、き裂の伝播寿命=機器の寿命という考え方にしてしまうと、低合金鋼では場合によって寿命が数千回に限定されてしまうことがあり、蓄圧器のように数十万回以上をその生涯寿命で要求されることを考えると頻繁にタンクを交換せねばならず、経済性が確保できない。したがって、上記した疲労き裂伝播寿命解析に基づき、定期的なき裂の検査を行い、検査毎に(検出可能な)き裂がないことを確認すれば、前者①の S-N 線図による疲労き裂発生防止基準による疲労設計の考え方を担保することができ、①と②の両方の考え方を取り込むことによって、水素蓄圧器の経済性と安全性の両立が可能となるであろう。以上の結果をもとに蓄圧器安全評価事例をフローチャートにまとめて図 10に示した。

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図10 鋼製蓄圧器の安全性評価事例

(44)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価

6. 結  言

高強度低合金鋼を水素蓄圧器に適用する場合、現在までに得られている知見では下記が肝要となる。材  料:最低使用温度下(大気中)でLBB条件を満足す

るための十分な破壊靱性(KIC)を有すること。     :水素中で大気中と同等の一様伸び、引張強度を

有すること。加  工: 熱処理が終了した後に機械加工を受ける部位に

ついては、研磨等により加工層、有害な残留ひずみを除去すること。

疲労設計:水素の影響があらわれるような高い応力振幅下で使用しないこと。

    :水素中のき裂伝播解析においては、疲労き裂が加速する点、KmaxTを解析打ち切り点の指標パラメーターとし、KmaxT の推定にはKIHを用いることが適切であると考えられる。

検  査:検出すべきき裂寸法を検討し、疲労き裂伝播解析にもとづく定期的なき裂の検査を行うこと。

今後、水素の普及利用時を想定すると、より多量の水素をステーションに貯蔵しておく必要がある。一方で、ステーション全体のコストを大幅に削減し、かつコンパクト化することが水素自動車普及の課題の1つとなっているが、安全性との両立が重要である。超高圧水素ガス環境中での材料データの収集は進んではいるものの未だ不十分であり、今後の評価もあわせて高信頼性蓄圧器の実現に資すべく活動していきたい。

7. 謝  辞

この成果は、NEDOの委託業務の結果得られたものである。

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注 釈

ここで、“ぜい性破壊”とは、KIC 以上でへき開により不安定破壊(Critical flaw growth)することを意味し、また KIC は材料固有の値(破壊靱性値)で水素の影響(環境の影響)で低下しない [28]。一方、KIH 以上では水素助長割れが生じ、擬へき開により疲労き裂伝播は加速するが、進展は準安定的(Sub-critical flaw growth)であり、タンクが不安定的に破壊(バースト)することを必ずしも意味しない。事実、図 9(b)の破面に示した円筒の内圧 /外圧疲労試験の最終破面は、大きく長手方向にのびているが、結果として容器内部から水素が漏えいするのみのリーク破壊となっている。水素助長割れによる容器の破壊モードについては今後の詳細な検討が必要である。

(45)

水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価

8. 参 考 文 献

[1] http://www.khk.or.jp/publications_library/publications/dl/kouatsu_reiji_sinkyuu.pdf

[2] 大西敬三ら, “鋼の水素脆性に関する最近の研究”, 金属学会会報, Vol.8, No.9, 1969, pp.576-586

[3] 大西敬三ら, “低合金鋼の室温水素ガス脆化”, 日本材料強度学会講演論文集, 1982, pp.49-52

[4] http://www.nedo.go.jp/activities/ZZ_00265.html[5] WE-NET高松水素ステーション機器解体調査報告書, 独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構, 2008

[6] http://www.nedo.go.jp/content/100116822.pdf[7] http://www.nedo.go.jp/library/seika/s ho s a i _ 201310/  20130000000538.html[8] http://www.nedo.go.jp/content/100526080.pdf[9] 高圧ガス保安協会, “特定設備検査規則関係例示基準集 別添1 特定設備の技術基準の解釈 別表第一”, 2007, p.86,高圧ガス保安協会

[10] Irwin, G.R. et al., “Basic Aspects of Crack Growth and fracture,” NRL Report 6958 , Nov.21, 1967

[11] 石垣良次ら, “水素ステーション構成金属材料の評価”, 日本製鋼所技報, 56 号 , 2005, pp.106-114

[12] Wada, Y. et al., “Effect of hydrogen gas pressure on the mechanical properties of low alloy steel for hydrogen pressure vessels”, Proceedings of PVP2007, 2007 ASME Pressure Vessels and Piping Division Conference, San Antonio, Texas, , July 2007, PVP2007-26533

[13] “Innovative Testing and Estimation Methods of Hydrogen Embrittlement Under Sustained, Rising and Cyclic Loadings”, Japan Society for the Promotion of Science 129th Committee, 2013

[14] Wada, Y. et al . , “Evaluation of Metal Materials for Hydrogen Fuel Stations”, Proceedings of International Conference on Hydrogen Safety 2005, September 2005 http://conference.ing.unipi.it/ichs2005/Papers/220113.pdf

[15] 宮本泰介ら , “高圧水素ガス中におけるSCM435 鋼の疲労寿命特性と疲労き裂進展特性”, 日本機械学会論文集 A編 , Vol.78, No.788, 2012, pp.531-546

[16] Wada, Y. et al., “Effect of surface machining on the fatigue life of low alloy steel for hydrogen pressure vessels”, Proceedings of 2007 ASME Pressure Vessels and Piping Division Conference July 2007, PVP2007-26535

[17] 日本圧力容器研究会議(JPVRC)材料部会水素脆化専門委員会 Task Group V 編 ,

  “2・1/4Cr-1Mo 鋼の水素脆化割れ下限界応力拡大係数 KIHの測定とその評価”,日本鉄鋼協会, 1989.10

[18] International Standard, “Transportable gas cylinders ̶ Compatibility of cylinder and valve materials with gas contents̶ Part 4: Test methods for selecting metallic materials resistant to hydrogen embrittlement ”, ISO 11114-4:2005(en), ISO, 2005

[19] ASME Boiler & Pressure Vessel Code, 2007 edition, Sec.VIII Div.3, ARTICLE KD10, “Special Requirements For Vessels In High Pressure Gaseous Hydrogen Transport And Storage Service”, ASME, 2007

[20] 柳沢祐介ら,“高強度低合金鋼の水素助長割れ下限界応力拡大係数の評価”, 日本機械学会 M&M2013 材料力学カンファレンス予稿集, OS2109, 2013

[21] Kevin, A .N et.al, “The Relationship Between Crack-Tip Strain and Subcritical Cracking Thresholds for Steels in High-Pressure Hydrogen Gas”, Metallurgical and Materials Transactions A , Volume 44, Issue 1, January 2013, pp 248-269

[22] Wada, Y. et al., “Effect of cycle frequency on fatigue crack propagation behavior for steels in hydrogen service”, Proceedings of 2013 ASME Pressure Vessels and Piping Division Conference, July 2013, PVP2013-97485

[23] Takasawa, K. et al., “Internal pressure fatigue test of Cr-Mo steel in 45MPa hydrogen environment”, Proceedings of 2007 ASME Pressure Vessels and Piping Division Conference, July 2007, PVP2007-26508

[24] Wada, Y. et al., “Measurement of fatigue crack growth rates for steels in hydrogen storage”, Proceedings of 2009 ASME Pressure Vessels and Piping Division Conference, July 2009, PVP2009-77666

[25] Kesten, M. and Windgassen, K.F., “Hydrogen-assisted fatigue of periodically pressurized steel cylinders”, Hydrogen Effects in Metals. Moran, WY: AIME, 1980, pp.1017-1025

[26] Suresh, S. et al. , “Hydrogen-assisted crack growth in 21/4Cr-Mo low strength steels”, JIM Symposium, Hydrogen in Metals, 11, 1979, pp.481-484

[27] 松本拓哉ら , “0.7MPa 水素ガス中における炭素鋼鋼板SM490B の弾塑性破壊靭性に及ぼす変位速度の影響”, 日本機械学会論文集 A編 , Vol.79, No.804, 2013, pp.1210-1225

[28] 加家壁弘志ら , “高強度鋼の破壊靱性に及ぼす水素吸蔵の影響”, 日本機械学會論文集 . A 編 Vol.46, No.412, 1980, pp.1360-1368

[29] http://www.pecj.or.jp/japanese/committee/index_committee03.html

Page 50: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

風向変動を考慮した風車後流の解析精度の検証Accuracy Validation of Wind Turbine Wake Analysis Including Wind Direction

Fluctuation Correction

鈴木 潤 鈴木 広幸武藤 厚俊 藤田 泰宏Jun Suzuki Hiroyuki SuzukiAtsutoshi Muto Yasuhiro Fujita

室蘭研究所 Muroran Research Laboratory

(46)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

技 術 論 文 風向変動を考慮した風車後流の解析精度の検証

近年、日本における風車建設は、風況の良い沿岸の平坦地域がすでに飽和傾向にあるため、山岳地域に高密度に配置したウィンドファームが主流となりつつある。山岳地域の風況は、地形による影響を受けるため乱流強度が高く、さらに近接風車の後流の影響により乱れはさらに増大する。高い乱流強度は風車各部に大きな荷重変動を生じ、疲労による機器の損傷を招く結果となる。また、日本国内では乱流強度や風向変動など国際規格で定められている風況とは異なることが多く、国際規格で定められている手法を適用できない場合が多いと考えられる。本稿では、風向変動を考慮した風車周辺の気流解析を実施し、観測塔により実測された後流の統計量と比較した結果を示す。得られた結果からは、本稿で提案した風向変動を考慮した解析手法は、平坦地形において実測値と良好な一致が示された。今後は複雑地形に対しても適用を試みる予定である。

要   旨

In recent years, wind farms where wind turbines are densely located in a mountain area have become predominant in the wind turbine construction in Japan because of the fact that most of the coastal areas with suitable wind conditions have been fully occupied with the existing wind turbines. In mountain areas, high levels of turbulence are generated by the terrain, and they are further increased by the wake of neighboring wind turbines. High turbulence intensity gives rise to a large degree of load fluctuation in each part of a wind turbine and may result in fatigue damages in the equipment. In addition, the application of turbulence analysis methods specified by an international standard appears impossible in Japan, where the turbulence intensity and fluctuation in the wind direction are mostly different from those defined in the international standard. In this paper, an air flow analysis around a wind turbine was carried out with a correction in light of fluctuation in the wind direction, and the result was compared with the actual turbulence measured by a met mast on the site. It was shown that the proposed analysis method has precisely predicted the turbulence intensity at least for a flat terrain. The same analysis will be attempted for more complex terrains.

Synopsis

Page 51: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図1 風車/ウィンドファーム建設前の事前評価手順

(47)

1. 背 景

近年、日本国内においては風車建設に最適な沿岸部好風況地域は既設風車により飽和傾向にあり、新規の建設は内陸部、特に高風速が期待できる山岳部に集中する傾向にある。また、ウィンドファームの発電事業性の観点から風車を高密度に配置する傾向にある。このようなサイトにおいては、地形により生成される乱流と、近接風車の後流による乱流により高い乱流強度が発生する。乱流強度の増加は、風車の疲労荷重の増加による風車のコスト、発電量、建設可能エリアの縮小等事業性に関わる多くの事項に影響を与えるため、精度の高い予測、評価方法が求められている。しかしながら、複雑地形における風車後流による乱流強度の有効な評価手法は、未だ提案されていないのが現状である。本論文では、複雑地形における予測手法の検討に先立

ち、平坦地形における風車後流の風速及び乱流強度の解析精度の向上を目的とし、風車後流の実測値と比較検証した結果について報告する。

2. 風車建設事前評価

一般的に、風車もしくは複数の風車からなるウィンドファームの建設予定地におけるサイト事前評価は、大まかに以下の手順によって行われる(図 1)。ただし、ここでは極値風速の検討や大臣認定等の手順は含んでいない。先述のように、複雑地形である山岳地域に建設する場合には、地形や近接風車の影響により乱流強度が増加する傾向があるため、風車の配置再検討や運転条件の再検討を複数回実施することが多い。

風向変動を考慮した風車後流の解析精度の検証

④に示す近接風車の後流による影響は IEC61400-1 Ed.3 Annex D(1) (式(1)~式(3))に示される手法により算出し、測定、もしくは解析により得られた乱流強度を補正する。この手法は、現時点において風車に関する国際規格に記述された、唯一の風車後流による乱流強度の算出方法である。

                      (1)

ここで、各変数は以下の通りである。   : 有効乱流強度   : 各風車における風向出現率   : 風向θにおける周囲及び風車後流による乱流強度   : 対象材料のWöhler指数   : ハブ高さにおける風速 [15 m/s]

各風向の乱流強度は、近接風車が存在しない風向では、式(2)により算出する。

                (2) 一方、近接風車が存在する風向では、式(3)により算出する。

                 (3)

ここで、各変数は以下の通りである。   : 周辺乱流標準偏差(観測値)   : 対象となる近接風車のロータ直径により規格化さ     れた近接風車までの距離   : 定数 [m/s]

先述したように、本手法は国際規格に記述された、風車後流による乱流強度の算出方法を示した手法であるが、欧州の平坦地形および洋上環境を基に策定されているため、複雑地形における適用可能性については確認されていない。加えて、当社製風車既設サイトにおける風況測定実績から、山岳地域などの複雑地形における多くの場合、IECの手法では乱流強度を過大に見積もる傾向があることが確認されている。乱流強度の過大評価は風車建設可能エリアを縮小するだけでなく、風車構成部材製造及び輸送時のコスト、運転条件による発電量の低下など、事業性に大きな影響を与える可能性がある。したがって、複雑地形において乱流強度を精度よく予測することは、経済的な風車建設の観点からも重要であると考えられる。本研究では複雑地形において近接風車の後流により増大する乱流強度の予測精度向上の試みに先立ち、風況観測塔を有する平坦サイトにおいて風車後流による乱流強度の予測精度の検証を目的とする。

Page 52: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 2 JSW 社製風車 J70-2.0

表 1 解析条件

表 2 J70-2.0 の諸元

(48)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

出力 2,000kWの風力発電機である。J70 初号機は 2006年夏に当社室蘭製作所構内に建設され運転を開始し、現在に至るまで運転を継続している。本論文では通常運転とは異なり、定格出力を1,500kWとした運転モードにおけるデータを使用した。風況観測塔はJ70 の SSE 方向262mに位置している。

図 3、図 4 に示すように、J70 風車近傍の地形は平坦であり、北西~北方向は海に面しているが、その他の方向は標高 100m ~ 200mの比較的低い山に囲まれている。解析領域および解析メッシュを図 5に示す。解析メッシュの座標軸は、風主流方向をX 軸、風直角方向をY 軸、鉛直方向をZ 軸とした。解析領域は風車近傍より約 20,000m 上流側とした。これは流入境界を十分前方とすることにより、地表面により形成される大気境界層を正確に再現するためである。また、解析領域の鉛直方向高さは、上部速度境界による縮流効果が無視できるように、

3. 風況解析手法

一般的に、風況解析には、線形解析ソフトWAsP(2) (Risø)、非線形定常解析ソフトMASCOT(3)、(4)(東京大学)、非線形非定常解析ソフトRiam Compact(5)(九州大学)などが使用されることが多く、すでに多くの実績を挙げている。本研究においては、自作コードを追記して地形上気流および風車後流の数値再現を実施するために汎用コードANSYS Fluent 12.0 を用いた。表 1に解析条件を示す。

地形データは国土地理院の数値地図 50mメッシュ(標高)を使用し、地表面粗度は国土交通省の土地利用細分メッシュデータを利用して決定した。地表面における境界条件は、式(4)に示す対数則による壁面せん断応力により算出した。これにより、地表面粗度を考慮した解析を可能とした。なお、土地利用と粗度長の関係は文献(8)に示される値を式(4)に用いて変換した。

                      (4)

ここで、各変数は以下の通りである。   : 地表高さ [m]   : 粗度長 [m]   : 地表高さzにおける風速 [m/s]   : 摩擦速度 [m/s]   : カルマン定数 [ - ]

また、対象領域の上流に対象領域と同じ広さを持つ付加領域を追加し、それら二つを合わせた領域の周囲に緩衝領域を設けた領域を解析領域とした(4)。風車後流モデルは、アクチュエータディスク理論(6)に基づいて算出した運動量欠損を、流れ方向運動方程式のソース項として組み込んだ。なお、後流速度UWは、解析対象風車の発電量 P及びスラスト係数Ct より算出した。解析対象は、風況観測塔を有する、当社室蘭製作所構

内の風車 J70-2.0(図 2、表 2、以下 J70)を中心とした地形とした。当社製風車 J70 は、全長 34mの GFRP 製ブレードと永久磁石による同期型発電機を有する、定格

風向変動を考慮した風車後流の解析精度の検証

Page 53: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 3 J70-2.0 周辺地形

図 5 解析領域および座標定義

図 4 JSW 室蘭製作所構内の風車及び風況観測塔(Met mast)の位置

表 3 解析メッシュの詳細

(49)

十分高く(10,000m)設定している。流入風速は 10m/sとした。表 3に解析メッシュの詳細を示す。

風向変動を考慮した風車後流の解析精度の検証

4. 実機による解析モデル検証

4.1 風況観測塔による風車後流の測定風況観測塔を有する当社構内(室蘭サイト)を解析対象

とし、後流モデルの妥当性検証を実施した。本サイトには風車が 2 基(J70、J82)設置されているが、風車配置と風向出現率から、風況観測塔においてはJ70 風車後流のデータが多く観測されるため、J70 後流を評価対象とした。また、解析風向はJ70 の風下に風況観測塔が位置する方位とした。観測高さはJ70 のハブ高さに等しい 65mとし、風速は三杯型風速計、風向は矢羽式風向計により測定した。観測塔の 65m高さには超音波型風速計も併設しており、実測と解析による乱流強度を比較する際に使用した。三杯型風速計で乱流強度を測定する場合、応答速度により、高い周波数を測定できないため、解析と比較して値を低く見積もることが知られている。本検討では、観測塔における超音波風速計と比較することにより乱流強度の補正を実施している。実測による風車後流域の風速及び乱流強度は、後の解析結果と併せて示す。

4.2 風車後流域風速の解析結果図 6(a)、(b)に解析により算出された対象風車(J70)周辺の速度分布図を示す。図 6(a)より、十分上空において風速は流入風速である10m/sとなり、地表面近傍で速度が減少する通常の大気境界層が再現されており、風車ロータ面下流では後流モデルにより速度欠損が発生し、流れが減速されている。また、風速の回復はロータ面上方で早く、下方で遅いことが確認できる。これは風速の鉛直方向分布(ウィンドシア)により、ロータ面上方では速度が大きく、減速域に対する主流からのエネルギ供給が大きいためであると考えられる。また図 6(b)は、J70 のハブ高さ水平面(X-Y 平面、Z=65m)における速度分布を示している。風車ロータ直径をDとすると、風車後流は 1D ~ 2D下流位置において、幅 1.5D 程度の速度欠損領域を示した後、10D下流位置付近において十分な速度回復を示すことが確認された。

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図 6 解析により得られたJ70 周囲の風速分布 図 7 解析により得られたJ70 周囲の乱流エネルギ分布

(50)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

4.4 風速分布の実測値と解析結果の比較図 8に風況観測塔から得られた実測データ、及び解析による風車後流の風速を示す。横軸は観測塔から見た風車の方位を 0°とし、±5°間隔で風速実測値に対して BIN平均処理を行った(赤点)。図中のエラーバーは±1σ(標準偏差)を示しており、各方位において約 6%~15%の標準偏差を有していた。解析により算出した速度欠損分布(黒線)は、実測値と比較して方位が狭く、欠損割合が大きかった。これは、数値解析における流入風は風向変動成分を有していないため、風車後流が比較的直線的に後方へ伝搬したためであると考えられる。しかしながら、実機においては風車後流は風向変動により蛇行(meandering)しながら伝搬するため、後流による影響範囲は広くなることが知られている(8)、(9)。そのため、観測塔において実測された風向標準偏差σθを使用して解析値の補正を行った。具体的な手順は以下の通りである。風向変動は平均値 0°、風向標準偏差σθの正規分布に従うとし、また、本検討では平坦地形であることから、風向が 0°からθ' ずれた際の風

4.3 風車後流域における乱流強度の解析結果図 7(a)、(b)に解析により算出された対象風車周囲の

乱流エネルギ分布を示す。乱流エネルギは直接風の乱流強度と対応する。乱流エネルギの生成項は速度せん断に比例するため、主流と速度欠損領域の速度差により生成され、後流に輸送される様子が確認できる。図 7(a)に見られるように、風速が高く、主流との大きな速度差が発生するロータ面上方において大きな乱流が発生している。また、図 7(b)に見られるように、乱流場は速度場よりも大きく拡大し、風車下流 3D 程度の位置において約3D の幅を示す。一般に風車設置の最小間隔は主流方向に 10D、 主流直角方向 3Dとされており、本結果と一致するため、本モデルの妥当性が定性的に確認されたと考えられる。

風向変動を考慮した風車後流の解析精度の検証

Page 55: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 8 解析および実測により得られた風車後流による風速欠損領域分布

図 9 解析および実測により得られた風車後流による乱流強度分布

(51)

速分布も、風向変動がない場合(解析値)と同様の分布形状であると仮定した。そして、式(5)に示すように、解析によって得られた風速分布を、正規分布の重みづけにより重ね合わせて、補正後の風速分布u'を得た。

                      (5)

ここで、各変数は以下のとおりである。   : 補正後の風速分布   : 平均値0、標準偏差σθの正規分布関数   : 解析により算出した風速分布

風向変動を考慮して補正した風速分布(図 8青線)は、実測値の平均値(赤点)を良好に再現しており、風向変動の考慮が風車後流の解析において重要な因子であることが確認された。

4.5 乱流強度分布の実測値と解析結果の比較解析から得られた乱流エネルギ kより、式(6)(10)を用い

て乱流強度を算出した。

                      (6)

図 9に実測値と解析値における乱流強度T.I. の分布を示す。解析により算出された乱流強度(黒線)は、風速分布(図 8)と同様に実測値と比較して過大な値を示すが、風向変動を考慮すると、実測値と良好に一致する(青線)。次に図 9中に IEC 61400-1 Ed.3 Annex Dに規定される有効乱流強度を併せて示す(紫線)。風向 BINごとに近接風車の影響を考慮するため、ステップ状になるが、その値は実測値に対し良好に一致する。これは、この IECの手法が欧州の平坦地形や洋上を想定して策定されたものであるためであり、日本国内においても上流に複雑地形がない平坦地形においては、ここで示されたように十分に適用可

風向変動を考慮した風車後流の解析精度の検証

能であることが確認された。しかしながら、先述のように複雑地形においては風車後流が適切に輸送されないため、適用は可能ではないと思われる。以上より、本検討に用いた後流モデルが、平坦地形においては、実測値に対して良好な精度で一致することが確認された。複雑地形における検証は今後の課題としたい。

5. まとめと課題

汎用流体解析ソフトANSYS Fluent 12.0及び自作コードを使用して風車後流をモデル化し、風車後流を含めた風況解析を試みた。平坦地形における実測値との比較では、風向変動を考慮することにより、風速、乱流強度ともに良好な一致が見られることが確認された。今後本手法を用いることにより、風車建設前のサイトアセスメント、建設後の風況診断に有益な手法となると考えられる。今後は本手法を複雑地形に適用し、ウィンドファームサイト実測値との比較による解析精度の向上を目指す。また、現状の風況解析ソフトと比較して数倍の計算コストを要するため、計算速度の向上にも取り組む予定である。

参 考 文 献

(1)IEC61400 -1、“Wind turbines ‒ Part1:Design Requirements、Edition 3”、(2005).

(2) J.F. Corbett、S. Ott and L. Landberg:“The new WAsP flow model: a fast、linearized Mixed Spectral Integration model applicable to complex terrain”、European Wind Energy Conference proceedings、 (2007).

(3) 石原孟:“非線形風況予測モデルMASCOTの開発とその実用化”、日本流体力学学会誌、第22巻、第2号(2003)、  pp.387-396.

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(52)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

(4) 石原孟、山口敦、藤野陽三:“複雑地形における局所風況の数値予測と大型風洞実験による検証”、 土木学会論文集、 No.731/I-63(2003)、pp.195-221.

(5) 内田孝紀、大屋祐二:“風況予測シミュレータRIAM-COMPACTの開発”、 日本流体力学学会誌、 第 22 巻、 第 5号(2003)、pp.417-428.

(6) Tony Burton、David Sharepe、et al.:“ WIND ENERGY HANDBOOK ”、WILEY、(2005).

(7) 山口敦、石原孟、藤野陽三:“力学統計的局所化による新しい風況予測手法の提案と実測による検証”、 土木学会論文集A、Vol.62、No.1(2006)、pp.110-125.

(8) Gunner C. Larsen、Helge Aa. Madsen、et al:“Dynamic wake meandering modeling”、Risø Report、 (2007).

(9) Juan José Trujillo and Martin Kühn:“Adaptation of a Lagrangian Dispersion Model for Wind Turbine Wake Meandering Simulation”、EWEC Proceedings、 (2009)

(10)風力発電設備支持物構想設計指針・同解説 [2010 年度版 ]、土木学会、(2010)

風向変動を考慮した風車後流の解析精度の検証

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新設 150tonESR で製造した大型鋼塊の内部品質Internal quality of large size ingots manufactured

by a new 150ton ESR furnace

高橋 史生**Fumio Takahashi

手塚 将玄*Masataka Tezuka

山本 卓*Suguru Yamamoto

上田 奏*Sou Ueda

技 術 報 告

*:室蘭製作所   Muroran Plant

**:室蘭研究所   Muroran Research Laboratory

(53)

新設 150tonESRで製造した大型鋼塊の内部品質

100tonESR 装置の経年劣化や将来的な大型 ESR 鋼塊への需要対応のため、世界最大級となる150tonESR 装置を2011 年に特殊溶解工場に導入した。このESR は使用可能な最大ルツボ径がφ2,200mm であり製造可能な鋼塊サイズは150tonと世界的に見ても最大級の炉体である。また、30tonクラスの電極を複数回交換することが可能であり、φ1,800mm以上の ESR 鋼塊をこの方式で製造するのは世界初の試みとなる。そこで、φ2,200mm のルツボを用いて単一電極方式と電極交換方式によりESR を行い、製造した鋼塊を解体し内部品質を確認した。溶解中のメタルプール深さは、単一電極方式で製造した鋼塊ではサルファープリントにより、電極交換方式の鋼塊では、電極交換時に生じた微細な初晶およびホットトップ開始時に添加した Fe-Wによる微細組織の観察により、それぞれ測定した。それぞれの ESR 鋼塊のホットトップ開始以前の領域における化学成分変動や酸素レベルは、旧 100tonESR でφ1,850mmのルツボを用いて製造した鋼塊と同等であった。デンドライト二次アーム間隔を測定し冷却速度を算出したところ、新 150tonESR で製造したφ2,200mm 鋼塊 の冷却速度はVCD 鋼塊の冷却速度より大きく、各種凝固に伴う偏析に対して有利なことを確認した。電極交換前後での冷却速度の変動はごく狭い範囲に収まっており、実製品を製造する場合においても内部品質に問題なく製造が可能と考えられる。

要   旨

A new 150ton ESR furnace was installed in 2011 in the special melting shop in order to replace an aged 100ton ESR furnace and to respond to the demand for large ESR ingots for high-efficiency thermal power generation in the future. This is one of the largest ESR furnaces in the world in that the maximum diameter of crucible is 2,200mm and that the largest ingot weight is 150 tons. This furnace can produce an ingot by exchanging 30ton electrodes, and it is world's first practice to manufacture ingots with diameters over 1,800mm by this method. Two trial ingots were made with a 2,200mm diameter crucible, one by the single electrode method and the other by the electrode exchange method. The ingots were cut and subjected to the investigation of internal quality. The metal pool depth during ESR was determined by means of sulfur print for the ingot made by the single electrode method and by means of the observation of fine primary macrostructure at the electrode exchange and refined macrostructure due to ferro-tungsten addition at the start of hot top for the ingot made by the electrode exchange method, respectively. For both ingots, the variations of alloying elements including oxygen before hot top were at the same level as those of the ingot produced by the former 100ton ESR with a 1,850mm diameter crucible. Cooling rate of the ingot manufactured by the single electrode method estimated from the spacing of secondary dendrite arms was found to be greater than those of the ingots cast by VCD, which is considered advantageous to reduce various kinds of segregation with the solidification. The variation of the estimated cooling rate in the electrode exchange portion was limited to a very small range; therefore, any deterioration in the internal quality is not foreseen in the actual production.

