平成 29 年度 博士学位論文 鉄筋コンクリート内部の...

89
平成 29 年度 博士学位論文 鉄筋コンクリート内部の境界面の 改良による防食方法の提案 金沢工業大学大学院 工学研究科 環境土木工学専攻 博士後期課程 学籍番号:7500024 名列番号:3C1-2 氏名:畑中達郎 指導教員 宮里心一 教授

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平成 29 年度 博士学位論文

鉄筋コンクリート内部の境界面の

改良による防食方法の提案

金沢工業大学大学院 工学研究科

環境土木工学専攻 博士後期課程

学籍番号:7500024

名列番号:3C1-2

氏名:畑中達郎

指導教員 宮里心一 教授

目次

第 1 章 序論

1.1 背景

1.1.1 各種示方書で述べられている構造物の維持管理に関する原則 2

1.1.2 構造物に対する維持管理の現実 3

1.1.3 コンクリート標準示方書で紹介されている塩害に関する課題 5

1.1.4 まとめ 6

1.2 文献に基づく既往の研究の調査

1.2.1 コンクリート中の鋼材腐食 7

1.2.2 コンクリート中の鉄筋の腐食形態

(マクロセル腐食とミクロセル腐食) 8

1.2.3 マクロセル腐食の事例 9

1.2.4 鉄筋腐食速度解析モデル 9

1.2.5 マクロセル対策工 10

1.2.6 鉄筋とコンクリート間の隙における腐食 11

1.2.7 まとめ 13

1.3 目的 14

1.4 本研究の構成 15

参考文献 16

第 2 章 鉄筋とコンクリート間の界面改良による

長寿命化方法の検討

2.1 背景 19

2.2 目的 19

2.3 小型梁を用いた実験の手順

2.3.1 供試体概要 19

2.3.2 コンクリートの配合 20

2.3.3 実験ケース 20

2.3.4 供試体の養生および暴露 21

2.3.5 測定概要 21

2.4 小型梁の実験結果

2.4.1 透水試験 25

2.4.2 SEM 観察 26

2.4.3 ビッカース硬さ試験 29

2.4.4 電気化学的測定結果 30

2.4.5 総腐食電流密度とビッカース硬さの関係 37

2.4.6 総腐食電流密度と透水係数の関係 38

2.4.7 小型梁におけるまとめ 39

2.5 大型柱を用いた実験の手順

2.5.1 供試体概要 40

2.5.2 実験ケース 41

2.5.3 供試体の養生および暴露 41

2.5.4 測定概要 42

2.6 大型柱の実験結果

2.6.1 デジタル顕微鏡観察 43

2.6.2 ビッカース硬さ試験 46

2.6.3 電気化学的測定結果 47

2.6.4 総腐食電流密度とビッカース硬さの関係 52

2.6.5 大型柱におけるまとめ 53

2.7 まとめ 53

参考文献 53

第 3 章 母材と補修材間の界面を考慮した

断面修復後の腐食解析モデルの検討

3.1 背景 55

3.2 目的 55

3.3 解析モデルの概要 56

3.4 解析モデルの打継部への適用

3.4.1 供試体概要 59

3.4.2 測定概要 59

3.4.3 解析方法 60

3.4.4 解析値と実験値の比較 64

3.5 感度解析 66

3.6 マクロセル対策工に対する適用検証

3.6.1 解析モデルの適用範囲の拡大 67

3.6.2 供試体概要 67

3.6.3 測定概要 68

3.6.4 解析に用いた入力値 68

3.6.5 解析値と実験値の比較 69

3.7 まとめ 71

参考文献 71

第 4 章 界面改良による延命化技術の実用方法の提案

4.1 新設構造物に対する実用方法の提案 73

4.2 既設構造物の断面修復後のマクロセル対策工に実用する方法の提案

4.2.1 解析方針 74

4.2.2 解析方法 74

4.2.3 解析結果 75

4.2.4 マクロセル対策工法を例とした解析シミュレーション 75

4.2.4.1 解析方法 75

4.2.4.2 解析結果 77

4.2.5 解析シミュレーションを用いた開発への応用例 78

4.2.5.1 解析方針 78

4.2.5.2 解析方法 78

4.2.5.3 解析結果 79

4.3 まとめ 79

参考文献 80

第 5 章 結論

5.1 各章のまとめ 82

5.2 本研究成果の活用案 83

本学位論文に関する研究論文 84

謝辞 85

1

第1章

序論

2

1.1 背景

1.1.1 各種示方書で述べられている構造物の維持管理に関する原則

表 1-1に、各種示方書で述べられている維持管理の理想についてまとめる 1-1) 1-2) 1-3)。これ

によると、いずれの示方書においても、維持管理計画を策定し、それに基づき検査を行い、

必要に応じて対策を実施することが重要であると述べられている。すなわち、理想の維持管

理方法は示されている。

表 1-1 各種示方書での維持管理の原則 1-1)1-2)1-3)

土木学会

コンクリート標準

示方書(維持管理編)

鉄道構造物維持管理標準

・同解説

(構造物編)

道路橋示方書・

同解説

(1)維持管理者は、予定供用期

間を通じて、構造物の性能を

所要の水準以上に保持するよ

うに維持管理計画を策定す

る。

(2)維持管理計画に基づき、構

造物の診断およびその結果に

基づき対策を実施する。

(1)構造物の維持管理にあた

っては、構造物に対する要求

性能を考慮し、維持管理計画

を策定することを原則とす

る。

(2)構造物の供用中は、定期的

に検査を行うほか、必要に応

じて詳細な検査を行うものと

する。

(3)検査の結果、健全度を考慮

して、必要な措置を講じるも

のとする。

(1) 維持管理にあたっては供

用期間全体にわたって、点検・

診断・措置のサイクルを安定

的に実施していくことが必要

3

1.1.2 構造物に対する維持管理の現実

市民生活に必要不可欠な社会資本は、高度経済成長期(1955~1973 年頃)に集中して整備が

進められた。その結果、図 1-1 に示すように道路橋では 60 年前から 40 年前にかけて整備

された構造物が急増している 1-4)。ところで、構造物は時間の経過で劣化をする(経年劣化)。

この様な経年劣化する構造物は、表 1-2に示すように今後は、さらに増加することが予想さ

れている 1-5)。

図 1-1 建設年度別橋梁数 1-4)

表 1-2 社会資本の経年劣化の予測 1-5)

建設年度(年)

橋梁数(橋

)

4

示方書に示される理想の維持管理ができているならば、構造物の劣化が顕在化する前に

適切な補修・補強がなされるはずである。しかしながら、図 1-2に示すように現実として、

劣化が顕在化した構造物に対して、補修・補強が間に合っていないことが確認できる。すな

わち、予防保全および事後保全が十分にできていない状況である。日本の道路橋において、

塩害の影響を受ける地域では、健全度が低い傾向にあり、国、都道府県、市町村の順に判定

区分Ⅲ、Ⅳの割合が大きいことが確認されている 1-6)。原因として、管理者である地方公共

団体においては、図 1-3に示すように橋梁を維持管理する上で、人材や予算、技術が不足し

ている問題も確認されている 1-7)。

図 1-2 顕在化した劣化の事例

図 1-3 ある地方における橋梁管理上の問題点 1-7)

5

1.1.3 コンクリート標準示方書で紹介されている塩害に関する課題

示方書で示されている維持管理の理想と、現実の構造物の劣化状態に乖離が存在してい

る。この様な状況を踏まえて、コンクリート標準示方書においても、いくつかの課題が紹介

されている。

それらの内の 1 つとして、ブリーディングの影響により、鉄筋下面のみが腐食する事例が

述べられている 1-8)。図 1-4に鉄筋下面のみが腐食し断面が減少するイメージを示す。

図 1-4鉄筋下面の断面が減少するイメージ

また、2 つ目として、断面修復により稀にマクロセル腐食が発生することが述べられてい

る 1-9)。図 1-5 にマクロセル腐食の写真を示す。この写真によれば、多量の塩化物イオンが

浸透した母材部の一部を除去し、塩化物イオンを含まない新たな材料で断面修復がなされ

た後、除去されなかった母材部において再劣化によるひび割れが発生していることが確認

される。

図 1-5マクロセル腐食の例

元の断面 断面減少

断面修復部(Cl-

がない) 母材部(Cl-

が多い)

再劣化によるひび割れ

6

1.1.4 まとめ

いずれの示方書においても、維持管理計画を策定し、それに基づき検査を行い、必要に応

じて対策を実施することが重要であると述べられている。すなわち、理想の維持管理方法は

示されている。ただし現実として、構造物は時間の経過で劣化をする(経年劣化)。この経年

劣化する構造物は今後、さらに増加することが予想されている。示方書に示される理想の維

持管理ができているならば、構造物の劣化が顕在化する前に適切な補修・補強がなされるは

ずである。しかしながら、現実として、劣化が顕在化した構造物に対して、補修・補強が間

に合っていないことが確認できる。この様な維持管理の理想と現実に乖離が存在しており、

コンクリート標準示方書において複数の課題が紹介されている。その内の 1 つとして、ブリ

ーディングの影響により、鉄筋下面のみが腐食する事例が述べられている。また、2 つ目と

して、断面修復後に稀にマクロセル腐食が発生することが述べられている。

図 1-6に、1 章のフローを示す。前述の実構造物において生じている塩害の実状を改善す

るべく、本研究では対策工法を開発することにした。そのため、次の 1.2 では、劣化の機

構を含む既往の知見について、文献調査で明らかにする。

図 1-6 1章の流れ

7

1.2 文献に基づく既往の研究の調査

1.2.1 コンクリート中の鉄筋腐食

コンクリート中の鉄筋は、高アルカリ環境下に存在しているため、表面に不動態皮膜が存

在し、腐食することはない。しかしながら、塩化物イオンなどの劣化因子がコンクリート表

面から浸透し、鉄筋表面に到達すると不働態皮膜は破壊される。そのため腐食が開始する。

腐食反応は、図 1-7 に示すように、鉄筋表面から鉄イオン(Fe2+)が細孔溶液中に溶け出すア

ノード反応と、鉄イオンによって鉄筋中に残された電子(2e-)が酸素と水と反応するカソード

反応に分けて考えられている 1-10)。鉄筋の腐食は、これらがいずれも起きることによって進

行する。さらに、アノード反応により溶け出た鉄イオンが、カソード反応により生成した水

酸化物イオンと反応することで、錆と呼ばれる水酸化第一鉄(Fe (OH)2)を生成する。

・アノード反応 Fe → Fe2+ + 2e-

・カソード反応 O2 + 2H2O + 4e- → 4OH-

2Fe + O2 + 2H2O → Fe2+ + 4OH- → 2Fe(OH)2

(1)化学反応式

(2)反応模式図

図 1-7 鉄筋腐食のイメージ 1-10)

Fe2+

e-

Fe

OH-

鉄筋

錆(Fe(OH)2)

e-

不動態皮膜O2、H2O O2、H2O

カソード(陰極)

カソード(陰極)

アノード(陽極)

OH-

8

1.2.2 コンクリート中の鉄筋の腐食形態(マクロセル腐食とミクロセル腐食)

コンクリート中の鉄筋の腐食形態は、コンクリートに存在している欠陥の種類や塩化物

イオンなどの劣化因子の浸透分布状況により異なる。例えば、コンクリート中に塩化物イオ

ンが浸透し、一部を除去後、新たな材料で断面を修復した場合、新たな材料で修復した部分

と既存の部分の塩化物イオンの濃度に差が生じる。この場合、塩化物イオンの高い領域、す

なわち、既存の部分でアノード反応が起こり、局部的な腐食が発生する。このような腐食形

態を、図 1-8①に示すように濃淡電池腐食(マクロセル)という。また、コンクリートにひび

割れおよびコールドジョイントなどが存在する場合、腐食要因となる塩化物イオンがひび

割れに沿って浸透する。この場合、塩化物イオン濃度の高い領域、すなわち、ひび割れの存

在する欠陥部周辺でアノード反応が起こり、局部的な腐食が発生する。このような腐食形態

を、図 1-8②に示すように局部ひび割れ腐食(マクロセル)という 1-11)。なお、図 1-4 に示す

腐食も、ブリーディングの影響を強く受ける下面と受けない上面で、鉄筋表面の環境は変わ

っており、一種のマクロセル腐食と考えられる。これらのマクロセル腐食は、急速に進行し、

鉄筋の断面減少や耐荷力低下 1-12)を引き起こすため、非常に危険である。一方で、かぶり不

足や内在塩分などがあった場合、塩化物イオンはコンクリート中を全体的に存在する。この

場合、アノード反応は全体的に起こる。そして、全面的に腐食が発生する。このような腐食

形態を、図 1-8③に示すようにミクロセルという 1-11)。なお、マクロセル腐食は、アノード

とカソードの距離が遠く、両者の位置を明確に区別することができる。しかしながら、ミク

ロセル腐食は、アノードとカソードの距離が近く、ほぼ同じ個所で形成されるため、両者の

位置を明確に区別することはできない。

①濃淡電池腐食(マクロセル)

②局部ひび割れ腐食(マクロセル) ③全面腐食(ミクロセル)

図 1-8 マクロセル腐食とミクロセル腐食 1-11)

