Post on 16-Mar-2020
事 業 名 :鳥取砂丘オアシスの発生・消滅メカニズムの解明
-オアシスの水はどこから来てどこへ行くのか-
鳥取大学農学部生物資源環境学科
講師 齊藤 忠臣
平成26年度事業内容
① 事業の概要
鳥取砂丘は鳥取県鳥取市に存在し,南北2.4km,東西16kmの規模をもつ日本最大級の海
岸砂丘であり,国の天然記念物や山陰海岸国立公園の特別保護地区に指定されている.ま
た,全国的にも有名な観光名所であることに加え,2010年10月には鳥取砂丘を含む山陰海
岸が地質の世界遺産とも呼ばれる世界ジオパークネットワークに登録されたことで更なる
脚光を浴びている.その鳥取砂丘の美しい景観のひとつを担っているのが馬の背と呼ばれ
る丘の麓に発生するオアシスである(図1).オアシスは年中存在しているわけではなく,
主に冬から春にかけて存在し,また初夏には消滅してしまうが,消滅後も降水の影響によ
り短期的に発生と消滅を繰り返す.またオアシス発生場所の近くには湧水が存在する.こ
の湧水は年によっては絶えることもあるが,オアシスの有無に関係なく年中存在し,川を
作ってオアシス方向へ流れている(以下,流入川).オアシス消滅時において流入川は途
中で砂に浸透し尻無川のようになるが,オアシス発生時においてはそのままオアシスに流
れ込んでいる.
オアシスはどのように発生消滅しているか,湧水は如何なる水であるかは古くからの学
術的関心事であるが,前述のとおり鳥取砂丘は国の天然記念物や山陰海岸国立公園の特別
保護地区に指定されており,これまでに十分な調査が行われておらず.その発生消滅メカ
ニズムは解明されていない.オアシスの水源としては降雨水・地下水等が有力であるが,
鳥取砂丘の南側にある多鯰ヶ池からの流入の可能性も指摘されている(図2).本事業では,
鳥取県生活環境部砂丘事務所と鳥取大学農学部の協力体制の下,砂丘内において各種調査
を実施し,オアシスの水の水源やオアシスの発生消滅メカニズムを解明することを目的と
している.また,得られた成果を,県・鳥取砂丘ジオパークセンター,鳥取砂丘レンジャ
ーを通じて広く普及することにより,鳥取砂丘のさらなる魅力アップや地域の環境教育に
役立てることを目的としている.なお,本事業は平成25年度より継続で実施されている.
湧水
流入川
オアシス 多鯰ヶ池
オアシス
図 1.オアシスと湧水・流入川の様子 図 2.オアシスと多鯰ヶ池の位置関係
② 実施内容
平成26年度には以下の調査・分析を実施した.
②-1:地下水位計による水位変動のモニタリング
オアシス水位ならびに周辺の地下水位は,オアシスの発生消滅・拡大縮小機構を知る上で
非常に重要な要素である.そこで,長さ15cm,直径4cmの埋設型水位計(water level, HO
BO社製)をオアシス発生地点近傍の地中3点(図3のa点周辺)に設置した.また,25年度
の調査結果より,オアシス湖底面における水位観測では,地下水位の上にオアシス水位が
重なって観測されるため,地下水位のみの変動を明確に捉えることができないことが分か
った.そこで,オアシス水位の影響しない地点(図3のb点)に新たに水位計を設置し,地
下水位のモニタリングを行った.
②-2:測量によるオアシスおよび砂丘地表面の形状把握
オアシスおよび砂丘地表面の形状とその季節的な変化を把握するため,トータルステー
ションを用いた測量を複数回行った(図4).
②-3:地下流水音探査による地下水位の把握
近年,地下流水音(地下水が流動する際の摩擦・裂罅などで生じる各種音波の総称)を
用いて地下水深を探知する新しい装置が開発された.これを用いることにより,砂丘の地
表面を攪乱することなく地下水深を広域で推定できる可能性がある.そこで地下水深が既
知の鳥取大学乾燥地研究センター内において本装置の音圧と地下水深の関係性を探るとと
もに,砂丘内に装置を適用し音圧と地下水深の関係を試験的に調べた.
