Post on 15-Jul-2015
第24回広島大学教育研究センター外国語教育研究集会 「英語の音声指導-その理論と教室内での実践方法-」
リスニング訓練法としての 音読のバリエーションとその効果
近畿大学 菅井康祐
2015.3.6 広島大学
話の流れ• シャドーイング・リピーティングの使い分けとその背景となる自身の研究の紹介。
話の流れ• 簡単な自己紹介
• リスニング力の個人差について
• シャドーイングとリピーティングの概観
• 授業への導入の例
• 音声素材の発話速度・調音速度・ポーズがリスニングに与える影響
• 目的に応じた音声編集のさわり
研究の関心• 音声から音韻単位への知覚・認知
• 記憶と音声知覚単位の関係
• 英語学習者の知覚・理解における母語(日本語)の影響(特に知覚単位)
日本語 処理レベル 英語
「いい天気だ。」 文 “It’s a fine day.”
「いい」「天気」「だ」 語 “it’s” “a” “fine” “ day”
「イ・イ・テ・ン・キ・ダ」 モーラ/音節 /its/ /ə/ /fɑɪn/ /deɪ/
/iitenkida/ 音素 /itsəfɑɪndeɪ/
音声
研究の関心
リスニングとは?ボトムアップ処理 音声から音韻・語・文と情報を積み上げていく過程
トップダウン処理 背景知識・文脈などから意味を類推していく過程
「リスニングテスト」が測定しているものとは?
この複雑な処理全てを含む能力。
問題意識リスニングは様々な認知活動を伴う
複雑なプロセス
万能の指導・学習法はない
学習者それぞれが直面している問題に応じて適切な素材・学習法を活用するのが理想
リスニングテストでは測られていない個人差の検証
Sugai 他 (2013, 2014)の紹介
リスニング力の個人差の検証いわゆるリスニングテストが学習者の音声知覚能力を弁別で着ているのかを検証した研究の紹介。
・「リスニング力」を測定するテストの作成
・予備調査
・子音知覚能力の調査
・語アクセント知覚能力の調査
レベル判定テスト(素材準備)
• 実用英語検定2級,準2級,3級のリスニングの過去問題から語彙レベルの高くないものを選択 ・Part1: ダイアログの内容に関する4択問題 ・Part2: モノログの内容に関する4択問題 (それぞれ各級10問,計60問) • 3級においては問題が2回ずつ読まれるので, すべて1回に統一(約40分)
レベル判定テスト60問の素材から30問のレベル判定テスト作成 ・先の60問のテストを107名の英語学習者 (初級~中級)に実施(2011年6月)
・Rasch-Model分析(Winstepsを使用)により最も適切な30問を抽出
・各項目の(In fit, Out fit)Mean Squareが0.7-1.3に収まるもののうち,適合度の高いものをpart1,part2からそれぞれ15問抽出
レベル判定テスト• テストの妥当性を確認するため,2010年12月実施のTOEIC IPテストのリスニングセクションの結果と比較。
! M SD N
pre_60 39.78 11.94 107
pre_30 21.93 7.40 107
TOEIC!!IP!!(listening) 258.60 86.35 93
レベル判定テスト
*!p!<!.05!**!p!<!.01!