9

1.2.3 マクロセル腐食の事例

マクロセル腐食の事例について紹介する。

出村ら 1-13)は、補修から 5 年経過した後に修復部周辺の鉄筋の腐食状況を調査した。その

結果、鉄筋については補修材料で覆われていた部分について、腐食がほとんど確認できなか

った。しかしながら、ポリマーセメントモルタル(以下、PCM と記す。)で覆われていた既存

コンクリートの部分の鉄筋は著しく腐食していた。一方、PCM 中では腐食の程度が相当に

低いことが確認できた。したがって、鉄筋コンクリート構造物の断面修復を行った場合、連

続した鉄筋上でマクロセル腐食が生じることが明らかになった。また、マクロセル腐食は既

存コンクリートと補修材料の導電性の差異によると論じている。

八田 1-14)は、1968 年に竣工した古座大橋を対象に、15 年後、28 年後、35 年後に実施した

大規模な補修工事を調査した。その結果、①主桁の損傷個所は、過去に補修を実施した箇所

の再劣化が大半であること。②2 回目以降の補修時の損傷箇所は、ほとんど再劣化している

ことを明らかにした。したがって、再劣化は、内在する要因により初期のひび割れが発生し、

外部から劣化因子が侵入し、進行したと論じている。

1.2.4 鉄筋腐食速度解析モデル

コンクリート中の鉄筋を要素に分割し、各要素のアノード分極曲線とカソード分極曲線

を交差させた点で求まる平衡電流から、マクロセルおよびミクロセル腐食電流を解析する

モデルが提案されている。

丸屋ら 1-15)は、図 1-9に示すように、コンクリートのひび割れ部における鉄筋腐食量につ

いて、解析値と実測値を比較した。これによると、解析値と実測値は、定性的に一致してい

ることが確認できる。ただし、鉄筋腐食量の最大値付近では、解析値が実測値より小さい。

この原因について、自然電位の実測値と解析値の傾向が異なっていることと解析における

コンクリートの比抵抗の設定が適切でなかったことを述べている。また、鉄筋腐食量を推定

するために、アノード分極曲線、孔食発生電位、カソード分極曲線を精度よく設定する必要

があることを述べている。

図 1-9 腐食量における解析値と実測値の関係 1-15)

10

また、長谷川ら 1-16)によれば図 1-10 に示すように、ひび割れを有する鉄筋コンクリート

において、提案した解析モデルによる解析値と実測値のオーダーは等しいことが示されて

いる。なお、長谷川モデルは、3.3 にて説明する。

図 1-10 腐食電流における解析値と実測値の関係 1-16)

1.2.5 マクロセル対策工

急速に進行するマクロセル腐食を抑制するために、マクロセル対策工法が検討されてお

り、遮蔽型マクロセル腐食対策工 設計・施工マニュアル(案)が発刊されている 1-17)。このマ

ニュアルでは、既設コンクリート構造物の断面修復工法を対象として、マクロセル腐食を抑

制するためにシラン系含浸材を打継面に塗布し、既設部と補修部間の電気抵抗を大きくす

る。これにより、図 1-11に示すように既設部(アノード)と補修部(カソード)間において、電

気回路の形成を困難させ、マクロセル腐食を抑制する工法である。

図 1-11 シラン系含浸材によるマクロセル対策工

11

1.2.6 鉄筋とコンクリート間の隙における腐食

ブリーディングは、コンクリートを打ち込んだ際に水が軽い微粒子成分を伴って、上昇し、

逆に骨材やセメント粒子が沈降する現象である。これによって、コンクリート上部は多孔質

となり、強度、水密性、耐久性が損なわれる。また、コンクリート上部だけでなく内部にも

影響を及ぼし、水みちや水平方向鉄筋や粗骨材の下側に水膜や空隙を形成する。

ここで、既往の研究によると、鉄筋とコンクリート間には、隙間が存在し、その厚さが発

錆に影響を及ぼすことが指摘されている。

例えば、浮島ら 1-18)によれば図 1-12に示すように、水平鉄筋周りの境界相の厚さが 60μ

m 以上の場合、塩化物イオン量が 1.2kg/m3以下でも腐食速度は速いことが確認されている。

また、Linwen Yu ら 1-19)によれば、水平鉄筋周りに発生する隙間は、腐食の始まりと進展

に影響することが指摘されている。さらに Tarek Uddin Md ら 1-20)によれば、塩化物イオンの

存在により、鉄筋とコンクリート間の隙間において、局所的に陽極となる領域があり、その

領域において腐食の程度は高いことが指摘されている。

図 1-12 境界相の厚さと全腐食速度の関係 1-18)

隙の厚さ 大 小

健全

鉄筋の状態

腐食

12

また、濱田ら 1-21)によると図 1-13 に示すように、鉄筋下面の空隙率が大きいと、塩化物

イオン量が低い場合でも腐食が発生する可能性が確認されている。

図 1-13 腐食面積率と塩化物含有量の関係 1-21)

さらに、劣化因子が通りやすくなる可能性も指摘されており、既往の研究では、荒木ら 1-

22)によると図 1-14に示すように、鉄筋下部では塩分が浸透しやすいことが確認されている。

同様の現象は、大即・宮里・柴田ら 1-23)によっても指摘されている。

(1)鉄筋下部

(2)試験体側面

図 1-14 塩分浸透深さ試験結果 1-22)

塩分浸透深さ

(mm

)

浸せき期間(日)

塩分浸透深さ

(mm

)

浸せき期間(日)

健全

鉄筋の状態

腐食

小 鉄筋近傍の塩化物イオン量 大

13

加えて、河合ら 1-24)によると図 1-15 に示すように、鉛直方向に高いコンクリート部材で

は、上部における物質移動に対する抵抗性が低下することが確認されている。

図 1-15 透気係数-含水率の関係(トレント法&シール法、材齢 180日まで) 1-24)

1.2.7 まとめ

鉄筋コンクリートに発生する腐食において、マクロセル腐食は急激に進行し、鉄筋断面の

減少を生じ、部材の耐荷力低下やかぶりコンクリートのはく落を引き起こすため、抑制する

べき腐食形態である。しかしながら、断面修復などで稀にマクロセル腐食が発生することは

知られている。そのため、マクロセル腐食対策工法が開発、研究されているが、打継部を対

象とした検証のための解析モデルは存在していない。

鉄筋とコンクリート間の隙の厚さが発錆に影響を及ぼすことが指摘されており、硬化後

の隙の厚さは確認されている。しかしながら、打設時に改良を試みた研究はほとんど検討さ

れてない。

14

1.3 目的

1.1 と 1.2 を踏まえて、ブリーディングの影響によって、鉄筋とコンクリート間の隙が

大きくなり、腐食しやすいことが明らかになった。したがって、第 2 章では、鉄筋とコンク

リートの間の境界面に着目して、防食方法を検討した。また、第 3 章では、長谷川らの解析

モデルを応用して、ひび割れを有する鉄筋コンクリート部材だけでなく、打継部を対象とし

た鉄筋コンクリート部材のマクロセル腐食を解析するモデルの構築を検討した。加えて、シ

ラン系含浸材を用いたマクロセル対策工法に本モデルを適用できるかを検討した。すなわ

ち本研究では、図 1-16 の赤点線で示す、2 つの境界面を改良することによる、鉄筋コンク

リートの延命化技術の提案を目的とした。

①鉄筋とコンクリート間の境界面 ②母材部と断面修復部の境界面

図 1-16 対象とした境界面

本研究の新規性として、①打設時に実施可能な長寿命化方法について鉄筋とコンクリー

ト間の改良方法を提案した点である。すなわち、構造物の長寿命化を新設時から図る方法を

提案しており、社会資本に対する予防保全が社会的ニーズとして求められる現代の日本に

おいて、時宜を得た研究である。また、②既設構造物の老朽化対策が喫近の社会的課題であ

り、事後保全のための補修方法として実績の多い断面修復工法に着目して、断面修復後のマ

クロセル腐食速度解析モデルを提案し、マクロセル腐食低減に効果的な材料開発に資する、

時宜を得た研究である。

さらに、解析モデルの適用対象を拡大しており、IoT やビックデータなどの情報工学が進

む近代において、鉄筋コンクリートのメンテナンス技術へのシミュレーションの展開に寄

与できると考える。

15

1.4 本研究の構成

本研究の構成を図 1-17に示す。第 1 章では、社会的背景の整理および関連する文献調査

を踏まえた上で、目的を確立した。次に、第 2 章では、鉄筋とコンクリート間の界面改良に

よる長寿命化方法を検討した。また、第 3 章では、母材と補修材間の界面を考慮した断面修

復後の腐食解析モデルを検討した。さらに第 4 章では、第 2 章ならびに第 3 章で得られた

結果から、界面改良による延命化技術の実用方法を提案した。以上を総じて、第 5 章では、

結論をまとめた。

図 1-17 本論文の構成

16

第 1章の参考文献

1-1)公益財団法人 土木学会:コンクリート標準示方書(維持管理編)、p.12、2013

1-2)公益財団法人 鉄道総合技術研究所:鉄道構造物維持管理標準・同解説(構造物編)

コンクリート構造物、p.6、2007

1-3)公益社団法人 日本道路協会:道路橋示方書・同解説Ⅰ共通編 Ⅲコンクリート橋編、

p.6、2012

1-4)国土交通省道路局:道路メンテナンス年報、p.40、2017

1-5)国土交通省:国土交通白書、p.121、2017

1-6)国土交通省道路局:道路メンテナンス年報、p.34、2017

1-7)公益財団法人 土木学会:橋梁の維持管理 実践と方法論、p.26、2016

1-8)公益財団法人 土木学会:コンクリート標準示方書(維持管理編)、p.136、2013

1-9)公益財団法人 土木学会:コンクリート標準示方書(維持管理編)、p.130、2013

1-10)公益社団法人 日本コンクリート工学協会:コンクリート診断技術’17[基礎編]、

pp36-39、2008

1-11)宮里心一:鉄筋コンクリートの欠陥部に生じる塩害及び中性化によるマクロセル腐食

に関する研究、東京工業大学学位論文、pp.9-10、2001

1-12)花岡大伸、矢野真義、宮里心一:鉄筋コンクリート梁の腐食形態と腐食量が曲げ性状

に及ぼす影響、土木学会論文集 E、Vol.63、No2、pp.300-312、2007

1-13)出村克宣、大濱嘉彦、伊部博:補修後 5 年を経過した鉄筋コンクリート構造物の鉄筋

腐食、コンクリート構造物の補修工法と電気防食に関するシンポジウム論文報告集、

pp.29-32、1994

1-14)八田学:塩害による再劣化を受けた橋梁の詳細調査結果と過去補修履歴との関連につ

いて~古座大橋の事例~、近畿地方整備局研究発表会論文集、防災・保全部門、No.21、

pp.1-6、2012

1-15)丸屋剛、武田均、堀口賢一、小山哲、許鎧麟:コンクリート中の鉄筋のマクロセル腐

食に関する解析手法の構築、土木学会論文集 E、Vol.62、No4、pp.757-776、2006

1-16)長谷川裕介、宮里心一、親本俊憲、横関康祐:ひび割れを有する鉄筋コンクリートの

腐食速度解析モデルの提案、コンクリート工学論文集、Vol.17、No.1、pp.31-40、2006

1-17)遮蔽型マクロセル腐食対策工研究会:遮蔽型マクロセル腐食対策工設計・施工マニュ

アル、2009

腐食速度解析モデルの提案、コンクリート工学論文集、Vol.17、No.1、pp.31-40、2006

1-18)浮島文香、大即信明、西田孝弘、宋暘:RC 部材中の塩化物イオンと水平鉄筋周りの

境界相がコンクリート中鉄筋の腐食に及ぼす影響、コンクリート構造物の補修,補強,ア

ップグレード論文報告集、第 6 巻、pp.299-304、2006

1-19) Linwen Yu、Raoul François、Richard Gagné:Influence of steel–concrete interface defects

induced by top-casting on development of chloride-induced corrosion in RC beams under

sustained loading、Materials and Structures、Vol.49、No.12、pp.5169-5181、2016

1-20) Tarek Uddin Md、Nobuaki Otsuki、Hidenori Hamada、Toru Yamaji:Chloride-Induced Corrosion

of Steel Bars in Concrete with Presence of Gap at Steel-Concrete Interface、ACI MATERIALS