Synopsis

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図 1 150tonESR 装置の電極交換方式での溶解状況の模式図

表 1 新旧ESR 装置の諸元比較

表 2 水冷ルツボの種類と最大鋼塊サイズ

(54)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

新設 150tonESRで製造した大型鋼塊の内部品質

1. 緒  言

1992 年に 100tonESR が室蘭製作所特殊溶解工場に設置され、発電機軸材や発電機軸用保持リングなどへと加工される鋼塊を多く製造してきた。しかしながら、長年に及ぶトランス高負荷操業による電源の劣化や機械設備の慢性的な故障が発生し問題となっていた。一方で、高効率火力発電用ロータシャフトなどの大型 ESR 鋼塊への需要増加への対応を背景に、旧設備である100tonESRを更新し2011年に新たに150tonESR 装置を導入した。このESRは固定水冷ルツボ・単独電極方式を採用した

ものとしては世界最大級であり、30tonクラスの大型電極を複数回交換し最大 150tonの鋼塊を製造することが可能である。本報では、新150tonESR 装置でφ2,200mmのルツボを用いて試作した鋼塊を解体し、内部性状の調査を行ったので報告する。

2. 150tonESR 装置の概要

表 1に旧 100tonESRと新 150tonESRの装置諸元を示す。旧装置と比較し新装置で異なる点として、炉体構造がガントリー型、水冷ルツボが固定式、スタート方法がコールド限定、溶解電源周波数が 0.5Hz から 5Hzと低周波で可変であることなどが挙げられる。表 2に新 150tonESR用の水冷ルツボと最大鋼塊サイズの一覧を示す。新150tonESRではφ2,200mm×L6,100mmのルツボを導入することによって最大 150tonの鋼塊が製造可能であり、世界最大となる150tonの単一電極を使用してのESR が可能である。また、ガントリー構造を導入したことにより30tonの電極を吊って複数回の電極交換をすることで 150tonの鋼塊を製造することも可能である。この電極交換方式 ESRの溶解状況の模式図を図 1に示す。

3. 目  的

旧 100tonESR では溶解電源周波数は商用周波数の50Hzとなっていたが、新150tonESRは溶解電源周波数が 0.5Hz から 5Hzと低周波になっている。ESRの電源周波数を低周波とした場合には電力原単位を低減できる(1)。一方で、低周波の電源を使用した場合には鋼塊中酸素が増加する可能性が示唆されている(2)。よって、1つ目の目的は低周波電源を用いたESR 鋼塊の酸素濃度を確認することとした。また、大型 ESR 鋼塊から製造する製品の需要が増加している背景から、導入したφ2,200mmのルツボを使用したESR 鋼塊の内部性状を評価することを2つ目の目的とした。更に従来、大型 ESRの電極は大型の鋼塊を鍛造していたが、電極交換方式のESR が可能となれば小型の鋳造電極を複数個使用することとなり、電極製造のためのコストを削減する効果が期待される。そこで、世界初の試みとなる大型電極の複数回電極交換方式で製造した鋼塊が単一電極方式と同等の内部性状であることを確認することを3つ目の目的とした。

4. 試作、調査方法

4.1 ESR 条件と実績試作は単一電極方式、電極交換方式各々1チャージを実施した。表 3に単一電極方式および電極交換方式でのφ2,200mmESRの試作条件を示す。単一電極方式でのESRでは 3.5%Ni-Cr-Mo-V鋼の電極を使用し、電極径はφ1,700mmとした。ESR中の炉内雰囲気はArとし、鋼

Page 59: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

写真 1 単一電極方式 ESR で製造した鋼塊の外観

写真 2 電極交換方式 ESR で製造した鋼塊の外観

図 2 単一電極方式 ESRの化学成分分析およびデンドライト二次アーム間隔測定位置

表 3 大型 ESR 鋼塊のESR条件

(55)

新設 150tonESRで製造した大型鋼塊の内部品質

塊高さが 2,200mmとなる時点でホットトップを開始し同時にFe-S 30kgを炉内に投入した。ESR後の鋼塊の外観を写真 1に示す。鋼塊底部から中央部にかけては概ね良好な鋼塊肌であり、上部ではしわ肌であった。

電極交換方式 ESRでは電極材質は単一電極方式でのESRと同じく3.5%Ni-Cr-Mo-V鋼とし、φ1,700mmの電極を2 本使用し電極交換を行った。ESR中の炉内雰囲気はArとし、2 本目の電極は電極交換前に天然ガスを使用したバーナー式の電極予熱装置で電極底部を800℃まで加熱した。電極交換は鋼塊高さが 2,200mmとなる時点で実施した。また、鋼塊高さが 2,890mmとなる時点でホットトップを開始し、同時にFe-W 30kgを炉内に投入した。単一電極ESR鋼塊ではプール形状観察のためFe-Sを添加していたが、Fe-Sを添加した場合にはブローホールの生成や凝固組織が変化する可能性が考えられ、ホットトップ開始以降も微細組織を観察し調査するためFe-Wを使用した。ESR後の鋼塊の外観を写真 2に示す。鋼塊底部から中央部にかけては良好な肌状況であり、中央部から上部では軽微なしわ肌であった。また、電極交換位置では明瞭なしわが観察された。

4.2 調査要領単一電極方式のESR 鋼塊は軸心を含む位置で板材を縦断した後、フライス加工により軸心部まで追い込み加工を行い、軸心を含む縦断面をサルファープリントした。その後、試材全面のPTを行った他、マクロ研磨し、一次晶組織およびデンドライト組織を観察した。また、図 2に示す位置で化学成分分析およびデンドライト二次アーム間隔の測定を行った。電極交換方式で溶解した ESR 鋼塊は上部から2,000mmが残る位置でガス加工により横断し、軸心を含む形で板材を縦断した後、フライス加工により軸心部まで追い込み加工を行った。加工した試材は PTを行った後、マクロ研磨し、一次晶組織およびデンドライト組織を観察した。更に、図 3に示す位置で化学成分分析およびデンドライト二次アーム間隔の測定を行った。

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図 3 電極交換方式 ESRの化学成分分析およびデンドライト二次アーム間隔測定位置

図 4 単一電極方式 ESRのサルファープリント

図 5 単一電極方式 ESR 鋼塊の縦断面の一次晶組織

図 6 単一電極方式 ESR 鋼塊の縦断面のPT欠陥分布

(56)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

新設 150tonESRで製造した大型鋼塊の内部品質

5. 結果と考察

5.1 マクロ組織観察図 4に単一電極方式のESR 鋼塊縦断面のサルファープ

リントを示す。ホットトップ開始時のメタルプール深さは約810mmと見積もられた。図 5に鋼塊縦断面の一次晶組織を示す。ホットトップ開始以前の領域においては、鋼塊縦断面の軸心部では等軸晶は確認されず、Bottom からプール底にかけて柱状晶が Bottom 端面に対して垂直に伸びていた。また、鋼塊上部にブローホールに起因する空隙状欠陥が多数認められた。ブローホールの発生原因としてはホットトップ開始時にFe-Sを添加したことでH2Sまたは SO2が発生したことによるものと考えられる。

図 6に単一電極方式のESR 鋼塊のPT欠陥分布を示す。鋼塊最底部の表層およびスタータープレートとの溶着部ではスラグの巻き込みによるPT欠陥が観察された。鋼塊上部および最底部の欠陥検出範囲を除くとPT欠陥は検出されなかった。

図 7に電極交換方式のESR 鋼塊縦断面の一次晶組織を示す。定常溶解領域においては、表層から軸心上部へと柱状晶が伸びているのが確認された。電極交換時のプール形状に沿って細かい一次晶が認められ、メタルプール形状が確認された。ホットトップ部では Fe-Wを投入した影響によりメタルプール底近傍に細かい一次晶組織が認められ、メタルプール形状を観察することが出来た。マクロ組織観察により確認されたメタルプール深さは電極交換時では 980mm、ホットトップ開始時では 1,135mmであった。

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図 7 電極交換方式 ESR 鋼塊の縦断面の一次晶組織

図 9 単一電極方式 ESR 鋼塊の軸方向 C 濃度分布

図 10 単一電極方式 ESR 鋼塊の軸方向O濃度分布

図 8 電極交換方式 ESR 鋼塊の縦断面のPT欠陥分布

(57)

新設 150tonESRで製造した大型鋼塊の内部品質

図 8 に電極交換方式のESR 鋼塊のPT欠陥分布を示す。試材中央付近にPT欠陥が検出されたが、これはホットトップ開始時のメタルプール底近傍に位置し、添加した Fe-Wの影響により欠陥として検出されたものと推定される。また、鋼塊TopでもPT欠陥が検出されているがホットトップが不良のため二次パイプが形成されたと推測される。一方、電極交換位置では PT欠陥は検出されず、電極交換による内部品質への影響は認められなかった。

5.2 化学成分分析図 9に単一電極方式のESR 鋼塊の Cの軸方向分布を、

図 10 にOの軸方向分布を示す。軸心での Cはホットトップ域で微量の増加が見られたが、ホットトップ開始以前の領域では大きな変動はなかった。軸心でのOはホットトップ域となる鋼塊底部から1,500mm以上の位置では 20ppmを超える値であった。ホットトップ開始時にFe-Sを添加したことによる影響で増加したものと考えられる。ホットトップ開始以前の領域では 20ppm以下と旧 100tonESRで製造した 1,850mmESR 鋼塊と同等のOレベルであり内部品質に悪影響はないと考えられる。

図 11に電極交換方式のESR 鋼塊のCの軸方向分布を、図 12にOの軸方向分布を示す。軸心 Cは電極交換前後となる鋼塊底部から1,145mmと1,245mmの間で変動は見られず、その後のホットトップまでの領域でもほぼ変動が見られなかった。その他の元素についても電極交換部位を含むホットトップ開始以前の領域では成分変動は認められず、電極交換部位では健全な組成であることが確認された。鋼塊底部から1,845mm位置の軸心では大きくCが増加していたが、ホットトップ開始時のメタルプール底から約 90mm上部の位置であり、ホットトップ開始時にFe-Wを添加した影響であると考えられる。鋼塊底部から2,145mmより上部では軸心 Cが高くなっていたが、これはホットトップでの成分濃化によるものと考えられる。Oは電極交換前後では大きな変動は見られず、電極交換による影響は確認されなかった。2 本目の電極は電極交換前に予熱されており表面が酸化していたことが考えられるが、電極交換以降のOピックアップに至るほどの酸化ではないと考えられる。ホットトップ開始時のメタルプール底から10mm下部となる鋼塊底部から1,745mm位置およびメタルプール底から約 90mm上部の1,845mm位置では Fe-W添加の影響と思われる酸素の増加が認められた。その後、O濃度は低下したものの鋼塊底部から2,345mmより上部ではホットトップによる成分濃化と考えられるOの上昇が認められた。

Page 62: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 11 電極交換方式 ESR 鋼塊の軸方向 C 濃度分布

図 12 電極交換方式 ESR 鋼塊の軸方向O濃度分布

図 14 鋼塊軸心のデンドライト二次アーム間隔および冷却速度

図 13 鋼塊径方向の冷却速度

(58)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

新設 150tonESRで製造した大型鋼塊の内部品質

5.3 デンドライト二次アーム間隔測定と冷却速度デンドライト二次アーム間隔を測定し、次式により冷却速

度を計算した(3)。

                     …(1)

ただし、εは冷却速度(℃/min)、SⅡはデンドライト二次アーム間隔(μm)、nとaは材質で決まる定数である。図 13に新150tonESRで製造した単一電極方式 ESR 鋼塊の径方向の冷却速度を示す。合わせて 140ton、180tonのVCD(Vacuum Carbon Deoxidation)鋼塊の径方向の冷却速度を示す(3)。VCD 鋼塊に比べ単一電極方式 ESR 鋼塊は冷却速度が大きく、凝固に伴う種々の偏析軽減に有利であると結論付けられる。前述のように鋼塊内部は連続的な凝固でありPT欠陥が検出されていないことおよび成分変動に問題がないことも考慮すると、新150tonESRで製造したφ2,200mmESR 鋼塊の内部品質は良好であると考えられる。図 14に鋼塊軸心のデンドライト二次アーム間隔および冷却速度を示す。単一電極方式 ESRの鋼塊軸心部では鋼塊 BottomからTop 側へ行くに従ってデンドライト二次アーム間隔が大きくなり、冷却速度は遅くなっていた。デンドライト二次アーム間隔および冷却速度は、ホットトップ開始時のプール底に該当するBottom~1,500mmまで

一定になっていないことから、本鋼塊は定常溶解域に達していなかったと考えられる。電極交換方式のESR 鋼塊では電極交換後に一時、デンドライト二次アーム間隔が増加し、冷却速度は遅くなっていた。これは電極交換後に溶解が安定するまで電源出力を上げており、一時的にメタルプールの温度が上昇し冷却速度が遅くなったものと考えられる。この電極交換後のデンドライト二次アーム間隔および冷却速度の変動は早期に交換開始前の状態に回復しており、電極交換による熱影響の範囲はごく狭い領域に限られることが確認された。実製品では鍛造、熱処理が施され、5.2 で述べたように成分の変動が認められなかったことも考慮すると、電極交換部位は機械的特性に影響しないものと推測される。デンドライト二次アーム間隔および冷却速度の変動が交換開始前の状態に回復した後、大きな変動はなく推移した。このことから、5.1で述べた電極交換方式 ESRのホットトップ域でのメタルプール深さが定常溶解域でのプール深さであると推測される。

Page 63: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

(59)

新設 150tonESRで製造した大型鋼塊の内部品質

6. 結  言

150tonESR 装置およびφ2,200mmのルツボを導入したことから、これら設備を使用して単一電極方式および電極交換方式のESRを行い、製造した鋼塊の解体調査を行った。その結果、旧 100tonESRでルツボ径φ1,850mmを使用して製造した鋼塊と同程度の酸素レベルであり品質上問題なく、低周波電源の影響は認められなかった。単一電極方式のESR 鋼塊では鋼塊ホットトップ域および鋼塊最低部の領域を除きPT欠陥は検出されず、電極交換方式のESR 鋼塊でもホットトップ上部とFe-Wの影響域を除き健全な内部品質であった。また、冷却速度は 140ton および180tonのVCD 鋼塊と比較しESR 鋼塊の冷却速度は大きく、凝固に伴う種々の偏析軽減に対するESRの優位性が認められた。更に、電極交換位置では成分の変動は認められず、電極交換による熱影響の範囲はごく狭い範囲に限られることから、実製品を製造する場合に機械的性質に影響しないものと推測された。近年、大型 ESR 鋼塊の製造数が増加しており、電極交

換方式 ESRなど操業条件の更なる最適化が急務となっている。今回の大型鋼塊の試作と解体調査の知見を基に品質向上および生産性向上とコスト低減を追及し顧客満足が高い鋼塊を製造していく所存である。

参 考 文 献

(1)柏木佑介:日本製鋼所技報、第 63号(2012)、P.54(2)Alok Choudhury:Proc 6th Int Vac Metall Conf Spec    Melting(1979)、P.785

(3)浅野岩生:鉄と鋼、Vol.81(1995)、T16

Page 64: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

Ni 基超合金の熱間鍛錬方法の最適化Optimum Pass Scheduling System for the Forging Operation of

Ni-based Super-Alloys

熊谷 保之Yasuyuki Kumagai

清水 章裕Akihiro Shimizu

奥野 寛人Hiroto Okuno

青山 明祐Akihiro Aoyama

技 術 報 告

室蘭製作所 Muroran Plant

(60)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

Ni 基超合金の熱間鍛錬方法の最適化

Ni 基超合金は、鍛造時の材料温度低下に伴う延性の低下及び変形抵抗の増大が著しいことにより鍛造可能温度範囲が狭い。これにより、鍛造工程において生産性・品質にさまざまな問題が生じるため、鍛造時間の短縮化が求められている。鍛造時間の短縮のためには、八角断面形状の鍛伸工程(以下、八角押し作業と称す)における、圧下パススケジュールの

最適化が効果的である。このためには、鍛造後の材料の 90 度方向の膨出量(以下、横膨らみ量)の高精度な予測が必要である。そこで、横膨らみ量の予測式の定式化を図り、実機の鍛造に予測式を用いた圧下パススケジュールを適用した。その結果、鍛造時間が従来と比較して約 46% 短縮可能となった。

要   旨

The appropriate range of forging temperature for Ni-based super-alloys is narrow because of the low ductility and high flow stress. Since various problems for productivity and quality occur in the forging process, it is necessary to shorten the duration of forging. In order to reduce the total duration of forging process, it is effective to optimize pass scheduling in the cogging process in which the work piece is deformed to have an octagonal cross section. For this purpose, it is necessary to predict the amount of transverse expansion due to press forging with high precision. Based on these considerations, we formulated equations to quantitatively predict the transverse expansion and applied them to optimize pass scheduling of the actual forging operation. As a result, the total duration of forging was reduced by 46% in comparison with the conventional forging operation.

1. 緒  言

Ni 基超合金は材料の温度低下に伴う延性低下及び変形抵抗の増大が著しいことよりプロセスウィンドウ(鍛造可能温度範囲)が狭い。これにより、生産性・材料歩留・品質において下記の問題が生じる。(1)鍛造時間の制約による工程数(ヒート数)増加(2)鍛造中の疵発生による疵取重量ロス(3)鍛造比不足に伴う結晶粒の細粒化不足本報では、上記の問題を解決することを目的に鍛伸工程

における八角押し作業の合理化に取り組み、鍛造時間を低減した事例について報告する。

2. 現状の鍛錬方法

2-1. Ni 基超合金の基本工程Ni 基超合金の鍛錬工程は据込工程と鍛伸工程を複数回繰り返してから、最終工程にて目的形状へ成形するのが一般的である。図1にNi 基超合金の全鍛錬工程の内訳を示す。全鍛錬工程に占める鍛伸工程の割合は約50%である。また、鍛伸工程は据込工程と比較し、圧下パス数が多く、材料から金敷への抜熱によって材料温度の低下が顕著となる。したがって、Ni 基超合金の生産性改善・歩留改善のためには鍛伸工程における八角押し作業の作業時間低減が最も重要である。

Synopsis

Page 65: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 1. Ni 基超合金の各工程の時間比率内訳

図 2. 八角押し作業の模式図

図 4. マイナス押しの模式図

図 3. 八角押し作業時間の内訳

図 5. 上下平金敷による鍛伸の模式図

(61)

Ni 基超合金の熱間鍛錬方法の最適化

2-2.  問題点図 2にNi 基超合金の八角押し作業の模式図を示す。八

角押し作業では、材料をマニプレーターによりハンドリングし、上下 2面を順次圧下することで材料全体を鍛造している。材料を八角形状に成形するためには少なくとも4方向から圧下する必要があるが、圧下方向の変更には、トングによる材料の掴み直し作業が生じる。

一方、八角押し作業では、圧下方向と90 度方向の横膨らみ量の予測が困難であるため、所定の形状へ成形するために圧下パス数の増加とそれに伴う掴み直し作業の発生により鍛造時間が増加している。図 3に八角押し作業時間の内訳を示すが、掴み直し作業が全鍛造時間の約 40%を占めており、八角押し作業時間の短縮には圧下パス数の低減が必要である。

2-3. 改善案八角押し作業において圧下パス数を低減するためには、パス毎に次パスの横膨らみ量を予測し、目標寸法よりも順次小さく圧下(以下、マイナス押しと称す)する圧下パススケジュールを設定する必要がある。図 4にマイナス押しの模式図を示すが、横膨らみ量を過小評価した場合、最終目標寸法を逸脱するリスクが発生するため、高い予測精度が求められる。

3. 横膨らみ率の予測式検討

3-1. 予測式の定式化図 5に上下平らな金敷を用いた鍛伸工程の模式図を示す。鍛伸時の横膨らみ率(=Wi/W0)を予測する式として次式 1)がある。

Wi/W0 =(1/γ)s                   …(1)s =0.14+0.36(β/W0)- 0.054(β/W0)2   …(2)W0:圧下前巾(W0=Hi-1)Wi:圧下後巾 γ:圧下前後の厚み比(Hi/H0)H0:圧下前厚みHi:圧下後厚み β:金敷掛巾(図 6)

上式は矩形断面を対象としているため、八角押し作業のように圧下パス毎に金敷と材料の接触面積が変化する場合に上式を適用すると、差異が生じることが考えられる。また、上式はNi 基超合金の温度依存性を考慮した変形抵抗挙動の再現可否が不明である。

Page 66: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 6. 金敷掛巾の定義

図 7. 解析モデルの一例

図 8. 圧下パススケジュールの一例

表 1. 解析条件

(62)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

慮した変形挙動を正確に再現するために、熱間加工再現試験装置を用いた円柱圧縮試験より求めた変形抵抗曲線を使用している。鍛造時の材料の温度分布は熱伝導解析により求めた。材料の初期温度は均一、周囲の雰囲気温度を20℃として、八角押し作業の平均的な鍛造時間を考慮して熱伝導解析を実施した。なお、解析結果の材料の表面温度が、実機の表面温度と合致するよう熱伝達係数を補正している。

3-3. 予測式の定義本報では FEM解析結果を基に、四角押し作業まで 3パス、八角押し作業までさらに 2 パス、合計 5 パスで八角押し作業を完了するものとして、それぞれの圧下パスにおける(4)式の係数 ai , 及び bi を導出した。さらに、これらの予測式を実機に適用するために、図 8に示すように圧下パススケジュールの最適化を図った。

Ni 基超合金の熱間鍛錬方法の最適化

そこで、本報告では四角押し及び八角押し作業を計 5 パスで完了させることを目的とし、圧下パス毎に金敷接触面積の変化を考慮した横膨らみ率の予測式を立案した。横膨らみ率に影響を及ぼす因子は変形抵抗、温度分布、

金敷掛巾、金敷掛巾率(金敷掛巾/初期径)及び圧下率である。また、これらの因子が互いに影響を及ぼすため、これらを考慮して定式化する必要がある。横膨らみ率には以下の傾向がある。

①金敷掛巾(β)が大きくなるにつれて横膨らみ率が大きくなる。②圧下前厚み(H0)が小さくなるにつれて横膨らみ率が大きくなる。③圧下率(1-γ)が大きくなるにつれて横膨らみ率が大きくなる。本報では、これらの傾向を考慮した横膨らみ変数 xを以下のように定義した。  x =β/H0(1-γ)           …(3)

(3)式で定義した横膨らみ変数 xを独立変数として、任意の圧下パス iにおける横膨らみ率(Wi/W0)を次式に定義した。  Wi/W0=aix2+bix +1.0        …(4)ここでai 及び bi は各圧下パス毎の係数である。

3-2. FEM 解析条件本報で提案した横膨らみ率の予測式では、圧下パス毎

の金敷接触面積や変形抵抗の影響を係数 ai , 及び bi によって表している。この係数 ai , 及び bi の導出のために、上下平らな金敷を用いた八角押し作業におけるFEMの弾塑性解析を実施した。初期の矩形断面を2条件、初期温度を1000℃~1200℃の 3 条件、及び圧下率を1又は 2条件とした。表 1に解析条件をまとめて示す。図 7に解析モデルの一例を示す。対称性を考慮して 1/4

領域をモデル化している。Ni 基超合金の温度依存性を考

Page 67: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 9. 横膨らみ率の予測式と実績値

図 11. 鍛造時間の割合の比較

図 10. 補正予測式と実績値 図 12. Ni 基超合金(同一材)の鍛造終了時のサーモグラフィ写真比較(同一加熱温度)

(a)従来品 (b)適用品

(63)

Ni 基超合金の熱間鍛錬方法の最適化

4. 実機鍛造への適用

4-1. 予測式の精度最適化した圧下パススケジュールを用いて、Ni 超合金の

実機の鍛造を実施し、予測式の精度を確認した。材料の圧下寸法及び横膨らみ寸法はプレスストローク及び外パスにて測定し、表層温度をサーモグラフィによって常時モニタリングした。図 9に横膨らみ率の予測式と実績を比較して示す。実機

の鍛造の適用範囲において、予測式は横膨らみ率を3%以内の誤差で実機を模擬できることが明らかとなった。一方、横膨らみ変数の増加に伴い誤差も増加する傾向があるが、誤差はいずれもプラスサイドであっため、横膨らみ量を過小評価することによって最終目標寸法を逸脱するリスクは無かった。

図 10 に実績を加味して予測式を補正した結果と実績を比較して示す。今後、補正した予測式を用いることにより横膨らみ変数の大きい領域でも更に良好な精度(2%以内)で予測可能と考えられる。

4-2. 鍛造時間最適化した圧下パススケジュールを実機鍛造に適用した結果、下記の効果が得られた。(1)マイナス押しが可能となり、計画通り5パスで鍛造を完了

することができた。(2)圧下パス数が低減したことにより、トングによる材料の掴

み直し作業時間が減少した。図 11に実機鍛造の鍛造時間を従来の鍛造時間と比較して示す。予測式を用いた圧下パススケジュールを適用した結果、総鍛造時間が従来と比較して約 46% 低減できることが明らかとなった

4-3. 疵取重量ロスの低減図 12に鍛造終了時のサーモグラフィ写真を示す。予測式によって圧下パススケジュールを最適化した結果、従来品よりも高温で鍛造を終了していることがわかる。おのおのの圧下パスの材料温度が高くなった結果、延性の低下に伴う割れ疵の発生も低減され、疵取り重量ロスが改善された。図 13に材料の初期重量に対する鍛造終了時の重量の割合(歩留係数と定義)を従来と比較して示す。疵取りによる重量ロスが低減した結果、歩留係数が従来と比較して約 33%改善した。

Page 68: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 13. 歩留係数の比較

(64)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

Ni 基超合金の熱間鍛錬方法の最適化

4-4. 工程削減従来 2ヒートに分割していた工程を1ヒートで鍛造可能と

なった。これに伴い、仕上り工程の1ヒート当たりに付与可能な鍛造比を従来の1.5 倍に増加することに成功した。その結果、結晶粒の微細化の効果が著しく改善した。

5. 結  言本報告ではNi 基超合金の八角押し作業における横膨ら

み率予測式を定式化した。Ni 基超合金の実機の鍛造に予測式を適用した結果、予測式は 3%以内の精度で横膨らみ量を再現可能であった。また、予測式を用いた八角押し作業の圧下パススケジュ

ールを最適化した結果、鍛造時間、疵取重量ロス及び工程数の観点から大幅に改善を図ることができた。

参 考 文 献1) Tomlinson, A. & Stringer, J.D. : Trans.ISIJ, 193   (1959), 157-162.

Page 69: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

3D 計測装置による素材寸法検査の効率化および高精度化Improved Precision and Efficiency in Dimensional Inspection of Large

Forgings using a 3D Laser Scanner

落合 朋之**Tomoyuki Ochiai

新居 恭征*Takayuki Arai

菊地 健太**Kenta Kikuchi

博士(工学) 梶川 耕司**Dr. Koji Kajikawa

技 術 報 告

*:室蘭製作所   Muroran Plant

**:室蘭研究所   Muroran Research Laboratory

(65)

3D計測装置による素材寸法検査の効率化および高精度化

従来、鍛造品の寸法検査は定規やテンプレート等を用いた手作業による方法で行われてきたため、測定精度は作業者の技量に依存し、時間的な制約から測定点数には限界があった。特に複雑な形状の製品においては作業効率が悪く、多くの時間を要していた。そこで、効率的な計測システムを構築するために 3D 計測装置を導入した。3D 計測装置(ライカジオシステムズ社製 HDS6100)はレーザの位相差検出方式であり、測定対象近傍に設置した複数

のターゲットの座標を基準として各レーザ源から測定したデータを合成することにより、全体の 3 次元形状を得ることができる。また、余肉分布は計測データと製品形状の CAD モデルを最適な位置に合わせる“ベストフィット機能”を用いることで迅速かつ容易に算出できる。一方で 3D 計測装置を用いた場合、計測の事前準備と計測後のデータ処理に多大な時間を要することが大きな課題で

あった。そこで、日本ユニシス株式会社殿の協力を得てターゲットレス自動位置合わせシステムを開発した。これにより事前準備とデータ処理時間を大幅に短縮し、本装置による寸法測定を有用な技術にすることができた。

要   旨

Historically, dimensional inspections of large forgings have been carried out by means of manual measurement using scales and templates. Consequently, the accuracy of the measurement depends on the skills of inspectors, and there are strict limitations in the measuring points per day. Working efficiency is especially low in the case of a complicated geometry, which takes a lot of time to measure. In order to make a more efficient measurement system, a 3D laser scanner has been installed. Our 3D laser scanner (Leica Geosystems:HDS6100) utilizes the phase shift of laser lights for accurate positioning. A number of targets are arranged in the vicinity of the measured object to get position data for the 3D coordinate, and the 3D shape of the measured object is constructed by synthesizing measurement data from several laser sources in reference to the coordinate. The distribution of excess material can be calculated quickly and easily using a “best fit function”, which finds the optimum position of the CAD shape of the product in the measured 3D data of the object. A major challenge with a 3D laser scanner is that it takes much time for the preparation for measurement and data processing after the measurement. In cooperation with Nihon Unisys, Ltd., we developed a target-less automatic positioning process. Dimensional inspection using a 3D laser scanner has thus become an effective technique.