②-4:地中レーダー(GPR)探査による地下水位および地下構造の把握
地下流水音探査と同様に,非破壊で地下水位および地下構造を把握可能な探査技術とし
て,地中レーダー探査が注目されている.地中レーダー探査とはアンテナから高周波の電
磁波出し,その反射波を元に地中の構造を把握する探査手法である.本調査では,地下・
鉄筋レーダー探査システム(GSSI社製:鳥取大学乾燥地研究センター)を用いて,砂丘内
の約300 m×400 mの範囲において地中レーダー探査を行った(図3,図5).砂丘内の調査
杭を利用し,図3のようなメッシュ状に探査を行った.地表面から地下水面までの深さを推
定し,測量データを組み合わせることで砂丘内の地下水位分布図を作成した.なお,GPR
で地下水面までの深度を決定するためには,土層の比誘電率の値が必要となる.そこで,
地下水位が既知の乾燥地研究センター内の砂丘砂層でGPR探査を行い,砂丘砂層の比誘電
率を6.61と決定した.
②-5:水の安定同位体比分析による水源の推定
水の安定同位体比とは,端的にいえばある水の中に含まれる水分子の重さの違いであり,
水の経た凝集・蒸発過程の程度によって変化するため,降雨イベント毎や,水の蒸発経過
時間によって異なる値を示す.このことを利用し,オアシスへの多鯰ヶ池からの流入水の
有無の判定や降雨がオアシスまで到達する時間の推定が可能となる.そこで湧水の採水を
降雨の状況に応じ1日~3日間隔で1年間継続的に実施した.採水は鳥取県砂丘事務所職
員の鳥取砂丘レンジャーが実施した.湧水以外にも,多鯰ヶ池,降水(全降水イベント)
の採水を行い,これらのサンプルの水の安定同位体比を,鳥取大学乾燥地研究センター内
のガスベンチ付安定同位体比質量分析計(Delta V Advantage, Thermo Electron社製)を用
いて測定した.なお,分析中に装置が故障し長期間使用できなかったため,今年度採取分
のサンプルについては,一部のみ分析が完了している状況である.
水位計
火山灰露出地
オアシス
a
b
900
800
700
600
500
-100 0 100 200 300 400
M8
M9
M12
M11
M10
L8
L12
L11
L10
L9
K8
K12
K11
K10
K9J8
J9
J10
J11
J12
(m)
(m)
湧水
図 3.水位計設置場所
および GPR 探査場所
図4.測量の様子と実施地点
図5.GPR探査の様子
③ 結果
得られた結果のうち,特に興味深い内容について以下に列記する.
③-1:オアシス水位・地下水位の変動とオアシス発生
図 6 に 2014 年 6 月 6 日から 2015 年 1 月 16 日におけるオアシス外(水位計 b)の地下水
位変動,降水量および推定日蒸発量を示す.平成 25 年度までの調査より,オアシスは冬
季に長期的に形成され(オアシス連続期),連続期以外は発生・消滅を繰り返していること,
またこのオアシス連続期が発生する最大の要因は秋から冬にかけての地下水位の上昇にあ
ること明らかとなっている.2014 年 9 月 4 日から 27 日にかけても明確な地下水位の上昇
が確認された.このような地下水位の上昇をもたらす要因としては,A 降水量の増加,B
潮位変動(一般的に海岸付近の地下水は潮位による影響を受けるとされる),C 夏の降雨の
長期的影響,D 蒸発量の低下,といった要因が考えられる.しかし,2014 年 9 月 4 日から
27 日にかけては,大きな降水イベントがみられない.また,潮位と地下水位変動を比較す
ると,両者には明確な関係はみられなかった.一方,2014 年は 8 月に積算降水量 370.5 mm
という非常に大規模な降水イベントが観測されている.また,蒸発量は秋から冬にかけて
減少傾向になることが分かる.これらより,オアシスの長期形成を誘発する最大の要因で
ある秋から冬にかけての地下水位の上昇は,A,B ではなく,C と D の要因に起因するも
のと考えられる.
図 7 に 2013-2014 年のオアシス内(水位計 a)の水位変動,降水量および日蒸発量を示
す.この年のオアシス連続期は 9 月 27 日からが始まっており,例年より2か月程度早かっ
た.この時においても,2013 年 8 月 31 日から 9 月 4 日に積算降水量 268.5 mm の大規模降
水イベントが観測されており,これがオアシス連続期の早期開始を促した可能性がある.
このように,オアシスの長期形成には夏季の大規模降水イベントが影響している可能性が
示唆された.
0
5
10
15
20
25
30
-2
-1.8
-1.6
-1.4
-1.2
-1
降水量(
mm)
地下水位(
m)
降水量 地下水位
0
2
4
6
8
10
2014/6/6 2014/7/26 2014/9/14 2014/11/3 2014/12/23
日蒸発量(
mm)
図 6. 2014 年 6 月 6 日から 2015 年 1 月 16 日までの
オアシス外の地下水位変動,降水量および日蒸発量
③-2:地中レーダー(GPR)探査による広域地下水分布の推定
図 8 に GPR 探査より得られた反射波の一例を示として,図 3 における 11 ライン
(M11-L11-K11-J11)の測定結果と,そこから判定される地下水面を示す.調査杭 K11 は
湧水発生場所の近くである.図から,湧水は地下水面と地表面がぶつかる点で発生してい
ることが示された.また GPR 探査では,一部,地下水面の下にある層を捉えることができ
た.これは以前に行われたボーリング調査結果から,大山倉吉軽石(DKP)を含む火山灰
層およびローム層であると推察される.