レベル判定テスト(30問)のCronbach’s!α!=!0.929
pre_60 pre_30 TOEIC IP(L)pre_60 1 .975** .854**
pre_30 .975** 1 .856**
TOEIC IP (L) .854** .856** 1
pearson’s correlation
予備調査
予備調査
• 菅井(2014) 一般的なリスニングテストで同程度と判定される学習者間で音声の知覚能力に差がないか,ディクテーション・インタビュー調査によって洗い出す。
実験協力者
レベル判定テスト(30問,約20分)により選出
・27点取得の3名
・12点取得の3名
結果:27点群協力者S27: ・機能語(the, will, do)の聞き逃しが多い。 協力者N27: ・子音の聞き逃し (hel)p(t), H(anny), ・子音/l/: /r/の聞き間違え Our view (Oliver)
協力者O27: ・子音の聞き間違え vist/busy
結果:13点群協力者S12: ・(su)re, (We)reなどreの聞き落とし。 ・/v/を /b/と聞き間違い: busy/visit ・/h/の聞き落とし: Have fun/I’m fine. 協力者M12: ・(try)ingの聞き落とし。 ・/v/を /b/と聞き間違い: busy/visit ・/v/を/w/と聞き間違い: Have fun. /How fine. ・/s/と/ð/の聞き間違い: most/ mouth
協力者Sh12: ・/v/を/w/と聞き間違い: Have fun. /How find. ・/h/の聞き逃し:(hel)p(t), H(anny),
予備調査のまとめ
• 「リスニングテスト」で同じレベルだと判定される学習者でも,音声の知覚能力には違いが有る可能性
• 音素(語頭子音)・語アクセントの知覚について詳細な調査
語頭子音知覚実験 presented at BAAL2013 Sugai, Yamene, and Kanzaki
目的・仮説
• 目的:リスニングにおいて最も重要と考えられる音節頭の子音の知覚について調査を行う。
• 仮説:従来型のリスニングテストでは,学習者間の音素の知覚の能力差を弁別することはできない。
実験協力者
• レベル判定テストによって選定。
• 25-27点(30点満点)の学習者22名。
(TOEIC550前後の学生)
実験課題菅井(2006)の結果(聞き分けの難しい子音)に基づき課題となるペアを選定。
1 b v 7 f h 13 r w2 b w 8 f v 14 s sh3 ch dg 9 h v 15 s th4 d dth 10 l r 16 sh th5 d z 11 l w 17 v w6 dth z 12 m n
実験課題作成
• 先の子音のペアを/_ad/の環境に入れ,ミニマルペアを作成。
• TTSソフトウェアNatural Reader ver.3.0を用いて合成音を作成。
• SuperLab 4.0を用いた反応時間(RT)測定
• 実験協力者一人ひとりに対し密閉型ヘッドフォンから音声を提示。
• 各ミニマルペアにおいて,ターゲット刺激1つにつき10回以上提示するよう設定。
• 課題は各試行ごとにランダム提示 • RB-830キーボックスを用いて正解・不正解およびRTを記録。
実験方法
実験方法
結果と分析
学習者間での比較(正解率)
学習者 x 正解数
F (22) = 10.63, p < .001, η2 = .01(効果量小)
大きな差が有るとは言えない
学習者間・課題間の分析(反応時間)学習者・課題を要因とする(2-way ANOVA)
下準備
・不正解のデータを除外 (9133 ‒ 1053 = 8080)
・学習者ごとに2SDを超える379データ(4.69%)を外れ値と設定し除外 (8080 ‒ 379 = 7701) (Jiang, 2012)
学習者間の分析(反応時間)
学習者 x RT
F (21, 7679) = 179.27, p < 0.01,η = .574(効果量大)
学習者間のRTには有意な差がある
学習者
学習者間の分析(反応時間)
語頭子音知覚実験のまとめ
・従来型のリスニングテストでは,学習者の音素の知覚の能力を弁別することはできない。
・正解率データには大きな差は見られなかったが,RTのデータから支持。
語強勢知覚実験 presented at AILA 2014 Sugai, Kanzaki, and Yamane
目的・仮説
• 目的:リスニングにおいて重要な語アクセントの知覚について調査を行う。
• 仮説:従来型のリスニングテストでは,学習者間の語アクセントの知覚の能力差を弁別することはできない。
実験協力者
• レベル判定テストによって選定。
• 20-22点(30点満点)の学習者17名。
(TOEIC500点前後の学生)
実験課題(1)• 品詞(名詞・動詞)によってアクセントが移動する10のミニマルペア(20語)
• advic(s)e,!conduct,!contrast,!export,!increase,!object,!present,!produce,!progress,!protest!
• TTSソフトウェアNatural Reader ver.3.0を用いて合成音を作成。
実験課題(2)課題(1)の語を含む20文
名詞の例 There was an increase in population last year.
動詞の例 I want to increase my vocabulary.
!!!!!!!!!!!