Synopsis

Page 70: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 2 3D計測装置(HDS6100)本体外観

図 1 手作業による寸法検査

表 1 3D計測装置(HDS6100)の仕様

(66)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

3D計測装置による素材寸法検査の効率化および高精度化

1. 緒  言

鍛鋼品の寸法検査は調質前形状または納入形状確保の可否を確認するだけではなく、製品の余肉分布を統計的に管理することで、外部品質の時間的変化やバラツキを把握し、製造過程における課題および問題点の発掘と、その早期解決を図る上でも重要である。しかしながら、現状の寸法検査は図 1に示す様に定規やテンプレート等を用いた手作業による方法で行われているため、測定精度は作業者の技量に依存し、また時間的な制約から測定点数には限界がある。さらに、余肉のバラツキが最小となるときの中心線、所謂“最良芯”を見出すために複数回の測定を余儀なくされており、特に原子炉圧力容器用ヘッド部材など複雑な形状の製品では作業に多大な時間を要している。そこで、効率的な計測システムを構築するために 3D計測装置を導入した。本報では 3D計測装置を活用して寸法検査を行う際の最

適な作業方法と、データ処理のシステム化、並びに寸法測定精度と作業効率における3D計測装置の有用性について紹介する。

2. 3D計測装置の仕様と計測原理

導入した3D計測装置(ライカジオシステムズ社製HDS6100)の仕様を表 1に概観を図 2に示す。本装置はレーザの位相差検出方式(Phase Shift)であるが、これは複数に変調させたレーザ光を照射し、対象物に当たって戻ってきた反射波の位相差により、測定対象物との距離を求める方法である。垂直方向に回転するミラーと水平方向に回転する本体の角度情報をエンコーダより得ることで、測定ポイントの座標を得ることができる。レーザの発射時間と反射波の到着時間との時間差から距離を算出する飛行時間型(Time of Flight)と比較して近距離の範囲を高精度かつ高速にスキャンすることが可能な方法である。また、本装置の分解能レベルは 5 段階に分かれており、必要に応じて使い分けが可能である。

レーザスキャナの原理上、測定物の裏側などレーザの届かない箇所の計測はできない。従って、測定対象物の全体像を得るためには複数視野からスキャンを行い、それぞれの計測点群を合成する作業が必要となる。この合成の基準となるのが、図 3に示す灰色と白色の領域の境界が十字となる模様の描かれた合成用ターゲットである。計測時には反射率も同時に記録しているため白と黒の交差中心を半自動的に認識し、これをデータ合成の基準点として指定することができる。複数の視野で測定したデータ点群から1つの 3Dモデルを構築するには、計測時の視点の違いを補正するために、回転と並進で表される剛体変換を施す必要がある。ある2つの視野から測定した点群に含まれる、1つのターゲットの3次元座標をそれぞれP0、P1とすると、以下の式が成り立つ。

…(1)

…(2)

ここで、Rは 3×3の回転行列、Tは 3×1の平行移動ベクトルである。

Page 71: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 3 合成用ターゲット外観

図 4 3D計測概略

図 5 測定手順

図 6 測定データの分割

(67)

3D計測装置による素材寸法検査の効率化および高精度化

2 つの点群データを一意に位置合わせするためには、すべての回転自由度を拘束する必要があるため、上記のようなターゲットの対応を取るための式が 3つ必要となる。すなわち、ターゲットを各視野で 3 個以上共有することで初めて、剛体変換を一意に求めることができる。そして共有するターゲットの数は多ければ多いほど、剛体変換を精度良く推定することが可能となる。

3. 計測とデータ処理

図 4に 3D 計測装置を使用した計測の概略を図 5に測定手順を示す。まず計測する視野を予め決めておき、ターゲットはその各視野の中に必要数入るように設置する。ターゲットは基準点位置を中心として自在に回転できるので、スキャナー本体に正対させて計測を行う。計測は初めに対象物の概観を低分解能のPreviewで測定した後、必要な範囲を指定して高分解能の測定を行う。当然、分解能レベルが上がるほど測定時間も増すことから、測定対象物までの距離を考慮して必要最低限の測定精度が確保できる分解能を選定することが望ましい。室蘭製作所で製造される大型鍛鋼品であれば、分解能はHighまたは Highestが計測精度と効率の両面から見て最適である。測定後は専用ソフトである“Cyclone”を使用して測定データの合成と、測定対象物以外の背景部分のデータ削除を行う。その後、汎用ソフトである“PolyWorks”を使用して測定結果と目標形状の CADデータの比較を行い、余肉分布を算出する。この際、CADデータの位置合わせには PolyWorks に搭載されている“ベストフィット機能”を用いることにより、最良芯における余肉分布の比較を容易に行うことができる。ただし、この機能は計測データとCADデータの形状に大きな寸法差異がある場合には使用できないため、その際には一旦相似的に大きくした CADデータを用いてベストフィットを行い、その後に元の CADデータと置き換えるといった処理が必要となる。

計測データは膨大な点群の集合体であることから、これをそのまま品質管理用のデータとして使用するには不便である。そこで、図6に示す様に測定データの分割を行い、各分割範囲における最小余肉量を品質管理用のデータとして用いることとした。計測データを分割する際は、マクロ機能を活用して自動で処理することによりデータ処理の効率化を図った。

Page 72: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 7 Conical Shell の外観

図 8 手作業と3D計測装置の測定余肉量比較

表 2 計測精度

表 3 手作業と3D計測装置の所要時間比較

(68)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

3D計測装置による素材寸法検査の効率化および高精度化

4. 従来計測方法との比較

4.1 測定精度比較 本 3D計測装置における計測誤差は、表 2に示すターゲ

ット捕捉精度と黒皮鍛鋼品の反射率から5mm程度と考えられるが、3D計測装置で測定した寸法成績を基に品質管理を行うためには、従来の手作業による測定結果との差異を把握する必要がある。そこで、図 7に示すConical Shellを対象として調質前形状に対する余肉量の測定結果を比較した。同一の箇所で余肉量を比較するため、予め Conical

Shell の外周面に 4点×8方位の比較ポイントを白くマーキングした。さらに同一芯で余肉量を比較するため、3D計測装置にて算出した最良芯に対して垂直となる水平ラインを罫引き、これを手作業で測定する際の基準とした。図 8に測定した余肉量の比較結果示す。測定余肉量の

差は最大で 4mm程度であり、3D計測装置による測定は手作業による測定と遜色ない精度であることが分かった。

4.2 所要時間比較 3D 計測装置による作業効率の改善効果を把握するため、計測の所要時間についても同様に Conical Shell を対象として比較した。手作業で測定する場合の所要時間は作業人数によって異なるため、作業時間と作業人数を乗算した値にて比較した。表 3 に比較結果を示す。手作業による測定では 13.7時間・人を要したのに対し、3D 計測装置では 10.0 時間・人となり、所要時間短縮・人員削減に効果をもたらす結果となった。一方で、3D 計測装置を使用した場合、ターゲットの配置など事前準備に 1.0 時間・人、計測後のデータ処理に 6.0 時間・人を要しており、これらが、さらに時間効率を改善する上でボトルネックとなることが明らかとなった。

5. 測定作業とデータ処理の効率化

合成用ターゲットの設置は前述した様に、複数のターゲットが各視野で互いに共有されている必要があるため、設置位置の検討に時間を要する。また、ターゲットを使った位置合わせでは、各視野で撮影されたターゲットの対応付けを人手で行うため、これに時間を要するばかりか、対応付けを誤ると正しい合成像を得ることが出来なくなる。さらに、測定データから不要部分を除去する後処理にも多大な時間を要する。これらの課題を解決するため日本ユニシス株式会社と共同で技術開発を行った。

5.1 ICPアルゴリズムによる   ターゲットレス自動位置合わせシステムICP(Iterative closest point)アルゴリズム(1)、(2)はターゲットレスな位置合わせの代表的な手法の一つであり、「最近点による対応付け」と「対応点からの剛体変換の推定」の二つの処理を交互に繰り返す事で、データ点群を基準となるモデル点群に位置合わせする手法である。ICPアルゴリズムを活用し、事前に測定した工場内の環境を基準として計測点群の位置合わせを行い、さらに位置合わせした点群から工場環境部分を除去することで、測定対象の形状のみを容易に抽出することができる。

Page 73: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 9 最近点計算並列化

(69)

3D計測装置による素材寸法検査の効率化および高精度化

ICPアルゴリズムは、以下のように構成される。

(1)Na 個の点からなるデータ点群AとNP 個の点からなるモデル点群Pの最近点群Uを求める。

…(3)

  ここでCは最近点を求める関数である。(2)各最近点ui が求まれば、剛体変換推定のパラメータであ

る回転行列R、平行移動ベクトルTは次式の誤差関数を最小化することで求められる。

…(4)

(3)点群Aを求められたR、Tで変換する。(4)計算回数の上限設定値に達するまで(1)~(3)を繰り返す。

5.2 位置合わせ高速化ICP アルゴリズムの中で最も時間がかかる処理は最

近点計算を行う部分であることから、これに GPGPU(General-purpose computing on graphics processing unit)を用いた並列処理を適用し、位置合わせの高速化を図った。GPGPUは GPUの並列処理性能の高さを活用して、演

算資源を画像処理以外の目的に応用する技術である。測定したデータ点群からモデル点群に最近点を算出する計算は各データ点ごとに独立に行う事が可能であることから、図 9に示すようにGPGPUを用いた並列計算を適用した。また GPGPUの仕組み上、並列計算は最も計算の遅い

処理の速度で処理されるため、位置合わせ計算に十分なデータ点数の計算が求まった時点で計算を打ち切ることで、さらなる処理の高速化を図った。位置合わせ精度は全体の 95%のデータ点について最近点計算の解が求まれば問題無いことを実験結果から確認し、残り5%の処理時間が遅いデータ点の計算をスキップするように設定した。これにより処理時間を従来の約 13.7 時間・人から 4.2 時間・人まで 1/3 程度に短縮する事ができた。

5.3 位置合わせ高精度化単純な ICPアルゴリズムでは十分な位置合わせ精度を満

たせないため、データの特徴を考慮したいくつかの精度向上策を実施した。(1)位置算出に加速度係数を追加  最近点の対応関係から剛体変換推定により算出される位置は、対応関係全体の最適化により定まることから、移動量が本来あるべき値より過小評価される傾向がある。そこで、平行移動量に対して加速度係数αを追加して、移動位置の算出を行うこととした。加速度係数は、日本ユニシス殿における検討からa=3とした。

(2)剛体変換推定の重み付け  位置合わせの基準となるモデル点群に疎密やノイズがある場合、これらの影響で位置合わせ精度が低下する。この問題の対策として、以下の式で定めた重みWを用いて位置合わせ計算を行うことで、距離が離れた点による影響を小さくすることで、ノイズや疎密の影響を低減した。

…(5)

ここで、d は最近点距離である。(3)形状特性を考慮した位置合わせ  工場の地面は大きく平面的に広がっており、その中で小さな凹凸が存在している。ICPアルゴリズムには形状依存性があり、この様な形状全体の大きさと比較して表面の凹凸が極端に大きかったり小さかったりする形状では位置合わせが困難となる。工場で測定されるデータは地面が大きく広がっていることから、鉛直方向の値は ICPアルゴリズムの前半で推定される。そこで、後半の計算では地面を位置合わせ対象から外し、鉛直方向の移動を拘束した位置合わせ計算を行うことで精度を向上させた。

Page 74: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 10 3D計測装置による所要時間削減効果(コニカルシェル対象)

表 4 位置合わせ手法の組み合わせによる高精度化

表 5 開発システム適用時の位置合わせ精度の比較(コニカルシェル対象)

(70)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

3D計測装置による素材寸法検査の効率化および高精度化

(4)位置合わせ手法の組み合わせによる高精度化  ICP アルゴリズムの繰り返しの前半と後半では求められる要求が異なる。繰り返し計算の前半では精度よりも解に早く近づくことが要求され、後半では移動距離が小さくても高精度な位置合わせが要求される。そこで収束の繰り返し回数 35 回を 4 ステージに分け、それぞれのステージで表 4に示す組み合わせで処理を行う事で、位置合わせ精度の向上を実現した。

5.4 適用効果図 10 にターゲットレス自動位置合わせシステムを適用し

た場合の測定所要時間を、手作業による測定およびターゲットを使用した測定の所要時間と比較して示す。計測前の準備時間と計測後のデータ処理時間を大幅に削減したことにより、所要時間を約 70%短縮する事ができた。

また位置合わせ精度については表 5に示すように、標準ICPアルゴリズムではターゲットによる位置合わせ結果と比較して差が大きく、特に内周側に比べて外周側では測定機から大きく離れたデータのノイズや疎密の影響により平均で13mm、最大で 32mmもの差が生じているが、位置合わせ精度向上策を講じることにより、平均で 0.8mm、最大で3.5mmと大幅に改善し、実用可能なシステムとすることができた。

6. 結  言

鍛鋼品の寸法検査を効率化し、計測精度の向上を図るため、位相差検出方式の 3D 計測装置(ライカジオシステムズ社製 HDS6100)を導入した。3D 計測装置を使用した最適な計測作業方法を確立し、また従来の手作業による測定と遜色ない精度で効率的に測定できることを確認した。さらに、日本ユニシス株式会社と共同で開発した ICP アルゴリズムによるターゲットレス自動位置合わせシステムの導入により、計測準備時間と測定後のデータ処理時間を大幅に短縮し、より有用な計測手法とすることができた。今後は 3D 計測装置による測定を現場作業として定着させ、外部品質の管理のみならずコスト低減・生産性向上に貢献できる技術として確立していく所存である。

7. 参 考 文 献

(1)P. J. Besl, N. D. McKay, "A Method for Registration of 3-D Shapes", Trans. Pattern Analysis and Machine Intelligence, Vol.14, No.2, pp.239-256, 1992.

(2) S. Rusinkiewicz, M. Levoy, "Efficient Variants of the ICP Algorithm", Proc. 3-D Digital Imaging and Modeling, pp.145-152, 2001.

Page 75: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

技 術 報 告

*:室蘭製作所  Muroran Plant

JJ1 鋼核融合炉超伝導コイルケース用部材の製造Manufacturing of JJ1 Steel for the Superconducting Coil Case of Fusion Reactor

相澤 大器**小山 庸一* 佐 木々 友治*Taiki AizawaYoichi Koyama Tomoharu Sasaki

**:室蘭研究所   Muroran Research Laboratory

表1 共同研究開発からJJ1 鋼試作までの開発経緯

(71)

JJ1 鋼核融合炉超伝導コイルケース用部材の製造

1. JJ1鋼開発経緯 1)

1980 年前半に旧日本原子力研究所 JAERIとの共同研究として、臨界プラズマ試験装置 JT-60 の次期装置として計画された FER (Fusion Experimental Reactor)超伝導マグネット用構造材の開発がすすめられた。開発目標は極低温(液体ヘリウム温度、4K)における 0.2%Y.S. ≧1200MPa、KIC ≧ 200MPa √m等であり、この目標値を満足する材料として 12Cr-12Ni-10Mn-5Mo-0.2Nを基本成分とするJJ1 鋼が開発された。表 1に主な開発経緯を示すが、実験室溶解材に始まり複数の試作および調査が行われ、製作性の検証も含めた実機製造に向けての準備が進められた。

JJ1 Steel was developed by the joint research between JAERI (at present, JAEA/Japan Atomic Energy Association) and JSW as the material for the superconducting magnet coil structure of the 4th generation nuclear reactor - Fusion Reactor. This material is a non-magnetic steel that demonstrates good mechanical and metallurgical properties at the liquid He temperature (4K) and good weldability. JJ1 steel forging is applied for a part of the TF (Toroidal Field) coil structure of ITER (International Thermonuclear Experimental Reactor) being constructed in Cadarache, southern France, and its production has been progressed in JSW.

Synopsis

JJ1 鋼は、原子炉第 4 世代炉に位置づけられる核融合炉の超伝導マグネット用構造材として、JAERI(旧日本原子力研究所(現 JAEA/日本原子力研究開発機構))との共同研究にて開発されたものである。液体ヘリウム温度(4K)における優れた機械的特性および金属組織的性質、また優れた溶接性を有する非磁性鋼であることが本鋼種の特徴である。現在、フランス南部のカダラッシュにおいて建設が進められている国際熱核融合実験炉 (ITER, International Thermonuclear Experimental Reactor)の TF(Toroidal Field)コイルケース /インボード側の一部に JJ1 鋼が採用され、日本製鋼所にてその実機製造が行われている。

要   旨

Page 76: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図1 超伝導マグネット用構造材の 4K機械的性質のITER要求および JSW試作体実績 1)

図 2 ITER コイル構造体概略図

図 3 TF コイルケース材料レイアウト

(72)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

JJ1 鋼核融合炉超伝導コイルケース用部材の製造

根拠となっている。A2アウタープレート以外の部位については、使用時の条件に応じ、N添加量を変えることで強度調整がなされた 3 種類の316 系ステンレス鋼が使用される。なお、弊社ではA2アウタープレートを2012 年に 9 体分、2013 年に10 体分を受注し、その一部をすでに製造している。

3. 製  造

TFコイルケース部材/A2 アウタープレート(JJ1 鋼)の製造工程を図 4に示す。JJ1 鋼は N添加されたオーステナイト系ステンレス鋼であり、その製造工程は一般的なオーステナイト系ステンレス鍛鋼品に準じて計画されたものであるが、本鋼種では後述するように電極製造および ESR(Electro Slag Remelting)の 2 回の溶解が適用される。各工程のポイントを以下に示す。

3.1 製鋼JJ1 鋼においては 316 系ステンレス鋼と比較して、Cr 量は少ないもののMnおよび Mo量が多く、偏析部に種々の金属間化合物相(Laves 相、Chi 相等)の析出が予想される 3)。これらの残存は機械的性質、特に靱性に対して悪影響を及ぼすことが懸念される。そのため、本鋼種には電極鋼塊溶製後に、更に二次溶解として ESRを適用し、金属間化合物相の析出防止および鋼塊の清浄度確保を図っている。

ITER 工学設計活動(EDA)最終設計報告書(FDR)において、図 1に示すようにコイルケース構造材のうち最も使用環境が厳しい箇所に対する要求特性として 0.2%Y.S. ≧ 1000MPa、KIC ≧ 200MPa √mが示され、また溶接部に対してはその 90% の特性が求められた。要求値が当初の開発目標から引き下げられたことから、ITERのコイルケース構造材の候補としての位置づけに影響はなかった。その一方で国際熱核融合実験炉 (International Thermonuclear Experimental Reactor、以下 ITER)の建設における材料製造者認定という具体的なスキームの下で、改めてTFコイルケース材実機製造のための試作試験が行われた。その試作試験結果は良好なものであり、最終的に弊社は ITERにおけるJJ1部材供給者として ITER機構に認定されている。

2. ITER TFコイルケース

図 2に ITERコイル構造体を示す 2)。実機では 18 体が使用され、更に1体が予備として製作される。構造体は、プラズマを真空容器内に閉じ込めるために周方向に強磁場を発生させるTF(Toroidal Field)コイル、発生したプラズマに電流を流すCS(Central Solenoid)コイル、プラズマ形状の安定のために用いられるPF(Poroidal Field)コイルの 3 種類のコイルよりなる。これらコイルにはNb3Snの超伝導導体が組み込まれ、運転時に超伝導導体は極低温に冷却され、超伝導状態を発現させる。JJ1 鋼が採用されるのは図 3に示す TFコイルケース中

の最も使用条件が厳しい部位であるA2 アウタープレートと呼ばれる部位で、そもそも極低温かつ強磁場であることから、これらの条件下で所定の強度・靱性を有しつつ非磁性であることが求められる。これが前述の開発目標の設定

Page 77: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 4 製造工程 写真1 ESR 鋼塊外観

図5 溶解・造塊工程

表 2 鋼塊溶製時の成分規定値および実績

(73)

JJ1 鋼核融合炉超伝導コイルケース用部材の製造

本部材の溶解、造塊手順を図 5に示す。最初にVOD(真空炭素脱酸法)および下注ぎ鋳込みにより電極となる鋼塊を溶製する。なおJJ1 鋼における成分の特徴として、特に極低温での強度確保のためのN添加が図られていることが挙げられる。BWR再循環系配管においても高 N添加の316 系ステンレス部材が使用されているが、JJ1 鋼においてはさらに多い2000ppm以上のN添加が必要となる。電極鋼塊溶製時のN量確保がこの工程での重要な管理ポイントとなる。続いて溶製された鋼塊は鍛錬にて所定形状とし、これを電極として二次溶解であるESR溶解を行う。写真 1に ESR 溶解後の鋼塊外観(φ1250)、表 2 にJJ1 鋼成分規定値および ESR 鋼塊頂部側分析値を示すが、規定値を満足する値が得られている。

Page 78: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 7 固溶化熱処理条件

写真 4 納入形状加工後外観

写真 3 鍛錬工程状況

図 6 オーステナイト系ステンレス鋼における鍛錬工程と結晶粒度の関係

(74)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

JJ1 鋼核融合炉超伝導コイルケース用部材の製造

3.2 鍛錬ESRにより溶製された鋼塊を用いて、14,000ton 水圧プ

レスを使用して鍛錬が行われる。鍛錬作業状況を写真 3に示す。一般的にオーステナイト系ステンレス鋼は後続の熱処理工程における相変態を利用した結晶粒の細粒化を図ることができないため、基本的には鍛錬工程で結晶粒度の調整を行う必要がある。オーステナイト系ステンレス鋼における鍛錬工程と結晶粒度の定性的な関係を図 6に示すが 4)、結晶粒度制御には鍛錬温度における結晶粒成長および動的再結晶挙動を踏まえ、適切な加熱温度、加工歪、工程数の工程設計を要する。その際、結晶粒度成長を抑えるため、鍛錬加熱温度は低いことが望ましいが、一般にオーステナイト系ステンレス鋼は低合金鋼などと比較して鍛錬温度域における変形抵抗が高く、特にJJ1 鋼においてはN添加による強化が行われていることから、鍛造プレスの容量も加味しつつ最適な鍛錬工程の計画がなされ、それに基づき鍛錬作業が行われた。

3.3 熱処理鍛錬に続いて、溶体化熱処理が施される。図 7に熱処

理条件と熱処理作業外観をそれぞれ示す。熱処理保持温度は 1040 ~1056℃であり、本工程での留意点は粒界析出物の固溶および結晶粒粗大化を防止する観点から適切な温度管理が必要なことである。また、冷却過程においても、粒界析出物の生成を抑制する目的で冷却に使用する水槽内で強制撹拌を行い、冷却速度の向上を図っている。

3.4 機械加工工程A2アウタープレートの製造工程においては 2回の機械

加工がおこなわれる。固溶化熱処理終了後、超音波探傷試験のために矩形断面形状に加工され、検査に続き最終形状に加工が行われる。本部材の加工においては、横中刳り盤もしくはターンミラーが用いられる。本部材は断面積に対して非常に長尺であることから(250t× 860w×7,600l)、機械加工工程においては特に変形に留意する必要がある。そのため、加工手順および加工中の冷却について事前に慎重に計画され、作業が行われた。写真 4に最終加工後の外観を示す。

Page 79: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 8 試材採取箇所

表 3 製品分析値規定値および実績

表 4 機械的性質および金属組織学的性質試験の規定値および実績

(75)

JJ1 鋼核融合炉超伝導コイルケース用部材の製造

4. 品質特性

固溶化熱処理終了後に鋼塊の頂部側より試材を採取し、機械的性質および金属組織学的性質が評価される。特徴的であるのは、使用環境が極低温下での強磁場であることから、4K破壊靭性試験試験の代替として 77Kでのシャルピー衝撃試験、および磁気特性に関する試験(透磁率測定)が求められていることにある。試材の採取箇所を図 8に示す。試験片は鋼塊頂部側試材部のW/2×T/4 および T/2 (W:固溶化熱処理形状幅方向寸法、T:同板厚寸法)より採取される。

表 3に製品分析、および表 4に機械的性質、金属組織学的性質の規定値および実績を示す。機械的性質については室温強度および 77Kでのシャルピー衝撃試験結果ともに規格値を満足し、また透磁率も極めて低い値を示しており、十分な特性を有することが確認された。

5. むすび

JJ1 鋼鍛造品の開発経緯から今回の実機製造の概略を紹介した。本鋼種は極低温(4K)用という非常に独特な用途のために開発されたものであり、成分系などに起因した製作上の特異性も認められたが、これまでのBWR再循環系配管などを始めとする低C・高Nオーステナイト系ステンレスの実績からの知見を元に、数度の試作製造を通じて製造条件を確立し、現時点での受注済み分の一部であるが、今回の実機製造を成功裏に完了することができた。

参 考 文 献

1)石尾:平成 15 年度 低温工学会 超電導磁石専門部会第4回超電導応用研究会 予稿(2003)

2)小泉 ,他:日本原子力学会誌 Vol.47, No.10 (2005)3)石坂 ,他:鉄と鋼 第 76年(1990) 第 5号4)大西 ,他:日本製鋼所技報 No.40, 昭和 56年 (1981)

Page 80: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

高温強度に優れた改良A286合金の開発と水素脆化感受性評価Development of a Modified A286 Alloy with Improved Strength at ElevatedTemperature and Evaluation of its Hydrogen Embrittlement Susceptibility

博士(工学) 茅野 林造* 博士(工学) 高澤 孝一*佐藤 慎也* 博士(工学) 高橋 達也**Dr. Rinzo Kayano Dr. Koichi TakasawaShinya Sato Dr. Tatsuya Takahashi

*:室蘭研究所   Muroran Research Laboratory

**:室蘭製作所  Muroran Plant

(76)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

技 術 報 告 高温強度に優れた改良A286 合金の開発と水素脆化感受性評価

高温強度を向上させた改良 A286 合金を開発し、引張試験、クリープ試験により特性を評価した。改良 A286 合金の組織観察において、粒界にη相はほとんど存在せず、主にW、Ti から成る炭化物が観察された。625℃の高温引張試験および 650℃のクリープ破断試験において改良 A286 合金は通常のA286 合金より高い強度と長いクリープ破断時間を示した。水素チャージ材の低ひずみ速度引張試験により水素脆化感受性を評価した結果、絞り値の比較から改良 A286合金は A286 合金と同等以上の耐水素脆性を有していると判断された。

要   旨

A modified A286 alloy was developed with the aim of improving elevated temperature strength, which was evaluated by a tensile test and a creep rupture test. By microstructure observations for the modified A286 alloy, it was revealed that W and Ti carbides were precipitated at grain boundaries and that no η phases were observed. The modified alloy showed higher strength and longer rupture time than the conventional A286 alloy in a tensile test at 625°C and a creep rupture test at 650°C, respectively. Hydrogen embrittlement susceptibility was evaluated by a low strain rate tensile test using hydrogen charged specimens. From a comparison of the reduction of area, it was determined that hydrogen embrittlement resistance of the modified A286 alloy was equal to or greater than the conventional A286 alloy.