JOURNAL、pp.149 -156、2002

17

1-21)濱田秀則、佐川康貴、森川亮太、高橋勝也:鉄筋周囲に発生する空隙と鉄筋腐食の関

係に関する実験的考察、セメント・コンクリート論文集、No.63、pp.428-433、2010

1-22)荒木大智、日浦望、三田勝也、加藤佳孝:ブリーディングが鉄筋界面塩化物イオンの

浸透性に及ぼす影響、第 65 回セメント技術大会講演要旨、pp.124-125、2011

1-23)大即信明、宮里心一、柴田常徳、久田真、Tarek Uddin Md、長瀧重義:鉄筋コンクリー

トの曲げひび割れ部に生じる腐食の形成機構に及ぼす水セメント比の影響、土木学会

論文集、No.606、pp.63-73、1998

1-24)河合慶有、氏家勲:材料分離に起因する不均質さが水平鉄筋の腐食性状に与える影響、

コンクリート工学年次論文集、Vol.39、No.1、pp.697-702、2017

18

第 2 章

鉄筋とコンクリート間の

界面改良による長寿命化方法の検討

19

2.1 背景

塩化物イオンやCO2をはじめとした劣化因子がコンクリート内部に浸透することにより、

コンクリート中の鉄筋の不動態皮膜が破壊され、発錆する。そのまま腐食を放置すれば、コ

ンクリート内部からの膨張圧により鉄筋軸方向のひび割れが発生し、腐食が急速に進行す

る。その結果、かぶりコンクリートが剥落すれば、歩行者などの第三者に影響を与える。し

たがって、鉄筋コンクリートの表層において対策を施し、内部に塩化物イオンや CO2 を浸

透させないことで、耐食性向上を図る方法は、すでに実用されている。

ここで、鉄筋とコンクリート間には、隙間が存在し、その厚さが発錆に影響を及ぼすこと

が指摘されていることは第 1 章において述べた。また、ブリーディングが生じることにより

鉄筋下面に隙間ができる。このブリーディングは、配合や打設方法の影響を受ける。しかし

ながら、鉄筋とコンクリート間の境界面に注目をし、耐食性向上を図る方法は検討された事

例はない。

2.2 目的

2.1 の背景を踏まえ、鉄筋とコンクリート間の境界面を改良する方法を提案し、塩害に

よる腐食に対する耐食性の向上を図る。

2.3 小型梁を用いた実験の手順

2.3.1 供試体概要

供試体の概要を図 2-1に示す。左側は拡大した断面、右側は正面から見た図である。供試

体①70×70×244mm と供試体②70×70×120mm の 2 つを作製した。供試体①では鉄筋を模

擬したφ10mm のアクリルパイプを埋設した。なお、後述するが、実験ケース D および E で

は、通電のために鉄筋を埋設した。一方、供試体②ではφ10mm の異形鉄筋を埋設した。こ

れは、長さ 30mm の上下分割された鉄筋要素にリード線をはんだ付けした後、上下の鉄筋

要素をエポキシ樹脂でつないだ 2-1)。ここで上を要素Ⅰ、下を要素Ⅱと定義する。図 2-2 の

ように 100×100×400mm の鋼製型枠内にコンクリートパネルを挿入して作製した。

図 2-1 供試体概要

リード線

30 3030 244

Ⅰ Ⅰ

Ⅱ Ⅱ

アクリルパイプ(ケースD,Eは鉄筋)

[mm]

120

供試体② 供試体①

70

30

40

70

35 35

分割鉄筋

70

20

供試体② 供試体①

図 2-2 型枠

2.3.2 コンクリートの配合

コンクリートの配合、フレッシュ性状ならびにブリーディング率を表 2-1に示す。セメン

トは、普通ポルトランドセメントを用いた。また、骨材は、手取川産の川砂利(密度 2.58g/cm3)

および川砂を用いた。2 水準の配合を設けた理由として、ブリーディングの差異がある配合

を用いることで、鉄筋下面の隙に差を設けるためである。このことから、配合 1 では、鉄筋

下面の隙を過大にするため、仕様で定められた上限値を超えて設定した。この様な状況にお

いて、次項で設けた実験ケースの比較を容易にした。また、配合 2 において、単位水量の上

限値に設定した。

表 2-1 コンクリートの配合

W/C

(%)

s/a

(%)

Gmax

(mm)

単位量(kg/m3) フレッシュ性状 ブリーディング

(cm3/cm2) W C S G

空気量

(%)

スランプ

(cm)

1 55 39 25

225 409 610 970 2.7 22.7 0.57

2 175 318 690 1096 2.5 8.0 0.26

2.3.3 実験ケース

実験ケースは無改良を含めて 6 水準を設けた。イメージを図 2-3に示す。ケース A では、

可変電圧器により電圧を 30V に調節したバイブレーターを鉄筋へ当て、10 秒間に亘り振動

を与えた。これにより鉄筋下面に生じるブリーディングを低減させて、耐食性向上を図った。

なお、電圧を 30V にした理由として、通常の 100V でバイブレーターを分割鉄筋に当てた場

合、分割鉄筋が分解した。そのため、分解しない程度の振動を与えることができた電圧とし

て、30V に設定した。ケース B では、JIS A 1147 の貫入抵抗試験を用いて凝結時間を測定し、

凝結開始 30 分後にケース A と同様に振動を与えた。これにより鉄筋とコンクリート間の

隙間を増大させて耐食性低下を図った。ケース C では、予め厚さ 5mm のセメントペースト

を鉄筋表面に被覆して埋設した。これにより隙間を減少させて耐食性向上を図った。ケース

D では、打設直後に電極板として銅板を設置した。銅板を陽極、鉄筋を陰極として 10 分間

に亘り 0.13A の定電流を流した。これにより Ca2+を泳動させ、鉄筋とコンクリート間の隙

21

間を減少させて、耐食性向上を図った。ケース E では、鉄筋を陽極、銅板を陰極としてケー

ス D と同様に定電流を流した。これにより Ca2+を泳動させ、鉄筋とコンクリート間の隙間

を増大させて、耐食性低下を図った。

図 2-3 実験ケースと界面への影響のイメージ

2.3.4 供試体の養生および暴露

28 日間の湿潤気中養生(温度 20℃、90%RH)が終了後、供試体②は暴露面以外をエポキシ

樹脂で被覆した。その後、乾湿繰り返しの塩害暴露を行った。乾湿繰り返しの条件は、浸漬

(温度 30℃、3%NaCl 水溶液)を 12 時間、乾燥(温度 30℃、60%RH)を 72 時間の 3.5 日間を 1

サイクルとした。

2.3.5 測定概要

供試体①を用いて、境界面の状態および物質透過性を(1)~(3)の項目で確認した。また、

供試体②を用いて、防食効果を(4)の項目で確認した。

(1)透水試験

50×60×50mm に切り出した供試体を用いて、JSCE K 572 を参考に、内部を水で満たした

漏斗を設置し、一定の水圧下における水の浸透量を測定した。測定期間は 2 週間とした。イ

メージを図 2-4に示す。

ケースA打設直後(固まる前)に

振動を与えて、鉄筋下面に生じるブリーディングを減少させて耐食性向上を図った。

隙間

ケースB

凝結中(固まり始め)に振動を与える

ことで、鉄筋とコンクリート間の隙間を増大させて耐食性低下を図った。

ケースC予め5mmのセメントペーストを鉄筋表面に被覆して、

隙間を減少させて耐食性向上を図った。

セメントペースト(W/C=30%)

ケースD

打設直後(固まる前)に鉄筋を陰極として通電し、Ca2+を泳動させた。

鉄筋とコンクリート間の隙間を減少させて、耐食性向上を図った。

ケースE

打設直後(固まる前)に鉄筋を陽極として通電し、Ca2+を泳動させた。鉄筋とコンクリート間の隙間を増大させて、耐食性低下を図った。

直流安定化電源 電極

Ca2+

Ca2+

バイブレーター

ブリーディング

22

図 2-4 水の浸透イメージ

(2)SEM 観察

図 2-5に示す走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、鉄筋とコンクリートの間の境界面を観察

した。観察には、図 2-6 に示す 20×20×10mm に切断した供試体を用いた。設定条件を表

2-2に示す。コンクリートは非導電性のため、そのままでは観察が難しいことから表面に金

属(Au-Pd:金パラジウム)の膜をつけ、導電性を持たせる蒸着処理を行った後、観察した。

図 2-5 走査型電子顕微鏡(SEM)

表 2-2 SEMの設定条件

加速電圧 20.0kV

倍率 ×45

真空状態 高真空

鉄筋

漏斗

23

図 2-6 SEM観察供試体

(3)ビッカース硬さ試験

図 2-7に示すビッカース硬度試験機を用いて、鉄筋周囲のビッカース硬さを測定した。ビ

ッカース硬さは、図 2-8に示すとおり、ダイヤモンド圧子によって生じたくぼみの対角線の

長さから表面積を求め、くぼみの表面積を試験力で除すことにより求めた。算定式を式 2-1

に示す。試験力は、0.098N とした。なお、ビッカース硬さ試験以外にもブリネル硬さ試験

が存在するが、これはくぼみが大きくなるため、微小な範囲を測定するのには不適切と判断

し、コンクリートを対象にした他の研究と同様に 2-2) 2-3)、ビッカース硬さ試験を用いた。

図 2-7 ビッカース硬さ試験機 図 2-8 測定のイメージ

HV = 𝑘 𝐹

𝑆= 0.102

𝐹

𝑆= 0.102

2𝐹 sin𝜃

2

𝑑2 = 0.1891 𝐹

𝑑2 (式 2-1)

ここで、HV:ビッカース硬度、k:定数(0.102)、F:試験力(0.098N)、S:くぼみの表面積(mm2)、

d:くぼみの対角線長さの平均(mm) d =(d1 + d2)/2、θ:ダイヤモンド圧子の対面角(136°)

蒸着前 蒸着後

20

20 (mm)

10μm

24

(4)電気化学的測定

(4-1)マクロセル腐食電流密度

無抵抗電流計により、鉄筋要素間に流れる電流を測定した。次にその対象とする鉄筋要素

に流れる電流を合計し、鉄筋要素の表面積で除することによりマクロセル腐食電流密度を

算出した。

鉄筋要素 i のマクロセル腐食電流密度は(式 2-2)で表される 2-4)。

𝐼macro = 𝐼𝑖−1,𝑖− 𝐼𝑖,𝑖+1

𝑆𝑖 (式 2-2)

ここで、Imacro は鉄筋要素 i のマクロセル腐食電流密度(A/cm2)、Ii-1,i は鉄筋要素 i-1 から i

に流入する腐食電流(A)、Ii,i+1は鉄筋要素 i から i+1 に流出する腐食電流(A)、Siは鉄筋要素 i

の表面積(cm2)を示す。

(4-2)ミクロセル腐食電流密度

周波数を 10kHz~1mHz の範囲に設定した交流インピーダンス法の結果から、ボード線図

およびコールコールプロットを図示して、分極抵抗およびコンクリート抵抗を算出した。分

極抵抗からミクロセル腐食電流密度を(式 2-3)より算定した 2-5) 2-6)。

𝐼micro =𝐾

𝑅𝑝𝑖 (式 2-3)

ここで、Imicro は鉄筋要素 i におけるミクロセル腐食電流密度(A/cm2)、Rpi は鉄筋要素 i に

おける分極抵抗(Ω・cm2)、K は定数 0.0209V2-6)とする。

(4-3)総腐食電流密度

腐食による鉄筋の減肉は、アノード反応により進行する。そのため、正の値のマクロセル

腐食電流密度とミクロセル腐食電流密度を足し合わせた値を、総腐食電流密度として算定

した。

25

2.4 小型梁の実験結果

2.4.1 透水試験

透水試験の結果を図 2-9 および図 2-10 に示す。なお、ケース D1、D2 および E2 は、透

水量が多かったため、透水係数を表 2-3に示す。

図 2-9によると、配合 1 では、無改良と比較してケース A1 について透水係数が減少して

いることが確認できた。また、ケース C1 についても同様の結果を確認できた。通電を行っ

たケース D1 および E1 の透水係数が増加していることを確認できた。これは通電したこと

により、水の電気分解による気体の発生があったため、鉄筋とコンクリート間の境界面の隙

間が厚くなったためと考えられる。一方、図 2-10によると、配合 2 では、無改良と比較し

てセメントペーストを予め鉄筋表面に被覆したケース C2 において、透水係数の減少が確認

できた。

図 2-9 配合 1の透水係数

図 2-10 配合 2の透水係数

表 2-3 透水係数

ケース 透水係数(10-7cm/sec)

D1 8878

D2 12992

E2 144

26

2.4.2 SEM 観察

SEM 写真の見方を図 2-11 に示す。緑色の斜線部は、アクリルパイプ(ケース D および E

では鉄筋)である。また、紫色の斜線部はコンクリートである。写真から鉄筋とコンクリー

トの間の隙があると判断できるところを赤枠にて示す。

図 2-11 SEM写真例

27

(1)配合 1 の結果

配合 1 における SEM 観察写真を図 2-12~図 2-17 に示す。これによると、無改良 1 と比

較してケース A1 および B1 において大きな差異は認められなかった。これは、表 2-1 に示

すように、フレッシュ性状のスランプが 18.5cm で、流動性が高かったことから、型枠内に

コンクリートを充填できたためと考えられる。一方、ケース D1 および E1 では、鉄筋とコ

ンクリート間の境界面に隙が確認できた。これは、通電による水の電気分解によって、気体

である酸素や水素が発生したためと考えられる。

図 2-12 ケース無改良 1 図 2-13 ケース A1

図 2-14 ケース B1 図 2-15 ケース C1

図 2-16 ケース D1 図 2-17 ケース E1

B1

1mm

C1

1mm

D1

1mm

E1

1mm

E1

28

(2)配合 2 の結果

配合 2 における SEM 観察写真を図 2-18~図 2-23に示す。これによると、無改良 2 では、

境界面の隙が厚いことを確認できた。ケース C2 では、アクリルパイプとセメントペースト

間の境界面に隙を僅かに確認できた。ケース D2 および E2 では、鉄筋とコンクリートの間

の境界面に隙が確認できた。これは、配合 1 と同じく、通電を行った際に水の電気分解によ

って、気体である酸素や水素が発生したためと考えられる。

図 2-18 ケース無改良 2 図 2-19 ケース A2

図 2-20 ケース B2 図 2-21 ケース C2

図 2-22 ケース D2 図 2-23 ケース E2

B2

1mm

C2

1mm

D2

1mm

E2

1mm

E2

29

2.4.3 ビッカース硬さ試験

ビッカース硬さ試験の結果を図 2-24 に示す。なお、透水試験および SEM 観察から鉄筋

下面に隙の存在が認められたケース D1、D2 および E2 について、試験は行わずにビッカー

ス硬さは 0HV とした。これによると、無改良と比較して、ケース A、B および C において、

ビッカース硬さは大きいことが確認できた。また、無改良 1 と比較して無改良 2 において、

大きいことが確認できた。

①配合 1 のビッカース硬さ

②配合 2 のビッカース硬さ

図 2-24 ビッカース硬さ試験の結果

0

10

20

30

40

50

60

70

ブランク1 A1 B1 C1 D1 E1

平均ビッカース硬さ

(HV

)