• SuperLab 4.0を用いた反応時間(RT)測定
• 実験協力者一人ひとりに対し密閉型ヘッドフォンから音声を提示。
• 各ミニマルペアにおいて,ターゲット刺激1つにつき10回以上提示するよう設定。
• 課題は各試行ごとにランダム提示 • RB-830キーボックスを用いて正解・不正解およびRTを記録。
実験方法
結果と分析
結果(1)語提示
学習者 × 正答率(1-way ANOVA) F (16, 3321): 10.70, p < .001, η2 = .049 (効果量小)
学習者 × 反応時間(1-way ANOVA) F (16, 2473): 46.37, p < .001, η2 = .23 (効果量大)
反応時間データからは大きな差があると言える
結果(1)語提示
学習者 × 正答率(1-way ANOVA) F (16, 3321): 10.70, p < .001, η2 = .049 (効果量小)
学習者 × 反応時間(1-way ANOVA) F (16, 2473): 46.37, p < .001, η2 = .23 (効果量大)
結果(2)文提示
学習者 × 正答率(1-way ANOVA) F (16, 3355): 5.39, p < .001, η2 = .025(効果量小)
学習者 × 反応時間(1-way ANOVA) F (16, 2173): 65.56, p < .001, η2 = .33 (効果量大)
反応時間データからは大きな差があると言える
結果(2)文提示
学習者 × 正答率(1-way ANOVA) F (16, 3321): 10.70, p < .001, η2 = .049 (効果量小)
学習者 × 反応時間(1-way ANOVA) F (16, 2473): 46.37, p < .001, η2 = .23 (効果量大)
ここまでのまとめ「リスニングテスト」では子音・語アクセントといった音韻情報の知覚能力は弁別できない。
プレースメントテスト等でクラス分けされた授業でも個々の学習者が必要としている訓練は異なるのでは?
シャドーイング・リピーティングの効き方の違いを考えたい。
シャドーイングプロセスの
概観
シャドーイングプロセスの概観玉井(2005)
プロソディ・シャドーイング 音声のプロソディ(ストレス,高さ,長さ,速さ,リズム,イントネーション,ポーズなど)に注意しながら正確に再現しようとするもの。
コンテンツ・シャドーイング 内容・意味に注意しながら行うもの。
シャドーイングプロセスの概観門田(2012)の分類
ボトムアップ・シャドーイング 初見の素材を用いた発音・知覚に焦点を置いたシャドーイング。
トップダウン・シャドーイング 既習の内容を用いたフォーミュラ連鎖などの知識の内在化を目指したシャドーイング。
シャドーイングプロセスの概観
シャドーイング・音読の効果:改訂版 門田(2012, p135)
シャドーイングと
リピーティングの関係
シャドーイングとリピーティングの関係森・門田・氏木・吉田(2010) チャンクの長さとシャドーイング・リピーティングの再生率の調査。 モデル音声の長さ 2秒以内(960-1977) :シャドーイング<リピーティング 2秒を若干超える(2035-2250) :ほぼ同じ 2秒を大きく超える(2708-3640) ・シャドーイング>リピーティング
シャドーイングとリピーティングの関係
森・門田・氏木・吉田(2010)
シャドーイングとリピーティングの関係森・門田・氏木・吉田(2010) Baddeleyの音韻ループ容量に関連付け,リピーティングにおいては「知覚+記憶+再生」のオフライン処理が必要なため,このような結果になったと結論。 いいかえれば,シャドーイングはオンライン処理なので音韻ループ容量(2秒)の制約を受けない。
シャドーイングとリピーティングの関係シャドーイング 次々と聞こえた音声を発生していくオンライン処理,音韻ループの影響を受けない。
→音声情報の知覚の自動化に効果 リピーティング 聞こえた音声を音韻ループに保持しながら文法・背景知識なども活用して処理・記憶・発話を繰り返すオフライン処理。
→文処理・理解に効果
シャドーイング
リピーティング導入の例
授業での導入の例
シャドーイング導入時の
一例
授業での導入の例
どちら単語に聞こえますか?