1. 緒  言

A286 合金は析出強化型 Fe-Ni 基耐熱合金で極低温から高温までの幅広い温度範囲で優れた強度および靱性を有することから、高温用ロータ軸材、ボルトやブレード、超伝導発電機部材〔1〕などに適用されている。また、水素ガス環境下における耐水素脆性に優れる特徴も有しているため水素環境下で使用される機器への適用が検討されている。一方で合金中に水素チャージした場合には水素脆化感受性が増加することが報告されており〔2,3〕、使用中に材料中へ水素が固溶するような高温の水素環境下で使用される部材への適用は困難とされている。本研究ではA286 合金の更なる高温強度向上を図るため

化学組成を変更した改良 A286 合金の開発を実施した。

また、一般に高強度材ほど水素脆化感受性が増加することから水素脆化感受性の評価も実施した。改良 A286 合金は通常のA286 合金と比較して、下記(1)~(3)を達成することを開発目標とした。(1) 650℃前後の高温強度向上(2) 650℃前後で長時間加熱後の組織安定性向上(3) 従来材と同等の耐水素脆性の確保開発にあたっては合金組成の机上検討後、複数の小型鋼塊を試作し材料特性を評価して(1)~(3)の開発目標を達成する最適組成を見出した。また試験後の材料組織、破面観察を行い改善の機構について考察した。

Synopsis

Page 81: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図1 Thermo-calc による温度と平衡相分率の関係

図 2 改良A286 の熱処理条件

表 1  供試材の化学組成

(77)

2. 改良 A286 合金の化学組成設計

A286 合金はFe-25Ni-15Cr-2Mo-Al-Tiを基本組成とするオーステナイト系の析出強化合金である。溶体化熱処理および時効熱処理によりオーステナイト母相にナノオーダーのγ’(Ni3(Ti,Al))相を析出させて強化しているが、γ’相は準安定相であるため高温で保持した場合にはγ’相が拡散し安定相であるη相(Ni3Ti)が析出する。η相は水素脆化感受性を増加させる有害な析出相であると報告されていることから〔2,4〕、η相を析出させない成分設計が重要である。η相の析出を防止するためには拡散を抑制する効果があるMoの添加が有効であるが、Moは Laves 相(Fe2(Ti,Mo))や相(Mo5Cr6Fe18)などの有害な析出相を形成する元素であるため、高温で長時間加熱後の組織安定性向上のためにはMoは含まないほうが望ましい。改良 A286 合金ではMoを低減し、Moと同様の効果を有するW〔5,6〕を添加することによりη相の抑制を試みた。高温強度向上にはγ’相の体積率増加および粒子径の最適化が有効であることから〔7〕、Ti/Alのバランスを検討しγ’相の体積率増加を図った。図1は通常のA286と改良 A286 の Thermo-calcによる温度と平衡相分率の関係を示す。通常のA286では幅広い温度範囲でη相が平衡相となっており、水素が固溶するような温度域で使用する機器への適用は不向きであることが示唆されている。一方、改良 A286 はη相が平衡相として存在しないことから組織安定性の向上や水素脆化感受性の低減、γ’相の相分率増加による高温強度向上が期待できる。

3. 実験方法

表 1に供試材の化学組成を示す。供試材には改良A286 合金および標準的な組成のA286 合金を用いた。供試材は 50kg 真空誘導溶解炉にて溶製し、板厚 30mmに熱間鍛造した後、溶体化熱処理および時効熱処理を施して各種評価に用いた。図 2に改良 A286 の熱処理条件を示す。溶体化温度は鍛造工程時に析出した炭化物が固溶する1060℃とし、時効条件は予備試験を実施して最も高強度が得られる温度を選定した。熱処理後の試験材について、析出相の観察のため走査型電子顕微鏡(SEM)観察、薄膜による透過型電子顕微鏡(TEM)観察およびエネルギー分散型 X線分析(EDS)を実施した。材料特性評価は室温および 625℃の引張試験、650℃のクリープ試験に

高温強度に優れた改良A286 合金の開発と水素脆化感受性評価

より実施した。水素脆化感受性の評価は水素チャージ材の低ひずみ速度引張試験により実施した。引張試験片は平行部の直径が 10mm、長さが 50mmの丸棒試験片を用いた。水素チャージは引張試験片を実験用オートクレーブ内に装入し 450℃、25MPaの高温高圧水素ガス雰囲気下に72 時間保持することにより実施した。低ひずみ速度引張試験の試験条件は、試験雰囲気は大気中、試験温度は室温、ひずみ速度はクロスヘッド速度 0.06mm/min(ひずみ速度で 2×10-5 s-1 相当)とし、破断後は SEMによる破面観察を実施した。なお、比較のため水素をチャージしない試験片も同様の条件で引張試験を実施した。

Page 82: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 3 組織観察および EDS 分析結果

(78)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

高温強度に優れた改良A286 合金の開発と水素脆化感受性評価

4. 実験結果と考察

4-1. 組織観察図 3に時効熱処理後のA286 および改良 A286 の組織

観察結果を示す。A286 については、粒内の SEM観察で直径約15nmのγ’相が観察された。TEM観察では粒界に方向性を有する析出相が認められ、EDS 分析よりη相であると判断された。η相の晶癖面は母相の {111} 方向と報告されており〔7〕、A286 で観察されたη相も同様の成長方向

であると推定される。改良 A286 の SEM観察では、粒内に平均粒子径 28nmのγ’相が観察され、粒界にも析出相が認められた。粒界近傍のTEM観察では、A286で観察されたようなη相は存在せず、主にW、Tiから成る相が観察され、これらの粒界析出相はW、Tiを主とする炭化物であると推測された。

Page 83: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図4 引張試験結果 図5 650℃クリープラプチャ試験結果

図 6 650℃クリープラプチャ試験片断面のミクロ組織観察結果

(a)A286(負荷応力335MPa、破断時間3229h) (b)改良A286(負荷応力410MPa、破断時間3144h)

(79)

4-2. 材料特性評価図 4に引張試験結果を示す。室温引張試験については、

T.S. は改良 A286とA286 は同等であるが、0.2%Y.S. は改良 A286 の方が低くなった。改良 A286 の室温強度がA286よりも低下した要因としてはTi/Al 比の影響が考えられる。γ’(Ni3(Ti,Al))相中のTiの割合が大きくなるほど母相とのミスフィットによるひずみが大きくなり強度が上昇すると考えられていることから〔7〕 、Ti/Alの大きいA286 の方が高い室温強度を示したと推測される。625℃引張試験については、改良 A286 は A286と比較してT.S. が約 5%、0.2%Y.S. が約 10%向上した。また、改良 A286 は 0.2%Y.S. が室温よりも大きくなる特異な挙動を示した。高温強度向上にはγ’相体積率の増加に加えてTi/Al 比が影響していると考えられる。Ni3Alは強度の逆温度依存性を示す金属間化合物であることから〔8〕、改良 A286は Alを増量したことにより、γ’相中のAlの割合が増加してNi3Alの特性である逆温度依存性を示したと推測される。

高温強度に優れた改良A286 合金の開発と水素脆化感受性評価

図 5に 650℃クリープラプチャ試験結果を示す。改良A286 は A286と比較して大幅なクリープ破断時間の増加が確認された。図 6に破断したクリープラプチャ試験片の断面ミクロ組織を示す。破面近傍の組織観察より、改良A286 は A286と比較して粒界割れの量が大きく低下していた。クリープ特性向上には粒界強化が有効とされており、改良 A286で観察された粒界炭化物がクリープ特性向上に寄与したものと推測される。また、上述の通りγ’相中のTiの割合が大きいほど短時間強度は増加するが、高温ではミスフィットひずみが拡散を助長して析出・成長が起こり強度が低下するため〔7〕、クリープ特性向上にはTi/Alは小さい方が有利であると考えられる。

Page 84: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 8 低ひずみ速度引張試験片破面写真

表 2 室温低ひずみ速度引張試験結果

図7 時効直後 (試験前 )と破断後のミクロ組織比較

(80)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

高温強度に優れた改良A286 合金の開発と水素脆化感受性評価

図 7にクリープ試験前後のミクロ組織を示す。いずれの試験片も650℃で約 3000h保持されたものであるが、A286では粒界にη相が析出しているのに対し改良 A286にη相は認められないことから、成分設計通り高温長時間加熱後の組織安定性が向上していることも確認された。以上の結果より、改良 A286は高温引張強度、クリープ

強度、高温長時間組織安定性とも、A286を上回る特性を有することが確認された。

4-3. 水素脆化感受性評価表 2に室温低ひずみ速度引張試験結果を示す。水素脆

化感受性は水素チャージ材の絞り値をAs 材(水素チャージ無し材)の絞り値で除した絞り比で評価した。今回開発した改良 A286は A286よりも絞り比は大きく、改良 A286

の耐水素脆性はA286と同等以上と判断した。図 8に室温低ひずみ速度引張試験片破面を示す。A286 の水素チャージ材はディンプル破面が減少し平坦なファセットが認められており、ファセットの発生が絞り比低下の要因であると考えられる。水素チャージしたA286 の引張試験片破面に認められたファセットは面心立方格子のすべり面である {111}面という報告があることから〔3〕、ファセット面は組織観察で認められたη相の晶癖面と一致する。η相は脆い金属間化合物であるためき裂発生の起点になることやγ-η相界面で水素濃度が増加して局所的に塑性変形が助長されることによりファセット発生の起点になったと考えられる〔3〕。また、A286は粒内強化相のみであるため、粒界近傍に引張ひずみが集中することもファセットの発生を助長していると考えられる。一方、改良 A286では水素チャージの有無に関わらず延性破面を伴う粒界破壊であり、破面形態に大きな違いは認められなかった。改良A286は化学組成および熱処理条件により粒界にη相が存在していない組織が得られたことや、炭化物による粒界強化で粒界と粒内の強度差が小さくなったことにより、粒界近傍のひずみ集中が抑制されて耐水素脆性が大きく低下しなかったと推測される。

Page 85: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

(81)

5. まとめ

(1)Thermo-calcでの平衡状態計算によりη相を析出させずγ’相の析出量を増加させる改良 A286 合金の最適組成を見出し、実験室での小型鋼塊を溶製して各種評価に供した。

(2)通常組成のA286 合金は時効熱処理後の粒界にη相が観察された。改良 A286 合金の粒界にも析出相が認められたが、η相はほとんど存在せず、主にW、Tiから成る炭化物であると推測された。

(3)改良 A286 の高温強度はA286と比較してT.S. が約5%、0.2%Y.S. が約 10%向上した。また、改良 A286のクリープ試験ではA286と比較して大幅なクリープ破断時間の増加と高温長時間加熱後の組織安定性の向上が確認された。

(4)水素チャージ材の低ひずみ速度引張試験において、改良 A286 は A286と比較して同等以上の耐水素脆性であった。

参 考 文 献

〔1〕塚田、島崎、竹之内、石坂:日本製鋼所技報 No.43(1988)pp.101-108

〔2〕AW Thompson and JA Brooks:Metall. Trans. 6A(1975) pp.1431-1442.

〔3〕田島、織田、松尾、山口、山辺、松岡:日本機械学会論文集A編 78 巻 792 号(2012)pp.1173-1188

〔4〕中村、宮原、大村、仙波、脇田:材料 Vol.60 No.12 (2011) pp.1123-1129

〔5〕植田、清水、梶原:電気製鋼 第 79 巻 3 号 (2008) pp.177-185

〔6〕Chester T. Sims, Norman S Stoloff and William C Hagel : SuperalloysⅡ , (1987) p.110

〔7〕岡部、磯部:電気製鋼 第 58 巻 2 号 (1987) pp.122-131

〔8〕和泉:金属 4月号 (1990) pp.17-22

高温強度に優れた改良A286 合金の開発と水素脆化感受性評価

Page 86: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

技 術 報 告

**:室蘭製作所  Muroran Plant

高クロム耐熱鋳鋼COST-CB2の特性Mechanical and Creep Rupture Properties of a High Cr Heat

Resistant Steel Casting COST-CB3

田中 慎二*

福眞 吉直**

神成 純**博士(工学) 萩沢 武仁*

沖野 美佐雄**

Shinji Tanaka

Yoshinao Fukuma

Jun KannariDr. Takehito Hagisawa

Misao Okino

*:室蘭研究所   Muroran Research Laboratory

(82)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

高クロム耐熱鋳鋼COST-CB2 の特性

Heat resistant steel castings with enhanced high temperature strength are required for improving the efficiency of thermal power plants. In Japan, 12% Cr steel casting containing Co, W and B (new 12%Cr steel casting) has been developed, while in Europe, COST-CB2, which is a high Cr heat resistant steel casting containing Co, Mo and B, has been developed in COST (Co-operation in the field of Science and Technology) program. In this study, the mechanical properties and creep rupture properties of COST-CB2 were examined using 50kg cast ingots. Based on these results, we succeeded in the production of intermediate pressure inner casings with sufficient mechanical properties and weldability from COST-CB2. Furthermore, it was confirmed that the new 12%Cr steel casting developed by Toshiba and JSW showed higher creep rupture strength than COST-CB2 when compared on the similar level of mechanical properties at room temperature.

Synopsis

火力発電プラントの高効率化に向け、高温強度に優れた鋳鋼材料の開発が求められている。これまで、国内では Co、W、Bを含む 12Cr 鋳鋼(新 12Cr 鋳鋼)、欧州では COST(Co-operation in the field of Science and Technology)プログラムにおいてCo、Mo、Bを含む12Cr 鋳鋼であるCOST-CB2 が開発された。本報告では実験室で溶製した 50kg 鋳塊を用いてCOST-CB2の機械的特性及びクリープ破断特性を評価した結果を報告する。基礎調査結果に基づき、COST-CB2 製中圧内部車室の実機製品を製造し、十分な溶接性と機械的特性を有することが確認できた。また、同程度の室温強度、室温衝撃特性で比較した場合、過去に東芝殿と共同開発した新 12Cr 鋳鋼の方が優れたクリープ破断強度を有することが分かった。

概   要

Page 87: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

表 1 COST-CB214)及び新 12Cr 鋳鋼 13)の代表的な化学組成(mass%)

表 2 COST-CB2 の 50kg 試験材の化学組成(mass%)

表 3 COST-CB2 50kg 試験材の熱処理条件

(83)

高クロム耐熱鋳鋼COST-CB2 の特性

1. 緒  言

近年の地球温暖化問題を受けて、火力発電の高効率化によるCO2 排出量の削減が強く求められている。火力発電プラントの発電効率は蒸気条件が高温、高圧になるほど高くなる。蒸気条件の高温、高圧化に伴い、発電プラントに使用する部材には優れた材料特性が求められる。そこで、国内では 12Cr 鋼 1,2)、改良 12Cr 鋼(W含有)3-10)、新12Cr 鋼(W、Co、B含有)11-13)と高温強度の高い素材への成分改良を実施し、積極的に実機ロータ、ケーシングなどへの適用が進められてきた。特に、新12Cr 鋼は蒸気温度が最高 630℃までの火力発電プラントへの適用を目指して開発が行われてきた。一方、ヨーロッパでは国レベルの共同研究形式である

COST(Co-operation in the field of Science and Technology)プロジェクトを採用し、これまでにCOST501(1983-1997年)、COST522(1998-2003年)、COST536(2004-2009年)を実施してきた。例えば、COST501では鋳造部材の耐用温度の目標を 620℃に設定し、COST-CB2 の開発に成功した 14)。COST-CB214)及び過去に当社で東芝殿と共同で開発した新12Cr 鋳鋼 13)の代表的な化学組成を表 1に示す。COST-CB2はCo、Bを含有し、新12Cr 鋳鋼と比較的近い成分系ではあるが、Wを使わずMoのみを強化元素としている点が大きく異なっている。本報では実験室で溶製したCOST-CB2 相当の 50kg小型鋳塊における機械的特性及びクリープ破断特性を報告する。さらに、小型鋳塊を用いた基礎試験結果に基づきCOST-CB2 実機製品の製造を行っており、その特性を過去に当社で東芝殿と共同で開発した新12Cr鋳鋼の試験結果 13)と比較して報告する。

2. 小型試験鋳塊を用いた材料特性の評価

2.1. 試験方法供試材は高周波真空誘導溶解炉で溶解し、Yブロック砂型に鋳造して作製した 50kg 鋳塊を使用した。COST-CB2 の 50kg 試験材の化学組成を表 2に、熱処理条件を表 3に示す。過去にBの添加によって長時間クリープ破断強度が向上することが報告されている15-16)ことからCOST-CB2 の試験材 1と試験材 2では B量を変えている。試験材 1と試験材 2は焼ならしの温度を1100℃、1130℃の 2条件とし、また、試験材 1のみ補修溶接後の応力除去焼鈍を模擬した 730℃×8hの熱処理を施した。熱処理後の試験材から各種機械試験片を採取した。引張試験はJIS4号試験片(φ14mm、標点間距離 50mm)を用いて、室温で実施した。シャルピー衝撃試験はJIS4 号(2mmVノッチ)試験片を用いて室温で実施した。COST-CB2 のクリープ破断試験はシングル型およびマルチプル型レバー式クリープ試験機を使用し、625、650、680及び 700℃で実施した。ミクロ組織および析出物の分布状況は鏡面研磨後に15%塩酸を加えた 1%ピクリン酸アルコール溶液で腐食したサンプルを、光学顕微鏡及び電界放出型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)を用いて観察した。調質後、クリープ破断後のネジ部、平行部から薄膜サンプルを作製し、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて高倍率での組織観察を行った。薄膜は100μm以下まで機械研磨した後に、5%過塩素酸ブトキシエタノール溶液でツインジェット研磨を施して作製した。

Page 88: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 1 溶接性評価試験の概略図

図 2 調質後の 50kg 試験材の光学顕微鏡組織(a)試験材 1 焼ならし1100℃(b)試験材 1 焼ならし1130℃(c)試験材 2 焼ならし1130℃

図 3 調質後の 50kg 試験材のFE-SEM 組織(a)試験材 1 焼ならし1100℃(b)試験材 1 焼ならし1130℃(c)試験材 2 焼ならし1130℃注)図中矢印は旧γ粒界を示す

(84)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

高クロム耐熱鋳鋼COST-CB2 の特性

また、COST-CB2 の車室や弁といった厚肉の実機製品を製造する上で、補修溶接や構造溶接が必要となるため、溶接性(低温割れおよび再熱割れ)も重要な評価項目である。溶接性評価試験の概略図を図 1に示す。板厚 30mmの COST-CB2 試験材中央にV開先を製作し、所定の条件で 2 層 3 パスのシールドメタルアーク溶接を実施した。溶接材料は COST-CB2 に適した耐クリープ特性に優れる9Cr 系溶接棒であるVoestalpine Bohler Welding 社製MTS 5Co1(φ 4mm)を使用した。その後、脱水素熱処理および 730℃で 8hの応力除去焼鈍を実施した後に、溶接ビード方向に垂直な断面の浸透探傷試験(PT)を行い、割れの有無を調査した。

2.2. 試験結果調質後の各試験材の光学顕微鏡によるミクロ組織を図 2

に示す。いずれの試験材も焼戻しマルテンサイト組織であり、素材間での差は認められなかった。また、いずれの試験材においてもδフェライトは観察されなかった。調質後の各試験材のFE-SEM 組織を図 3に示す。試験

材 1及び試験材 2では旧オーステナイト粒界や粒内のラス境界と推測される箇所に析出物が存在していた。また、いずれの試験材でも析出物の分布状況には大きな差は認められなかった。調質後の各試験材のTEM 組織を図 4に示す。全ての

試験材において微細なラス組織が観察された。試験材1及び試験材 2では B量や焼ならし温度の違いはあるが、目立った差は認められなかった。ラス内には多量の転位が存在し、ラス境界には析出物が観察された。COST-CB2 の 50kg 試験材の室温引張試験結果を図 5

に示す。試験材 1と試験材 2では 0.2%耐力引張強さ及び伸び、絞りには大きな差が認められなかった。過去の報告値 14)である 0.2%耐力:547MPaと比較すると、若干低めであったが、焼戻し温度の違いによるものと考えられる。

COST-CB2 の 50kg 試験材のクリープ破断試験結果を過去のCOST-CB2 の報告値 14)と比較して図 6に示す。図の横軸は定数を25としたラーソンミラーパラメータ(L.M.P = T(25+logt), T : K, t : h)で整理した。COST-CB2 の試験材で比較すると、焼ならし温度が高いほどクリープ破断時間が高 L.M.P 側、すなわち長時間側へとシフトしていた。また、同じ焼ならし温度(1130℃)で比較すると、B量の高い試験材1のクリープ破断寿命が長時間であり、過去のCOST-CB2 の報告値 14)と同程度の破断寿命を有することが確認された。

Page 89: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 4 調質後の 50㎏試験材のTEM組織(a)試験材 1 焼ならし1100℃(b)試験材 1 焼ならし1130℃(c)試験材 2 焼ならし1130℃

図 7 クリープ破断試験後(625℃、145MPa)の COST-CB2 50kg 試験材のFE-SEM 組織(a) 試験材 1 焼ならし1100℃(b) 試験材 1 焼ならし1130℃(c) 試験材 2 焼ならし1100℃

図 8 クリープ破断試験後 (625℃、145MPa) の COST-CB2 50kg試験材のTEM組織

(a)(b) 試験材 1 焼ならし1100℃(c)(d) 試験材 1 焼ならし1130℃(e)(f) 試験材 2 焼ならし1130℃

(a)(c)(e) 試験片平行部 (b)(d)(f) 試験片ネジ部

図 5 COST-CB2 50kg 試験材の室温引張試験結果

図 6 COST-CB2 50kg 試験材のクリープ破断試験結果

(85)

高クロム耐熱鋳鋼COST-CB2 の特性

クリープ破断試験後(625℃、145MPa)の試験片ネジ部のFE-SEM 組織を図 7に示す。図 3の調質後と比較して、明らかに析出物が粗大化していた。クリープ破断寿命が優れていた1130℃での焼ならしを施した試験材1の析出物がその他の条件と比べ、粗大化しているようにも見受けられるが、破断時間には 2倍程度の差があり、単純に比較はできないと考えられる。各試験材のクリープ破断後(625℃、145MPa)の試験片平行部及びネジ部におけるTEM組織を図 8に示す。平行部の組織はどれも転位が調質後と比較して大幅に減少し、サブグレイン化が進んでいた。一方、変形を受けていないネジ部の組織には多少違いが認められた。B量が高い試験材1は B量が低い試験材 2よりもラス幅が狭かった。

Page 90: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 9 COST-CB2 50kg 試験材の室温衝撃特性

図 10 COST-CB2 の溶接性評価試験後の外観写真と断面PT試験結果

(86)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

高クロム耐熱鋳鋼COST-CB2 の特性

高 B量の試験材 1において、クリープ破断寿命が長かった原因は、Bがクリープ変形時の組織の回復を抑制する効果を有するためと推測される。例えば、阿部ら15)、東ら16)や堀内ら17)は Bが粒界近傍のM23C6 の粗大化を抑制し、粒界近傍での組織の回復を遅延させる働きを有していると報告しており、今回の試験結果も同様の現象が生じている可能性が高いと考えられる。一方、焼ならし温度の高温化によって、析出物の固溶化の状況が変わる可能性がある。例えば、BやNを含む高 Cr 鋼において熱間加工中や高温熱処理中に粗大なBNが生成し、固溶 B量が減少することが報告されている18)。よって、BNのようなBを含有する析出物の析出、固溶の状況が焼ならしの保持温度の違いによって変化し、焼戻し時またはクリープ試験時における組織の回復や析出物の成長を抑えるために必要な固溶B量も変化した可能性も考えらえる。今後、クリープ破断試験途中での組織や析出物に関する調査を行い、クリープ特性と成分、組織の関連性を評価していく予定である。COST-CB2の 50kg試験材の室温での吸収エネルギーを

図 9に示す。B量の低い試験材 2 が若干吸収エネルギーが高い傾向にあったが、それほど大きな差は認められなかった。COST-CB2 の溶接性評価試験後の外観写真と断面PT

試験結果の一例を図 10 に示す。適切な溶接条件であればPT欠陥は観察されず、COST-CB2 は溶接施工上問題ないことが確認できた。以上のように、COST-CB2 の機械的特性は過去の報告

14)よりも強度レベルが若干低い傾向にはあったが、成分や熱処理条件を最適化すれば欧州で報告されているものと同等の材料特性が得られることがわかった。

3. 製品製造実績と別枠試験材の評価結果

以上の 50kg小型試験材を用いた試験結果を元に、当社ではCOST-CB2 相当の成分を有する車室の製造を進めている。COST-CB2 相当の成分を有する中圧内部車室の外観写真を図 11に示す。実機製品を製造する際に 80㎜厚さで 100kg 級の別枠試験材を鋳造し、機械的特性を評価した。表 4には別枠試験材の化学成分、表 5には別枠試験材の熱処理条件をそれぞれ示す。また、図 12 から図 14にはCOST-CB2 の 50kg 試験材(試験材 1)、別枠試験材及び新12Cr 鋳鋼 13)の室温引張試験結果、クリープ破断試験結果、室温衝撃特性をそれぞれ比較して示す。別枠試験材では焼戻し温度を低下させたため、前述した 50kg 試験材(試験材 1)と比較して室温強度が高く、また吸収エネルギーが低下していたが、50kg 試験材と同程度のクリープ破断強度を有することが確認できた。一方、新12Cr 鋳鋼とCOST-CB2 の別枠試験材は同程度の室温強度、吸収エネルギーを有していたが、クリープ破断強度は新12Cr鋳鋼の方が高かった。よって、同等の室温強度、靱性レベルになるよう熱処理条件を調整することで、COST-CB2 に比べて、新12Cr 鋳鋼の方が優れたクリープ破断強度が得られることが確認された。

Page 91: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 11 COST-CB2 相当の成分を有する中圧内部車室上下半の外観写真

図12 COST-CB2の 50kg試験材、別枠試験材、新12Cr 鋳鋼 13)の室温引張試験結果

注)COST-CB2 の試験結果は全て焼ならし温度 1130℃の結果を示す

図14 COST-CB2の 50kg試験材、別枠試験材、新12Cr 鋳鋼 13)の室温衝撃特性

図13 COST-CB2の 50kg試験材、別枠試験材、新12Cr 鋳鋼 13)のクリープ破断試験結果の比較

表 4 COST-CB2 の代表的成分 14)と別枠試験材の化学組成(mass%)

表 5 別枠試験材の熱処理条件

(87)

高クロム耐熱鋳鋼COST-CB2 の特性

Page 92: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

(88)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

高クロム耐熱鋳鋼COST-CB2 の特性

4. 結  言

欧州で開発された高クロム耐熱鋳鋼 COST-CB2 の性能評価を50㎏小型鋳塊を用いて行った。また、同結果を元に実機中圧内車の製造を行い、その特性を新12Cr 鋳鋼と比較した。以下に、結果を纏める。

(1)COST-CB2は従来報告されている成分範囲であれば焼戻しマルテンサイト単一組織が得られることが分かった。

(2)COST-CB2の機械的性質に及ぼすB量と焼ならし温度の影響を調査した結果、B量の増量、焼ならし温度の高温化により、クリープ破断寿命を長寿命化できることが分かった。

(3)クリープ破断試験後の試験片平行部では調質後と比較して転位が減少し、サブグレイン化が進んでいた。一方、試験片ネジ部では低 B量の試験材においてラス幅が広がっていた。

(4)COST-CB2は適切な溶接条件を選択すれば溶接施工上問題ないことが確認できた。

(5)COST-CB2の実機製品を製造し、製品として問題ないレベルの機械的特性を有することが確認できた。

(6)同等の強度、室温衝撃特性で比較すると、過去に当社が東芝殿と共同開発した新12Cr 鋳鋼の方がCOST-CB2よりも優れたクリープ破断強度を有することが分かった。

以上のように、欧州で開発されたCOST-CB2 の製造条件を最適化することにより、実機製品の製造に成功した。今後も世の中からのニーズに応えながら、各種耐熱鋳造部材の研究開発や製造を通じて、発電プラントの高効率化に貢献していきたい。

参 考 文 献

1) 岩渕 , 村田 , 土原 : 日本製鋼所技報 , 43(1998),1152) 岩渕 , 村田 , 山畔, 山田,渡辺 : 鉄と鋼 , 76(1990),10603) 高橋,藤田:鉄と鋼,60(1974),15064) 藤田 , 山田,高橋:鉄と鋼 , 61(1975),3575) 劉,藤田:鉄と鋼 , 73(1987), 10346) 劉,藤田:鉄と鋼 , 74 (1988), 5137) 藤田:鉄と鋼 , 76(1990), 10538) 山田,渡辺 , 吉岡 , 宮崎:鉄と鋼 , 76(1990), 10849) 志賀,福井,桐原,金子,伊藤,菅井:鉄と鋼 , 76(1990), 1092

10) 沖野,宮本,山畔,津村,津田,山田:鋳造工学, 68(1996), 1119

11) 金子,中村,渡辺,田中,藤田:火力原子力発電 , 46(1995), 968

12)Y. Tsuda, M. Yamada, R. Ishii , Y. Tanaka, T. Azuma, Y. Ikeda : Steel Forgings Second Volume, ASTM, 1259(1997), 267.

13) 沖野, 田中, 宮本 , 福田 , 山畔 , 津村 : 日本製鋼所技報 , 54 (1998), 54

14) K. H. Mayer, H. Cerjak, T. U. Kerm, M. Staubli, D. V. Thornton: Int. Workshop on the Innovation Structural Materials and Infrastructure in the 21 century, ULTRA STEEL 2000, 11-14. Jan. 2000, Tsukuba, Japan.

15) F. Abe : Int. J. Mat. Research, 99(2008), 387.16) 東 , 三木,田中, 石黒 : 鉄と鋼 , 88 (2002), 678.17) T. Horiuchi, M. Igarashi and F. Abe : ISIJ int., 42(2002), 67.

18) 櫻谷,岡田,阿部 : 鉄と鋼 , 90 (2004), 819.

Page 93: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

フェーズドアレイUTによる大型ロ-タシャフトの内部品質評価方法の確立Internal Quality Evaluation Technique by Phased Array UT for Large

Monoblock Rotor Shaft Forging

仁村 弘樹*Hiroki Nimura

星 延幸*Nobuyuki Hoshi

吉田 一*Hajime Yoshida

成ヶ澤 秀明*Hideaki Narigasawa

技 術 報 告

*:室蘭製作所   Muroran Plant

(89)

フェーズドアレイUTによる大型ロ-タシャフトの内部品質評価方法の確立

大型のロータシャフトにおいて、従来 UT による欠陥検出能は長いビーム路程により要求されるレベルを満足できない場合がある。加えて VGB 規格のような垂直探傷に加えていくつかの斜角探傷を要求する検査仕様に従う場合、検査作業に非常に多くの時間がかかる。フェーズドアレイUT の特徴である“ビームの集束”と“セクタ走査”は上記の問題の解決に有効である。そこで、私たちはフェーズドアレイUT に関する探傷条件適正化の調査を行い、自動 UT 装置によるフェーズアレイUT 技術を用いた大型ロータシャフトの内部品質評価手法を確立した。その結果、欠陥検出能および検査効率を従来 UT よりも向上させることができ、より正確で信頼性のある大型ロータシャフトの検査が可能であることを確認した。

要   旨

For large monoblock rotor shaft forging, the detectability of indications by Conventional UT cannot always satisfy the requirement due to the long beam path. In addition it takes much time to conduct the inspection in accordance with some inspection specifications such as the VGB standard, which requires several angle beam methods in addition to the straight beam method. The characteristics of Phased Array UT technique, namely, “zone focusing” and “sector scan” are effective to solve the above problems. Investigations regarding the optimal testing conditions of Phased Array UT were performed and we have established the internal quality evaluation technique for large monoblock rotor shaft forging by Phased Array UT technique with an automated UT system. As a result, the detectability of indications and efficiency of inspection have been improved compared with Conventional UT, and we have confirmed that large monoblock rotor shaft forging can be inspected more reliably and accurately by this evaluation technique.