実験ケース

0

10

20

30

40

50

60

70

ブランク2 A2 B2 C2 D2 E2

平均ビッカース硬さ

(HV

)

実験ケース

無改良 1

無改良 2

30

2.4.4 電気化学的測定結果

配合 1 のマクロセル腐食電流密度、ミクロセル腐食電流密度および総腐食電流密度を図

2-25~図 2-30に示す。ここで、図の見方について図 2-25を例に紹介する。①マクロセル腐

食電流密度は、鉄筋要素間に流れる電流を示している。すなわち、鉄筋要素がアノードもし

くはカソードの役割を持っているか判別できる。したがって、無改良-2 において、鉄筋要素

Ⅰがカソード、鉄筋要素Ⅱがアノードとなるマクロセル腐食電流が流れていることを確認

できる。②ミクロセル腐食電流密度は鉄筋要素内で流れる電流を示している。すなわち、鉄

筋要素内において、発生している腐食を確認できる。したがって、鉄筋要素Ⅱが腐食してい

ることが確認できる。③総腐食電流密度は、正のマクロセル腐食電流密度とミクロセル腐食

電流密度を合わせた値である。すなわち、鉄筋要素Ⅱにおいて、腐食が進行していることが

確認できる。

①マクロセル腐食電流密度 ②ミクロセル腐食電流密度

③総腐食電流密度

図 2-25 ケース無改良 1の電気化学的測定結果

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

総腐食電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

無改良-1

無改良-2

無改良-3

-5

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

マクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

ミクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

無改良-1

無改良-2

無改良-3

31

①マクロセル腐食電流密度 ②ミクロセル腐食電流密度

③総腐食電流密度

図 2-26 ケース A1の電気化学的測定結果

①マクロセル腐食電流密度 ②ミクロセル腐食電流密度

③総腐食電流密度

図 2-27 ケース B1の電気化学的測定結果

-5

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

マクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

ミクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

A-1

A-2

A-3

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

総腐食電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

A-1

A-2

A-3

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

ミクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

B-1

B-2

B-3

-5

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

マクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

総腐食電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

B-1

B-2

B-3

32

①マクロセル腐食電流密度 ②ミクロセル腐食電流密度

③総腐食電流密度

図 2-28 ケース C1の電気化学的測定結果

①マクロセル腐食電流密度 ②ミクロセル腐食電流密度

③総腐食電流密度

図 2-29 ケース D1の電気化学的測定結果

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

ミクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

C-1C-2C-3

-5

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

マクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

総腐食電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

C-1C-2C-3

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

ミクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

D-1

D-2

D-3

-5

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

マクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

総腐食電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

D-1

D-2

D-3

33

①マクロセル腐食電流密度 ②ミクロセル腐食電流密度

③総腐食電流密度

図 2-30 ケース E1の電気化学的測定結果

配合 1 における最大総腐食電流密度の平均値の比較を図 2-31に示す。無改良 1 と比較

してケース A1 において、総腐食電流密度は低いことを確認できた。同様に、ケース D1

においても、総腐食電流密度は低いことを確認できた。一方、ケース B1 では総腐食電流

密度が高いことを確認できた。これは、凝結中に鉄筋へ直接振動を与えたことにより、鉄

筋周囲が粗となり、塩化物イオンなどの劣化因子が浸透しやすくなり、その結果、腐食が

進行したためと考えられる。なお、ケース A1 の理由については、後の 2.4.5 にて考察

する。

図 2-31 配合 1の最大総腐食電流密度

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

ブランク1 A1 B1 C1 D1 E1

総腐食電流密度

(μA/cm

2)

実験ケース無改良 1

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

ミクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

E-1E-2E-3

-5

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

マクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

総腐食電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

E-1E-2E-3

34

次に、配合 2 のマクロセル腐食電流密度、ミクロセル腐食電流密度および総腐食電流密度

を図 2-32~図 2-37に示す。

①マクロセル腐食電流密度 ②ミクロセル腐食電流密度

③総腐食電流密度

図 2-32 ケース無改良 2の電気化学的測定結果

①マクロセル腐食電流密度 ②ミクロセル腐食電流密度

③総腐食電流密度

図 2-33 ケース A2の電気化学的測定結果

-5

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

マクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

ミクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

無改良-1

無改良-2

無改良-3

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

総腐食電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

無改良-1

無改良-2

無改良-3

-5

-3

-1

1

3

5

Ⅰ Ⅱ

マクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

ミクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

A-1A-2A-3

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

総腐食電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

A-1A-2A-3

35

①マクロセル腐食電流密度 ②ミクロセル腐食電流密度

③総腐食電流密度

図 2-34 ケース B2の電気化学的測定結果

①マクロセル腐食電流密度 ②ミクロセル腐食電流密度

③総腐食電流密度

図 2-35 ケース C2の電気化学的測定結果

-5

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

マクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

ミクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

B-1B-2B-3

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

総腐食電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

B-1B-2B-3

-5

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

マクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

ミクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

C-1C-2C-3

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

総腐食電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

C-1C-2C-3

36

①マクロセル腐食電流密度 ②ミクロセル腐食電流密度

③総腐食電流密度

図 2-36 ケース D2の電気化学的測定結果

①マクロセル腐食電流密度 ②ミクロセル腐食電流密度

③総腐食電流密度

図 2-37 ケース E2の電気化学的測定結果

-5

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

マクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

ミクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

D-1D-2D-3

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

総腐食電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

D-1D-2D-3

-5

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

マクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

ミクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

E-1E-2E-3

0

1

2

3

4

5

Ⅰ Ⅱ

総腐食電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

E-1E-2E-3

37

配合 2 における最大総腐食電流密度の平均値の比較を図 2-38に示す。無改良 2 では、無

改良 1 と比較して総腐食電流密度は低いことを確認できた。また、無改良 2 と比較してケ

ース C2 において、総腐食電流密度は低いことを確認できた。ただし、向上を図ろうとした

ケース A2 では、総腐食電流密度が無改良 2 と比較して高いことが確認できた。このことか

ら、良質なコンクリートには、余計な手を加えないことが望ましいと考えられる。なお、ケ

ース C2 については、後の 2.4.5 で考察する。

図 2-38 配合 2の最大総腐食電流密度

2.4.5 総腐食電流密度とビッカース硬さの関係

配合 1 における総腐食電流密度と無改良 1 を基準としたビッカース硬さの関係を図 2-39

に示す。これによれば、総腐食電流密度とビッカース硬さの関係について、無改良 1 と比較

してケース A1 および C1 では、ビッカース硬さが大きく、総腐食電流密度は低いことを確

認できた。これにより、鉄筋とコンクリート間の境界面を改良することで、総腐食電流密度

は低減でき、耐食性が向上したと考えられる。

図 2-39 総腐食電流密度とビッカース硬さの関係(配合 1)

0.0

0.5

1.0

1.5

2.0

2.5

ブランク2 A2 B2 C2 D2 E2

総腐食電流密度

(μA/cm

2)

実験ケース 無改良 2

38

次に配合 2 における総腐食電流密度と無改良 2 を基準としたビッカース硬さの関係を図

2-40に示す。これによれば、総腐食電流密度とビッカース硬さの関係について、無改良 2 と

比較してケース C2 において、ビッカース硬さが大きく、総腐食電流密度は無改良と同等で

あることを確認できた。一方、他のケースでは、改良効果が認められないことを確認できた。

これにより、良質なコンクリートには、余計な手を加えないことが望ましいと考えられる。

図 2-40 総腐食電流密度とビッカース硬さの関係(配合 2)

2.4.6 総腐食電流密度と透水係数の関係

配合 1 における総腐食電流密度と無改良 1 を基準とした透水係数の関係を図 2-41 に示

す。これによれば、総腐食電流密度と透水係数の関係について、無改良 1 と比較してケース

A1 および C1 では、透水係数が小さく、総腐食電流密度は小さいことを確認できた。これ

により、鉄筋とコンクリート間の境界面を改良することで、総腐食電流密度は低減でき、耐

食性が向上したと考えられる。

図 2-41 総腐食電流密度と透水係数の関係(配合 1)

39

次に配合 2 における総腐食電流密度と無改良 2 を基準とした透水係数の関係を図 2-42に

示す。これによれば、総腐食電流密度と透水係数の関係について、無改良 2 と比較してケー

ス C2 では、透水係数が同等かつ、総腐食電流密度も同等であることを確認できた。これに

より、鉄筋とコンクリート間の境界面を改良することで、総腐食電流密度は抑制でき、耐食

性が向上できたと考えられる。一方、他のケースでは、改良効果が認められないことが確認

でき、これにより、良質なコンクリートには、余計な手を加えないことが望ましいと考えら

れる。

図 2-42 小型梁における総腐食電流密度と透水係数の関係(配合 2)

2.4.7 小型梁におけるまとめ

(1)ブリーディングの多い配合 1 では、鉄筋に直接振動を加えることで鉄筋下面に生じた

ブリーディングを除くことができ、耐食性向上が見込まれた。また、セメントペースト

により鉄筋を被覆することによっても、耐食性が向上できた。

(2)ブリーディングの少ない配合 2 でも、鉄筋表面にセメントペーストを被覆することに

よって、耐食性向上ができた。一方、鉄筋に直接振動を与えることは耐久性の低下を引

き起こす可能性があることを確認した。

40

2.5 大型柱を用いた実験の手順

2.5.1 供試体概要

供試体の概要を図 2-43に示す。まず、図の左側に示すような大型柱(364×1000×100mm)

を作製した。これは、ブリーディングが梁より起こりやすい柱で、改良方法の効果を検証す

るためである。なお、コンクリートの配合およびブリーディング量を表 2-4に示す。打設か

ら 24 時間後に脱型し、材齢 28 日まで、湿潤気中養生(温度 20℃、90%RH)を行った。その

後、供試体①(70×70×244mm)および供試体②(70×70×120mm)を切り出した。供試体②に

は、2.3 と同様に、D10 の長さ 30mm の上下分割鉄筋を 3 セット埋設した。

図 2-43 供試体概要

表 2-4 コンクリートの配合

配合 W/C(%) s/a(%) 単位量(kg/m3) ブリーディング量

(cm3/cm2) W C S G

1 55 39

225 409 610 970 0.48

2 175 318 690 1096 0.22

(mm)

切り出して供試体にした.

(mm)