/right/ vs /light/
授業での導入の例「瞬間的に確信をもって正解できましたか?」
「リスニングの練習って音声を聞いていて学習をしている実感はもてていますか?」
シャドーイングを試してみる①「今から聞こえてくる音声に1単語遅れであとについて読んでみてください。」
「どんな感じがしましたか?」
例:音が聞き取れていないから発音できない。
シャドーイングを試してみる①「今から聞こえてくる音声に1単語遅れであとについて読んでみてください。」
「どんな感じがしましたか?」
例:音が聞き取れていないから発音できない。
授業での導入の例shadowing概略(授業用)
理解 産出
知覚・構音
授業での導入の例「声に出すことで確実に音を聞き取るところまでは確実にできますよね?」
「口に出してみることで何が聞き取れていないかわかりますよね?」
音に注意を向けられていることを自覚
授業での導入の例シャドーイングを試してみる②
「今から聞こえてくる音声に3単語遅れであとについて読んでみてください。」
授業での導入の例シャドーイングを試してみる②
「さっきのシャドーイングと比べてどう感じましたか?」
聞こえた音声を覚えられないから発声出来ない
リピーティングのオフラインに近い処理
授業での導入の例シャドーイングでも潜時を変えるだけで効き方
が違うことを意識させる
シャドーイング(潜時短) 知覚
シャドーイング(潜時長)
リピーティング 理解
学習段階に応じた音声
Sugai他(under review)の紹介
Sugai, Yamane, and Kanzaki (under review)
実験1:調音速度・発話速度・ポーズの長さが内容理解に与える影響についての調査。
調音速度の効果は見られなかった
Sugai, Yamane, and Kanzaki (under review)
実験2:どのくらいの長さのポーズを挿入すれば内容理解に効果があるか。
500 ms以上のポーズに効果が見られた
音声面でのレベル調整の提案
スピーチレートの調節 調音速度も下がり,音声情報が強調されるため,知覚の強化に向いている反面,理解には不向き。調音速度の調整は理解には影響を及ぼさない。
音声面でのレベル調整の提案
ポーズの挿入・伸長 音声知覚の段階をクリアしていれば,音韻ループに蓄えられた情報を処理する時間を確保ができ,コンテンツのレベルを下げずに,素材のレベル調整が可能。500 ms以上の長さのポーズに効果があり。
Audacityを用いた編集の紹介
Audacityを用いた編集の紹介ここで提案した,2つの音声編集
・音声素材のスピーチレートを調整
・音声素材に希望の長さのポーズを挿入
(ファイルサイズの圧縮)
スピーチレートの調整1.音声ファイルをaudacityウィンドウにドラッグ。
2.「エフェクト」→「テンポの変更」 例)-20%に変更
ご使用になるテキストと学生のレベルから目安を覚えておくとよい。
ファイルの保存3. 「ファイル」→「書き出し」 Formatは用途に応じて選択
例:携帯プレイヤー用 mp3,(オプション)サンプリングレートを選択
CDプレイヤー用 wav 16bit, sampling rate 44.1kHz, ステレオ (CD以外の場合は容量削減のためモノラルでも)
ポーズの挿入1.音声ファイルをaudacityウィンドウにドラッグ。
2.ポーズを挿入したい箇所を波形上でクリック 「ジェネレーター」→「無音」 →任意の継続時間(500 ms)→「OK」
3.次からは作成した無音をコピーペーストでOK
まとめ
まとめ音声の知覚段階で躓いている学習者には速度を落とした音声を持ちたシャドーイング。
次の段階の学習者にはポーズを挿入した音声を用いたフレーズシャドーイング。
ナチュラル音声を用いて(潜時を遅らせた)シャドーイングやリピーティング。
参考文献Ishikawa, K. (2009). Recogni*on+and+produc*on+of+English+syllables+by+speakers+of+English+and+
Japanese:+Insights+from+the+syllabifica*on+process+and+syllable>coun*ng+training.+Tokyo:+Kurosio+publishers.
Jiang, N. (2012). Conduc*ng+Reac*on+Time+Research+in+Second+Language+Studies+(Second+Language+Acquisi*on+Research+Series). Routledge.
門田修平(2012).『シャドーイングと音読の科学』東京:コスモピア. 靜哲人 (2007).『基礎から深く理解するラッシュモデリング―項目応答理論とは似て非なる測定のパラダイム』大阪:関西大学出版部.
Solé, M-J, Beddor, P. S., and Ohala, M. (2007). Experimental+approaches+to+phonology. Oxford: Oxford University Press.
菅井康祐 (2006).「日本人EFL学習者の英語子音知覚:単音節語における難易度の調査」『実験音声学と一般言語学:城生佰太郎博士還暦記念論文集』東京:東京堂出版.
菅井康祐 (2014). 「音声に特化したリスニングテスト作成の基礎研究: ディクテーションとインタビューによる予備調査」『生駒経済論叢』第12巻,47-56.
鈴木寿一・門田修平(2012)『英語音読指導ハンドブック』東京:大修館書店 玉井健(2005).『決定版 英語シャドーイング(入門編)』東京:コスモピア. 竹林滋 (1996) . 『英語音声学』東京:研究社. 大友賢二(1996). 『項目応答理論入門: 言語テスト・データの新しい分析法』東京:大修館書店.