1. 緒  言

当社で製造されるロータシャフトは大型化が進み、現在は最新鋭の原子力発電所向け低圧タービンロータシャフトを想定し、外径がφ3,200 mmまで達している。ロータシャフトの大型化が進む一方で、製品に要求される品質レベルは高く、製品の内部品質を評価する超音波探傷試験(以下、UT)ではロータシャフトの中心部においてφ0.9 mm程度の欠陥の識別を要求する検査仕様がある。しかし、大型のロータシャフトにおいて従来UT方法を

用いた場合、中心部では要求される欠陥検出能を満足できない場合がある。これはロータシャフトの大径化により、超音波がロータシャフト内部を伝搬する距離が長くなり超音波ビームが拡がることで、中心部では広範囲の結晶粒界からの反射波がノイズとなり、欠陥検出能が悪化してしまうためである。また、ロータシャフトの大型化により検査作業時間が増加するという問題がある。顧客から要求されるUT仕様の中には、垂直探傷に加えて複数の斜角探傷を適用することがあり、GEと共同で適用に取り組んでいるヨーロッパの

Synopsis

Page 94: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 1 フェーズドアレイUTの特徴 -1(ゾーンフォーカス)

図 2 フェーズドアレイUTの特徴 -2(セクタ走査)

図 3 探傷器 /DYNARAY

図 4 探触子/QUAD

(90)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

フェーズドアレイUTによる大型ロ-タシャフトの内部品質評価方法の確立

VGB 検査仕様では垂直探傷に加えて 7°, 14°, 21°, 28°などの複数の斜角探傷が要求される。大型ロータシャフトへヨーロッパ検査仕様の適用を想定した場合、検査作業時間に1ヶ月間程度を要してしまい、製造工期に大きな影響を与え、生産性の低下を招いてしまうことが予想される。そこで、以下に示す特徴を有したフェーズドアレイUT

(以下、PA-UT)を大型ロータシャフトの検査手法へ適用することでこれらの問題の改善が期待できる。

(1) PA-UTでは図1に示すように超音波を任意の位置へ集束させることができる。従来UTでは超音波の伝搬距離が長くなることで超音波ビームが拡がり広範囲の結晶粒界からの反射波をノイズとして検出することが考えられる。一方で、PA-UTでは超音波の拡がりを制御することができるため、結晶粒界からの反射波を低減し、欠陥検出能の向上が期待できる。

(2) PA-UTでは図2に示すように一つの探触子で複数の角度へ超音波を入射することができるため、一度に複数の斜角探傷を実施することが可能であり検査時間の効率化が期待できる。

そこで本研究では PA-UTを大型ロータシャフトの検査手法として適用することを目的とし、その評価方法の確立を行う。

2. 目  標

本研究では前述した従来UTにおける問題点を改善すべく以下の点を満足するPA-UTを用いた大型ロータシャフトの検査方法の確立を目指した。

(1)垂直探傷により、可能な限り表層からロータシャフトの中心部までの範囲においてφ0.9 mm EFBH(等価欠陥サイズ)、中心部から反対面に相当する底面エコーまでの範囲においてはφ1.6 mm EFBHを検出できること。

(2) 7°, 14°, 21°, 28°の角度を持つ縦波斜角探傷を一つの探触子で一度の走査で実施すること。

また、上記の検査方法を自動UT 装置により実施することを目標とした。自動UT 装置を使用することで、一度の走査ですべての探傷データを採取することができ、検査作業の効率化が期待できる。また、探傷データを画像処理することが出来るため、より信頼性の高く正確な検査作業を行うことができる。なお、本研究では胴径がφ2,800 mmのロータシャフトを想定した。

3. 使用機器

本研究において使用する機器および主な仕様を示す。(1) 探傷器  装置名称:DYNARAY(128/128PR) (図3参照)  製造者:ZETEC社(2) 探触子  装置名称:QUAD (図 4参照)  製造者:ZETEC社及び IMASONIC社  主な仕様:周波数 /2 MHz、振動子数 /128ヶ(32×4)、開口寸法/64 mm x 64 mm

Page 95: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 5 試験片の概略図

図 6 従来UTとフェーズドアレイUTの検出能の比較

(91)

フェーズドアレイUTによる大型ロ-タシャフトの内部品質評価方法の確立

4. 評価方法の確立

4.1 垂直探傷4.1.1 欠陥検出能の確認欠陥検出能に対するPA-UTによるゾーンフォーカスの

効果を確認するために図 5に示す人工欠陥を有する試験片を用いて、従来UTとPA-UTによる欠陥検出能の比較を行った。対象とした人工欠陥はビーム路程で1,294 mmの位置に加工したφ1.6 mm平底穴(以下、FBH)である。調査結果を図 6に示す。φ1.6 mm FBHからのエコー高さ(S)とノイズレベル(N)を比較するとS/N比は、従来UTでは 2であるのに対して、PA-UTでは 20であった。この結果よりPA-UTを適用することにより、従来UTに

比べ欠陥検出能を10 倍程度改善できることを確認できた。次に、より具体的な探傷条件について検討を行った。

4.1.2 探傷条件探傷範囲は表層から2,800 mmと幅広く、この範囲の全てで目標の欠陥検出能を満足しなければならない。従来UTでは一つの探触子により近距離と遠距離の欠陥検出能を同時に満足させることは不可能である。しかし、PA-UTは振動子を電子的に制御し超音波ビームを形成することで任意の深度に超音波ビームを集束させることが可能であり、使用する振動子の組み合わせにより探傷範囲全てで目標とする欠陥検出能を満足できる可能性がある。そこで、以下の条件を満足する超音波ビームの形状(フォーカルロー)の選定を行った。

(1)表層からロータシャフトの中心部までの範囲においてφ0.9 mm EFBH、中心部から反対面に相当する底面エコーまでの範囲においてはφ1.6 mm EFBHを検出できること。

(2)検出された欠陥のサイズ評価を正確に行えること。

欠陥のサイズ評価は超音波ビームの特性曲線より算出するが、近距離音場内における超音波ビームの特性曲線は非常に複雑である。そのため、近距離音場内で欠陥のサイズを評価することは非常に難しい。この近距離音場の長さはフォーカルローに依存しており、適切なフォーカルローを選定することで近距離音場の長さを調整することが可能である。PA-UTではフォーカルローを調整することが可能であるため、適切な条件を選定することで欠陥サイズの評価を容易に実施することができる。そのため、本研究では上記の 2点を満足するフォーカルローの選定を行った。

4.1.3 欠陥検出能の調査使用するフォーカルローの欠陥検出能を調査するために、図 5の試験片に加えて5つの試験片(代表の試験片の写真を図 7に示す)を用いた。これらの試験片には 5 mm から1,294 mmの深さにφ1.6 mm FBHが加工されている。さまざまなフォーカルローの欠陥検出能を調査した結果、図 8に示すように各深度に適した 3 種類のフォーカルローを用いることで深さ25 mmから1,294 mmの範囲においてφ0.9 mm FBHを明瞭に検出できることを確認した。また、実機ロータシャフトの胴部(φ2,740 mm)の外周面にφ1.6 mm FBHを加工し、検出状況の確認を行った。その結果、大型ロータシャフトの中心部から胴部反対面に相当する底面エコーまでの範囲においてφ1.6 mm FBHを明瞭に検出できることを確認した。探傷結果として代表的な探傷波形および距離振幅特性曲線を図 9および図 10 に示す。また、近距離音場が狭くなるようフォーカルローを選定したことで、深度で 25mm以降の探傷範囲が近距離音場内とならないようにすることができ、欠陥のサイズ評価も正確に実施することができる。

Page 96: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 7 試験片の概略図

図 8 垂直探傷における超音波ビーム

図 9 垂直探傷の代表探傷波形

図 10 距離振幅特性曲線

表 1 垂直探傷と斜角探傷の感度差

表 2 斜角探傷の感度差

図 11 斜角探傷の代表探傷波形

*1:φ1.6mmFBHとφ4.0mmSDHにおける超音波ビームの反射率の差

(92)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

フェーズドアレイUTによる大型ロ-タシャフトの内部品質評価方法の確立

4.2 斜角探傷斜角探傷は方向性を有する欠陥を検出することを目的として、7°, 14°, 21°, 28°の周方向縦波斜角法を用いて実施する。斜角探傷において目標とする欠陥検出能をφ1.6mm FBHを検出できることとし、必要な補正量や欠陥検出能の検証を行った。検証にはそれぞれの角度においてビーム路程が 50mm, 500mm, 1,000mmとなるφ4.0mm 横穴(以下、SDH)を用いた。超音波ビームに角度を持たせることで生じる超音波ビームの減衰量の測定を行った。減衰量を表 1、代表的な探傷波形を図11に示す。超音波ビームの角度を0°から28°の範囲に変化させた場合、最大で -5.0 dBの超音波ビームが減衰することを確認した。この値にφ1.6 mm FBHとφ4.0 mm SDHの反射率の違いを加えることで、7°から28°の斜角探傷を実施する場合の補正量を決定することができる。求めた補正量より斜角探傷における欠陥検出能を調査した結果、表 2に示すように従来UTの不感帯幅に相当する50 mm深さからφ1.6 mm FBHを明瞭に検出できることを確認した。

Page 97: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 12 -6 dBビーム幅

図 15 大型ロータにおけるMDFS

図 14 大型ロータにおける代表探傷波形

図 13 外周自動UT 装置(TUROMAN5)

(93)

フェーズドアレイUTによる大型ロ-タシャフトの内部品質評価方法の確立

4.3 走査条件の選定PA-UTは自動UT 装置を用いて実施するため、自動

UT 装置による走査条件を定める必要がある。自動UT 装置による走査は一定の間隔で行うため、適切な走査間隔を定めなければ欠陥を正しく評価できない。そのため走査の条件を -6 dB の超音波ビーム幅に基づいて定めることとした。-6 dB の超音波ビーム幅とは欠陥からの反射エコーが最大のエコー高さに対して1/2 の高さとなる超音波ビームの幅であり、その範囲では適切に欠陥を検出することが可能である。そこで探傷に用いる3つのフォーカルローの -6 dBの超音波ビーム幅をφ1.6 mm FBHを用いて、ロータシャフトの軸方向および円周方向に一致する方向で測定した。測定結果を図 12に示す。軸方向の -6 dB の超音波ビー

ム幅はビーム路程で 50 mmとなる位置で最小となり、その幅は 7.5 mmであった。また周方向おいてはビーム路程で15 mmとなる位置で最小となり、ビーム幅は 7 mmであった。この結果より、探傷範囲を -6 dB のビーム幅で少なくとも1回探傷することを条件とした場合は、自動UT 装置による走査条件が「軸方向で 7.5 mm以下、円周方向で 7 mm以下の間隔で走査すること」となる。

5. 大型ロータシャフトにおける検証

これまでに定めた探傷条件を用いて、実際の大型ロータシャフトに対して自動UT 装置を用いた探傷を行った。下記の条件に示すように複数の探傷を同時に実施することで、探傷データの抜けや探傷速度の低下が予想されるため、その点を注視し実際の探傷を行った。探傷条件を以下に示す。

(1)探傷部外径:φ2,811 mm(2)探傷チャンネル数 /垂直探傷:3チャンネル  /斜角探傷:8チャンネル(7~28°, 時計および反時計方向)(3)走査条件/取り込み周期:7 mm(軸方向)、  :0.2°(周方向)/ 探傷速度:100 mm/sec(4)自動UT装置:ロータシャフト外周自動UT装置  (装置名称:TUROMAN5/Actemium Cegelec社製 図13)

上記の条件により得られた探傷データを確認した結果、データ取り込み不良はなく問題ない探傷データが採取可能であることを確認した。採取した代表的な探傷波形および従来UTによる探傷波形を図 14に示す。探傷波形より欠陥検出能を示す最小検出欠陥サイズ(MDFS)を算出した結果、図 15に示すように、PA-UTでは従来UTよりも大幅に欠陥検出能を向上させ、目標とした検出能を満足できることを確認した。また、垂直探傷および 7°, 14°, 21°, 28°の斜角探傷を一度の探傷走査で同時に実施しすることができ、探傷データの取り込みも正常に行われることを確認した。従来UTでは 9回の探傷走査を行う必要があるが、PA-UTでは 1回の探傷走査ですべての探傷を実施することが可能であり、探傷走査回数を1/9とし、探傷時間を従来UTに比べ 90% 程度削減することができる。

Page 98: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

(94)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

フェーズドアレイUTによる大型ロ-タシャフトの内部品質評価方法の確立

6. 結  言

フェーズドアレイUT手法を用いることで、大型ロータシャフトにおける欠陥検出能の向上や複数の超音波探傷を同時に実施することができることを確認した。この結果より自動UT装置を用いたフェーズドアレイUT手法による大型ロータシャフトの内部品質評価方法を確立し、この手法を適用することで正確で信頼性のある大型ロータシャフトの検査が実施可能である。

(1) 垂直探傷による欠陥検出能  大型ロータシャフトにおいて各深度に適した3種類のフォーカルローを用いることで以下の欠陥検出能を得ることを確認した。従来UTの不感帯に一致する深さ25 mmからロータシャフトの中心部までの範囲でφ0.9 mm EFBHを明瞭に検出することが出来る。ロータシャフトの中心部から反対面に相当する底面エコーまでの範囲ではφ1.6 mm EFBHを明瞭に検出することが出来る。また、従来UTにおいて要求される欠陥検出能を満足できない場合がある大型ロータシャフトの中心部において欠陥検出能を大幅に向上させることが可能である。

(2) 斜角探傷による欠陥検出能  大型ロータシャフトにおいて、1種類のフォーカルローを用いることで表層から反対面に相当する底面エコーまでの範囲でφ1.6 mm EFBHを明瞭に検出することが可能である。また、表層部は従来UTの不感帯に一致する50 mm深さにおいてφ1.6 mm EFBHを明瞭に検出することが出来る。

(3) 検査時間  垂直探傷および斜角探傷として7°, 14°, 21°, 28°の時計および反時計方向の2方向での探傷を自動UT装置にて一度の走査で実施可能である。検査作業時間については、従来UTに比べ探傷走査回数を1/9にすることができる。そのため、探傷時間を90%程度削減することが出来る。

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射出成形機および押出機用高耐食・耐摩耗シリンダの開発Development of Corrosion- and Wear-Resistant Materials for Barrels of

Plastic Processing Machines

近藤 裕直**Hironao Kondou

千村 禎*Tadashi Chimura

荒井 朗**Akira Arai

井上 哲也*** 山下 泰祐**Tetsuya Inoue Taisuke Yamashita

技 術 報 告

*:広島製作所 ものづくり改革推進室   Hiroshima Plant

**:日鋼テクノ   NIKKO TECHNO CO.,LTD.

***:広島研究所   Hiroshima Research Laboratory

(95)

射出成形機および押出機用高耐食・耐摩耗シリンダの開発

1. 緒  言

プラスチックは機械的な性質など物性の改善・開発研究により多種多様化、多機能化など様々な発展を遂げている。例えば、強度や耐熱性などを改善したエンジニアリングプラスチック(以下、エンプラと略す)や、更に機能性を向上させたスーパーエンプラ、各種難燃剤の添加により難燃化された難燃性プラスチック、ガラス繊維(Glass Fiber、

樹脂加工機械のスクリュ・シリンダ材は成形材料の高機能化により、優れた耐摩耗性、耐食性が要求されるようになった。これらの要求に応えるため、当社では、高耐摩耗・耐食スクリュおよびシリンダの開発と製品化に取組み、樹脂加工機械の性能向上に寄与してきた。本報では、射出成形機や押出成形機用シリンダの腐食や摩耗の要因を述べると共に、それらに対応する材料評価方法

について説明する。さらに、当社の現行の耐食・耐摩耗シリンダおよび最近開発された新型シリンダについて紹介する。

Materials for the barrels and the screws of extruders and injection molding machines are required more superior corrosion- and wear-resistant properties in response to the advanced engineering plastics. In order to meet these requirements, JSW has developed the barrels and screws including the manufacturing process for many years. And these barrels and screws have contributed to improve the performance of plastic processing machines.This technical report describes the corrosion and wear mechanisms in the barrels and explains the evaluation method for the material properties. And JSW’s standard and newly developed barrels are also introduced.

Synopsis

以下GFと略す)や無機フィラーの添加により強度改善された繊維強化プラスチックなどが次々に開発され、広く用いられるようになっている。また、近年では自動車の軽量化を目指し、より金属に近い特性を持ったエンプラの開発が進められ(1)、今後、金属部品のプラスチックへの転換が急速に進むものと予想されている。また、プラスチックの難燃化技術については、更なる難燃効率の向上と透明樹脂やフィルムなどに対する難

要   旨

Page 100: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

(96)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

射出成形機および押出機用高耐食・耐摩耗シリンダの開発

燃化技術の実用化が望まれていることから、今後も様々な新しい難燃剤が開発、適用される可能性が高い(2)。一方、最終製品が必要とする物性を得るためには、射出

成形機や押出成形機のスクリュ形状や運転条件などのプロセス技術によるところが大きいが、スクリュおよびシリンダなどの主要部品の材質もまた重要な要素となる。すなわち、材質の選択が不適当であれば腐食や摩耗が発生して、製品への金属片の混入あるいは着色やヤケなどの不具合が発生するほか、保全性を悪くして操業時間の低下といった問題も発生する。射出成形機や押出成形機のシリンダ内面は、回転や前

後進運動を繰り返すスクリュと摺動する上、摩耗性の強い強化材や腐食性の強い添加剤を含むプラスチックも流動しながら接触する為、耐摩耗性や耐食性が重要となる。本報では、特に射出成形機や押出成形機のシリンダに発

生する腐食や摩耗の要因を述べると共に、最近開発されたシリンダ材について紹介する。

2.シリンダライニング材料およびバイメタルシリンダの製造方法

一般的に、汎用樹脂あるいは大型機械のシリンダ内面は、窒化やクロムめっきによって耐摩耗性を確保しているが、腐食性や摩耗性の高い樹脂には、窒化やクロムめっきでは対応できないため、シリンダ内面に耐食・耐摩耗性に優れたNi 基合金或いはCo 基合金をライニングしたバイメタルシリンダが使用される。これらのシリンダでは、ライニング層の厚みも2~ 3mm程度にすることが出来る為、窒化やクロムめっきと比べて寿命は非常に長い(但し、射出成形機と押出成形機では限界摩耗量は異なる)。更に耐摩耗性が必要とされる場合には、高硬度の炭化物や硼化物などの硬質物も添加される。現在、バイメタルシリンダの製造法としては数種が実用

化されている。単軸バイメタルシリンダでは、遠心鋳造法が一般的である。本方法は高温の筒状素材をローラー上で回転させることにより生じる大きな遠心力で、筒状素材の内面に溶融したライニング材を溶着させる方法である。この他に、合金成分の設計自由度が高く、組織が微細で高品質なライニング層を得られる、熱間等方圧加圧(Hot Isostatic Pressing、以下HIPと略す)法もある(3)(4)。一方、二軸押出機用バイメタルシリンダでは、遠心鋳造法

により作製した二本の単軸シリンダを並列に接合して二軸シリンダ化する方法(5)もあるが、現在は特殊製法(6)或いは上述したHIP 法により一体で製造する方法が一般的である。その他の製法としては、金属粉末を冷間等方圧加圧

(Cold Isostatic Pressing、以下CIPと略す)法により成形して真空焼結する方法(7)(8)などがある。

3.シリンダの腐食・摩耗要因と実験室的評価方法

プラスチックの成形加工時におけるシリンダ内面の摩耗や腐食の要因は、概ね次のように大別される。1)スクリュとシリンダの摩擦による滑り摩耗(凝着摩耗)2)GFなどの強化材や充填材による研摩耗3)熱分解ガス、添加剤による腐食実際の摩耗や腐食は、単なる凝着摩耗や研摩耗あるいは腐食だけではなく、複数の因子が重なって起きるケースも多くあり、特に腐食摩耗(エロージョン・コロージョン)は急激な損傷をもたらす。摩耗や腐食はシリンダの材質、スクリュ形状以外にも、シリンダ内での原材料の温度、圧力、速度などにより大きく変化するが、最近ではGFや無機フィラーなどの強化材や難燃剤などの添加剤含有量の高い高機能性プラスチックが増えていることから、今までよりも短期間で損傷が発生することもある。

3.1 金属同士の摩擦による滑り摩耗射出成形機や押出機では、プラスチックの可塑化溶融および混練時に発生する樹脂圧力は、スクリュをシリンダ内壁面に押し付ける力、側圧(サイドフォース)に転化する。仮に、側圧が非常に高くなる場合、スクリュのフライトのチップ部とシリンダ内壁面の間に存在していた樹脂が減少して、潤滑剤的役割として機能しなくなるため、スクリュとシリンダの滑り(凝着)摩耗が起こる。これがいわゆる“カジリ”である。樹脂圧力と樹脂潤滑には樹脂温度や樹脂溶融粘度などが大きく影響する。高トルク押出機では、熱エネルギーの投入を極力抑えて低温で混練することも行われるが、このような場合には特に大きな樹脂圧力が発生して、側圧が大きくなる。ところで、金属材料の凝着性(カジリ易さ)は接触面圧や速度だけでなく、金属の組み合わせにも強く影響される。例えば、相互溶解度の高い金属の組み合わせ(例えば、CuとNiなど全率固溶体をつくるもの)では、非常に大きな摩耗(シビア摩耗)が発生するが、少なくとも一方に化学吸着活性の大きな金属を使用すると、シビア・マイルド摩耗遷移が起こり摩耗量は低減する(9)。すべり摩耗の評価方法としては、ピン・オン・ディスク型摩耗試験機を筆頭に、いくつかの摩耗試験方法が広く使われているが、プラスチック加工機械分野では、リング・オン・ディスク型試験機に属する大越式摩耗試験機で評価されることが多い。その理由は、前者にスクリュ材、後者にシリンダのライニング材を当てることによって、スクリュとシリンダ内壁面の接触における相性を評価できるからである。図1に大越式摩耗試験の概念図を示す。試験片

Page 101: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図1 大越式摩耗試験概念図

図2 砂摩耗試験概念図(ASTM G65-80)

(97)

射出成形機および押出機用高耐食・耐摩耗シリンダの開発

材質以外の試験条件は、滑り速度(周速)、摩擦距離、押し付け荷重(最終荷重)から構成される。大越式摩耗試験の特徴の一つには、押し付け荷重が摩

擦距離に連動して増加することで、試験時間の経過にともなう接触面積の増加によって生じる接触面圧の低下を相殺する機構になっているため、理論的には試験中の接触面圧が一定に保たれる点が挙げられる。試験結果は回転試験片と固定試験片の摩耗体積で示され

る。固定試験片の摩耗体積は、摩耗痕幅から幾何学的に計算されるが、回転試験片の摩耗体積は試験前後の質量変化から計算される為、摩耗粉が回転試験片に凝着した場合、試験後の試験片質量が増加する(摩耗体積が負となる)。また、複数の試験条件で得られた試験結果は、横軸に接触面圧 Pに摩擦速度Vを乗じた「PV値」、縦軸に「摩耗体積」をプロットしたグラフで示されることもある。ただし、大越式摩耗試験では接触面圧が試験結果に依存する為、試験条件としてPV値を設定することはできない。なお、摩耗の数量的表現には、「摩耗体積」の他に「比摩

耗量」(荷重、摩擦距離当りの摩耗体積)もよく使用される。

3.2 GFなどの強化材や充填材による研摩耗GFなどの硬質の強化材を含むプラスチックがスクリュや

シリンダに与える損傷の程度は、強化材の種類や含有量によって著しく異なる。射出成形機シリンダの場合、特に固体輸送域や可塑化溶融開始部では、GF含有ペレットがシリンダ内壁面に強く押し付けられる為、摩耗量は他の部分と比べて大きくなると考えられる。以前、当社においてペレットの摩耗性を評価した試験に

よれば、特に非常に硬く、鋭い角を持つアルミナを多量に含むプラスチックでは、試験片の摩耗量が著しく大きかった結果が得られており(10)、強化材の種類が摩耗に大きな影響を与えることが分かる。

また、GFの影響についても、各種GF含有ペレットについて摩耗性を評価した結果から、次のような特徴が確認されている。1)GF含有量がある一定量を越えると、研摩耗性が著しく増大する。

2)短繊維GF含有ペレットのGF突き出し量は長繊維GF含有ペレットよりも大きいので、同じGF含有量でも短繊維GF含有ペレットの研摩耗性は高い。

3)GF含有量が同じでも、PPよりもPCの方が研摩耗性は高いので、ペレットの硬さが摩耗に影響を与えると考えられる。金属材料の耐研摩耗性の評価方法としては、須賀式摩耗試験や砂摩耗試験がある。須賀式摩耗試験は、試験材を研磨紙(SiC)で摩擦する方式(二元摩耗)であり、砂摩耗試験(ASTM G65)は試験片と回転するラバーホイールの間にけい砂を落下させて摩耗させる方式(三元摩耗)である。以前、当社は須賀式摩耗試験による評価を行っていたが、砂摩耗試験の方が須賀式摩耗試験よりも実機の傾向に合っているため、現在は砂摩耗試験を耐研摩耗性の評価方法として用いている。図2に砂摩耗試験の概念図を示す。本試験は、一定速度で回転するブチルゴムを被覆した車輪(φ228.6mm×12.5mm)に対して、ブロック状の試験片を押付けると同時に、両者の接触部にけい砂(SiO2,AFS50/70)を落下させるので、試験片表面は砂による研摩耗を受ける。耐研摩耗性は、試験前後の重量変化をもとに算出した摩耗体積で評価する。試験条件は ASTM規格に記載されている 5 種類の標準試験条件から、試験片の耐摩耗性や表面処理層の厚さなどに基づき適切な条件を選択している。当社では、中程度の厳しさに該当する条件 B(回転速度200rpm(2.39m/s)、回転数 2000 回、荷重 130N)にて実施している。

Page 102: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

写真1 N55Vの金属組織

表1 Nアロイシリンダの特性と適用例

(98)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

射出成形機および押出機用高耐食・耐摩耗シリンダの開発

3.3 熱分解ガス、添加剤による腐食一部のプラスチックは、自身を構成する物質や添加剤に

腐食性成分を含むので、成形時の溶融過程において腐食性ガスが発生し、シリンダ内壁面が腐食する。特にエンプラのベースポリマーは熱的に敏感であり、成形加工温度も高いため、比較的顕著に現れやすい(3)(11)。しかし、蛍光X線分析で腐食性成分が検出されないプラスチックで腐食が生じたこともあり、このケースでは原料を詳細に分析したところ、Sなどの腐食性元素が微量に含まれていることが判明した。従い、プラスチックの腐食性の見極めや材料の耐食性評価には、腐食試験も必要となる。腐食試験には、溶融したプラスチックに金属材料を浸漬

して評価する方法(12)や、溶融プラスチック中で軸に装着した試験片を回転させる腐食摩耗試験方法が考案(13)(14)されている。しかし、このような溶融プラスチックを使用する試験方法は、作業性の悪さや特殊な試験機が必要となることから、一般的には、希薄な塩酸や硫酸などを用いた浸漬腐食試験(全面腐食の評価)が行われる。浸漬腐食試験の結果は、試験前後の質量測定から計算さ

れる腐食減少量や腐食度(単位時間における単位面積当たりの腐食量)、あるいは素材密度を加味した侵食度(単位時間あたりの侵食深さ)で示される。なお、腐食度の単位はmg/dm2/day (略号、mdd)、侵食度の単位はmm/yrで示されることが多い。

4. 高耐食・高耐摩耗シリンダ

表1は当社が開発し、射出成形機と押出成形機に使用されている代表的な高耐食・高耐摩耗シリンダ(Nアロイシリンダ)を示す。N60S は Ni 基合金中に Cr 硼化物等の硬質物を分散させた標準的な耐食・耐摩耗シリンダであり、当社独自の特殊製法であるJPM(JSW Powder Melting)法で製造される。この方法は遠心力を利用しない為、二軸押出機用シリンダも製作可能である。一方、N2000 は Ni 基合金中に特殊炭化物を多量に分