大型柱

41

2.5.2 実験ケース

実験ケースは、2.4 で得られた結果を基に表 2-5 に示す改良方法を検証した。ケース A

では、可変電圧器により電圧を 30V に調節したバイブレーターを打設直後に鉄筋へ直接当

て、10 秒間に亘り振動を与えた。これにより鉄筋下面に生じるブリーディングを低減させ

て、耐食性向上を図った。ケース B では、セメントペーストより高い耐食性が期待できるポリ

マーセメントモルタルを用いて、厚さ 5mm で鉄筋に被覆を行った。これにより耐食性向上を図

った。ケース C では、防錆剤(亜硝酸リチウム 100kg/m3)を混入したポリマーセメントモルタル

を、予め厚さ 5mm で鉄筋に被覆し、それを埋設した 2-7)。これにより耐食性向上を図った。すな

わち、環境がより厳しいところでは、防錆剤を混入したポリマーセメントモルタルを用いること

で、防錆剤およびポリマーセメントモルタルの両者による耐食性向上を意図した。

表 2-5 実験ケースとねらい

2.5.3 供試体の養生および暴露

材齢 28 日までの湿潤気中養生(温度 20℃、RH90%)が終了後、供試体①からビッカース硬

さ試験およびデジタル顕微鏡観察用の供試体を切り出した。供試体②は暴露面以外をエポ

キシ樹脂で被覆した。その後、乾湿繰り返しの塩害暴露を行った。乾湿繰り返しの条件は、

浸漬(温度 30℃、3%NaCl 水溶液)を 12 時間、乾燥(温度 30℃、RH60%)を 72 時間の 3.5 日間

を 1 サイクルとした。

42

2.5.4 測定概要

供試体①を用いて、隙間の状態を以下の項目で確認した。また、供試体②を用いて、防食

効果を 2.3 と同様の項目で確認した。

(1)デジタル顕微鏡観察

図 2-44に示すデジタル顕微鏡を用いて、鉄筋とコンクリート間の隙間を観察した。観

察には、30×30×10mm に切断した供試体を用いた。観察倍率は 25 倍とした。なお、走

査型電子顕微鏡(SEM)よりも広範囲を観察するために、ここではデジタル顕微鏡を用いた。

図 2-44 デジタル顕微鏡

(2)ビッカース硬さ試験

2.3 と同様の方法で、測定をした。

43

2.6 大型柱の実験結果

2.6.1 デジタル顕微鏡観察

デジタル顕微鏡写真の見方を図 2-45に示す。白の点線で示した部分が、鉄筋とコンクリ

ートもしくはポリマーセメントモルタル(PCM)との境界である。点線の内側が鉄筋部分を示

し、点線の外側がコンクリートあるいはポリマーセメントモルタル(PCM)を示す。写真から

隙があると判断できるところを赤枠にて示す。

図 2-45 デジタル顕微鏡写真例

4mm

鉄筋

隙間

コンクリートor

PCM隙

44

(1)配合 1 の結果

配合 1 におけるデジタル顕微鏡写真を図 2-46~図 2-49に示す。これによると、無改良 1

において、鉄筋下面にブリーディングによりできた隙間が確認できた。また、ケース A1 に

おいても同様の隙間を確認できた。無改良 1 と比較してケース B1 および C1 において、大

きな隙間を確認できなかった。

図 2-46 ケース無改良 1 図 2-47 ケース A1

図 2-48 ケース B1 図 2-49 ケース C1

ブランク1 A1

4mm 4mm

B1 C1

4mm 4mm

45

(2)配合 2 の結果

配合 2 におけるデジタル顕微鏡写真を図 2-50~図 2-53に示す。これによると、無改良 2

では、鉄筋とコンクリート間に厚い隙間は確認できなかった。ケース A2 では、鉄筋とコン

クリート間に隙間を確認できた。これは、ブリーディングによる影響であると考えられる。

ケース B2 およびケース C2 において、隙間を確認できなかった。

図 2-50 ケース無改良 2 図 2-51 ケース A2

図 2-52 ケース B2 図 2-53 ケース C2

A2ブランク2

4mm 4mm

B2 C2

4mm 4mm

46

2.6.2 ビッカース硬さ試験

ビッカース硬さ試験の結果を図 2-54に示す。なお、デジタル顕微鏡の結果から鉄筋下面

に隙間が存在していた、ケース無改良 1、A1 および A2 のビッカース硬さを 0HV とした。

無改良について比較すると、配合 1 のビッカース硬さが配合 2 のビッカース硬さより低い

ことを確認できた。これは、ブリーディングによって、鉄筋下面に隙間ができたためと考え

られる。また、ポリマーセメントモルタルを被覆したケース B および C では、配合 1 およ

び 2 の両方で、ビッカース硬さが高いことを確認できた。

図 2-54 ビッカース硬さ試験の結果

47

2.6.3 電気化学的測定結果

配合 1 のマクロセル腐食電流密度、ミクロセル腐食電流密度および総腐食電流密度を図

2-55~図 2-58に示す。

①マクロセル腐食電流密度 ②ミクロセル腐食電流密度

③総腐食電流密度

図 2-55 ケース無改良 1の電気化学的測定結果

-16-14-12-10

-8-6-4-202468

10121416

Ⅰ Ⅱ

マクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

0

2

4

6

8

10

12

14

16

Ⅰ Ⅱ

ミクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

無改良-1

無改良-2

無改良-3

0

2

4

6

8

10

12

14

16

Ⅰ Ⅱ

総腐食電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

無改良-1

無改良-2

無改良-3

48

①マクロセル腐食電流密度 ②ミクロセル腐食電流密度

③総腐食電流密度

図 2-56 ケース A1の電気化学的測定結果

①マクロセル腐食電流密度 ②ミクロセル腐食電流密度

③総腐食電流密度

図 2-57 ケース B1の電気化学的測定結果

-16-14-12-10

-8-6-4-202468

10121416

Ⅰ Ⅱ

マクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

0

2

4

6

8

10

12

14

16

Ⅰ Ⅱ

ミクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

A-1A-2A-3

0

2

4

6

8

10

12

14

16

Ⅰ Ⅱ

総腐食電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

A-1A-2A-3

0

2

4

6

8

10

12

14

16

Ⅰ Ⅱ

ミクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

B-1B-2B-3

-16-14-12-10

-8-6-4-202468

10121416

Ⅰ Ⅱ

マクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

0

2

4

6

8

10

12

14

16

Ⅰ Ⅱ

総腐食電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

B-1

B-2

B-3

49

① マクロセル腐食電流密度 ②ミクロセル腐食電流密度

③総腐食電流密度

図 2-58 ケース C1の電気化学的測定結果

配合 1における最大総腐食電流密度の平均値の比較を図 2-59に示す。無改良 1に比べて、

ケース B1 および C1 において、腐食電流密度は低いことを確認できた。一方、耐食性向上

を図ろうとしたケース A1 において、腐食電流密度は高いことを確認できた。これは、軽微

な振動だけでは、鉄筋下面のブリーディングを十分に取り除くことができなかったためと

考えられる。

図 2-59 大型柱における配合 1の最大総腐食電流密度

0

2

4

6

8

10

12

14

16

Ⅰ Ⅱ

ミクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

C-1C-2C-3

-16-14-12-10

-8-6-4-202468

10121416

Ⅰ Ⅱ

マクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

0

2

4

6

8

10

12

14

16

Ⅰ Ⅱ

総腐食電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

C-1C-2C-3

50

次に、配合 2 のマクロセル腐食電流密度、ミクロセル腐食電流密度および総腐食電流密度

を図 2-60~図 2-63に示す。

①マクロセル腐食電流密度 ②ミクロセル腐食電流密度

③総腐食電流密度

図 2-60 ケース無改良 2の電気化学的測定結果

①マクロセル腐食電流密度 ②ミクロセル腐食電流密度

③総腐食電流密度

図 2-61 ケース A2の電気化学的測定結果

0

2

4

6

8

10

12

14

16

Ⅰ Ⅱ

総腐食電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

無改良-1

無改良-2

無改良-3

-16-14-12-10

-8-6-4-202468

10121416

Ⅰ Ⅱ

マクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

0

2

4

6

8

10

12

14

16

Ⅰ Ⅱ

ミクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

A-1

A-2

A-3

0

2

4

6

8

10

12

14

16

Ⅰ Ⅱ

総腐食電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

A-1

A-2

A-3

51

①マクロセル腐食電流密度 ②ミクロセル腐食電流密度

③総腐食電流密度

図 2-62 ケース B2の電気化学的測定結果

①マクロセル腐食電流密度 ②ミクロセル腐食電流密度

③総腐食電流密度

図 2-63 ケース C2の電気化学的測定結果

-16-14-12-10

-8-6-4-202468

10121416

Ⅰ Ⅱ

マクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

0

2

4

6

8

10

12

14

16

Ⅰ Ⅱ

ミクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

B-1

B-2

B-3

0

2

4

6

8

10

12

14

16

Ⅰ Ⅱ

総腐食電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

B-1

B-2

B-3

-16-14-12-10

-8-6-4-202468

10121416

Ⅰ Ⅱ

マクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

0

2

4

6

8

10

12

14

16

Ⅰ Ⅱ

ミクロセル電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

C-1

C-2

C-3

0

2

4

6

8

10

12

14

16

Ⅰ Ⅱ

総腐食電流密度

[μA/cm

2]

鉄筋要素

C-1

C-2

C-3

52

配合2における総腐食電流密度の平均最大値の比較を図2-64に示す。無改良2では、無改良

1と比較して、総腐食電流密度が低いことを確認できた。また、無改良2と比較して、ケース

B2およびケースC2において、総腐食電流密度は低いことを確認できた。ただし、耐食性向

上を図ろうとしたケースA2では、総腐食電流密度が無改良2と比較して増加している。この

ことから良質なコンクリートには、余計な手を加えないことが望ましいと考えられる。

図 2-64 大型柱における配合 2の総腐食電流密度

2.6.4 総腐食電流密度とビッカース硬さの関係

総腐食電流密度とビッカース硬さの関係を図 2-65に示す。これによれば、配合 1 におい

て、ビッカース硬さが高いほど、総腐食電流密度は減少する傾向を確認できた。また、配合

2 においても同様であった。さらに、無改良について比較すると、配合 1 と配合 2 において、

同様の傾向が確認できた。したがって、鉄筋とコンクリート間を密にすることで、耐食性を

向上させることができると考えられる。

図 2-65 大型柱における総腐食電流密度とビッカース硬さの関係

53

2.6.5 大型柱におけるまとめ

(1)鉄筋をポリマーセメントモルタルで被覆することによって耐食性を向上できた。特に、

防錆剤を混入したポリマーセメントモルタルで被覆することによって、ブリーディン

グの多いコンクリートにおいても耐食性を向上できた。

(2)鉄筋に軽微な振動を直接与えることによって、鉄筋下面に生じたブリーディングを取

り除くことができないことを確認した。

2.7 まとめ

(1)鉄筋とコンクリート間の隙を低減することにより、鉄筋の腐食が低減された。

(2)上記(1)について、①単位水量を減じてブリーディングを低減する方法、②鉄筋を予め

ペーストで被覆する方法、において防食効果を確認できた。

第 2章の参考文献

2-1)平野誠志、宮里心一、山本恵理子、武内道雄:凍結防止剤が散布される RC 道路橋の塩

害進展メカニズムの解明:コンクリート工学年次論文集、Vol29、No.1、pp.1005-1010、

2007

2-2)大即信明, 宮里心一, 原法生, Yodsudjai Wanchai:再生骨材コンクリートの物質透過性お

よび強度の評価とその結果に基づく改善方法の提案、コンクリート工学論文集、Vol.12、

No.2、pp.1-12、2001

2-3)染谷望, 加藤佳孝:けい酸塩系表面含浸材の浸透機構および改質効果に関する基礎的検

討、コンクリート工学論文集、Vol.25、No.1、pp.181-189、2014

2-4)宮里心一、大即信明、木村勇人、水流徹:モルタルの欠陥部に生じる塩害あるいは中性

化による鉄筋腐食の形態と速度、土木学会論文集、No.690、V-53、pp.83-93、2001

2-5)社団法人腐食防食協会編、腐食防食ハンドブック、丸善、pp. 552-554、2000

2-6)水流徹、前田龍、春山志郎:交流法腐食モニターの局部腐食への適用:防食技術、No.28、

pp.638-644、1979

2-7)藤田竜輔、宮里心一、有馬直秀、青山實伸:中性化と塩害の複合劣化に対する防錆剤混

入被覆モルタルによる補修方法の開発、土木学会第 68 回年次学術講演会講演概要集、

V-277、pp.553-554、2013

54

第 3 章

母材と補修材間の界面を考慮した

断面修復後の腐食解析モデルの検討

55

3.1 背景

コンクリート中の鉄筋を要素に分割し、各要素のアノード分極曲線とカソード分極曲線

を交差させて点から求まる平衡電流を基に、マクロセルおよびミクロセル腐食電流を解析

するモデルが提案されている。この様なモデルを多様に整備し、それぞれの長所と短所を比

較することで、今後に改良や統合をすれば、様々な材料や環境に対応した耐久設計に関する

シミュレーションが可能になる。そのため、長谷川らのモデル 3-1)では、ひび割れ部のマク

ロセル腐食を対象にした適用可能性は確認しているが、打継部を対象としたケースは未検

討であり、検証が求められていた。特に、実験的検討によれば、打継目を境とした母材と補

修材の間の電気抵抗が大きいほど、マクロセル腐食速度は遅くなることが確認されている 3-

2)。さらに、小松らにより、打継面の電気抵抗を高めることで、断面修復後のマクロセル腐

食を抑制する補修方法が提案されている 3-3)。加えて、著者はシラン系表面含浸材と接着剤

を使用した補足実験を実施して、図 3-1 の成果を挙げている 3-4)。したがって、もし前述の

モデル 3-1)が打継部のマクロセル腐食を解析できることを確認できれば、これらの実験事実

も解析によって検証でき、IoT やビックデータなどの情報工学が進む近代において、鉄筋コ

ンクリートのメンテナンス技術へのシミュレーションの展開に寄与できると考える。

図 3-1 補足実験による成果

3.2 目的

3.1 の背景を踏まえて、長谷川らにより提案されたひび割れ部を対象としたマクロセル

腐食速度解析モデル 3-1)を、断面修復部のような塩分の濃淡差がある打継部へ適用できるモ

デルに改良する。さらに、打継面へシラン系含浸材を塗布することによるマクロセル対策工

法 3-4)の効果の検証に本モデルを適用し、既往の実験結果を検証するとともに、解析モデル

の適用範囲を拡大させる。

56

3.3 解析モデルの概要

解析モデルの概要を説明する。なお、基本的なコンセプトは、ひび割れ部のマクロセル腐

食を対象にした既往の論文 3-1)と同様である。ここで、解析のプログラムのフローを図 3-2

に示す。なお、このプログラムは、市販のソフトではなく、長谷川らにより提案されたプロ

グラムを基に、改良した。解析モデルの適用範囲を表 3-1に示す。すなわち、長谷川らはひ

び割れ部を対象とした解析である。一方、本研究では、打継面の抵抗を加えることにより、

塩分の濃淡差がある打継部を対象とできる。すなわち、解析の適用範囲を拡大できる。

図 3-2解析プログラムのフロー

表 3-1 解析モデルの適用範囲

解析モデル 長谷川モデル 本モデル

解析の

適用範囲

ひび割れ部を対象

としている

塩分の濃淡差がある断面修復の

打継部を対象としている

回路

モデル

57

本研究では、狭い範囲でアノードとカソードが連結した腐食回路による「ミクロセル腐食

電流」と、広い範囲でアノードとカソードが連結した腐食回路による「マクロセル腐食電流」

を合計することにより、「総腐食電流」を算定する 3-5)。そのため、モデルの最終的な解析値

は「総腐食電流」である。一方、入力値は、各鉄筋要素の「アノード分極曲線」、「カソード

分極曲線」、「分極抵抗」、および「モルタル抵抗」である。なお、「モルタル抵抗」には、長

谷川モデルのコンクリート抵抗に加えて、母材と補修材間の打継面における電気抵抗も含

む。

これを踏まえて先ずは、マクロセル腐食電流とミクロセル腐食電流を区別して解析する

ため、鉄筋を要素に分割する。すなわち、図 3-3に示すとおり、一本の鉄筋は複数の鉄筋要

素の連続体として考える。また、アノードとカソードが、単一の鉄筋要素内に存在する場合

を「ミクロセル」とし、一方異なる鉄筋要素に跨る場合を「マクロセル」とする。

図 3-3 分割鉄筋要素と腐食形態

次に、打継部を対象にした解析手順を説明する。アノード分極曲線およびカソード分極曲

線の組合せとマクロセル腐食電流およびミクロセル腐食電流の関係を、図 3-4 に示す。図

3-4(1)に示すとおり、鉄筋要素②は母材等の塩化物イオンを含有するモルタル内部に存在

し、一方鉄筋要素③は補修材等の塩化物イオンを含有しないモルタル内部に存在すると仮

定する。ここで、左右のモルタルでは、塩化物イオン含有量や水セメント比が異なる。その

ため、塩化物イオン量の影響を受けるアノード分極曲線、および酸素供給量の影響を受ける

カソード分極曲線は、鉄筋要素②と鉄筋要素③で異なる 3-6)。また、アノード分極曲線とカ

ソード分極曲線の交点が電気化学的な平衡状態であり、この電流値で腐食反応は制御され

る 3-7)。ここで、図 3-4(2)に示すとおり、同一鉄筋要素内(図 3-4(2)の例では鉄筋要素②)