図 9 に,全ての側線から得られた GPR 探査結果と推定地下水位を元に作成した地下水位
標高・地下水流向分布図を示す.図 10 には,3 次元化した地下水位分布図と地表面標高を
示す.地下水は一様に分布しておらず,最大で 15 m の高低差がみられた.特に,A 付近は
勾配が大きく流速が速くなっていることがわかる.また,A に地下水の尾根が有り,これ
より北側がオアシスに向かって流れていることが分かった.図 10 の地表面標高と地下水
位分布を比べると,地表面標高は A より手前側で上昇し続けているものの,地下水位は急
激に落ち込んでおり,砂丘においては地表面の形状変化と地下水面の形状変化に大きな違
いがあることが明確に示された.今後,A の地下水の分水嶺の延長線を探査し,地下水の
涵養領域を明らかにすることが出来れば,数値解析等と組み合わせにより,オアシス発生
消滅に関するあらゆる謎を解明する手掛かりになると考えられ,更に広域での GPR 探査
が望まれる.
0
20
40
60
-1
-0.5
0
0.5
1
1.5
降水量(
mm)
水位(
m)
降水量 オアシス水位
0
2
4
6
8
10
2013/6/14 2013/9/2 2013/11/21 2014/2/9 2014/4/30
蒸発量(
mm)
図 7. 2013 年 6 月 14 日から 2014 年 5 月 19 日までのオ
アシス内の水位変動,降水量および日蒸発量
図 8. 11 ラインの GPR 探査結果
図9. 地下水位標高(海抜)と地下水の流向
M8
M9
M12
M11
M10
L8
L12
L11
L10
L9K8
K12
K11
K10
K9J8
J9
J10
J11
J12
900
800
700
600
500
-100 0 100 200 300 400
(m)
(m)
A
火山灰露出地
オアシス
湧水
図10. 地下水位分布図(上)と地表面形状(下)
③-3:湧水・降水・多鯰ヶ池の水の安定同位体比分析
先述の通り,平成26年度においては安定同位体質量分析装置が故障し,一部サンプルを
除き分析が完了しなかったため,以下に25年度に得られた結果を再掲する.図11に2013年
の夏季から秋季における日降雨量と湧水・降水・多鯰ヶ池の酸素の安定同位体比を示す.
多鯰ヶ池と湧水の酸素安定同位体比は,それぞれ異なる値で比較的安定した値で推移して
いた.このことから,多鯰ヶ池の水が湧水へと湧出している可能性は低いといえる.一方,
降水の安定同位体比は.大きく変動している.9/2-4にかけて大きな降水イベントがあった
が,その際同位体比の小さい(軽い)雨が降った事が分かる.その後,湧水の同位体比が
図 12. サイエンスアカデミーでの成果発表の様子
低下し始め,約1週間後に低下のピークを迎えた.このことから,大きな降水イベントがあ
った際,その水が湧水から湧出するピークは1週間後であることが明らかとなった.
④ 結果を踏まえて(今後の課題、まとめ等)
本事業により,これまで不明であったオアシスの水源,地下水の流向,降雨が湧水に到
達するまでの時間,冬季のオアシス発生メカニズム等が解明された.本事業の成果につい
ては,朝日新聞「科学的鳥取砂丘考」③(2013.02.19,33 面),ならびに毎日新聞「鳥取
砂丘学を語ろう」 研究室だより第 4 部⑤(2014.05.15 25 面)に記事が掲載された.ま
た,2015 年 1 月 24 日に鳥取県立図書館で開催されたサイエンスアカデミーにおいて本事
業の成果を発表し,約 100 名の多数
の市民の方にご来場いただいた(図
12).今後とも,得られた成果を観
光客や地域住民へと広く公開し,環
境教育や観光案内,鳥取砂丘のさら
なる魅力アップへと役立てたいと考
えている.
調査面では,これまでの調査の継続
に加え,特に地中レーダー探査の広域
実施により,地下水の涵養領域の特定
が望まれる.これによりオアシス発生
消滅に関するあらゆる謎を解明する
手掛かりが得られるものと期待される.
図 11.2013 年の夏季から秋季における日降雨量と湧水・降水・多鯰ヶ池の酸素の安定同位体比