散させた高耐摩耗複合材のライニングされたシリンダで

あり、GFなどのフィラーを多量に含む樹脂に適している。N2000 は単軸用シリンダと二軸用シリンダがあり、単軸(二軸シリンダと区別する為、N2000Fと呼称される)用シリンダは遠心鋳造法、二軸用シリンダはJPM法により製造されるが、両者の必要とされる耐摩耗特性に合わせ、特殊炭化物の形態を替えている(14)。N70Hは Ni 基合金に特殊炭化物を分散含有させたシリンダであり、HIP 法により製造することから合金設計の幅が広がり、N2000よりもさらに耐食・耐摩耗性能が向上しているため、セラミックス、金属粉末含有プラスチックやスーパーエンプラ等に適用される。また、次節から最近開発された新たなシリンダであるN55V、N2000F-C、N3000Gを紹介する。

4.1 Nアロイ55VN55V は、酸化性酸環境において耐食性の優れたCoCrW系耐摩耗合金に迫る優れた耐食性能と、標準的耐摩耗シリンダであるN60Sよりも優れた耐摩耗性を兼ね備えた、新たな二軸押出機用シリンダである。このシリンダは、酸化性酸(特に硝酸)を使用する特殊なプロセスに対応する為に開発されたものである。N55Vは JPM法を改良した新製法により製造される。写真1にN55Vの組織写真を示す。N55Vは高耐食 Co 基合金のマトリックスに、高硬度のホウ化物が均一分散した組織を有している。

Page 103: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図3 N55Vの砂摩耗試験結果(窒化鋼は最高硬さ)

図4 N55Vの10%硝酸による浸漬腐食試験結果

写真2 二軸押出機用N55Vシリンダ(TEX44αⅡ)

写真3 N55Vシリンダのライニング層外観

図5 シリンダ構造

(99)

射出成形機および押出機用高耐食・耐摩耗シリンダの開発

図3にN55Vの砂摩耗試験結果を示す(試験条件:回転速度 200rpm(2.39m/s)、回転数 2000 回、荷重 130N)。N55Vは標準的耐摩耗シリンダであるN60Sよりも優れた耐摩耗性を有しており、さらに酸化性酸環境において耐食性の優れたCoCrW系耐摩耗合金に対しては、格段に優れた耐摩耗性能を示すことが分かる。また、図4に10%硝酸での全浸漬腐食試験結果を示

す(試験条件:温度 60℃、浸漬時間 6hr)。硝酸溶液中の耐食性能はHIPシリンダであるN61Hより優れており、CoCrW系耐摩耗合金に迫る耐食性能を示す。

写真2は二軸押出機 TEX44 のN55Vシリンダ、写真3はライニング層の外観を示す。

以上のように、N55Vは従来のNアロイと同等以上の耐摩耗性と、非常に高い耐食性能を兼ね備えていることから、プラスチックの成形加工だけでなく、特殊なプロセスに適した耐摩耗・高耐食二軸シリンダである。

4.2 Nアロイ2000F-C表1に示したN2000Fは、遠心鋳造法により製造される射出成形機用シリンダであり、当社の射出成形機の標準シリンダとなっている。N2000Fは耐食性に優れるNi 基合金マトリックスに、高硬度の特殊炭化物を均一分散させた組織を有するので、非常に優れた耐摩耗性と耐食性を兼ね備えている。図5にシリンダ構造の模式図を示す。

一方、最近開発されたN2000F-C(写真4)は、N2000Fの耐摩耗性を維持したまま、耐食性を向上させたシリンダである。通常、シリンダライニング材の耐食性はマトリックスとなるNi 基合金の耐食性に大きく依存するため、Ni 基合金の耐食性向上が不可欠である。N2000F-C は、長年にわたって当社の蓄積してきた遠心鋳造技術とライニング材の成分設計技術を融合させることによって、ライニング材の耐食性の向上を実現した新たな単軸シリンダである。

Page 104: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

写真4 N2000F-C の金属組織写真

図8 N2000F-C の砂摩耗試験結果

図6 N2000F-C の各種酸を用いた浸漬腐食試験結果

図7 N2000F-C のアノード分極曲線 写真5 N3000G の金属組織

(100)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

射出成形機および押出機用高耐食・耐摩耗シリンダの開発

図6に各種の酸水溶液を用いた全浸漬腐食試験結果を示す(試験条件:温度 60℃、浸漬時間 6hr)。N2000F-Cの耐食性能は、いずれの酸でも向上しているが、特に硫酸、リン酸水溶液では、大きく耐食性が向上している。図7に、30% 硫酸における腐食電流密度 icorr(= 全面

溶解域の腐食速度)をTafel 外挿法により求めた結果の一例を示す(試験条件:温度 30℃)。電気化学的測定であるアノード分極曲線測定(JIS G 0579)を行なった結果、N2000F-C の腐食電流密度は N2000Fと比べ一桁以上小さくなっており、耐食性が向上していることが示された。また、試験後に行なった試験片の表面観察結果から、Ni 基合金マトリックスの腐食が軽減されていることも判明した。

図8にN2000F-C の砂摩耗試験結果を示す(試験条件:回転速度 200rpm(2.39m/s)、回転数 2000 回、荷重130N)。N2000F-C は、従来のN2000Fと同等の耐摩耗性を有している。

N2000F-Cシリンダのフィールド評価をするために、腐食摩耗性の高いプラスチックを成形している射出成形機に組み込み、従来のN2000Fシリンダと損傷の比較を行った。その結果、従来のN2000Fシリンダよりも腐食摩耗による損傷が抑えられており、特に先端部ではN2000Fの1/5 程度と大幅な改善が見られたことから、N2000F-CシリンダはN2000Fシリンダよりも腐食摩耗環境に対して適していることが確認された。以上のように、N2000F-Cは N2000Fの耐摩耗性と高い耐食性能を兼ね備えたシリンダであり、腐食摩耗を伴うプラスチックの成形に適している。

4.3 Nアロイ3000GN3000G は、N2000F やN2000F-Cと同様、遠心鋳造法で製造される射出成形機用シリンダであるが、飛躍的な耐摩耗性の向上を目指して設計された硬質物を有する超耐摩耗シリンダである。写真5にN3000G の金属組織を示すが、N3000G のマトリックスには非常に微細な硬質物が均一かつ高密度に分散していることが観察される。

Page 105: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図9 N3000G の砂摩耗試験結果(窒化鋼は最高硬さ)

図10 N3000G の大越式摩耗試験結果

(101)

射出成形機および押出機用高耐食・耐摩耗シリンダの開発

図9にN3000G のロックウェル硬さと砂摩耗試験の結果を示す(試験条件:回転速度 200rpm(2.39m/s)、回転数2000 回、荷重 130N)。N3000G の硬さは N2000Fと比べて大幅に上昇していないにも関わらず、摩耗体積は約1/3(耐摩耗性が 3 倍)と大幅に向上している。通常、硬質物の大きさと耐摩耗性には反比例の関係があり、硬質物サイズが小さいほど耐研摩耗性は低下することが知られている(16)が、N3000Gでは微細な硬質物の分散状態を制御することにより、耐摩耗性を向上させている。さらに、N3000G は N2000Fより高硬度であるが、ライニング材は同等の抗折強度を維持している。

図10にN3000G の大越式摩耗試験結果を示す(試験条件:摩擦速度 2.37m/s、摩擦距離 200m、最終荷重185N、回転試験片材質 LSP-2)。N3000G の摩耗量、すなわち固定試験片の摩耗量は N2000Fと同等であるが、相手材である回転試験片の摩耗量はN2000Fよりも小さくなっており、N3000Gはスクリュの摩耗を低減させることが考えられる。

なお、N3000G の耐食性能はN2000F-Cに匹敵することから、N3000Gは N2000Fよりも、非常に優れた耐摩耗と耐食性能を兼ね備えた射出成形機用シリンダであることが予想される。現在、N3000Gシリンダはフィールドテストに供されており、N2000Fシリンダとの損傷比較を行う予定である。

5. 結  言

以上、本報では射出成形機や押出成形機に発生する腐食や摩耗の要因を述べると共に、これらのプラスチック加工機械に用いられる耐食・耐摩耗シリンダについて紹介した。プラスチックの高機能化と呼応するように、プラスチック加工機械の適用分野も広がり、シリンダやスクリュは非常に高い耐食性と耐摩耗性を要求されるようになった。一方、金属材料の設計技術や製造技術も進歩しており、従来材では不可能であった要求に応えられる材料も開発されているが、耐摩耗と耐食性に対して万能な材料は存在しないので、プラスチック材料の特性や成形加工条件などを良く把握して、スクリュとシリンダの材質を選定しなければならない。今後とも、進化するプラスチック材料および製造プロセスに必要とされる高耐食・耐摩耗材料の開発を進めていく所存である。

参 考 文 献

(1) 松島三典:工業材料、Vol.59、No.10(2011)、p.27(2) 西澤仁:工業材料、Vol.59、No.10(2011)、p.18(3) 羽田晋介、南出俊幸:成形加工、Vol.14、No.2(2002)、

p.81(4) 三島進、丸田賢二:プラスチック成形技術、Vol.7、No.10

(1990)、p.19(5) 森孝志:合成樹脂工業技術発表講演会プログラム、

Vol.34、No.43(1988)(6) 例えば、石堂隆雄、樋本明則、力健二郎、中島晴人:

日本製鋼所技報、43(1988)、p.93など(7) 高木研一:月刊新素材、Vol.6、No.7(1995)、p.36(8) 丸山公孝、高橋栄:東芝機械技報、14(1995)、p.24(9) 笹田直:摩耗、養賢堂(2008)、p.53(10)荒木田豊:機械技術、Vol.32、No.9(1984)、p.56(11)井上譲二:合成樹脂、Vol.41、No.4(1995)、p.16(12)三浦毅、木原勇二:第32回合成樹脂工業技術発表講

演要録(1986)、p.59-64(13)船平信之、宮田吉男:プラスチックス、Vol.57、No.8

(2006)、p.33(14)柳原圭司、岩渕明、千葉晶彦、平子秀嗣:型技術、

Vol.24、No.13(2009)、p.34(15)力健二郎:日本製鋼所技報、47(1992)、p.65(16)特許公報 2872571(1999)、p5

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図 1 BOG圧縮機の使用系統図

LNG(液化天然ガス)用ボイルオフガス圧縮機の開発Development of LNG Boil Off Gas Compressor

宮本 寛志Hiroshi Miyamoto

平 隼也Toshiya Taira

児嶋 伸士Shinji Kojima

立山 省吾Shogo Tateyama

技 術 報 告

広島製作所 産機部Industrial Machinery Dept., Hiroshima Plant

(102)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

LNG(液化天然ガス)用ボイルオフガス圧縮機の開発

近年、シェールガス革命や地球環境問題に関連し、天然ガスへの注目が高まっている。産出された天然ガスの貯蔵・運搬には大きく分けて二通りあり、1つは気体として利用する方法、もう1 つは液体として利用する方法である。本報では、液化貯蔵・運搬時に必要となるボイルオフガス圧縮機の開発に際し、実施した検討内容について紹介する。

Recently, in connection with shale gas revolution and global environment problem, natural gas is increasingly attracting attention. The methods to store and transport natural gas are roughly divided into two use modes, gas and liquid. In this paper, we present recent achievements in the development of Boil Off Gas compressor needed to store and transport liquefied gas.

1. 緒  言

近年、圧縮機の技術進歩に伴い、その使用用途は多様化している。その中でも、地球温暖化などの環境問題により注目されている液化天然ガス(Liquefied Natural Gasこれ以降 LNGと表記)の運搬・貯蔵時に使用されるボイルオフガス圧縮機(これ以降 BOG圧縮機と表記)は、世界的なLNG需要増加とともに市場が拡大している。図 1に LNG用 BOG圧縮機の使用系統図を示す。

①LNGをタンク内に貯蔵している。②タンクへの外気からの熱侵入、またはLNGを再液化装置に用いた際に熱が加わるため、BOGが発生する。③BOGを圧縮機により圧縮する。④圧縮したBOGは用途によって、ガスとして使用されるか、あるいは再液化装置に送られる。⑤送られたガスは再液化装置内で、さらに冷却されることで液化され、タンクに戻る。

LNG用 BOG 圧縮機では気化したガスの温度が -150 ~-120℃と極低温であり、従来の圧縮機構ではラビリンス機能が保持できない為、ラビリンス機能が可能となるLNG用 BOG圧縮機の開発を行った。

Synopsis

要   旨

Page 107: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 2 圧縮機の基本構造

図 3 シリンダ(ジャケット有)

図 4 シリンダ(ジャケット無)

(103)

LNG(液化天然ガス)用ボイルオフガス圧縮機の開発

2. 構造検討

LNG用 BOG圧縮機は -150℃の極低温ガスを取り扱うため、接ガス部に使用される材料は、低温脆性を考慮し慎重に選定することが必要である。また、極低温用圧縮機の構造としては低温ガスの温度

影響を配管・シリンダ等のガス流路部のみに留めることで、駆動部を従来のまま使用できる構造とした。

2.1. シリンダ構造について2.1.1 従来のシリンダ構造ラビリンス式圧縮機は、ピストンとシリンダの間に隙間を

持たせ、ピストンに刻まれたラビリンス溝によって、非接触のガスシールを行うことが可能である。また、この非接触シールがガスのクリーン性とメンテナンス間隔の向上に寄与しており、これがラビリンス式圧縮機の長所である。従来のシリンダの構造は図 3の通りシリンダ内に冷却水の

流路(これ以降はシリンダジャケットと表記)を設けた構造となっており、その理由として、下記の2点が挙げられる。

①吸入ガスと吐出ガスの温度差によって発生する熱変形を防ぐ。 (隙間変化による処理量減、ピストンとの接触を防ぐ)②ガス圧縮に伴う温度変化がシリンダに伝わり、さらにフレームに伝わらないようにする。

2.1.2 極低温用シリンダ構造-150℃のガスを圧縮する場合、吐出ガスの温度は圧縮比

によって若干変動するが -50℃近傍となる。そのため、シリンダの温度としては、吐出温度で安定したとしても、-80℃程度になり、従来の構造を使用した場合、シリンダジャケット内にどのような流体を流しても凍結してしまい、温度維持ができず、熱変形を防ぐことができない。また、凍結膨張によりシリンダジャケットが破壊する可能性も考えられる。そこで、極低温下でも使用できる材料の中でも製造容易

性を考慮し、線膨張係数の小さい材料を用いることで熱変形を最小とし、図 4に示すようなシリンダジャケットを取り除いた構造とした。しかしながら、このシリンダ構造では、フレームへの熱

影響を防ぐことができない。そこで、シリンダとフレームとの間に熱的防護のための流体を流すことができるサーマルバリアを設置する構造を採用した。

Page 108: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 5 従来構造と極低温構造の違い

図 6 運転試験時の温度および圧力変化

図 7 シリンダ(運転試験中)

表 1 極低温試験用圧縮機の仕様

(104)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

LNG(液化天然ガス)用ボイルオフガス圧縮機の開発

②設計プログラム改造のための性能確認 現在、当社の圧縮機の設計には独自の計算プログラムを用いている。そこで、新構造に対しても同プログラムを使用できるようにするために、極低温ガスにおける圧縮機の型式選定に用いる吸入圧力および吸入温度、圧縮比を変化させた場合の温度変化および圧縮機性能の指標の1つである流量変化を測定し、プログラムを改訂した。

3.1 新構造の妥当性の確認2 項にて説明した新構造を採用した試験機で極低温運転を行った。図 6は極低温運転を行った際の温度と圧力であり、図 7は運転中のシリンダを示す。図 6にあるように実際のLNG用 BOG圧縮機と同等の -150℃で圧縮運転を行い、カバー等よりガスの外部への漏れもなく、フレーム温度も0℃以上であったことから、運転は可能であると判断した。そこで、次に新構造の妥当性を確認するため、ラビリンス式圧縮機の性能を左右するピストンとシリンダとの隙間の評価を行った。方法としては、試験前後のピストンおよびシリンダの内径を比較検討することで評価した。

図 5に従来構造と極低温構造の違いを示す。

3. 検証試験および結果

2 項の対応を行った極低温試験用圧縮機の仕様を表 1に示す。これにより、低温窒素ガス(液体窒素)を使用流体として、以下の 2点の検証試験を行った。

①新構造の妥当性の確認 熱変形の影響を考慮した構造にて、極低温運転を行い、運転前後の各部の寸法および摩耗状況を比較し、健全性を確認することで、各部で検討した熱収縮対策の妥当性を確認した。

Page 109: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 8 運転試験後のピストンスリーブ

図 9 冷却によるシリンダの熱変形

図 10 運転試験時の推定理論流量および実測流量

(105)

LNG(液化天然ガス)用ボイルオフガス圧縮機の開発

3.1.1 ピストンとシリンダの摩耗状況運転試験前後でシリンダには摩耗はほとんどなく、製作

時の許容寸法内に収まっていたが、図 8に示すようにピストンスリーブの上部に偏摩耗が確認された。このピストンスリーブの偏摩耗の原因は、低温運転時の

シリンダの熱変形によりスリーブが部分的に接触したものと考えられる。図9は冷却によるシリンダの熱変形をFEM解析した結

果である。上部のみが偏摩耗した理由としては、ガスの圧縮により

吐出側のガスは暖められ、吸入側に撓むように収縮したシリンダとピストンの吐出側が接触したことによるものと考えられる。また、運転前後の各寸法を確認したところ、偏磨耗があ

った上部は若干の隙間増加があったものの、値としては小さいことから、現状の設計でも問題ないと判断した。

3.2 設計プログラムへの低温補正導入設計時に一番重要となる圧縮機の流量を確認した。

図10は図 6の運転における推定理論流量と実測流量である。ガス温度が低下していくにつれて、従来構造に関する流

量算出式で推定した理論流量と実測流量に差が生じ、実測流量が理論流量より最大で約 20%少ない値となった。試験後の圧縮機の各部を確認し、構造的な問題が起き

ていないことから、この流量減少の原因として、ガス起因とする圧縮機の吸込み不足が考えられ、要因として以下 2点が考えられる。1つ目は漏れガスの増加である。漏れガスとは、ピストン

とシリンダとの隙間を通って、圧縮・吐出行程の圧縮室から吸入・膨張行程の圧縮室に流れ込むガスである。

上述の隙間が増加して、ラビリンスのシール機能が低下すれば、この漏れガスが増加し、圧縮機の吐出流量が減少することになる。2 つ目はシリンダを通過するガスの温度上昇である。低温ガスがシリンダの各部を通過する際に熱をもらい、ガスは温度上昇および膨張を起こす。しかし、ピストン径は温度上昇・膨張前の圧力・温度条件を基に設計されているため、必要な処理量を出せなくなる。

Page 110: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 12 温度上昇メカニズム

図 13 流量検討結果(温度補正式)

シリンダ内での温度上昇のメカニズム ①圧縮により昇温したガスがシリンダ壁を加熱する。 ②暖められたシリンダ壁は次に吸入されたガスを加熱する

図11 シリンダ内で起きる温度上昇

温度上昇の可能性がある部位①吸入側弁室   ②圧縮室③漏れガス    ④吐出側弁室

(106)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

LNG(液化天然ガス)用ボイルオフガス圧縮機の開発

次に、②および③の圧縮室内での温度上昇を考える。そこで考えられる原因は大気との間の熱授受、ガス圧縮による発生熱、圧縮昇温された漏れガスである。大気との間の熱授受はシリンダ外表面に堆積した霜が断熱材として働くため、温度上昇への影響は小さい。また、圧縮・吐出行程の圧縮室から吸入・膨張行程の圧縮室に流れ込む圧縮昇温された漏れガスは量的には少なく、これも温度上昇への影響は小さい。したがって、この温度上昇の原因としてガス圧縮による発生熱が考えられる。この熱はガスの圧縮行程によって発生するが、この発生熱によるシリンダ内での温度上昇メカニズムを図 12に示す。

しかし、このガス圧縮による発生熱を取り去ることは難しいことから、温度影響を考慮した設計が必要となってくる。そこで、試験結果を基に温度上昇の推算式を作成した。推算式の入力項目として設計時に判明している条件を採用し、実際の設計時にも使用できるものとした(1~ 5)。図 13 は温度補正式を用いて流量補正した結果である。温度が安定するまでは実際の流量と大きく異なっているが、温度が安定すると実測流量に近い結果となった。

この温度上昇は図 11に示すように大きく分けて4箇所での温度上昇が考えられる。各部での温度上昇の原因は異なり、各弁室① ,④での温度上昇は大気との間の熱授受、圧縮室②での温度上昇はガス圧縮による発生熱と大気との間の熱授受、漏れガス③は圧縮により昇温したガスが吸入ガスと混ざることが原因であると考えられる。

この 2 つの要因の内、1つ目の漏れガスの増加は、運転中に起きる熱収縮による隙間の増加量を算出したところ、影響としては小さく、本項目が流量減少の主な原因とは考え難い。そこで、2 つ目の通過時の温度上昇について、測定を行

った。まず、図 11における①および④となる各弁室の温度測定を行ったところ、その温度に基づく理論流量は実測流量から大きく離れており、各弁室での大気との間の熱の授受が温度上昇の主な原因とは考えられない。

Page 111: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 15 実ガスでの運転データ

図14 シリンダ構造

(107)

LNG(液化天然ガス)用ボイルオフガス圧縮機の開発

3.3 実ガスでの運転当社内での検証試験が完了後、A社のテストプラントにお

いて天然ガスによる実ガス運転を行った。図15の通り、吸入圧力、吐出圧力、吸入温度を変化させた運転を行い、改造を行った設計プログラムの信頼性、ラビリンス/コンタクト式ロッドパッキンのシール性、シリンダ/フレーム間に設けたサーマルバリアの効果を確認した。

3.3.1 設計プログラムの信頼性実ガス運転を通して改造した設計プログラムの信頼性を確

認することは必須項目であり、この運転において圧縮機の重要な性能指標の一つである流量に関して検証を行った。検証の結果、定常運転時の設計プログラムによる流量の

計算値と実測値との間に性能に影響を与えるような差異はなかったことから、改造した設計プログラムの信頼性を確認することができた。

3.3.2 ラビリンス/コンタクト式ロッドパッキンのシール性圧縮機のロッドパッキンには、ユーティリティの使用を可能

な限り少なくするために、シールガスが不要なラビリンス/コンタクト式を採用している。液化エチレンの温度域までのガスに対してそのシール性は実証されているが、LNGの温度域では初めての試みである。そこで、実ガス運転時におけるロッドパッキンのシール性を検証するため、シール性が損なわれると圧力上昇を示すディスタンスピース内(図14を参照)の圧力を測定した。その結果、運転前後においてディスタンスピース内で圧力

上昇が見られなかったことから、シール性に問題がないことが確認できた。

3.3.3 サーマルバリアの効果実ガス運転時に熱媒に汎用の不凍液を使用して、図5に示したサーマルバリアの常時循環運転を行った。なお、不凍液をヒータによる熱媒の加熱は行わず、低温運転におけるシリンダ、サーマルバリア、フレーム各部の温度変化を測定した。吸入ガス、すなわちシリンダ入口温度が -100℃の際、シリンダ底部外壁で -15℃、サーマルバリア外壁で+5℃、フレーム上部では+15℃程度との測定結果が得られた。これにより、サーマルバリアによるフレームの冷却を抑制する効果が実証できた。

4. 結  言

本報告では、LNG 用 BOG 圧縮機の開発を行った際の検討事項および検討結果を紹介した。この開発にて新構造での運転を実証するとともに、-150℃での実際の運転データに基づいた設計プログラムの改造により、正確な圧縮機の設計を行うことができるようになった。現在は世界的な需要増加に伴い、拡大するLNG 用BOG 圧縮機の市場に改造された設計プログラムを用いて、対応している。

5. 参 考 文 献

1) 日本機械学会 編:機械学便覧基礎編 a2 機械工学、P. 142 -147

2)日本機械学会 編:機械学便覧応用システム編γ2流体機械、P. 139-155

3)栗野誠一,葛岡常雄 著:伝熱工学、P. 26-664)数森敏郎 著:新版圧縮機、P.8-385)日本機械学会 著:伝熱ハンドブック、P. 364-426

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(108)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

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太陽光発電による水電解水素の貯蔵システム

図 1 MHタンクの基本構造

2. 概 要

表 1 水素貯蔵用MHタンクに対する要求特性

項 目 仕   様

タンク基数、全体水素貯蔵量 19 基、100 kg H2(=1,120 Nm3)以上

繰返しサイクル数 20% 劣化まで 5,000 サイクル以上

1基あたり

水素貯蔵量 5.4 kg H2(60 Nm3)以上

水素吸収条件 30℃、1.0MPa0.5kg H2/h(94 Nℓ/min)で仕様貯蔵量の 90% 以上

水素放出条件 30℃、0.1MPa、1kg H2/h(187Nℓ/min)で仕様貯蔵量の 90% 以上

ユーティリティ 30℃温水、吸収時:10ℓ/min 以上、放出時:20ℓ/min 以上

1. はじめに

製品・技術紹介

(109)

地球温暖化防止の観点から、化石燃料の使用量を減らして CO2 を排出しない再生可能エネルギーを積極的に利用しようという動きが世界各国で推進されているが、太陽光や風力エネルギーは出力変動が大きいことがこれらの適用拡大に向けて課題となっている。太陽光発電は夜間や雨天の場合は発電が行えず、晴れの日でも日射が雲で遮られるなどの要因により出力が大きく変動する。風力発電もエネルギー源が風まかせであるため、季節による風の強弱以外にも時々刻々と変わる風速により出力が大きく変動する。水素吸蔵合金(MH)は常温・常圧で大量の水素を

吸収可能な金属であり10 気圧以下の低圧で安全に水素を貯蔵できること、および体積あたりの水素貯蔵密度が大きくコンパクトな水素貯蔵が可能であることから、出力変動の大きい自然エネルギー由来の電力を用いて水電解で水素を製造し、水素の形でエネルギーを貯蔵する方法の一つとして検討されている。今回、100kg 級の水素を貯蔵可能なMH 方式の貯蔵システムを製造したのでその概要を紹介する。

今回製造した水素貯蔵システムは、ビルディングの屋上に配置されたソーラーパネル群で発電した電力を短期的な需給調整の目的では蓄電池に蓄えるとともに、中長期的な電力需給調整の目的で水電解水素の形態で貯蔵し、需要に応じて燃料電池で発電する再生可能エネルギーシステムに適用される。このシステムの水電解装置の最大水素発生量は 40Nm3/hであり、これに適用するMHタンクに要求された仕様を表 1に示す。1kg H2/h の水素放出速度を確実に得るためには自動車のラジエーターのような熱交換器構造とするのが最適であるがこの構造はコスト高となるため、外筒に水冷ジャケットを配置した二重管構造容器を採用するとともに内蔵するMH合金量を多めにすること、および 1 基あたり二本の二重管容器を組み合わせることで仕様を満足するMHタンクを設計した。図 1にその概略図を示すが、二重管容器の寸法は長さが 1,780mm、ジャケットを含む外径が約240mm、MH 合金を収納する内筒の内径が約 210mm

であり、一本あたりのMH 合金充填量を 238kgとした。MH 合金充填層には、水素ガスを流れ易くするための通気材や容器内でのMH 合金の移動を防止するとともに合金への伝熱を促進するためのAl プレートが多数配置される。このため、容器を長さ方向に 2 分割して合金層を形成した後に溶接で一体化する製造方法を採用した。また、客先要求により容器は ASME Sec.VIII Div.1(Uスタンプは不要)準拠、MH 合金容器内筒に水冷ジャケットを溶接する部分には不動態化処理を施すことになった。

Page 116: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 2 使用したMH合金のPCT特性 図 4 プロトタイプMHタンクの水素放出特性

図 3 AB5 合金の繰返し耐久性試験結果

3. MHタンクの特性

製品・技術紹介

(110)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

実機製造前に確認用のMH容器を1本試作して水素吸放出特性の確認を行なったところ、容器1本あたりの仕様となるMH容器1本あたり94Nℓ/minの水素放出速度が仕様貯蔵量の 90%に相当する27Nm3 以上の水素放出量まで維持できない結果となった。このため、①MH合金の平衡水素圧をわずかに上昇させる、②容器内の圧力損失低減のために通気材の構造・配置を見直す、③伝熱促進のためのAlプレートの挿入間隔を小さくするなどの改善を施し、容器 2本を内蔵するMHタンクプロトタイプの製造を行なった。最終的に使用したMH合金のPCT特性を図 2に示す。典型的なAB5 型合金であるが、成分調整により平衡圧の調整やプラトーの平坦化を行うことで30℃における1MPa吸収、0.1MPa 放出時の水素移動量が 150Ncc/gとなり、AB5 合金の水素吸蔵能力をフルに発揮できる特性が得られた。この合金系の水素吸放出の繰返しサイクル耐久性は、過去のデータより図 3のように 5,000 サイクル以上を確保できることが確認できている。プロトタイプMHタンクにて水素吸収、放出特性確認試験を行なった結果、実質水素吸放出量は74 Nm3 に達し、所定の水素吸収速度にて61.4Nm3 の水素吸収と所定の水素放出速度にて62.3Nm3 の水素放出が実現でき、仕様貯蔵量の 90%以上を満足した。水素放出時の熱媒体温度、MH合金温度、水素放出速度、およびMHタンク内圧の経時変化を図 4に示す。水素放出反応は吸熱反応であるため、水冷ジャケットに流す熱媒体の温度は入口よりも出口側で約 3℃低くなり、水素放出工程の間、ほぼ一定の値を示した。水素放出の継続とともにMH合金の温度は徐々に低下するが、10℃以上の温度が保てれば所定の水素放出速度を維持できることがわかる。