にアノードとカソードが形成されるミクロセルの場合、対象とする鉄筋要素の見掛けの分

極抵抗に伴う電位ロスを考慮する必要がある。すなわち、アノード分極曲線とカソード分極

曲線の交点よりも左側(腐食電流が小さい側)において、式(3-1)のオームの法則を満足する

ミクロセル腐食電流が流れる。

EC②-EA②=(RP②+RP②)×Imicro (式 3-1)

ここで、RP②は鉄筋要素②の分極抵抗(Ω)、EC②は鉄筋要素②のカソード電位(V)、EA②は鉄

筋要素②のアノード電位(V)、Imicroはマクロセル腐食電流(A)を示す。

A C

C

マクロセル

ミクロセル

C

A : アノード

C

A C

A C

A

: カソード

58

(1) 鉄筋要素の位置

(2) 同一鉄筋要素内でミクロセルが (3) 鉄筋要素②と③間でマクロセルが

形成される場合 形成される場合

図 3-4 分極曲線と腐食電流の関係

一方、図 3-4(3)に示すとおり、異なる鉄筋要素(図 3-4(3)の例では鉄筋要素②と③)に

跨ってアノードとカソードが形成されるマクロセルの場合、対象とする鉄筋要素②と③の

見掛けの分極抵抗や両鉄筋要素の間のモルタル抵抗に伴う電位ロスも考慮する必要がある。

すなわち、アノード分極曲線とカソード分極曲線の交点よりも左側(腐食電流が小さい側)

において、式(3-2)のオームの法則を満足するマクロセル腐食電流が流れる。

E’C③-E’A②=(RP③+RC②③+RP②)×Imacro (式 3-2)

ここで、RP③は鉄筋要素③の分極抵抗(Ω)、RC②③は、打継面の抵抗を加味した鉄筋要素②

と③の間のモルタル抵抗(Ω)、E’C③は鉄筋要素③のカソード電位(V)、E’A②は鉄筋要素②の

アノード電位(V)、Imacro はマクロセル腐食電流(A)を示す。

要素 ②

打継面

鉄筋 要素 ③

モルタル Cl-

59

3.4 解析モデルの打継部への適用

3.4.1 供試体概要

供試体概要を図 3-5に示す。多量の塩化物イオンを含有する母材部(左側)と、塩化物イ

オンを含有しない打継部(右側)を接合した。母材部には鉄筋要素①と②を、一方打継部に

は鉄筋要素③を、かぶり 20mm に埋設した。なお、モルタルの配合は、W/C が 50%で、S/C

が 3.0 とし、普通ポルトランドセメントを用いた。接合部を補強するため、供試体側面(幅

10mm)にエポキシ樹脂を被覆した。母材部を打設後、4 週間に亘り湿潤気中(20℃、90%RH)

で養生した。その後、打継部を接合し、1 週間に亘り湿潤気中養生を兼ねた暴露を行った。

2 週目以降は温度を 40℃として 13 週目まで暴露した。なお、3 体の同種の供試体を作製し、

実験および解析に用いた。

図 3-5供試体概要

3.4.2 測定概要

図 3-6 に示すとおり、鉄筋要素のカソードおよびアノード分極曲線、鉄筋要素の分極抵

抗、鉄筋要素間のモルタルおよび打継面の電気抵抗、および鉄筋要素間のマクロセル腐食電

流を暴露 13 週後に測定した。なお、ミクロセル腐食電流の実験値は、分極抵抗の測定値を

用いて算定した 3-5)。

(1) 鉄筋要素のカソードおよびアノード分極曲線

Ag/AgCl を参照電極として、鉄筋要素の電位を強制的に 1mV/sec で卑へ変化させ、その時

に流れる電流をカソード分極曲線として記録した。続いて、鉄筋要素の電位を強制的に

1mV/sec で貴へ変化させ、その時に流れる電流をアノード分極曲線として記録した。なお、

カソード分極曲線とアノード分極曲線は同じ試料を用いて、連続的に測定した。

(2) 鉄筋要素の分極抵抗

交流インピーダンス法により各鉄筋要素の分極抵抗を測定した。

(3) 鉄筋要素間のモルタルの電気抵抗および母材と補修材間の打継面の電気抵抗

交流インピーダンス法により各鉄筋要素間のモルタルの電気抵抗や、母材と補修材間の

打継面の電気抵抗を測定した。

(4) マクロセル腐食電流

鉄筋要素間に流れるマクロセル腐食電流を無抵抗電流計により測定した。

60

(1) 分極曲線 (2) 分極抵抗

(3) モルタル抵抗と打継面抵抗 (4) マクロセル腐食電流

図 3-6 測定方法

3.4.3 解析方法

具体的な解析方法を説明する。入力値である、カソード分極曲線およびアノード分極曲線

を図 3-7に、分極抵抗を表 3-2に、モルタルの電気抵抗および打継面の電気抵抗を表 3-3に

示す。

(1) 供試体 1 の鉄筋要素① (2) 供試体 1 の鉄筋要素②

(3) 供試体 1 の鉄筋要素③

図 3-7 分極曲線の入力値(その 1)

61

(4) 供試体 2 の鉄筋要素① (5) 供試体 2 の鉄筋要素②

(6) 供試体 2 の鉄筋要素③ (7) 供試体 3 の鉄筋要素①

(8) 供試体 3 の鉄筋要素② (9) 供試体 3 の鉄筋要素③

図 3-7 分極曲線の入力値(その 2)

表 3-2 分極抵抗の入力値

(kΩ・cm2)

鉄筋要素 ① ② ③

供試体 1 3.4 18.8 1219.0

供試体 2 0.4 2.0 189.5

供試体 3 0.4 1.0 189.5

62

表 3-3モルタル抵抗と打継面抵抗の入力値

(kΩ)

供試体 1 供試体 2 供試体 3

鉄筋要素 ① ② ③ 鉄筋要素 ① ② ③ 鉄筋要素 ① ② ③

① ― 0.9 1.8 ① ― 0.8 1.7 ① ― 0.9 1.8

② 0.9 ― 1.1 ② 0.8 ― 1.0 ② 0.9 ― 1.1

③ 1.8 1.1 ― ③ 1.7 1.0 ― ③ 1.8 1.1 ―

なお、カソード分極曲線とアノード分極曲線の低電流側における電位は、同じ値になる測

定結果が報告されている 3-8)、3-9)。ただし本実験では、先に実施したカソード分極により電極

表面で還元体が消費され、その濃度が変化した状態でアノード分極を実施した。したがって、

アノード分極曲線の測定結果はその影響を受け、文献 3-8)、3-9)に示される様な真値と差が生

じたと考えられる。すなわち、両分極曲線の低電流側における電位が同等になると仮定すれ

ば、真のアノード分極曲線は図 3-7に描かれる線より左上にシフトすると考えられ、その影

響については図 3-10で後述する。

次に、これらの入力値を用いた解析方法を説明する。先ずは、任意の鉄筋要素についてア

ノード分極曲線とカソード分極曲線を重ね合わせる。例えば、図 3-8のようにミクロセルを

対象とする際には、同一の鉄筋要素(図 3-8の例では鉄筋要素①)のアノード分極曲線およ

びカソード分極曲線を重ね合わせる。また、鉄筋要素①の見掛けの分極抵抗の 2 倍を、アノ

ードとカソードの間の電気抵抗による電位ロスとして考慮する。そのため、ミクロセル腐食

電流は、分極曲線の交差する点よりも左に移動した、0.006mA/cm2となる。

図 3-8 ミクロセル腐食電流の解析例 (鉄筋要素①)

63

一方、図 3-9のようにマクロセルを対象とする際には、異なる鉄筋要素のアノード分極曲

線(図 3-9の例では鉄筋要素①)およびカソード分極曲線(図 3-9の例では鉄筋要素③)を

重ね合わせる。また、鉄筋要素①の分極抵抗と、鉄筋要素①と③の間のモルタルの電気抵抗

と打継面の電気抵抗、および鉄筋要素③の分極抵抗の和を、アノードとカソードの間の電気

抵抗による電位ロスとして考慮する。そのため、マクロセル腐食電流は、分極曲線の交差す

る点よりも左に移動した、0.004mA/cm2となる。すべての鉄筋要素間において上述の解析を

した結果、各鉄筋要素間を流れる腐食電流は、表 3-4に示すとおりとなる。

さらに、各鉄筋要素におけるマクロセルのアノードになる場合の腐食電流からマクロセ

ルのカソードになる場合の腐食電流を差し引いた値が、マクロセル腐食電流になる。したが

って、各鉄筋要素のマクロセル腐食電流とミクロセル腐食電流は、表 3-5に示すとおりとな

る。

図 3-9 マクロセル腐食電流の解析例

(アノード: 鉄筋要素①、 カソード: 鉄筋要素③)

表 3-4 腐食電流の解析値

(μA)

供試体 1

鉄筋要素

カソード

① ② ③

アノード

node

① 6.0 7.0 5.0

② 4.0 5.0 5.0

③ 2.0 2.0 2.0

供試体 2

鉄筋要素

カソード

① ② ③

アノード

node

① 6.0 7.0 4.0

② 3.0 3.0 3.0

③ 2.0 2.0 2.0

供試体 3

鉄筋要素

カソード

① ② ③

アノード

node

① 6.0 8.0 4.0

② 4.0 5.0 3.0

③ 2.0 2.0 2.0

64

表 3-5 腐食電流密度の解析値

(μA/cm2)