プロトタイプタンクによる水素吸放出試験の様子を写真1に示す。実機ではMH容器を断熱材で覆うとともにMHタンク内の水素圧力を目視で確認するための圧力ゲージ、水素吸放出を確認・制御するための水素ガス系圧力トランスミッター、合金層温度測定用熱電対(2ヶ所)、および水素ガス配管と媒体配管に安全弁の取り付けを行い、媒体系配管には更に圧力トランスミッターと測温用熱電対の取り付けポートを設置する機器構成となる。最終製品の外観を写真 2に示す。このMHタンクを19 基用いることにより、100kg以上(実質 125kg)の水素を低圧で安全に貯蔵可能なシステムを構築できた。この貯蔵水素を用いて燃料電池で発電できる量は、約100kWh(実質 125kWh)の発電量に相当する。

Page 117: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

写真 1 プロトタイプMHタンクによる水素吸放出試験

写真 2 製品MHタンク外観

4. おわりに

製品・技術紹介

(111)

日本国内では風力発電エネルギーの賦存量は北海道、東北に局在しており、北海道では系統を安定に保つために許容される太陽光、風力発電の接続容量を既にオーバーしている。この解決のために、・変電所への大型蓄電池の設置・系統線の強化・北本連絡線の強化などの対策が採られつつあるが、系統に接続できない風力エネルギーは地産地消が求められ、地域の電力需要と合致させる必要がある。大型の蓄電池による電力貯蔵も一つの手段ではあるが、現状では蓄電池がまだ高価なため、余剰電力を水電解装置に導き、得られる水素でエネルギー貯蔵を行う需要は今後増大していくと考えられる。今回製造した水素貯蔵システムはこれまでのMHタンクの実績の中では最大量の水素貯蔵量であり、再生可能エネルギーを低圧で安全に貯蔵可能な手法として各方面にPRするとともに、さまざまな顧客要求に適合した水素吸放出特性を達成すべく技術開発を進めていきたい。

Page 118: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

大型風車 J100 の開発

図 1 J100/J82/J70 の納入実績

図 3 ナセル組立完成図

図 2 基本構造図(J100)

3. J100 の開発

2. JSW風力発電機(J70/J82/J100)の特徴

1. はじめに

製品・技術紹介

(112)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

近年、 地球温暖化問題を訴える動きが盛んになっており、温暖化の原因のひとつであるCO2 の排出が少ないエネルギーとして、風力発電は重要な選択肢とされ、世界中で急速に拡大している。日本においても、2012 年7月から「再生可能エネルギー固定買取制度」が開始され、急速な拡大が期待される。当社では、 2000 年から風力設備用タワーの製造を開始

し、 その後、J82(翼直径 82m, 定格出力 2,000kW)を開発し商品化してきた。 図1に示すように、現在は全国に110基の風力発電機を納入している。

当社の風力発電機の特徴は、構造をできるだけシンプルにすることで部品点数を少なくし故障確率を低減させたギアレス永久磁石型同期発電機方式である。 この形式の特長は、 風の力が作る回転力を直接発電機ロータに伝えることができ、 永久磁石の回転だけで電力を生み出す構造にある。このことは、 従来機がもつ複雑な増速機がなく、 外部からの励磁も必要ないため、 保守点検が容易で騒音源が少ない利点を持っている。基本構造は、 図2のように、 ブレードに発生した荷重は、 軸受

を通じて直線的にタワーまで伝達される構造になっている。フルコンバータ方式であるため、連系における突入電流

がなく、 FRT(Fault Ride Through)等の系統連系要求に対応が可能な電力品質が高いシステムである。

ギアレス方式は、 部品点数の削減にも寄与し、 誘導機等の他の風力発電機に比べると、 ナセル内部品数を大幅に削減している。 また、 高速回転部分がないため、 消耗部品と油の使用量が少なく、 加えて自動給油装置を採用したこともあり、 保守点検のコストを大幅に改善させている。発電機は中空でウオーク・スルーの構造を採用したこと

によりハブ内部まで、 ナセルの外に出ることなく、 容易にアクセスが可能なことで、 メンテナンス性を向上させている。稼働率の向上と遠隔地での運用を考慮し、 止めないで風車を運転継続させるため、 冗長性を考慮した 2 重化システム及び出力低減機能を開発した。 発電機とコンバータはマスターとスレーブの 2重化を行い、 故障時でも50%定格の運転継続が可能である。

当社では、 2008 年から 50m長のブレード(JB50)の開発に取りかかり、 翌年から風車本体(J100)の開発に着手している。 2012 年からJ100 初号機の製造に着手し、 2013 年9月に北九州市に初号機を建設した。図 3に室蘭製作所でのナセル組立完成風景を示す。

Page 119: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 5 出力性能

図 6 騒音周波数分布図(標準化風速 7m/s 暗騒音修正後)

図 4 J100 完成風景

表 1 基本仕様

表 2 推定パワーレベル

4. おわりに

製品・技術紹介

(113)

3.1 仕 様J100 は、 実績のある J82 から基本設計を変更すること

なく、 J82 の実績を踏まえた大型機である。 表 1にJ82とJ100 の基本仕様を示す。

3.2 J100 運転実績初号機は既に営業運転しており、各種運転データの収集

を行っている。図 4にその完成風景を示す。今回は、性能測定と騒音測定を実施したので紹介する。

3.2.1 性能測定初号機 J100(定格出力 2700kW)にて、風速に対する出

力性能測定を行った。評価の結果、当初計画した出力性能と同等であり、十分な性能を満していることを確認した。

3.2.2 騒音測定JIS C 1400-11(風力発電システム - 第 11部:騒音測定方法)に基づき、2013 年 12月に初号機 J100 の騒音測定を行った。標準化風速 8m/sec(観測点高さ10m)において推定パワーレベルA特性)は表 2に示す通り102.9dB(A)と、J82 に比べて騒音値が約1dB 低減し、他の陸上機とほぼ同じ値であることを確認した。

当機はギアレスのため、増速機を使用した風力発電装置に見られる、増速機のかみ合いによる300Hz 付近の音圧レベルの突出(純音)が見られない。(図 6 参照)

3.3 雷対策(J70/J82/J100)当社の風力発電機は、 日本海側の強雷地域に風力発電設備を設置した実績を踏まえ、 IEC 規格値以上の雷対策を行っている。各ブレード先端部に大型レセプタを装備することにより、 ブレードの耐雷性能を強化し、雷強度は、 IEC 規格の雷保護装置レベルⅠ以上、NEDOのガイドラインに従った日本の雷を考慮した設計とした。島根県の当社風車において、2010 年 12月に全電荷移送量 1013C、比エネルギー19,000kJ/Ωのレセプタ部への着雷を計測したが、ブレード本体には損傷がなく、 強雷に対して十分な能力を有していることを確認した。

 J100の風力発電機の設計および安全性評価については、J82と同様に認証機関の設計認証を取得する予定である。今後は、J100 初号機を製造・建設・運転することで、各種性能を確認し、実績のあるJ82 風力発電機と共に国内稼動実績を積み、 日本の地形、 気象条件にあった風力発電機へと改良を続けることで、 顧客の満足を得て、将来を視野に入れた開発・改良にも着手してゆく予定である。

Page 120: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

熱間圧延用超大型ロールハウジングの製造

写真1 ロールハウジングの外観

写真 2 鋳込み作業風景

図1 熱間圧延設備の概要

3.造型、鋳込み作業の検討

4.手入れ作業(鋳仕上げ)

2. ロールハウジングの概要

1. はじめに

製品・技術紹介

(114)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

当社にとって38年ぶりの製造となる熱間圧延用超大型ロールハウジングを受注した。本製品は厚板用の熱間圧延設備を構成する部材であり、単品重量が 380トンを超えるという、単一の鋳物としては世界最重量級の製品である。製品重量が製造限界に近いため、製造にはいくつか大きな問題があったが、当社の総力を結集して問題を解決し2013年に無事出荷することができた。以下に、本製品の製造に関するいくつかの改善事例を紹

介する。

ロールハウジングの外観を写真1に、熱間圧延設備の概要を図 1に示す。ロールハウジングは、使用時姿勢で全高約15m、全幅は約5mあり、おおよそ1m角断面の柱2本を持つ、縦長のロの字のような部材で、材質は SC450 である。圧延用ロールを挟み込む用途で、ほぼ同一形状のロール

ハウジング2品を向き合わせ、図1のように配置する。ロールを回転させる駆動装置がある方を駆動側、もう一方を作動側と呼称している。加熱された連鋳スラブは、圧延用ロールの間を通過する

都度、圧延・圧下される。所定の板厚の鋼板となるまで往復動作を繰り返す。

駆動側の製品重量は約 384t、作動側の製品重量は約381tで、鋳放し重量は両製品とも400tを超える。クレーン能力の制約から、鋳造工場での砂上げは困難であったため、充分なクレーン能力を備えた製鋼工場のピットを使用して鋳込み作業を行った。写真1に鋳込み風景を示す。鋳込み作業は取鍋を複数基使用する壮大なもので、鋳込み総重量は 540トンに達した。

鋳鋼品の製造工程には、余肉・鋳ばり等の除去、整形、欠陥除去、補修溶接等の手入れ作業(鋳仕上げ)が含まれる。欠陥とは、鋳鋼品に不可避的に発生する砂噛み、熱間割れなどであり、所定の非破壊検査によって検出され、不合格と判定されたものをいう。このような欠陥は完全に除去されたのち補修溶接される。

Page 121: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

写真 3 鋳造工場内での手入れ作業状況

写真 4 機械加工の作業状況

5.機械加工

図2 加工部位を着色区分したモデルのイメージ

6. おわりに

製品・技術紹介

(115)

これら手入れ作業全体では、カーボンエアアークガウジング、溶接機、グラインダ等の器具、検査・測定機器、予熱用治具などを含む治工具が多数必要となる。これら治工具は鋳造工場に備わっているもので、作業性の観点から鋳造工場で上記の手入れ作業を行うのが好ましい。しかしながら、先述のように鋳造工場ではクレーン能力の制約から、製品を吊り上げることができない。そのため、製品を輸送用台車に搭載して鋳造工場に搬

入したのち、油圧ジャッキにて持ち上げてから台車を引き抜き、工場内に設置した受け台に受け替える方法を採用した。これによりクレーン能力に制約されることなく、製品を鋳造工場に搬入することが可能となり、作業性を損なうことなく鋳造工場内で手入れ作業を行うことができた。手入れ作業の状況を写真 3に示す。なお、工場内に設置した受け台は、輸送用台車の床面よ

り高いものを準備したため、鋳造工場搬入後の製品上面の高さは工場床面から2mを超え、製品の手入れ作業は高所作業となる。足場の確保、安全帯の装着など、安全対策にも充分考慮して作業を実施し、災害を発生させることなく終えることができた。

本製品の所定の部位には機械加工が施工される。製品重量と加工機械周辺の耐荷重の問題から、使用可能な加工機械が 1 基に限定されたので、2品を並行して機械加工することは不可能であった。限られた加工能力を最大限に活用し、かつ、全体工期を

短縮するため、一方を機械加工している間、もう一方は待たせることなく手入れ作業を実施するよう調整した。これにより工程待ちによるロスを最小限にとどめ、かつ、他製品への影響も抑えることができ、納期も遅れることなく出荷することができた。機械加工の作業状況を写真4に示す。

また、製品が大きく、かつ、加工区分が複雑であることから、通常の二次元図面では加工の見落としが懸念された。そこで、3Dモデルを活用して鋳肌面、機械加工面、仕上げ面などの加工区分を着色して分類、所内各部署で情報共有を行い、加工漏れ、加工ミスを防いだ。着色したモデルのイメージを図2に示す。

機械加工において、特に両端の軸が収まる穴の内面は奥行があり、段加工もあることから加工が難しかったが、新しい治工具を作製し、加工方法に様 な々アイディアを取り込むことで問題を解決し、作業を完了することができた。

当社の鋳造製品の主力は火力発電用タービンケーシングであるが、一般産業部材にはロールハウジング、プレス部材のような超大型鋳鋼品の需要もある。一般産業部材はそれぞれに形状が異なり、製造上の問題点も製品ごとに異なってくる。一鋳造メーカーとして超大型鋳鋼品の製造技術、技能の伝承を行い、顧客のニーズにしっかりお応えできるよう努めていきたい。

Page 122: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

曲面追随型アレイUTスキャナ「フレキアレイ TM」の開発

写真1 フレキアレイTM

(写真は 300mm幅フレキアレイ 配管外径=609.6mm)

写真2 大径配管用アレイUTスキャナ(写真の配管は外径 812.8mm)

写真3 フラットアレイTM

(写真は 300mm幅フラットアレイ L170×W350×H120)

1. はじめに

3. 特 徴

2. 開発背景

製品・技術紹介

(116)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

日鋼検査サービス㈱ではこれまでに、石油・化学プラント等における配管や圧力容器の減肉検査を目的に、各種アレイ超音波探傷スキャナ(以下、アレイUTスキャナ)の開発及び検査サービスの提供を行ってきた。このたび、配管サイズを問わず、三次元形状を有する試験面にも追随するアレイUTスキャナ「フレキアレイ」を開発したので以下に紹介する。

国内の石油・化学プラントは高度経済成長期に建設されたものが多く、近年は設備の老朽化が著しい。特に設備管理上の重要度が低く、損傷リスクの低いオフサイト配管は、これまで恒常的な保守点検がされておらず、近年になって経年的な腐食減肉による漏洩事故が後を絶たない。このような配管は、プラント内に膨大に存在し、また腐食減肉箇所の予測が難しいため、広範囲を短期間で検査可能な装置開発が望まれている。このような市場ニーズを受け、日鋼検査サービス㈱はこ

れまでに、高速検査を可能とするアレイUTスキャナを開発し、実機適用を進めてきた。配管直線部の検査に特化した「配管用アレイUTスキャナ(写真 2)」、平面や圧力容器の胴部に使用可能な「フラットアレイTM(写真 3)」などが代表例である。ここで紹介する「フレキアレイ」は、これまでの開発装置

を更に発展させ、平面から曲面まで、三次元形状を有する検査対象物を、一つのスキャナで簡便に検査することを可能としたものである。

(1)曲面への追随性「フレキアレイ」はチェーン構造のフレームと、自由に屈曲する超音波探触子で構成される。また無数に取り付けられたマグネット車輪により、検査対象物が強磁性体であれば、スキャナ自体が試験面に吸着する。これにより、平面から小径配管(3B)まで、多くの曲率に対応することが可能となった。特に、これまでのアレイUTスキャナでは検査が不可能であった、配管のエルボやレデューサ、圧力容器の鏡板などの三次元的に形状が変化するものなど、多様な検査対象物に用いることが可能となった(図 1)。

Page 123: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

写真4 従来開発装置による検査風景

図1 エルボ、鏡板への適用イメージ

写真5 フレキアレイによる検査風景

図2 工事実績

4. 実 績

5. おわりに

製品・技術紹介

(117)

(2)高い汎用性これまでに開発してきたアレイUTスキャナは配管サイ

ズによる使い分けが必要で、例えば検査対象物が「4B 配管・10B 配管・圧力容器の胴部」の 3 種類であった場合、「4B 配管用スキャナ・8B~10B 配管用スキャナ・フラットアレイ」の3 種類のスキャナが必要であった。これに対し、「フレキアレイ」は 3B 以上であれば全ての配管サイズに適用可能である。

(3)軽量・コンパクトこれまでの開発装置、例えば「大径配管用スキャナ

(28B~ 36B)」の重量が約 20kgであったのに対し、「フレキアレイ」の重量は約 2.5kg(検査幅 400mmの場合)であり、大幅な軽量化を実現した。スキャナの寸法も、高さが 50mm以下、前後幅が 125mmと、これまでよりも格段にコンパクトなものとなった。これにより現場での作業性が大幅に向上し、従来装置では 4人で実施していた作業が2人で実施出来るようになった。また、従来装置では 15 分要していた配管へのセッティング作業や取り外し作業が、フレキアレイでは 3分以内に短縮された。

「フレキアレイ」は平成 23 年度から実機適用を開始し、これまでに製油所や石油備蓄基地の配管減肉検査に多く用いられている。これまでの工事件数(配管類)は 55件、総検査長は延べ 12kmとなっている(平成 26 年 4月現在)。また、複雑な曲面形状に追随する特性を活かし、圧力容器の鏡板はもとより、小型タンクの屋根板や側板など、ひずみや変形が大きい構造物にも適用対象が広がってきた。

三次元形状曲面に追随するアレイUTスキャナ「フレキアレイ」を開発した。これにより、これまでは複数のアレイUTスキャナ(全 9 機種)を駆使して実施していた検査工事を、当該装置のみで実施することが可能となった。また、これまでの開発装置では検査が困難であった、配管のエルボや圧力容器の鏡板など、新たな検査市場の開拓にも繋がった。今後もこの「フレキアレイ」の特性を活かし、新たな検査市場獲得を目指した営業展開を行っていきたい。

Page 124: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

写真1

薄肉食品容器成形用ハイサイクル射出成形機の紹介

製品・技術紹介

(118)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

弊社電動射出成形機ADシリーズは型締力35トンから3000トンまでをラインナップし、自動車部品や家電部品などのあらゆる分野で多くのお客様からご好評をいただいています。私たちの身の回りにはプラスチック製品が溢れていますが、食品関係に代表される容器類も世界中でたくさん用いられています。これら容器類は一般的に多数個取りハイサイクル成形であり、生産性が最も重視されています。中でも高速射出を必要とする薄肉容器成形現場では現在もまだアキュームレータ搭載の油圧成形機が多数稼動しており、省エネルギーや成形安定性に優れた電動成形機への設備更新が求められています。そこで弊社電動成形機の多くの優れた特長を活かし、本格的な薄肉容器成形に対しても十分ご満足いただける容器仕様機を開発致しました。今回ご紹介する超高速射出ユニット「180H-USM」は、280トンまたは180トン型締装置との組合せとし、JSWのハイサイクル成形技術や高剛性設計技術を投入しております。容器成形のために必要な機能を集約した主な特長は次の通りとなります(表1参照)。

①高速型開閉仕様(ドライサイクル短縮) AD標準機に対して型開閉時間を20%短縮。②高速射出仕様(薄肉容器成形対応) AD標準機に対して射出加速度を3.4倍に向上。③高剛性型盤仕様(薄肉容器成形対応) AD標準機に対して型盤剛性を20%向上。④ロングスクリュ/シリンダ仕様(可塑化能力向上) スクリュL/Dを大きくし高速可塑化を実現。⑤型締リニアガイド仕様(大型金型搭載対応) 多数個取り成形、大型重量級金型に対応。⑥デーライト延長(大型金型搭載対応)⑦SYSCOM3000コントローラを搭載高速演算制御による精密制御、成形サイクル短縮のため の専用モードを装備。    

上記性能は現在までに培ってきた電動成形機の開発設計力と電動サーボ制御技術を融合して実現されています。日常生活に密着した食品関係の容器成形市場はまだまだ拡大すると考えられます。弊社では高生産性・低価格高品質が要求されるプラスチック容器類の成形市場において、油圧成形機より大幅に少ないランニングコストやメンテナンス性に優れた電動成形機によるハイサイクル容器成形を提案致します。

Page 125: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

表1 容器仕様機の主な装備

主仕様表

製品・技術紹介

(119)

Page 126: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

レンズ成形用 大型電動多材質射出成形機

図 1 J650AD-2M機 全体外観図(平面図)

図 2 M-DSI 成形プロセス

1. はじめに

2.. J650AD-2M機の機械仕様とその特徴

表 1 J650AD-2M機 主仕様

製品・技術紹介

(120)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

近年、射出成形機業界においては、中国をはじめとする新興国の躍進が著しい。性能面においても、各メーカとも、電動成形機を開発してきており、日本国内メーカの市場へ参入してきている。このような状況において、日本にしか出来ない、高付加

価値・高機能な成形機を市場に提案していくことが、強く求められており、この要求に応えることの出来ないメーカは、厳しい射出機業界で生き残っていくことは難しい。本報では、これらの市場要求に応えるために、レンズ成

形用の大型電動多材質射出成形機、J650AD-2M機(一部、オプション仕様を含む)を開発したので、概要を説明する。

以下に、J650AD-2M機の主仕様を表 1に示し、その仕様内容について簡単にまとめる。

(1)射出装置レンズ成形に最適な射出装置を搭載。(オプション仕様)以下に、主なレンズ仕様を示す。(注:射出装置サイズは成形品により変わります。)・可塑化高トルク(メイン、サブ共)・射出長時間保圧(メイン、サブ共)・光学仕様スクリュシリンダ(メイン、サブ共)・1ランク下スクリュシリンダ(メインのみ)

(2)型締装置多材質成形可能な型締装置を搭載。型締装置の大部分は、標準大型電動機を転用し、信頼性の高い型締装置を実現。

(3)オプション仕様(多材質成形に必要)・積層品成形仕様(M-DSI仕様)

本機は、(1)レンズ成形に最適な射出装置、(2)多材質成形可能な型締装置、(3)積層品成形仕様、を装備することによって、レンズ成形が可能となる。また、M-DSI成形プロセスを適用することによって、成形効率を大幅に向上させることが可能となる。以下に、M-DSI成形プロセスを示す。

Page 127: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 3 DSI 成形プロセス

図 4 サンドイッチノズルの構造

図 5 サンドイッチ成形プロセス

3. その他特殊成形法(別途オプション装備必要)

4. おわりに

製品・技術紹介

(121)

レンズ成形だけでなく、その他のオプション仕様を装備することによって、豊富な特殊成形も可能となる。その一部を以下に説明する。

(1)中空成形(DSI-2M)メインシリンダによって成形された2分割成形品の接合面をサブシリンダにて融着一体化する中空成形が可能。以下に、DSI-2Mプロセスを示す。

(2)サンドイッチ成形メインシリンダ先端にサンドイッチノズルを取り付けることによって、スキン層(表層)と異材質を用いたコア層(内部)を形成したサンドイッチ成形品を得ることが可能。以下に、サンドイッチノズルの構造と成形プロセスを示す。

高付加価値・高機能化した差別化技術を備えた機械の需要が一層高まってきている。今後とも、絶え間ない技術革新・技術改良を行い、魅力ある射出成形機の開発・設計に貢献していく所存です。

参考文献1)日本製鋼所技報 No.49(1993.10)2)西田正三、本山貴史:プラスチックエージ Vol.53(2007)3)日本製鋼所技報 No.58(2007)

Page 128: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

多材質成形用竪型射出成形機「JT150/150RAD-2M-110V/230V」

図 1 機械構成

図 2 組立成形1

図 3 組立成形 2

1. はじめに

2. 機械構成と成形方法

製品・技術紹介

(122)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

竪型射出成形機は、樹脂材料の中に金属部品などを埋め込むインサート成形用として広く使用されている。インサート成形法を利用した成形品は、自動車や医療関係部品に数多く存在し、身近なところではゴルフボールが知られている。一般の射出成形品に対してこうした複合成形品の付加価値は高く評価されており、成形品に多機能性を与えることができ、部品の小型化、軽量化を行うことが可能となる。このような特長のあるインサート成形に、成形品1つに対して2種類の樹脂材料を使用した多材質成形品を生産する機能を追加した機械が、多材質成形用竪型射出成形機である。後述する組立成形を行うことが可能で、一台の機械、同一金型の中で複合成形品を完成できるため、1次成形品をストックすることが不要となり、生産性や歩留まりおよび品質の向上が図れるというメリットがある。精密安定成形や省エネ性能で定評のある全電動型竪型

射出成形機 JT-ADシリーズに、付加価値の高い成形を可能とした多材質成形用竪型射出成形機「JT150/150RAD-2M-110V/230V」を追加したので紹介する。

機械構成は、大型のターンテーブル1つに対して向かい合わせるように型締装置2基を配置し、2つある型締装置の上部それぞれに竪射出式の射出装置を配する構成としている。(図1)成形方法は、ターンテーブルに同形状の下金型を複数取付け、形状の異なる上金型を1次側、2次側それぞれの上可動盤に取り付けた後、ターンテーブルを成形毎に回転させて順次成形を行っていく方法となる。1次成形と2次成形の間にインサート作業を行うことで、インサートした部品を挟み込むような組立成形が可能となる。(図2)また、インサートを1次成形前に行うことでインサート品の周りに2種類の材質や色の樹脂材料を成形でき、例えば手が触れる部分は柔らかい材料としたり、色の異なる材料を使用して意匠性を向上させたりすることができる。(図3)

Page 129: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

写真 1 成形機の外観

写真 2 成形機の外観

3. 機械の仕様 表1 主仕様表

項 目 JT150/150RAD-2M-110V/230V

射出装置

射出仕様 - 1次成形 110V 2次成形 230Vスクリュ径 ㎜ 40 45スクリュストローク ㎜ 110 145理論射出体積 cm3 138 231最大射出圧力 MPa 150 180最大保圧 MPa 124 162射出速度 mm/s 160 160射出率 cm3/s 201 254スクリュ回転速度 min-1 300 250ノズル形状 - φ6×R10 φ6×R10ノズルタッチ力 kN 15 15シリンダ温度制御点数   シリンダ3、ノズル2 シリンダ3、ノズル2

型締装置

型締力 kN 1470デーライト ㎜ 950 デーライト延長仕様含む可動盤ストローク ㎜ 250金型厚さ ㎜ 600~700最大金型寸法 ㎜ 650×500エジェクタ点数 - 3点エジェクタ力 kN 26エジェクタストローク ㎜ 60下金型質量 kg 690×4面

4. おわりに

製品・技術紹介

(123)

機械仕様は、JT-ADシリーズの型締装置と射出装置を基本としている。型締装置は同型締力のものを2基用い、射出装置は1次、2次成形のそれぞれの容量に合わせた異なるサイズのものを使用している。表1に主仕様を、写真1、2に成形機の外観図を表す。

多材質成形用竪型射出成形機「JT150/150RAD-2M-110V/230V」は、実績ある JT-ADシリーズの技術を応用した全電動型射出成形機で、精密成形性、省エネルギー性能を向上させた高機能機である。今後も多機能化を進めるとともに、多様化するニーズに応えられるよう、“JT-AD”シリーズの改善改良を推進する所存である。

Page 130: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

二軸延伸フィルムライン向け新型プロセスコントロールシステム

図2 グラフィック画面図1 二軸延伸装置制御システム

1. はじめに

2. 特 徴

製品・技術紹介

(124)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

二軸延伸フィルムラインは構成する装置が多数あり、オペレータの作業は広範囲となる。また少量多品種生産への対応のため、条件変更・品種替えに要する時間を最小限に短縮する必要がある。このような背景から全てのプロセスデータを集中管理するHMI(ヒューマン・マシン・インターフェース)としてプロセスコントローラを装備し、オペレータの作業をサポートしている。しかし、現プロセスコントローラは開発から10 年が経過したことから、後述する新機能を盛り込んだ新型プロセスコントローラを上市したので紹介する。

二軸延伸フィルムライン(図 1参照)は、原料設備・押出機・原反装置・縦延伸機・横延伸機・引取機・巻取機を中心とした成膜装置に各種計測機器、コロナ処理機・粉砕機などの付帯装置などが加わり、プロセスの設定及び監視する項目が 3000 項目以上ある。これらのプロセスデータを管理するため、従来のプロセスコントローラは以下のような機能を有していた。

1)各装置の設定条件、運転状態を監視するグラフィック画面2)銘柄ファイルの登録、読み出し3)現在アラームの一覧及びアラーム履歴4)全プロセスデータ1年分のトレンドグラフを蓄積表示

5)各装置の速度、温度などの設定値を登録し、ボタン一つ で全装置を増減速操作できるモード運転

そこでこれらの従来機能を改善し以下の新機能を付加することで、より一層の操作性向上と極め細やかな保全体制をサポートすることを目標とした。

①画面デザイン大画面モニタが安価に入手可能となったことより多数の情報を一画面に表示することができるようになった。プロセスデータの表示は目立ちやすい色を採用するとともに、設定値:青、現在値:水色のように色に意味を持たせた配色とした。また、表示するデータ数に関しても詳細表示、簡略表示と画面に応じた表示数としたことにより視認性を向上させた。(図 2 参照)

②操作性の向上従来の操作方法は、プルダウンメニューから項目を選択する方式で親和性があるが、画面切替えを行う操作であっても「メニュー、クリック」→「選択画面、クリック」と2アクションを必要とする。そこで新型では頻繁に操作する項目は、画面上のボタンまたは装置図形をクリックするだけのワンタッチ操作を可能とした。更にマルチウィンドウ方式を採用したことにより画面を同時に表示させ、見たい装置あるいは表データを並べて表示させることも可能とすることにより、運転状況の確認及び操作が容易となった。