供試体 1

鉄筋要素 ミクロセル マクロセル 総腐食

① 6.0 6.0 12.0

② 5.0 0 5.0

③ 1.0 -3.0 1.0

供試体 2

鉄筋要素 ミクロセル マクロセル 総腐食

① 6.0 6.0 12.0

② 3.0 -3.0 3.0

③ 1.0 -1.5 1.0

供試体 3

鉄筋要素 ミクロセル マクロセル 総腐食

① 6.0 6.0 12.0

② 4.0 -3.0 4.0

③ 1.0 -1.5 1.0

3.4.4 実験値と解析値の比較

図 3-10 に、全 3 体の供試体における総腐食電流密度分布の解析値と実験値を比較する。

これによれば、塩化物イオンを含有するモルタル内の鉄筋要素①において、総腐食電流密度

が高くなった。一方、塩化物イオンを含有しないモルタル内の鉄筋要素③において、総腐食

電流密度が低くなった。この様なマクロセルの形成は既往の知見とも整合する。したがって、

本モデルによる解析は、打継部のマクロセル腐食の形成をシミュレーションできると判断

した。次に図 3-11に、すべての供試体におけるすべての鉄筋要素での、総腐食電流密度の

解析値と実験値を比較する。これによれば、解析値と実験値は概ね等しいことが認められる。

したがって、本モデルによる解析は、打継部のマクロセル腐食電流を定量的にシミュレーシ

ョンできると判断した。なお、すべてのプロットは 1:1 の線より若干左上にあり、解析値

が実験値より僅かに大きい傾向を示している。これは、図 3-7で前述の通り、アノード分極

曲線の電流が大きく測定された影響と考えられる。すなわち、もしアノード分極曲線が左上

にシフトされれば、図 3-8 および図 3-9 により解析されるマクロセル腐食電流とミクロセ

ル腐食電流は小さくなる。その結果、解析値は実験値に近づくと考えられる。

65

図 3-10総腐食電流密度分布の解析値と実験値の比較

図 3-11 すべての供試体におけるすべての鉄筋要素での

総腐食電流密度の解析値と実験値の比較

66

3.5 感度解析

仮に解析の入力値であるモルタル抵抗と打継面の抵抗を大きく変化させた場合に、解析

値がどのような感度で変化するか検討した。ここでは、表 3-3に示した鉄筋要素①・③間お

よび②・③間の抵抗値を 10 倍、100 倍、1000 倍と変化させて同じように解析を行った。

結果を図 3-12に示す。これによると、電気抵抗が増大すると、総腐食電流密度が低減す

ることが確認できた。

図 3-12 電気抵抗を変化させたときの総腐食電流密度

さらに、鉄筋要素①の総腐食電流密度と電気抵抗の関係を図 3-13に示す。これによると、

電気抵抗を 100 倍まで変化させた場合、総腐食電流密度は低減した。しかし、電気抵抗が

100 倍以上になると、総腐食電流密度は変化しなかった。これは、解析のための入力値であ

る分極曲線によるものである。図 3-14(a)に示すように、本研究において計測された分極曲

線はこのような形であり、図 3-4に示したように腐食電流の算出する際に、抵抗に伴う電位

ロスを考慮するが、ある程度のところで変化しなくなる。一方、図 3-14(b)のように直線の

場合、電位ロスを増加させると、同じように腐食電流が変化すると考えられる。

図 3-13 鉄筋要素①の総腐食電流密度と電気抵抗の関係

67

(a)計測された分極曲線 (b)直線の分極曲線

図 3-14 分極曲線による電位ロスの変化イメージ

3.6 マクロセル対策工に対する適用検証

3.6.1 解析モデルの適用範囲の拡大

解析モデルの概要は、3.3 と同様であるが、表 3-6に示すように打継面の抵抗において、

補修材料の抵抗も加味した。すなわち、断面修復部にシラン系含浸材を用いた場合において

も解析モデルが適用できるか検証し、さらなる適用範囲の拡大を試みた。

表 3-6 解析モデルの適用範囲

解析の

適用範囲

塩分の濃淡差がある断面修復の

打継面を対象

シラン系含浸材を塗布した

断面修復を対象

回路

モデル

3.6.2 供試体概要

3.4 と同様の供試体を用いた。ただし、母材モルタルの打設から 4 週間に亘り湿潤気中

で養生した後に、1 週間に亘り乾燥(20℃、60%RH)させ、打継面の表面水分率を 8%以下に

調整した。それから図 3-1で最も効果の高かったシラン系含浸材を、200g/m2の量で打継面

に塗布した後、1 週間に亘り乾燥気中で養生した。その後、アクリル系接着剤を 100g/m2塗

布し、約 3 時間に亘り気中乾燥させた。さらに打継部を接合し、1 週間に亘り湿潤気中養生

を兼ねた暴露を行った。また 2 週目以降は温度を 40℃として、13 週目まで暴露した。

log log

68

3.6.3 測定概要

3.4 と同様の測定方法を用いた。

3.6.4 解析に用いた入力値

入力値である、カソード分極曲線およびアノード分極曲線を図 3-15に、分極抵抗を表 3-

7に、モルタルの電気抵抗および打継面の電気抵抗を表 3-8に示す。表 3-8によると、シラ

ン系含浸材を塗布することにより、打継面抵抗が増加することを確認できる。

(1) 供試体 1 の鉄筋要素① (2) 供試体 1 の鉄筋要素②

(3) 供試体 1 の鉄筋要素③ (4) 供試体 2 の鉄筋要素①

(5) 供試体 2 の鉄筋要素② (6) 供試体 2 の鉄筋要素③

図 3-15 分極曲線の入力値

69

表 3-7 分極抵抗の入力値

(kΩ・cm2)

鉄筋要素 ① ② ③

供試体 1 0.4 0.9 79.5

供試体 2 0.58 1.00 149.6

表 3-8モルタル抵抗と打継面抵抗の入力値

(kΩ)

供試体 1 供試体 2

鉄筋要素 ① ② ③ 鉄筋要素 ① ② ③

① ― 1.3 1.8 ① ― 1.1 3.2

② 1.3 ― 1.4 ② 1.1 ― 3.0

③ 1.8 1.4 ― ③ 3.2 3.0 ―

3.6.5 解析値と実験値の比較

図 3-16 に、シラン系含浸材の塗布の有無が総腐食電流密度分布に及ぼす影響に関する、

解析値と実験値を示す。ここで、無塗布の結果は、図 3-10 の 3 体の結果の平均値を示す。

これによれば、解析値と実験値はともに、シラン系含浸材を塗布した場合に、塗布しない場

合と比較して、総腐食電流密度が低くなった。したがって、母材と補修材の間にシラン系含

浸材を塗布し、打継面の電気抵抗を高めることが再腐食を抑制できることについて、既往の

実験結果 3-3) 3-4)のみならず解析的にも確認された。また、図 3-17 に、総腐食電流密度の解

析値と実験値を比較する。これによれば、解析値と実験値は概ね等しいことが認められる。

したがって、本モデルによる解析は、打継部にマクロセル腐食対策工を実施する場合にも、

適用できることが明らかになった。

70

図 3-16 解析値と実験値におけるシラン系含浸材の塗布の有無が

総腐食電流密度分布に及ぼす影響

図 3-17 マクロセル腐食対策工後の総腐食電流密度における解析値と実験値の関係

71

3.7 まとめ

(1) 長谷川らにより提案されたひび割れ部を対象としたマクロセル腐食速度解析モデル 3-1)は、

打継面の抵抗を代入値に加えることにより、塩化物イオンの濃淡差がある打継部にも適

用できた。

(2) 打継面へシラン系含浸材を塗布することによるマクロセル対策工法の防食性は、本モデ

ルを用いた解析でも、既往の実験 3-3)、3-4)と同様に効果を有することが確認できた。

第 3章の参考文献

3-1)長谷川裕介、宮里心一、親本俊憲、横関康祐:ひび割れを有する鉄筋コンクリートの腐

食速度解析モデルの提案、コンクリート工学論文集、Vol.17、No.1、pp.31-40、2006

3-2)長滝重義、大即信明、守分敦郎、鎌田敏郎、宮里心一:断面修復部における打継目の物

質透過性が鉄筋のマクロセル腐食に及ぼす影響、土木学会論文集、No.578、pp.31-42、1997

3-3)小松誠哉、宮里心一、前田良文、大城壮司、松井隆行:シラン系含浸材を用いた叩き落

し部近傍の再劣化低減工法の提案、土木学会論文集 E2、Vol.70、No.1、pp.19-28、2014

3-4)畑中達郎、宮里心一、水谷真也:含浸材の塗布量がマクロセル腐食低減工法の効果に及

ぼす影響、日本学術会議材料工学連合講演会講演論文集、Vol.57、pp.869-870、2013

3-5)宮里心一、大即信明、小長井彰祐:分割鉄筋を用いたマクロセル電流測定方法の実験的・

理論的検討、コンクリート工学年次論文集、Vol.23、No.2、pp.547-552、2001

3-6)公益社団法人 日本コンクリート工学会:電気化学的計測手法の体系化に関する研究委

員会、CD-ROM、2015

3-7)公益社団法人 腐食防食協会:腐食を理解するための電気化学入門、第 23 回技術セミナ

ー、pp.13-25、2000

3-8)審良善和、山路徹、小林浩之、濵田秀則:練混ぜ水に海水を用いたコンクリートの干満

帯における長期耐久性、コンクリート工学年次論文集、Vol.34、No.1、pp.820-825、2012

3-9)鈴木三馨、福浦尚之、丸屋剛:塩害による腐食劣化予測に対する構造・鋼材腐食連成解

析手法の構築、土木学会論文集 E2、Vol.70、No.3、pp.301-319、2014

72

第 4 章

界面改良による延命化技術の

実用方法の提案

73

4.1 新設構造物に対する実用方法の提案

新設構造物に対する実用方法の提案を表 4-1に示す。

一つ目の提案は、ブリーディングを減少させるために、フライアッシュ(FA)コンクリート

を活用することである。特に北陸地方では、アルカリシリカ反応を抑制するべく、フライア

ッシュを有効活用するための産官学による研究が盛んに行われ、マニュアルも整備されて

おり、フライアッシュコンクリートの出荷量も増加している。これによれば、フライアッシ

ュは遮塩性が高いだけでなく、微分量の増加により、保水性が増大することからブリーディ

ングを低減させる効果を有している 4-1) 4-2)。したがって、鉄筋下面に発生する隙を減少させ

ることができると考えられる。なお、ブリーディングを減少させ過ぎると、施工性は悪くな

るが、フライアッシュを用いることで施工性も改善できると考える。

二つ目の提案は、ポリマーセメントモルタル(PCM)を被覆することである。例えば、海外

工事において、資金操りの困窮や政情不安などにより配筋段階で工事が停止する可能性が

考えられる。それにより、配筋から打設までの時間が延びることで、劣化因子により鉄筋が

錆びる可能性がある。また、作業員の意識が低い場合に打設作業が遅くなり、多量のブリー

ディングの浮いたコンクリートになる可能性も考えられる。そこで、鉄筋が錆びないように

予め PCM を被覆することで、ブリーディングや劣化因子から鉄筋を保護し、鉄筋下面の腐

食進行を防ぐことができると考える。

表 4-1 鉄筋とコンクリートの間の隙を改良する実用方法の提案

2章の

方法

①ブリーディングを

減少させる

②ポリマーセメントモルタル

(PCM)を被覆する

防食

効果 向上 著しく向上

実用

方法

・北陸地方において、

FA コンクリートの出荷

量は増加している。

フライアッシュ(FA)

コンクリートの使用

海外工事における使用

0

5000

10000

15000

20000

25000

30000

35000

40000

24 25 26 27 28 29

北陸地方のフライアッシュコンクリート

出荷量

(m3)

年度

・配筋段階で工事が停止し、打設に

進めない場合でも、工事中に鉄筋

が腐食しない。

・作業が遅く、ブリーディングが多く

なる場合でも、鉄筋下面の腐食

進行を防げる。

74

4.2 既設構造物の断面修復後のマクロセル対策工に実用する方法の提案

4.2.1 解析方針

既設構造物に対する実用方法の提案として、マクロセル対策工における材料開発への解

析シミュレーションを提案する。すなわち、マクロセル対策工法に有効な材料を開発するに

あたって、解析により目標の絞り込みを行うことができれば、開発費用や開発時間を短縮す

ることができる。そのため、具体的には、図 4-1に示すよう、解析プログラムの入力値にお

いて、「打継面の抵抗」を変化させる。例えば、打継面に用いる材料をさらに電気抵抗の高

い材料を用いた場合を検証した。

図 4-1変化させる解析プログラムの入力値

4.2.2 解析方法

解析方法は、第 3 章と同様である。ここでは、表 4-2に示すように、例えば、打継面の電

気抵抗が増加したことで、鉄筋要素①・③間の電気抵抗が 2 倍になったと仮定した場合に、

総腐食電流がどのように変化するかについて評価した。すなわち、鉄筋要素①・③間の電気

抵抗は元の値から 2 倍した。また、鉄筋要素②・③間の電気抵抗は、元の鉄筋要素①・③間

と差を保つように数値を仮定した。なお、鉄筋要素①・②間の電気抵抗は、鉄筋要素が同じ

部材中にあることから変化がないと仮定した。表 4-3に分極抵抗の入力値を示す。

表 4-2 変化させた電気抵抗値例

元の電気抵抗(1.0 倍)

鉄筋要素 ① ② ③

① ― 1.3 1.8

② 1.3 ― 1.4

③ 1.8 1.4 ―

表 4-3 分極抵抗の入力値

(kΩ・cm2)

鉄筋要素 ① ② ③

供試体 1 0.4 0.9 79.5

供試体 2 0.58 1.00 149.6

変化させた電気抵抗(2.0 倍)

鉄筋要素 ① ② ③

① ― 1.3 3.6

② 1.3 ― 3.2

③ 3.6 3.2 ―

75

4.2.3 解析結果

解析結果を図 4-2に示す。これによると、鉄筋要素①・③間の電気抵抗が 2 倍になった場

合、総腐食電流密度は、若干の低下が確認できた。すなわち、電気抵抗を大きくした場合に

おいて、腐食電流密度がさらに小さくなる可能性が考えられる。

図 4-2 電気抵抗を変化させた場合の解析結果

4.2.4 マクロセル対策工法を例とした解析シミュレーション

4.2.4.1 解析方法

図 4-3に示すような床版において、マクロセル対策工法の施工を行ったと仮定して、シミ

ュレーションを行った。条件としては、目視点検において足場を設けた際に、マクロセル対

策工法を 1m×1m の範囲で 50 か所を施工したと仮定した。

図 4-3 床版に対するマクロセル対策工法の施工イメージ

0

5

10

15

20

① ② ③

総腐食電流密度

(μA/cm

2)

鉄筋要素

元の電気抵抗 電気抵抗2倍

1m×1m

76

解析条件を表 4-4に示す。なお、塗布量が変化することで同様に電気抵抗値が変化すると

仮定した。さらに塗布量に対して腐食をどの程度低減できたかを評価するため、式 4-1 およ

び式 4-2 から腐食量を算出した。ここで、既往の研究によると、「コンクリート中の鉄筋の

腐食速度が 10°C の気温上昇に伴い、2 倍に加速する」というアレニウスの法則がある 4-3)。

そのため、温度上昇によって加速した影響を加味した腐食速度を用いた。また、松島らによ

ると腐食ひび割れ発生腐食量は、0.05~0.1g/cm2 である 4-4)。そのため、本解析では、腐食ひ

び割れ発生腐食量が 0.1g/cm2と仮定して、式 4-3 に示すように腐食ひび割れ発生までの期間

を算出した。

表 4-4 解析条件

条件 塗布量(g/m2) 材料単価

(万円/50m2) 電気抵抗の倍数

無塗布 0 0 0.00

シラン系含浸材

180 9.1 0.90

200 10.1 1.00

400 20.2 2.00

800 40.4 4.00

総腐食電流密度(μA/cm2)∗1.16(mm/年)