Page 131: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図5 保全アシスト機能

図3 簡易トレンド表示画面

図6 タブレット端末イメージ

図4 関連図書表示画面

3. おわりに

製品・技術紹介

(125)

③トレンドグラフを簡単表示従来より専用画面でトレンドグラフを見ることができた

が、都度グラフ表示の設定を行う必要があるため、各装置のグラフィック画面より見たいデータのトレンドグラフをワンクリックで表示する機能を追加した。運転条件の確認、制御が不安定なゾーンの対処を容易とする機能である。(図 3 参照)

④マニュアル・関連図書に簡単アクセス各装置のグラフィック画面から確認したい部位をクリ

ックすると、その部位のマニュアルもしくは回路図面などの関連図書を表示させる機能を追加した。これにより、オペレータが必要とするシステム情報の入手性を良くした。(図 4 参照)

⑤保全アシスト機能全画面でアラームメッセージを確認できるよう変更し、発生しているアラームの対処方法を表示する機能を追加した。この機能によりアラーム発生時初動対応が容易になり、設備の早期復旧に寄与できる。(図 5 参照)

⑥操作履歴各装置の運転/停止などの操作履歴を記録する機能を追加し、アラーム履歴だけでは追跡しきれない装置停止発生要因を調査できるようにした。⑦メンテナンス性の向上従来は消耗品の使用経過時間で交換時期を管理するカレンダー方式のみであったが、消耗品の実作動時間の累積で管理する方式を追加した。消耗品の性状に合わせた管理方法の選択が可能となった。

今回従来機能の改善と新機能追加により操作性及びメンテナンス性を向上させ、ユーザフレンドリーなシステムを提供できるようになった。今後はタブレット端末の接続(図 6 参照)、リモートメンテナンスなどの新機能、新技術を随時取り入れながら御客様のニーズに応えるべく扱いやすいHMI 環境を提供し、二軸延伸フィルムラインの受注拡大に貢献したい。

Page 132: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

光学フイルム成形用フレキシブルロール

図 1 ロール配置例

図 2 JFロール構造図

写真 面長約3mの大型JFロール

2. 特 徴

1. はじめに

製品・技術紹介

(126)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

最近話題のテレビは4K高微細型、薄型である。これらLCDテレビ、ITフォン、などには種々の位相差フイルム、拡散フイルムなど光学フイルムが使われ、軽量、薄型化に重要な機能を発揮している。これらの光学、機能フイルムは溶液流延法、溶融樹脂押出しベルトニップ法、押出しロールニップ法などで造られる。今回開発したロールはロールニップ法のロールで比較的薄肉で低押圧のフレキシブルロールである。薄型のテレビや太陽光発電パネル、建築窓用シートなど

は大型化が時代と共に進むと予想している。弊社のフレキシブルロール「JFロール」(JSW Flexible

Roll)はこの大型化に対応できるのが大きな特徴であり、強みである。また、高線圧ロールにフレキシブル性を付与でき、高生産性を要求される食品パックシート、汎用機能シートの薄肉化、高速化にも適用できるのでその製品・技術を紹介する。

1. 薄シート成形性樹脂シートはTダイから溶融状態のシートで押出され、

数本の成形ロールで押圧・冷却されて造られる。「JFロール」は冷却・成形ロールとしての機能をもち、主にタッチロールとして使われる。(図 1、図 2)シート両面をほどよい力と温度でニップすることで両面がクリアな高精度シートが得られる。図 2のロール内部は温調液が高速で循環してシートを冷却・固化させる。他の成形ロールも外筒厚さは異なるが同様な構造である。

一般にフレキシブルロールは薄肉の外筒で構成され弾性があるので広いタッチ面が得られ、低線圧でシートをニップしても押し不足になりにくい。とくに薄いシートは溶融樹脂が早く冷却・固化し、また厚みムラも生じ易いのでこのロールが使われる。従来のフレキシブルロールは薄肉円筒イタ構造であり2 次元方向で均等な柔軟性があり、ニップ部の接触幅拡大とロール幅方向柔軟性は基本的に等しく、平面 2次元方向で均等な弾性を得ている。弊社のJFロールは中肉厚の外筒内面に円周方向にネジミゾがあり、シート流れ方向のニップ接触幅拡大効果は従来の薄肉フラットロールより少ないがロール幅方向のロール柔軟性が通常のフラットロールより1桁以上(断面二次モーメント比較)大きいことが特徴である。図 3にミゾ方向と曲げ方向でその柔軟性の差を比較する。(図3(a)が(b)より曲げ易い)シート成形ニップ部での外筒柔軟性を図 4 に示す。同図はロール軸芯に沿った断面を見た図で、JFロールは図 4(a)に示すようにシート厚さ変化(縦縞)に追従して変形し易い。薄シート成形性はシート流れ方向の厚さムラ・縦縞への追従性、柔軟性が重要であり、この構造を採用している。

Page 133: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図3 外筒の内面ミゾ(凹部)方向と剛性比較

図 4 外筒ニップ部のシート縦縞追従性

図 6 ロール外筒応力分布図シート厚さムラを想定したsin曲線荷重時応力

図 5 ロール外筒タワミ曲線

製品・技術紹介

(127)

図 4(b)の内面ミゾ(凹部)が無い従来の成形ロールではミゾが無いので幅方向の柔軟性が少なく、縦縞の未圧搾部が生じて薄いシート成形が困難である。

図 5にJFロールのロール幅方向のニップ部タワミ曲線を示す。滑らかなタワミは通常の均等荷重タワミを示し、凸凹タワミはシート厚さムラを想定したsin曲線荷重のタワミを示す(平均荷重は均等荷重と同じsin荷重)。前記した図 4(b)の従来構造ではこのような幅方向の柔

軟な凸凹タワミは得られない。

図 6はJFロールにsin曲線荷重をかけたニップ部外筒応力分布図を示す。これはシート厚さムラを想定した図 5の凸凹タワミに相当した応力図であり、変形量も同様の分布を示す。またJFロールの特徴である幅方向の柔軟性は、図 5に示すように絶対的なタワミ量及び応力値は幅方向で差があるが均等タワミと凸凹タワミのタワミ差分、すなわち幅方向の外筒シェル柔軟性は幅方向のどこでも均等な柔軟性があり、シート幅のどこであっても縦縞成形性は変わらない均等な成形性能が得られる。

2.ロール大型化もう一つの大きな特徴として外筒厚さが一般的なフレキシブルロールより厚いことからフレキシブル性能を確保しつつ大径、長尺のロールが製作可能で最大ロール面長3.5mまで製作可能である。またこの上限は現状での工作都合であり将来の大きさの限界はない。またロール直径に関してはとくに制限は無い。

3. 高線圧「中厚JFロール」弊社フレキシブルロールは線圧100N/cmまでのロール柔軟性と薄シート成形性、シート低応力低歪に対応した「標準JFロール」が標準であるが、高線圧ロールの市場ニーズも多い。JFロールは外筒厚さが通常弾性ロールより厚いことから、フレキシブルな性能を確保しつつ高線圧ニップのロールが製作可能である。この100N/cmを超えるニーズに対応するフレキシブルロールは「中厚JFロール」と称し、剛体ロールに近い丈夫さとフレキシブル性を兼ね備えて、既設、新設の油圧加圧システムが適用でき、高線圧のポリプロピレン樹脂(PP)、PET樹脂に適用できる。またこの「中厚JFロール」は従来の剛体ロールに比べて、薄肉・内面ミゾ付きで剛体ロールに比較して、冷却性能がよいことからライン高速化にも役立つと期待している。

Page 134: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 7 シート適用範囲イメージ図

3. おわりに

製品・技術紹介

(128)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

4.シート適用範囲剛体ロールではPP樹脂で0.4mm厚さ以下のシートの成形は難しくなり、このシート厚さ以下ではフレキシブルロールが使われる。JFロールは線圧100N/cmを境に「標準JFロール」と「中厚JFロール」の2つのシリーズがあり、シートの厚さ、幅で、適用範囲を分類しており、その概略を図 7に示す。大型の長尺ロールは必要線圧が低くても「中厚JFロール」にすることがある。またJFロールのシート厚さの成形範囲は広く、「標準JF

ロール」でもテスト成形ではあるがPET樹脂0.06mm厚さからPP樹脂:数mm厚さまで成形可能である。「中厚JFロール」ではほぼ剛体ロールと同様なシート厚さ迄、使用することが出来る。JFロール導入時のロール選定ではユーザーの要求によ

って、弊社テスト機による成形テストで確認している。

5. 特徴のまとめJFロールには他にも多くの特徴があるので以下まとめる。

1 両面タッチ薄膜シート成形に最適でシート両面を鏡面に 転写可能。梨地、彫刻ロールに適用可能 2 ロール面はHCrメッキ鏡面、クラウン付き。梨地、溶射、 各種皮膜にも対応できる 3 二重管構造の冷却ロール。外筒は特殊薄肉弾性金属製 シートへ平面でタッチでき、柔軟性がある。特に薄シー ト縦縞への対応性が良い 4 ロール形状は小型から大型まで製作可能 特に大型ロール面長3.5mまで製作可能 5 外筒内面にミゾがあるので冷却能力が高い 6 線圧の適用範囲は広い。一般的には20 ~400N/cm。  他は個別に対応可能 ・「標準JFロール」:線圧100N/cm以下 ・「中厚JFロール」:線圧100N/cmを超えるロール 7 薄シート成形時の低線圧化、シート低ひずみ応力化 8 温調液はオイルまたは水 9 流路はスパイラル構造が標準10 温調配管はロータリージョイント使用可能11 タッチロール以外の成形ロール、加熱・冷却ロールにも  適用可能

弊社フレキシブルロール「JFロール」は幅方向の柔軟性を選択的に高めたことで今までにない大型長尺化、高線圧化、高冷却性能をフレキシブルロールに与えることができた。またこの多くの特徴の一つ例えば高冷却性能を生かす単純な加熱・冷却ロールに適用して高性能な伝熱ロールが製作可能であり、また他の産業機械、例えば印刷機械、製紙機械、のニップロールへの適用と、各種加熱・冷却ロールへの適用など応用分野は広い。本ロール技術が広く産業界で使用されるよう努力して行きたい。

Page 135: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

ラボ用二軸スクリュ押出機 TEX25αⅢ

図1 TEX25αⅢの外観

図2 シリンダ分解図

2. 特 徴

特許番号:JP4192170

1. はじめに

製品・技術紹介

(129)

景気回復が見込まれプラスチック業界も徐々に活気を取り戻し始めている。業界において競争力強化のため、製品の高品質化、低コスト化を推し進めており、さまざまな複合化技術に対応するための製造プロセスの開発及び合理化が盛んに行われている。二軸スクリュ押出機は多くのプラスチックス材料の改質や高付加価値化に用いられ、その果たす役割は年々大きくなっている。これらを背景として、研究開発機への高性能化の要望が益々高まってきている。当社は、これら市場のニーズに対応するため、二軸スクリュ押出機TEXシリーズの改良に継続して取り組んできた。本稿では、研究開発機用として開発された最新鋭機TEX25αⅢの特徴について紹介する。図1にTEX25αⅢの外観を示す。

TEX25αⅢは、お客様の研究開発を迅速に進めるための最適な機能を搭載し、円滑な試験実施をサポートする。主な特徴を以下に述べる。

(1)世界最高レベルの高トルクを実現TEX25αⅢシリーズの開発コンセプトとして最も特徴的

な点は、TEX ‒α/αⅡシリーズからさらに高トルク化を実現し、世界最高レベルのトルク密度としたことである。これは高トルクを必要とするエンジニアリングプラスチックやスーパーエンプラをはじめとするあらゆる原料に対応することが可能であることを示す。 

また、高トルク化によって、従来のTEXでは得られなかった高能力および低樹脂温度での押出しと、それによる樹脂の高粘度領域での混練が可能となり、従来とは比較にならない高い混練分散性を得ることができる。なお、TEX25αⅢには、トルクリミッターが標準装備されており、運転操作ミスなどによる減速機やスクリュへの損傷を最小限に抑える設計がなされている。

(2)組み換え作業時間の短縮研究開発機では、さまざまな種類の原料や添加剤を扱った試験が行われるため、使用する原料に適したスクリュ/シリンダの組み合わせが要求される。そのため、スクリュやシリンダの組み換え作業は頻繁に行われ、特にシリンダ交換作業は長時間を要し、研究開発の効率化の妨げとなっていた。TEX25αⅢのシリンダは、上下二つのクランプにより、シリンダ同士を締結している。図2にシリンダを取り外した場合の分解図を示す。シリンダ単体の重量は約4kgと軽量のため、一人でも容易にかつ短時間でシリンダ組み換え作業が可能となる。このことで作業に掛かる時間が短縮でき、押出試験や研究開発に時間を充当することができ、研究開発の効率化が図れる。

(3)解析ソフトウェアTEX-FANを標準装備かみ合い型同方向回転二軸スクリュ押出機の複雑な混練挙動を予測することで、スクリュ形状やプロセス条件の開発を支援することができる。TEX25αⅢには、FAN(Flow Analysis Network)法を用いて独自に開発したシミュレーションソフトウェアTEX-FAN(図3)を標準装備している。

Page 136: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

TEX25αⅢ -52.5CW -4Vの主仕様

図3 TEX-FAN画面

特許番号:JP3679392,JP3795852

【 標準シリンダ構成 】

【 主 仕 様 】

3. おわりに

製品・技術紹介

(130)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

TEX-FANを使用することにより、二軸スクリュ押出機を利用した新しいプロセスの開発を行う際に、スクリュ形状に代表されるハード面と運転条件に代表されるソフト面の両面で、開発時間短縮が可能となる。

本稿では、TEX25αⅢの特徴について概説した。本機は、当社の長年の実績とノウハウ、そして今までにない最新技術を盛り込み開発を行った。また、研究開発機に対するお客様要望を徹底的に調査し、お客様の視点に立った多くの機能を搭載した。TEX25αⅢは、お客様のあらゆるニーズに対応するとともに、現状の課題を打破できるものと確信している。今後も時代の最先端をいく二軸スクリュ押出機TEXの開発に努力していく所存である。

Page 137: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

レーザ微細孔明機

写真1 ELD-A-D4-550 の外観

図1 マニュアル動作画面(リーラ制御画面)

図2 マクロプログラム画面

2. 装置構成

表 1 装置仕様

項目 仕様レーザ 波長 248nm(KrF)

周波数 250Hzパルス幅 25ns

光学系 ビームサイズ 4mm□最大エネルギー密度 800mJ/cm2

マスクサイズ 6inch投影レンズ倍率 1/5投影レンズNA 0.12

ステージ 位置精度 ±2μmストローク 550mm最大速度 350mm/s

リーラ 最大テープ幅 70mm荷重コントロール 空気圧

1. はじめに

製品・技術紹介

(131)

レーザによる孔明加工機は、フレキシブル基板やインクジェットノズル等の工程に使われ広く普及している。加工孔の大きさはレーザ波長が短いほど小さくすることが可能で、前者にはCO2レーザ(波長 10.6μm)、後者にはエキシマレーザ(波長 248nm)が使われ、各々の加工孔の大きさは、20μm以上、4~ 20μmである。今後、加工孔の大きさは、フレキシブル基板の性能向上、半導体工程での採用,化粧品や医薬品をはじめするバイオ分野への適用等により、益々微細化が進むことが予想される。このように、微細孔を形成する加工機は今後需要が見込まれるため、当社では数μm以下の微細孔加工が可能な、レーザ微細孔加工機 ELD-A-D4-550(写真1)を開発し、客先に納入した。本稿ではこの装置の概要について説明する。

装置は、レーザ発振器、光学系、マスク・試料台のステージ、ポリイミドフィルムのリーラ、観察系、システムコントローラ、で構成され、その主な仕様は表1の通りである。レーザ発振器は波長 248nmを発振するエキシマレーザ

発振器を採用し、光学系はレーザを均一強度に整形する照明光学系と、マスクを1/5 倍に縮小投影する投影光学系、ロール状のポリイミドフィルムを巻き取るリーラ、ポリイミドフィルムを吸着して所定の位置に移動する精密ステージ、レーザの出力、強度プロファイル、マスク位置をアライメントするカメラ等の観察系、で構成される。システムコントローラの操作画面を図1、2に示す。装置の個別機器は図1のマニュアル動作の画面で操作することができる。また試料作製など繰返し同じ動作を実行する場合には、図2のマクロプログラム画面でユーザがプログラムできる。

Page 138: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

写真2 加工孔形状

写真3 加工孔の断面

3. 特 徴

4. 加工例

5. おわりに

製品・技術紹介

(132)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

(1)エキシマレーザによる加工レーザ加工は熱処理プロセスと光化学プロセスに大別さ

れ、本装置は光化学プロセスに適した装置である。レーザが材料に照射され吸収されると、照射された部位の温度が上昇して沸点に達すれば気化状態になり、蒸発飛散する。熱処理プロセスはこのような材料の温度を上げて加工するプロセスで、加工部周辺の温度が上昇するために熱変位層が発生し、加工跡は明瞭にならず精密加工には向かない。一方、光化学プロセスは光子エネルギーの高い光を材料に照射して、分子骨格を形成している化学結合を切断するプロセスで、周辺の熱影響が小さく品質の良い加工が可能である。尚、熱影響を小さくするには照射時間が短いことも重要である。採用したエキシマレーザは、レーザ加工に広く採用されているCO2レーザ(波長:9.4 ~10.6μm)や、固体レーザ(波長:355 ~1,064m)と比べて、波長 248nm(光子エネルギー:5eV)と短く、パルス幅も25nsのため、熱影響の少ない加工が可能である。(2)マスク投影方式レーザ加工の光学系は、集光ビームをスキャンして順次加

工する方式と、マスクにレーザを照射して、マスクパターンを照射面に投影して加工する方式がある。前者はビームの利用効率が高いが、照射位置精度はビームをスキャンするため十分でない。一方、マスク投影方式は、マスクで遮光されるため光利用効率は低下するが、マスクパターンが精密に照射面に投影されるため、照射位置精度はステージ精度に依存し、2μm以下の精密位置合わせが可能である。また、マスクのパターンにより円形以外の複雑形状の加工が可能なこと、複数のマスクパターンを組み合わせることで、深さ方向の加工孔形状を変えることができる等の特長がある。

(1)加工孔形状50μmのポリイミドテープに、照射エリア4mm□内に、

直径 4μmの加工孔を均一に形成したときの加工孔形状を写真2に示す。写真のように真円度の良好な加工孔が均一に形成されることがわかる。

(2)複数のマスクによる多段階照射写真 3は 2 種類のマスクを使ってポリイミドフィルムを2段

に加工したときの断面形状である。まず小径パターンを使って貫通孔を形成し、その後2段目の孔を形成した。

エレクトロニクス分野をはじめ、多くの分野で微細加工への需要は高まっており、本装置をベースにして、更に微細な加工や、加工品質の向上、生産性の向上等の技術開発を行い、適応材料を広げて新規分野へと展開していきたい。

Page 139: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

真空加圧式ラミネータ 2ステージ機「MVLP-500/600-ⅡW」の特徴

図 1

図 2

図 3

1. はじめに

2. 「MVLP」2ステージ機の特徴と構成

株式会社 名機製作所  〒474-8666 愛知県大府市北崎町大根2 Tel.0562-48-2111 Fax.0562-47-2316Meiki Co.,Ltd

製品・技術紹介

(133)

2.2.平坦プレス装置ビルドアップ多層配電板などを構成する内層パネルなどは、次工程で積層を行うため、表面の平坦性が必要となります。平坦プレス装置は、断熱板、熱板、緩衝材、高剛性のプレスプレートで構成されており、熱板の平面度は 10μm以下、上下熱盤の平行度は 15μm以下に調整しています。この高精度に調整された平坦プレス装置でラミネートした成形品をプレスすることにより、表面が平坦な成形品を得ることができます。

2.3. 搬送装置2 つの成形ステージを挟んでフィルム巻出装置と巻取装置があり、フィルムロールを上下それぞれ取り付けて、搬送用キャリアフィルムおよびカバーフィルムとして使用します。その上下のフィルムを搬送装置のチャックで挟んで前進することにより、フィルムが巻き出され、投入テーブルにセットしてある成形品を第 1ステージに搬入します。ラミネート装置、平坦プレス装置と順に成形工程を送られていきます。(図 2、図 3)

このように2種の工法を組み合わせることにより、ボイドや埋め込み不足が無く、表面が平坦な製品を得ることができます。

パソコン、携帯電話、テレビなどエレクトロニクス機器の多機能、高性能化と共に電子回路基板などの薄型化、高密度化が進むことにより、タブレットPC、スマートフォン、薄型テレビなどの普及に繋がっています。それらの基板の製造には、導電回路を持った絶縁板やシートにフィルムを貼り合わせるラミネート工程が不可欠です。薄葉化する基板の貼り合わせ用として真空加圧式ラミネー

タ2ステージ機「MVLP-500/600-ⅡW」を開発しました。

真空加圧式ラミネータ「MVLP」の2ステージ機は、ダイアフラム式ラミネータ(第 1ステージ)と熱板による高精度な平坦プレス(第2ステージ)、搬送装置で構成しています。2.1.ラミネート装置一般的に多く活用されているロール式ラミネータは、ロー

ルの圧力(線)で成形品がしごかれるため、シワや厚みのばらつきが発生しやすくなります。また、成形方向(送り方向)が生まれるため、凹凸のある成形品では気泡や埋め込み不良の原因となります。「MVLP」のラミネート装置は、成形チャンバ内を真空に

する機能があり、真空環境下でダイアフラム(弾性膜)を介してエア圧力(パスカルの原理)により、均一な圧力(面)でプレスするため、気泡やシワなく、厚みも均一に貼り合わせ出来ます。また、成形品に接触する面は、両面とも弾性体(シリコーンゴム)であるため、導電回路(凹凸)を持った電子回路基板も良好に追従し、貼り合わせ可能です。さらに成形チャンバには、シートヒーターが組み込まれており、圧力同様に「線」ではなく、「面」で加熱するため、樹脂の流動(充填)を助け埋め込み不足のない成形が可能になります。(図1)

Page 140: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図 5

3. 「MVLP-500/600-ⅡW」の仕様と特長

表 1 基本仕様

図 4※(比較稼動条件) ラミネート装置:温度/真空時間/加圧時間/圧力        =100℃/20s/20s/0.7MPa 平坦プレス:温度/加圧時間/圧力        =100℃/40s/1.5MPa(≒490kN)

4. おわりに

製品・技術紹介

(134)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

①「MVLP-500/600-ⅡW」の基本仕様

②真空能力の向上(ラミネート装置)スクリュ式ドライ真空ポンプを採用し、排気効率が改善

するよう構成部品を見直すことで、真空ラミネータ成形能力の基本となる真空能力(排気速度、到達度)の向上を図りました。これにより、ボイド不良発生率の低減、成形時間の短縮などが可能になります。③平坦化プレス高圧化最近は、反りや熱膨張を抑えるため、貼り合せるフィル

ム(樹脂)に含まれるフィラーの量が増えるなど、樹脂の流動性が低い材料が増えてきたため、平坦プレスの最高使用面圧を 2MPaにアップし、より高い面圧での平坦化を実現しました。④省エネ高効率 IPMモータとインバーター制御を搭載した油圧装

置を採用したことにより、消費電力を従来機比約27%削減※

しました。(図4)この油圧装置は、低発熱、低騒音のため、作業環境も改善しています。

⑤キャリアフィルムテンション自動制御搬送停止精度向上のため、キャリアフィルムテンション自動制御を標準装備としました。巻出・巻取装置にフィルムロール径計測センサーを組込み、巻き径の変化に合わせ、トルクモーターの出力をフィードバック制御することで、搬送中のフィルムテンションの安定性が向上しました。さらに、MVLP 独自のチャック搬送システムと組み合わせることにより速度が安定し、高精度の搬送制御を実現しています。(図 5)

⑥クリーンルームへの負荷低減ドライ真空ポンプ、省エネ油圧ポンプを採用することで、オイルミストの発生や発熱を抑制し、クリーンルームへの負荷を低減しています。

真空加圧式ラミネータ2ステージ機「MVLP-500/600-ⅡW」は2ステージタイプのノウハウを集約し、近年の多様化、高精度化するニーズに応えられるように、今後も改良改善に努める所存です。

Page 141: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

小型容器用8頭ダブルステーション中空成形機の紹介 MSD-90E/73CZ-AP(E8)

写真1

図1 型締正面構造図

図2 型締スライドサーボ トルク-回転数波形

2. 特 徴

1. はじめに

基本仕様①対象製品 100~150㏄       飲むヨーグルト・化粧品等②最小成形サイクル:10秒③型締方法:3本タイバ方式④型締力:150KN⑤金型寸法:幅740mm×厚み190mm×高さ300mm⑥デーライト:190~300mm⑦スライドストローク:850mm

株式会社 タハラ  〒134-0081 東京都江戸川区北葛西 1-17-22 Tel.03-3680-2131 Fax.03-3686-3439Tahara Machinery Ltd.

製品・技術紹介

(135)

プラスチック容器の小物製品は生産性向上のため、多頭機でのハイサイクル化が求められてきている。当社は今後、小型製品の需要が増えることを考え、高生産性・高品質の製品が得られるよう、高速成形のための型締と、ばらつきの少ない多頭ヘッドに注力し、8頭電動ブロー成形機(型締力150KN、ダブルステーション)を開発した。本稿では、8頭電動成形機の概要と型締、ヘッド、取出装置などの開発内容について紹介する。

8頭成形用として、型締装置は高速動作・高剛性であること、ヘッドは小型・パリソンの均一化・滞留時間を短くし、メンテナンスが容易であること、取出装置は取出方向などを開発の重要課題と位置づけ電動成形機を開発した。写真1に本装置の外観を示す。

(1)軽量化当社の150KNの型締装置は、金型幅600mmの型締はすでに多くの納入実績がある。本成形機の型締は、これに比べ金型幅が740mmと更に大きいため、単なるスケールアップでなく、プラテン厚さやリブの配置、高さなどの検討を行い、軽量化することと剛性と強度を両立する必要がある。今回の型締についてFEM解析を行い、リブの配置や高さを適正化することで、最大変位を約0.038mmに抑えることが出来た。(2)スライド高速化ダブルステーションのスライド機構は「図1」に示す通り安全性を考えクランク式としている。

型締スライドストロークは850mm、型締の移動部重量は金型を入れて2200kgとして当社サーボ計算プログラムで計算した結果は1.59secとなった。実機では、加減速時間やパラメータ最適化・指令信号の最適化などで、下記トルク・回転数波形の通り、実測-行き側1.16sec・戻り側1.04secの動作時間となり、計算結果より早めることができた。

Page 142: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

図3 8頭ヘッド本体部、流路モデル

写真2 多条スパイラルマンドレル

3. 主仕様

押出機仕様スクリュ径スクリュ回転数最大押出量

ヒータ容量

温調点数

ヘッド仕様型式ヘッドピッチダイ外径ヒータ容量温調点数型締仕様型式型締力デーライト型締開閉ストローク型締スライドストローク

金型寸法

打込方式打込力その他生産数総電気容量

本装置寸法

機械総重量

90mm10~80rpm190kg/h55kw

6点(フィードボックス1点・バレル5点)

マンドレル式8頭クロスヘッド85mm35mm18.98kw30点

タイバーレス方式150KN300mm

110mm

850mm

幅740mm×厚み190mm×高さ300mm8頭×2 単独打込 6.5KN

サイクル10秒として、5760本/h約137kw幅5620mm×高さ3235mm×奥行き5280mm25.8ton

押出機モータ18.6kw

表 1

4. おわりに

製品・技術紹介

(136)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

又、これらの各動作の最適化後、型開閉とスライドをラップ動作させることで、2.80secとなり計画値(3.0sec)を短縮させることができた。

(3)8頭ヘッド パリソンの均一化当社の8頭ヘッドは、客先の要求される仕様(樹脂特性など)に応じ、受注機毎に最適な流路デザインを設計・製作している。ヘッド本体部の分岐方法は、「図3」の流路モデルのように

逆トーナメント方式(1本→2本→4本→8本)を採用した。この方式により、ヘッド構造の簡素化の実現と、8本の安定した高品質のパリソンを出すことができた。又、マンドレル形状はパリソン肉厚均一化を図るため多条

スパイラルヘッド(写真2参照)としており、8頭ヘッド用計算プログラムを使用して、ヘッド設計に必要な流路寸法をインプットし、流路寸法や形状の最適化設計を行うことで、押出機の圧力損失や樹脂平均滞留時間、合流部の剪断速度などの最適化と、各パリソンの厚みの均一化を図っている。

下記の表1に本装置の主仕様を示す。

本稿では、新開発したMSD-73CZ、8頭成形機の開発コンセプト、開発重要項目について記述した。今後、多頭成形機のニーズに答えるべく、技術向上に努めていく所存である。

Page 143: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

製品・技術紹介

(137)

Page 144: 日本製鋼所技報 第65号(2014年)

製品・技術紹介

(138)日本製鋼所技報 No.65(2014.10)

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