100(μA cm2⁄ )∗ 0.1 = 腐食速度(cm/年) (式 4-1)

腐食速度(cm/年) ∗鉄の密度(7.86g/cm3)=腐食量(g/cm2/年) (式 4-2)

腐食ひび割れ発生腐食量(0.1g/cm2)/腐食量(g/cm2/年)

=腐食ひび割れ発生年数(年) (式 4-3)

77

4.2.4.2 解析結果

鉄筋要素①の腐食速度と塗布量の関係を図 4-4に示す。これによると、シラン系含浸材を

塗布することにより、腐食速度を低減できることが解析によって確認できた。塗布量を 2 倍、

4 倍と増大させた場合に、腐食速度が 2 倍、4 倍と低下しなかったのは、3.5 で述べたよう

に、抵抗値がある値を超えると、腐食速度が変化しなくなるためと考えられる。

図 4-4 鉄筋要素①の腐食速度と塗布量の関係

次に腐食ひび割れ発生年数と塗布コストの関係を図 4-5に示す。これによると、無塗布と

比較して、シラン系含浸材を塗布することにより、腐食ひび割れ発生年数を約 1.4 倍に遅延

できることが確認できた。ただし、含浸材の塗布量を多くした場合に、延命効果が増加する

とは限らないことを確認できた。例えば、大規模修繕工事に合わせて、劣化した部分を簡易

に補修し、約 5 年間延命させるとした場合、費用を安く抑えるために、標準塗布量である

200g/m2 もしくは少し塗布量を減らした 180g/m2 を用いることが有効であると考えられる。

すなわち、解析によって、効果的な塗布量を確認でき、費用に応じた塗布量の検討に用いる

ことができると考えられる。

図 4-5 腐食ひび割れ発生年数と塗布コストの関係

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

6.0

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 50

腐食ひび割れ発生年数

(年)

塗布コスト(万円/50m2)

無塗布

シラン系

含浸材180g/m²

シラン系

含浸材200g/m²

シラン系

含浸材400g/m²

78

4.2.5 解析シミュレーションを用いた開発への応用例

4.2.5.1 解析方針

さらに解析シミュレーションを用いた開発への応用例を示す。ここで、入力値を測定する

ために必要な機材の例を図 4-6に示す。これによれば、①腐食モニターおよび②無抵抗電流

計は高価であり、設備投資するには負担が大きい。一方、鉄筋要素間の電気抵抗を測定する

ためには、③抵抗計が必要である。これは、先程述べた機材よりも安価である。もし、既存

のデータに基づいて、打継面の電気抵抗のみを代入することで材料開発を行うことができ

れば、設備コストを抑えられるだけでなく、開発時間も短縮することができると考えられる。

コストが抑えられることで、より良い製品を安価に供給でき、市民生活の持続的発展につな

がる。

①腐食モニター(100万円/台)

③抵抗計(0.5万円/台)

②無抵抗電流計(10万円/台)

図 4-6 必要な機材の例

4.2.5.2 解析方法

表 4-5に示すようにモルタルおよび打継面の電気抵抗の入力値を設定した。なお、解析に

必要な他の入力値であるアノード分極曲線、カソード分極曲線および分極抵抗は、第 3章で

測定されたシラン系含浸材のデータを転用した。

表 4-5 鉄筋要素間の抵抗値

(kΩ)

鉄筋

要素 ① ② ③

① 0.84 4.0

② 0.84 3.6

③ 4.0 3.6

79

4.2.5.3 解析結果

解析結果を図 4-7に示す。これによると、無塗布と比べて電気抵抗値による解析値は、

腐食電流密度が小さくなることが確認できた。また、シラン系含浸材と比較して、電気抵

抗値による解析値は腐食電流密度が低いことが確認できた。これにより、入力値として、

鉄筋要素間の抵抗を測定し、既存のデータを活用することで、解析が可能であることが確

認できた。

図 4-7 解析結果

4.3 まとめ

新設構造物に対する実用方法の提案として、一つ目にブリーディングを減少させるため

にフライアッシュ(FA)コンクリートの活用を提案できた。すなわち、飛来塩分や凍結防止剤

が散布されるような厳しい環境において、実用することにより鉄筋下面に発生する隙を減

少させ、高い遮塩性と合わせて、耐食性を向上させることができる。二つ目にポリマーセメ

ントモルタル(PCM)を被覆することを提案できた。すなわち、情勢不安により配筋段階で工

事が停止し、打設に進めない場合でも、被覆することによって工事中に鉄筋が腐食しない。

また、作業が遅く、ブリーディングが多くなる場合でも、鉄筋下面の腐食進行を防ぐことが

できる。さらに既設構造物に対して、マクロセル対策工法を対象にした解析シミュレーショ

ンの方法を提案できた。すなわち、補修工事のタイミングを合わせるために、数年間延命さ

せるために最適な塗布量の検討に用いることできる。加えて、鉄筋要素間の抵抗のみを測定

し、既存のデータを活用する解析方法の提案ができた。すなわち、材料開発の設備コストを

抑えられるだけでなく、開発時間も短縮することができる。また、コストが抑えられること

で、より良い製品を安価に供給でき、市民生活の持続的発展につながる。

0

5

10

15

20

① ② ③

総腐食電流密度

(μA/cm

2)

鉄筋要素

無塗布の実験値 無塗布の解析値

含浸材の実験値 含浸材の解析値

電気抵抗値による解析値

80

第 4章の参考文献

4-1)花岡大伸、福原義之、羽渕貴士、参納千夏男:フライアッシュによるコンクリートのブ

リーディング抑制効果について、土木学会年次学術講演会講演概要集、Vol.65、No.5、

pp.899-900、2010

4-2)田端辰伍、宮里心一、橋本徹、渡辺将之:北陸産分級フライアッシュを用いたコンクリ

ートの実用化に向けた検証、コンクリート工学年次論文集、Vol.35、No.1、pp.151-156、

2013

4-3)西田孝弘、大即信明、浜本純平、Melito BACCAY、陳旭:材料分離の影響を受けたコン

クリート中鉄筋の腐食速度の温度依存性、土木学会論文集、No.781、V-66、pp.75-87、

2005

4-4)松島学、横田優、関博:鉄筋腐食膨張によるひび割れ発生時の腐食量、コンクリート工

学年次論文集、Vol.26、No.2、pp.1669-1674、2004

81

第 5 章

結論

82

5.1 各章のまとめ

第 1 章「序論」では、示方書に示される理想の維持管理ができているならば、構造物の劣

化が顕在化する前に適切な補修・補強がなされるはずである。しかしながら、現実として、

劣化が顕在化した構造物に対して、補修・補強が間に合っていないことが確認できた。維持

管理の理想と現実に乖離が存在しており、コンクリート標準示方書において複数の課題が

紹介されている。1 つ目にブリーディングの影響により、鋼材下面のみが腐食する事例が述

べられている。2 つ目に断面修復により稀にマクロセル腐食が発生することが述べられてい

る。文献整理からブリーディングの影響によって、鉄筋とコンクリート間の隙が大きくなり、

腐食しやすいことが明らかになった。また、マクロセル腐食対策工法が開発、研究されてい

るが、打継部を対象とした検証のための解析モデルは存在していないことが明らかになっ

た。

次に、第 2 章「鉄筋とコンクリート間の界面改良による長寿命化方法の検討」では、小型

梁および大型柱による試験から、鉄筋をポリマーセメントモルタルで予め被覆することに

よって、耐食性向上を図れることを明らかにできた。特に防錆剤を混入したポリマーセメン

トモルタルで被覆することによって、耐食性向上を図れた。また、コンクリートのブリーデ

ィングを減少する配合によっても、耐食性向上を図れた。

また、第 3 章「母材と補修材間の界面を考慮した断面修復後の腐食解析モデルの検討」で

は、長谷川らにより提案されたひび割れ部を対象としたマクロセル腐食速度解析モデルを

改良し、塩化物イオンの濃淡差がある打継部にも適用できるモデルを構築できた。さらに、

打継面へシラン系含浸材を塗布するマクロセル対策工法の防食効果を、本モデルを用いた

解析で評価でき、既往の実験と同様に補修効果が高いことを明らかにできた。

さらに第 4 章「界面改良による延命化技術の実用方法提案」では、新設構造物に対して、

ブリーディングを減少させるべくフライアッシュ(FA)コンクリートの活用を提案できた。ま

た、海外工事においては、ポリマーセメントモルタル(PCM)を予め鉄筋に被覆することを提

案できた。また、既設構造物に対して、マクロセル対策工法を対象にした解析シミュレーシ

ョンの方法を提案できた。さらに打継面の電気抵抗値を用いて、マクロセル対策工法の材料

開発時における解析モデルの活用方法を提案できた。

以上のとおり、鉄筋とコンクリート間の境界面および断面修復後の母材と補修材間の界

面を改良することによる延命化方法を明らかにできた。

83

5.2 課題と展望

第 2 章において、鉄筋に直接微弱な振動を与えた場合には、下面に貯留したブリーディン

グを取り除くことができなかった。そのため、強力な内部振動機の開発が考えられる。ただ

し、振動による配筋への影響を考える必要がある。

また、ポリマーセメントモルタル(PCM)を予め鉄筋に被覆する方法を提案した。しかしな

がら、現場での施工は時間が掛かるため、施工性が悪いことが考えられる。そのため、吹き

付けによる被覆方法を開発する必要がある。また、日本においては、人件費が高いため、人

件費の安い海外で適用するべきである。今後、適用後に塩化物イオンが浸透し、そのまま打

設した後のマクロセル腐食への影響も検討する必要がある。

既設構造物に対する提案では、解析によりシミュレーションできることを明らかにでき

た。今後、構造物の劣化状況に応じた、基準となる電気抵抗値以外の入力値を定めることに

より、電気抵抗値のみによる解析が行いやすくなると考えられる。今後、母材部がコンクリ

ート、断面修復部がポリマーセメントモルタルなど異なる材料間においても解析が可能で

あるか検討する必要がある。

84

本学位論文に関する研究論文

【有審査論文】

(1)畑中達郎、宮里心一:耐食性向上のための鉄筋とコンクリート間の隙の改良方法の提案、

セメント・コンクリート論文集、Vol.69、No.1、pp.463-469、2016.3.

(2)畑中達郎、宮里心一:鉄筋コンクリートの打継部に形成するマクロセルへの腐食速度

解析モデルの適用、材料、Vol.66、No.8、pp.594-600、2017.8.

【講演発表】

(1)畑中達郎、宮里心一:鉄筋とコンクリート間の界面改良による耐食性の向上、

土木学会年次学術講演会講演概要集 Vol.68、No.5、pp.1013-1014、2013.9.

(2)畑中達郎、宮里心一、水谷真也:含浸材の塗布量がマクロセル腐食低減工法の効果に

及ぼす影響、日本学術会議材料工学連合講演会講演文集、Vol.57、pp.869-870、2013.11.

(3)畑中達郎、宮里心一:鉄筋とコンクリート間の界面改良による腐食速度の低減

土木学会年次学術講演会講演概要集、Vol.69、No.5、pp.81-82、2014.9.

(4)Tasturou Hatanaka、Shinichi Miyazato、Daishin Hanaoka:Proposal of Corrosion Resistance

Method by Gap Improvement Between Rebar and Concrete、42nd Conference on Our World in

Concrete & Structures、pp.205-214、2017.8.

85

謝辞

本研究の遂行およびとりまとめを行う機会を与えて頂き、指導教員の金沢工業大学大学

院工学研究科環境土木工学専攻 教授宮里心一先生には、ご多忙にも関わらず終始高い御

見地でご指導ご鞭撻を頂きました。ここに心より感謝の意を表します。本論文の作成に当た

り、審査委員として多くのご助言を頂きました、環境土木工学専攻 教授木村定雄先生、建

築学専攻 教授山岸邦彰先生、金沢大学理工研究域環境デザイン系 教授深田宰史先生、富

山県立大学環境・社会基盤工学科 教授伊藤始先生に深く感謝いたします。

ご多忙にも関わらず高い御見地でご指導を頂きました、参考文献を指導された京都大学

大学院工学研究科社会基盤工学専攻 特定准教授西田孝弘先生に感謝の意を表します。

同時期に金沢工業大学 環境・建築学部 環境土木工学科 宮里研究室に在籍し、研究活動

を共にしてきた皆様には、常に励まされ応援して頂きました。COI 研究員の保倉篤氏には

研究活動を行うにあたり、常にお力添えを頂き、公私に亘り大変お世話になりました。また、

同期生として過ごした、博士前期課程 2 年の田中祐貴氏ならびに増田旬之介氏とは、共に

励ましあい、頑張って参りました。さらに博士前期課程 1 年の加藤了俊氏や学部 4 年の皆

様には、常にご協力を頂きました。大変お世話になりました。誠にありがとうございました。

最後に、学部および大学院生活の 9 年間を温かく見守って頂いた家族に心より感謝の意

を表して本論文の謝辞と致します。